連載
posted:2022.8.10 from:北海道岩見沢市 genre:暮らしと移住
〈 この連載・企画は… 〉
北海道にエコビレッジをつくりたい。そこにずっと住んでもいいし、ときどき遊びに来てもいい。
野菜を育ててみんなで食べ、あんまりお金を使わずに暮らす。そんな「新しい家族のカタチ」を探ります。
writer profile
Michiko Kurushima
來嶋路子
くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、2001年『みづゑ』の新装刊立ち上げに携わり、編集長となる。2008年『美術手帖』副編集長。2011年に暮らしの拠点を北海道に移す。以後、書籍の編集長として美術出版社に籍をおきつつ在宅勤務というかたちで仕事を続ける。2015年にフリーランスとなり、アートやデザインの本づくりを行う〈ミチクル編集工房〉をつくる。現在、東京と北海道を行き来しながら編集の仕事をしつつ、エコビレッジをつくるという目標に向かって奔走中。ときどき畑仕事も。
http://michikuru.com/
私が代表を務める地域PR団体〈みる・とーぶ〉が中心となって、
3年前に閉校した旧美流渡(みると)中学校にて、今年、年3回の展覧会を企画している。
1回目はゴールデンウィーク、2回目は7月、3回目は9月で、
地域のつくり手の作品を集めた『みる・とーぶ展』と、
美流渡に暮らす画家・MAYA MAXXによる『みんなとMAYA MAXX展』を同時開催している。
つい先日、7月16日〜31日に開催した2回目の展覧会が終わったところ。
ようやく人心地つき、来場したみなさんが書いてくれたアンケートを眺めている。
来場したのはおよそ1000人。
アンケートを集計してみると、市内や札幌だけでなく、
道内各地から足を運んでくれていることがわかった。
また、私たちの活動が少しずつ認知されているようで、
毎回展覧会を楽しみにしてくれている人がいることも実感できた。
何よりうれしかったのは、前回よりもさらに内容が充実しているという声が多かったこと。
「春の展覧会よりスケールアップしていてすごく楽しかったです。どの作家さんたちの生み出したものも素敵だったけれど、MAYA MAXXさんのエネルギッシュさはすごいなぁ……、2か月でこれだけの作品を生み出されるんですよね」(来場者アンケートより)
みる・とーぶ展では元職員室にテーブルを並べて、12組の作家がそれぞれ新作を発表。
陶芸や木工、ハーブティや本などを販売するブースを設けた。
MAYAさんはここで誰よりも大きなテーブルを使って、
手描きのTシャツを販売しただけでなく、3階の2教室で新作の絵画も発表。
さらに、木工作品をつくる〈アトリエ遊木童(ゆうもくどう)〉と
〈木工房ピヨモコ〉が制作した額縁に絵を合わせ2階に展示。
わずか2か月の間に無数の作品が生み出され、校舎全体がMAYAさんの作品に包まれた。
「予定に追われることはいいことだけれど、やっつけてはいけない。そこが難しいところ」
準備期間中、MAYAさんはそう言いながら、日中はアトリエで絵を制作。
夕方を過ぎれば自宅に戻ってTシャツに絵を描いた。
そのうえ、校舎の清掃活動や幼稚園・保育園での絵を描く
ワークショップなども行っていた。
私は毎日近くでMAYAさんの様子を見ているのだが、
あれだけの枚数をいつ描いたのだろうと不思議になるほどだった。
そして、疲れを見せず、
「今日も夜はTシャツに描かなくちゃ!
もう、まるでみる・とーぶの奴隷のようだよー」
と、なんだか困りつつもうれしそう(!?)
MAYAさんによると
「ほかにまったく何もすることがなくて、絵だけをずっと描く状態」は、
むしろ辛いのだという。
2年前、東京のマンションで暮らしていた頃、コロナ禍で外出自粛が要請され、
展覧会やワークショップの予定もすべてなくなってしまったことがあった。
絵を描く時間は十分にとれたものの、MAYAさんは短時間に精魂を込めて描く
という方法を取っており、しかも絵具が乾かないと先に進めないことから、
時間を持て余してしまったという。
絵を描くこと以外で忙しくしていて、わずかな時間を見つけては、
あれこれ迷わずに一点集中で取り組むという、現在のような状態のほうが、
よい結果となることが多いそうだ。
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3階のふたつの教室に展示された絵画はすべてリス。
最初に取り組んだのは30センチ角のキャンバス。
一番気に入ったエゾリスの写真を1枚だけ見て描いたというが、
9枚の作品はひとつとして同じものはなかった。
使われたアクリル絵具は3種類。
17世紀フランドル(ベルギー)の画家にちなんで名前がついた茶色「バンダイクレッドヒュー」と
やや青味をおびた灰色「ペイニーズグレー」、羊皮紙の色を模した白っぽい「パーチメント」。
これらを筆につけて点を打つように着彩し、リスの毛並みを表現。
「色が多いとうっとうしいんです。少ないほうが集中できる」
原寸より少し大きめのリスを描いてみて、
小さいなかにぎゅっと凝縮されたかわいさがあることに気づいたそうだ。
「本当にかわいいリスが描けたと思いました。
そのとき、サイズが小さいからかわいいのか? という疑問がわいて、
大きい絵も描いてみようと思いました」
次に取り組んだのは、180×90センチメートルのベニア。
人間の身長くらいの大きさのリスを描いてみたところ
「それでも、かわいい」とMAYAさんは思ったという。
しかし、さらに大きくなったらどうなるのだろう?
今度は240センチ角のベニアにリスの顔を目一杯大きく描いた。
リスが巨大になるにつれて、目も大きくなっていった。
「これだけ大きくなっても、やっぱりかわいかったですね!」
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MAYAさんは、なぜリスを描いたのだろうか。
世の中を見渡せば、たいへんな事態が起こっている。
ロシアによるウクライナ危機。新型コロナウィルスの感染拡大。
報道を通じて、こうした状況を見聞きしていくうちに、
知らず知らずの間に心に暗い影を落としているのではないか。
「みんなしんどい。みんなすごく疲れていると思います。
そんなときに、私ごときの小難しい理屈や小さい主張など
いらないんじゃないかと思いました。
そんなことよりも、本当にかわいいものを見て、
心が救われたなあ、癒されたなあと思うものを描きたかったんです」
旧美流渡中学校は、山々に囲まれた過疎地にある。
自然の移ろいを身近に感じられる場所で、
来場者はMAYAさんの作品をゆったりと鑑賞できた。
アンケートには、「エネルギーをもらった」「いやされた」「心温まる空間だった」など、
好意的な声がたくさんあった。
最終日の翌日に搬出と清掃を終え、MAYAさんはすぐに次のプロジェクトに取りかかった。
岩見沢市内の麦畑が広がるなかに建つ、食品加工会社の
全長100メートルにもなる冷凍庫の壁面に、大きなクマの顔を描くという試みだ。
これまで、旧校舎を拠点として、一帯にある飲食店や商店に、
愛らしいクマの絵を描いてきたMAYAさん。
それを見た食品加工会社の社長が、工場にも看板を描いてほしいと依頼をしたところ、
「看板なんて小さいものじゃつまらない。あの壁に描きたい!」と
MAYAさんの提案により、壮大なプロジェクトがスタートした。
「みんなが見る場所だから、自分の絵がどうこうじゃなくって、
本当にかわいいと思えるものを描いたい」
自身の名声や経済的な利益などは傍に置いておいて、
とにかくまちをかわいいもので埋め尽くして、みんなの気持ちに明るさが灯せたら。
9月10日から開催される、
第3回となる『みる・とーぶ展』『みんなとMAYA MAXX展』の新作も、
まちに絵を描くプロジェクトと同時並行で進んでいる。
1日たりとも休まず、今日という日にできる限りのことを尽くす。
MAYAさんの挑戦は続く。
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