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いちはらHOMEROOM通信 vol.3

ローカルアートレポート
vol.053

posted:2014.4.28   from:千葉県市原市  genre:アート・デザイン・建築

〈 この連載・企画は… 〉  各地で開催される展覧会やアートイベントから、
地域と結びついた作品や作家にスポットを当て、その活動をレポート。

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MATSUMOTO Mieko

松本美枝子

まつもと・みえこ●写真家。1974年茨城県生まれ。1998年実践女子大学文学部美学美術史学科卒業。生と死、日常、物語をテーマに、写真と文による作品を発表。第15回写真ひとつぼ展(2000)、第6回新風舎・平間至写真賞大賞受賞(2004)など。個展「クリテリオム68 松本美枝子」(水戸芸術館、2006)、「手で創る 森英恵と若いアーティストたち」(森英恵ファッション文化財団、2009)、個展「そのやり方なら、知っている。」(adanda、2013)など。写真ワークショップも多数開催。主な書籍に、写真詩集「生きる」(共著・谷川俊太郎、ナナロク社、2008)や、写真集「生あたたかい言葉で」(新風舎、2005)など。清里フォトアートミュージアム(山梨県)に作品収蔵。

credit

撮影:松本美枝子

中房総国際芸術祭「いちはらアート×ミックス」のメイン会場のひとつ、
旧里見小学校を改装したIAAES(Ichihara Art/Athlete Etc. School)。
ここでアーティスト中崎透さんが、さまざまな講師たちを招き
「NAKAZAKI Tohru HOMEROOM」を開催。
そのようすや芸術祭の風景を、中崎さんと仲間たちが5回にわたりレポートします。

風景を見つめ直す。

こんにちは。写真家の松本美枝子です。
私は今回、中房総国際芸術祭「いちはらアート×ミックス」の
メイン会場のひとつであるIAAES(旧里見小学校)で行われている
「NAKAZAKI Tohru HOMEROOM」のレジデンスプログララム、
「HOMEROOM/After school プログラム」のレジデンスアーティストとして、
滞在制作と展示を行いました。
現在この会場にて、写真と文章による新作のインスタレーション
《スライド》を5月11日(日)まで展示中です。
ここでの滞在制作と生活についてお話ししたいと思います。

「HOMEROOM/After school プログラム」は会期を前後期に分けて、
ふたりのアーティストがそれぞれ約3週間滞在し、作品制作と展示を行いました。
前期は広島在住の美術家・友枝望さん、後期は私。

まだ寒さの残る3月末、ちょうど友枝さんの展示が完成した頃に、
私は市原のIAAESへとやって来ました。
以前に下見には来ていましたが、この日から本格的な制作に入るため、
まずは友枝さんから制作拠点となるレジデンススタジオの引き継ぎ。
4台のカメラとそのほか多くの写真器材などを持ち込み、
水戸にある自分のスタジオ(「水戸のキワマリ荘」といいます)と同じように
仕事ができるようにしました。

スタジオと展示スペースは、教室だった部屋を半分に仕切ってつくっています。
廃校になった小学校の元の雰囲気をいかしたIAAES会場内において、
私たちが展示するこのスペースだけが、完全なホワイトキューブです。

私は一貫して、日常をテーマに人物を中心とした写真と文章で
作品を制作しています。そこでは時間をかけた、
人と人とのやり取りのうえでしか成立しえない写真を、作品の核としています。
しかし今回の滞在制作では、3週間という短期滞在を通して見えた情景だけを
作品化しようと考えていました。
短い時間の中でどれだけのものを見て、自分が反応できるのか、
不安もありましたが、まずは毎日この周辺を歩き回り、
ここの環境を見つめ直すことから始めました。

©HOMEROOM

「いちはらアート×ミックス」の会場は、
市原市内を走る小湊鉄道沿線を中心に点在しています。
私たちの会場IAAESがある里見エリアは、
養老渓谷の麓の風光明媚な里山ではあるけれど、
確実に高齢化、過疎化が進んでいる地域でもあります。

私が来たときはちょうど桜と菜の花が同時に咲きみだれる、最もいい季節でした。
ローカル鉄道が走る里山にアマチュアカメラマンたちの活気が溢れ、
典型的な日本の春の理想の風景とも言えました。
その誰もが美しいと思える景色の中で、
少し視線をずらして風景を見つめ直すことが、今回の私の作品のテーマです。
自分たちが生活する空間の中にいつでも存在するにもかかわらず、
見過ごしているもの。決してドラマチックではないそんな光景を
独立して立ち上がらせることはできないだろうか、という試みです。

撮影はIAAESから歩いて1時間以内で行ける範囲を中心に、
幹線道路から一本奥に入った脇道、
観光客が集まる景色の裏側や足下といったところを狙って行いました。
細い道を分け入ると、渓谷に点在する人々の暮らしが見えてきます。
撮影中は築百年の家に住んでいる地元のおじいさんに
湧き水やセリの自生地を教えてもらったり。
一方、養老渓谷一帯で行われている、
廃棄物の不法投棄の実体も目の当たりにしました。

今回展示した作品のタイトルである『スライド』という言葉は英語ですが、
ズレるという意味と、時間などが過ぎるというふたつの意味があり、
そして写真の「スライドショー」という言葉の通り、
映像そのものに関する言葉でもあります。
春の華やかな美しさではなく、季節の変わり目の
(あるいは地域のあり方の変わり目とも言える時代なのかもしれない)
何とはなしに不安でぼんやりとした光景が映し出せればと思っています。

合宿のような生活。

ちょっとだけ制作中の生活の裏話を。
「いちはら×アートミックス」に参加しているアーティストや
スタッフ、サポーターの人たちは、「月崎荘」と呼ばれる
元国民宿舎で寝起きを共にしています。
そこでは施設を管理している地元のお母さんたちが
お掃除や、ときには食事の差し入れなどをサポートしてくださり、
私たちの生活を支えてくれています。

©HOMEROOM

月崎荘では各プロジェクトのチームで共同生活していますが、
その枠を超えて、夜はほかのアーティストたちとごはんを食べたり、
ときにはお酒を飲みながら、それぞれの作品や芸術祭について突っ込んだ話をしたり。
特に会期折り返しを前に「山登里食堂」で行った中締め会には、
たくさんのアーティストとスタッフが集まり、とても楽しい夜を過ごしました。

「いちはらアート×ミックス」食のプロジェクトに参加している「山登里食堂」。閉店した食堂をカフェとして改装し、みんなが集う場所となっている。©HOMEROOM

制作に煮詰まったときは、ほかのアーティストの作品を見に行くこともありました。
私がみなさんに特にお勧めしたいのは、小湊鉄道を貸し切って上演される
指輪ホテルの演劇「あんなに愛しあったのに~中房総小湊鐵道篇」。
神話のようなセリフと、電車が進むにつれ物語にぐっと入り込んでくる市原の風景。
物語が終わるとき、乗客もいつの間にか
演劇にとりこまれていたのだということに気づく、
ドラマと現実の境目のなさが絶妙で、本当に夢のような一時間でした。

撮影:野村佐紀子

撮影:野村佐紀子

それぞれが限られた時間と空間の中でプロジェクトを完成させるために、
忙しい毎日なのですが、毎日が宿泊学習のようで楽しく、刺激的でもありました。
いまは会期も折り返し、この合宿のような生活もそろそろ終わりに近づいているのかな、
と思うとちょっぴり寂しくもあります。

さて、今日は近所の小学生(市原市立加茂学園5年生)の団体が
鑑賞にやってきました。IAAES担当である市原市の飯高さんに
「松本さん、子どもたちに作品の説明をしてみませんか」と言われて、
急遽、アーティストトークを開催することに!

©HOMEROOM

20人ほどの子どもたちは、写真を見て興味津々な様子。
自分たちの住む地域を写した写真でありながら、どこだかよくわからない光景をみて、
「どうしてこれを撮ったのですか?」という質問の手がどんどん挙がります。
作品のテーマを説明しながら、ひとつひとつ質問に答えていきます。
子どもたちは私の回答に納得するときもあれば、不思議そうな顔をするときも。
小学生には少し難しかったかもしれませんが、いわゆる「写真らしい写真」ではない、
ということは何となく伝わったようです。

今日のこのトークがきっかけで、滞在中、展示室内で
不定期にアーティストトークを行うことに決めました。
主に今回の作品について、そして自分にとって写真とは何かについて話す予定です。
小学生とお話することで、その率直な視点に気づかされることが多々ありました。
今日のようにさまざまなお客さんと作品を介して話し合うことで、
お互いが何か見つけられたらいいなと思っています。

NAKAZAKI Tohru HOMEROOMでは、会期終了まで
4本のワークショップ、トーク、ライブと展示を予定しています。
詳細は下記インフォメーション、HPをご参照ください。

それではみなさん、「いちはらアート×ミックス」でお会いしましょう!

information


map

IAAESプログラム
NAKAZAKI Tohru HOMEROOM

会場:IAAES 旧里見小学校(千葉県市原市徳氏541-1)
◎Vol.6 環ROY×蓮沼執太×U-zhaan《体育館ライブ》
4月29日(火・祝)15:30~17:00
◎Vol.7 藤井光《校内暴力のハードコア》
5月3日(土)13:00~16:00 ワークショップ
5月4日(日)13:00~16:00 ワークショップ、16:30~18:00 トーク
◎Vol.8 珍しいキノコ舞踊団《カラダと遊ぶ!ダンスの状態で楽しむ!》
5月5日(月・祝)14:00~15:30 ワークショップ、16:00~16:20 ショーイング
5月6日(火・祝)14:00~15:30 ワークショップ、16:00~16:20 ショーイング
◎Vol.9 辺口芳典《ヒップホップな作文の時間》
5月10日(土)13:00~16:00
◎「HOMEROOM/After school プログラム」Vol.2
松本美枝子《スライド》
4月19日(土)~5月11日(日)9:30~17:00
http://homeroom18.exblog.jp/
https://www.facebook.com/homeroom.nakazaki

information

ICHIHARA ART × MIX
中房総国際芸術祭 いちはらアート×ミックス

2014年3月21日(金)~5月11日(日)
メイン会場:千葉県市原市南部地域(小湊鐵道上総牛久駅から養老渓谷駅の間)
連携会場:中房総エリア(茂原市、いすみ市、勝浦市、長柄町、長南町、一宮町、睦沢町、大多喜町、御宿町)
http://ichihara-artmix.jp

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