〈 この連載・企画は… 〉
北海道の道東・弟子屈(てしかが)町の「自然に住む心地よさ」に惹かれて移住した井出千種さん。
身近になった木や森を通して、「自然に惹かれる理由」を探ります。
writer profile
Chigusa Ide
井出千種
いで・ちぐさ●弟子屈町地域おこし協力隊。神奈川県出身。女性ファッション誌の編集歴、約30年。2018年に念願の北海道移住を実現。帯広市の印刷会社で雑誌編集を経験したのち、2021年に弟子屈町へ。現在は、アカエゾマツの森に囲まれた〈川湯ビジターセンター〉に勤務しながら、森の恵みを追究中。
森と湖の温泉郷、北海道弟子屈町。
アカエゾマツの森に隣接する〈川湯ビジターセンター〉で
ショップを始めることになって、考えた。
町民には「暗い」「怖い」という印象もあるこの森に、
少しでも関心を持ってもらうきっかけづくりができる場所。
それが、このショップの意義だと思った。
コンセプトは、森の研究室。
眺めた姿の美しさだけでなく、アカエゾマツを解剖して、
隠された魅力を引き出して、紹介する。
それらを来館者が、体験しながら感じることのできる空間。
主となるのは、精油と蒸留水。
弟子屈町には、アカエゾマツの蒸留所を構える
〈一般社団法人Pine Grace〉があり、精油や蒸留水だけでなく、
それらをベースにしたロウリュ水、芳香スプレー、マスク用シールなど、
ユニークな商品を開発している。
ほかにもアカエゾマツの商品を、と探したら、さらに3社見つかった。
う〜ん、もう少しほしい……。
選択肢を増やして、北海道の針葉樹をテーマにしたら、
トドマツの精油や蒸留水を販売する生産者が3社加わった。
計7社による「北海道針葉樹の香り嗅ぎ比べ」は、
ここならでは楽しみのひとつに。
次に扱いたいと思ったのが、ウッドチップ。
森に興味を持ってから、青森ヒバやヒノキのウッドチップと
その香りに触れる機会があり、
活用してみたいと気になっていた。
ところが探し始めると、アカエゾマツのウッドチップが見つからない。
弟子屈町にはこんなにたくさんアカエゾマツがあるのに……。
釧路管内2市10町1村まで捜索範囲を広げて、
厚岸町に工場がある〈土井木材株式会社〉に分けてもらえることになった。
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「北海道の針葉樹にこだわったショップを始めます」と
あちこちで話していたら、釧路市で活躍する素敵な作家につながった。
道産材を使って、手作業で鉛筆をつくる〈まちまちえんぴつ〉の五十部有紀さん。
相談すると、「アカエゾマツはやわらかく、扱いやすい部類。
アカエゾマツを板の状態で釧路までお送りいただければ、
えんぴつに加工いたします」と快諾してくれた。
が、アカエゾマツの板を入手するのにもひと苦労。
木は、目の前にたくさん生えていても、
倒して、運んで、樹皮を剥いて、加工して……と、
使用するには多くの過程が必要であることを改めて学んだ。
商品のラインナップが少しずつ整い、関係者に紹介し始めた頃、
「木のうつわもあるといいですよね。私買っちゃうなぁ〜」と、ある女子の発言。
私も当初は、アカエゾマツの木工品を並べることができたらと、
町内のお土産屋などを探していたのだが、木工に使用されている樹種は、
タモ、セン、エンジュなど広葉樹がほとんどで、半ば諦めかけていたときに
「私買っちゃうな〜」の声である。
そんな矢先、近所のカフェの片隅に並んでいた木のうつわを
何気なくみると「エゾマツ使用」と書いてあるではないか!
調べてみると作家は、木のうつわで有名な〈オケクラフト〉の出身者。
車を走らせること2時間、手触りもよく美しいうつわの数々に対面することができた。
北海道は、木にまつわる出合いにあふれている!
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昨年12月にショップがオープンしたあとも、出合いは続く。
まずは、アカエゾマツのウッドディッシュ。
しかも手がけたのは、明治大学商学部の学生というから驚きだ。
精油を販売すると決めてから、木製のアロマディフューザーを探していたけれど、
こんなかたちで、しかもアカエゾマツ製で見つかるなんて!
年末から店頭に並べているのだが、売れ行きもよくて二重に驚いている。
さらに最近、また新しい出合いがあった。
珈琲屋のカウンターにころんと転がっていた黒い松ぼっくり。
「これなんですか?」と店主に尋ねたら、
「いやぁ、おもしろい人が移住してきたんだよ」との答え。
ころんと転がっていたのは「花炭(はなずみ)」と呼ばれるもの。
町の外れ、里山の麓に牧草地が広がるのどかなエリア
「奥春別(おくしゅんべつ)」で、昨年札幌から移住してきた夫婦が
つくっているという。会いに行かなくては!
「工房を見せてください!」とメールを送ったら、
「工房は設けておらず、自宅でつくっておりまして
現在、家の中を改装中で、家ではおもてなしすることができません」とのことで、
まずは会ってお話を伺うことにした。
〈花炭工房 フップの森〉が誕生したきっかけは、ちょうど1年前のこと。
家を購入したばかりで、自然豊かな原野をスノーハイクしていたとき。
「真っ白な雪原の上に、カラマツの松ぼっくりが落ちていて、
それがバラのようでかわいいな、と思ったんです」
と教えてくれるのは、奥さんの飯田育恵さん。
「このかわいらしさを違うかたちで残せないだろうかといろいろ調べたら、
500年以上前、室町時代に『茶の湯』で使われていた『花炭』の存在を知って、
試してみたらきれいにできたんです」と、さらりと言う。
炭って、そんなに気軽につくれるもの?
「庭が広くて、隣家が離れている環境だからできることですが、
ここで私たちはオフグリッド生活をしていて、
焚き火する機会が多いので、試しやすかったですね」
飯田さんは、温泉つきの元別荘を購入、
電気のみならず、ガス、水道も使わない生活を実践。
いまの時期は氷点下20度になる日も珍しくはない弟子屈町で、である。
「家の周りで、木を拾って薪にし、
植物を拾って炭にし、ゴミを拾って美化に努める。
自然と共生していきたいと思っているので、
花炭を販売することは、ここでの生活にぴったりだと感じました」
さらには「オフグリッド生活では、昔の人の知恵がとても参考になります。
それらを身につければ、何も困らないで暮らしていけるようになる。
『花炭』のような歴史あるものを、大切に暮らしていきたいんです」
現在は販売用の箱を探して、飯田さんは東奔西走。
カラマツとエゾマツの松ぼっくりをセットにして、
2月にはショップに並べる予定だ。
さて次は何に出合えるのか?
アカエゾマツから始まった広がりは
未知の業界や暮らしにまで導いてくれる。
北海道の針葉樹、おもしろいぞ!
information
川湯ビジターセンター
住所:北海道川上郡弟子屈町川湯温泉2-2-6
TEL:015-483-4100
営業時間:9:00〜16:00(11月〜3月)、8:00〜17:00(4月〜10月)
休館日:水曜(7月第3週〜8月31日は無休、水曜祝日の場合は翌日)、年末年始(12月29日〜1月3日)
Web:川湯ビジターセンター
*価格はすべて税込です。
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