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空き家のオーナーになってみる?
古家再生を探る美流渡の取り組み

うちへおいでよ!
みんなでつくるエコビレッジ
vol.025

posted:2016.8.18   from:北海道岩見沢市  genre:暮らしと移住

〈 この連載・企画は… 〉  北海道にエコビレッジをつくりたい。そこにずっと住んでもいいし、ときどき遊びに来てもいい。
野菜を育ててみんなで食べ、あんまりお金を使わずに暮らす。そんな「新しい家族のカタチ」を探ります。

writer profile

Michiko Kurushima

來嶋路子

くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、2001年『みづゑ』の新装刊立ち上げに携わり、編集長となる。2008年『美術手帖』副編集長。2011年に暮らしの拠点を北海道に移す。以後、書籍の編集長として美術出版社に籍をおきつつ在宅勤務というかたちで仕事を続ける。2015年にフリーランスとなり、アートやデザインの本づくりを行う〈ミチクル編集工房〉をつくる。現在、東京と北海道を行き来しながら編集の仕事をしつつ、エコビレッジをつくるという目標に向かって奔走中。ときどき畑仕事も。
http://michikuru.com/

空き家が点在する、美流渡のまちを歩いてみる

岩見沢の山間部にある美流渡(みると)地区には、
そこかしこに空き家が点在し放置されたままとなっている。
人口減少による空き家増加は、各地で問題になっており、この地区も例外ではない。
こうしたなかで、7月30日に〈美流渡ビンテージ古家巡り〉というイベントが行われた。
この地域はもともと炭鉱街として活気づき、
全盛期には人口が1万人以上になったというが、現在住むのは450人足らず。
日増しに高齢化も進んでおり、人口流出はいまなお続いている。

ひとつ、またひとつと家の灯りが消えていくことは寂しさを感じさせるが、
「空き家となった建物を地域の資源と捉え活用することはできないか」
そんな思いを抱く人たちが、いま美流渡で活動を始めている。
この地域の空き家対策と地域活性を目指すNPO〈M38〉を設立した
代表の菅原新(連載10回)さんらと、美流渡を中心として
活動する地域おこし推進員(協力隊)の吉崎祐季(連載16回)さんだ。

昨年より本格的に実態調査を始めており、
今回のイベントは、この地区の空き家の現状を
まずはみなさんに見てもらう機会をつくろうと企画されたものだ。
午前中は菅原さんと吉崎さんが案内役となり空き家を実際に巡り、
午後はほかの地域の空き家活用の事例を見ながら、
その可能性について考えることとなった。

〈美流渡ビンテージ古家巡り〉ツアーの始まり。まずは吉崎さんお手製のマップが配られ、約1時間30分ほどで美流渡地区を一周することに。

案内役のひとりとなった吉崎祐季さん。インテリアデザイナーとして活動をしつつ、1年前から岩見沢の地域おこし推進員となった。

最初に訪ねたのは、昭和30年代に建てられた〈旧美流渡洋裁学院〉だ。
炭鉱街の面影を伝える主要な建物のなかで唯一残っているもので、
当時、ここで女学生たちが洋裁を学んでいたという。
木造3階建てで、カフェなどにしたらおしゃれな場所になりそうだが、
窓ガラスが壊れ、床板が抜けている部分も多く、
もし使うとなればかなりの手直しが必要そうだ。
「全体を修繕するとなると相当な費用がかかると思いますが、
まず一部分だけに手を入れて使っていくなど方法を考えたいと思っています」
と菅原さんは語っていた。

旧美流渡洋裁学院の建物。玄関があるのは2階部分。奥側を見ると3階建てになっている。

内部には洋裁学院の名残を感じさせる足踏みミシンが置かれていた。

次に向かったのは、青いトタンの屋根が印象的な個人宅。
その風情あるたたずまいに、吉崎さんがひと目で気に入ったという建物だ。
持ち主は年内に取り壊したいという意向があるようで、
「解体しないで残す道を探りたい」と吉崎さんは考えているという。

マンサード屋根と鮮やかな青いトタンが特徴的。屋根が途中で折れ曲がっているマンサード屋根は、積もった雪を落としやすくし、また天井部分に空間が取れることもあり北海道の納屋などでよく見かける構造。築80年ほどで、その後増築を繰り返したようで、構造的にもおもしろい。

その後、一本道を歩きながら、菅原さんは参加者に語りかけた。
「ここは美流渡の一番の繁華街だった場所です。
料亭や飲み屋が両脇にずらりと並び、パチンコ屋までありました。
炭鉱の仕事は1日3交替制で24時間フル稼働していたため、食堂などはほぼ終日営業。
いまは想像するしかありませんが、眠らないまちだったんです」

そして交差点のところまで来ると、菅原さんは山のほうを指差した。
この山は炭鉱ではおなじみのズリ山だ。
ズリ山とは石炭の採掘のときに出た捨石の集積場のことで、
小さな山のようになっているものだ。
「昭和45年に炭鉱が閉山して、ズリ山はそのまま放置されていました。
それがいまでは森になっているんです。植樹などをしたわけではなく、
何も手を入れていないのにもかかわらず、木が生い茂るようになった。
北海道には有名な原生林がありますが、そうしたところとは
まったく違う自然の有り様がここにあるんです」と菅原さんは語っていた。

炭鉱が稼働していたとき、ここが美流渡のメインストリートだった。

両脇には空き家が点在している。炭鉱の労働者たちが人づてに貸したり借りたりした建物もあり、所有者がわからないものも多いという。美流渡は北海道有数の豪雪地帯。放置された空き家は、雪の重みで屋根が壊れるケースがあとを絶たない。

道の向こうに、こんもりと見えるのがズリ山。炭鉱の閉山から45年以上が経過し、木々で覆われた森となった。

その後、炭住(炭鉱の労働者が住んでいた炭鉱住宅のこと)のひとつを訪ねた。
中に入ってみると、家財道具がそのまま残されている状態だった。
こうした状態を参加者に見せるべきかどうか、菅原さんと吉崎さんは迷ったそうだが、
この地域の空き家の現状を知ってほしいという想いから、公開に踏み切ったという。
「空き家のなかにある家財道具をどうするかは課題のひとつです。
不動産屋が扱っている物件とは違って、
まず荷物を整理しなければ、住める状態にはなりません」

全部で5軒の空き家を巡り、午前中のツアーは終了。
午後は、吉崎さんがこの春訪ねた福岡での
空き家の活用方法についての報告会が開催された。

空き家となった炭住。美流渡には炭住がいくつか残されており、木造の長屋形式のものが多い。

高台にある空き家。このエリアは炭鉱の管理職クラスの人たちが住んでいたそうで、建物のつくりも立派なものが多い。

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福岡のリノベーションの事例

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リノベーションで古い建物を再生する福岡の取り組み

吉崎さんは、3月に福岡へ視察旅行に出かけた。
美流渡の空き家をどのように活用していくのか、その方法を探るために、
古い建物をリノベーションしおもしろい取り組みをしている地域はないかと
友人たちに尋ねていたところ、福岡をすすめられたと言う。

吉崎さんは、以前この連載でも紹介したように、もともとDIYに興味を持っており、
両親が経営している札幌のアパートの一室を自らの手で改装した経験を持つ。
また現在インテリアデザイナーとしても活動していることから、
DIYを実践する人々とのネットワークもあり、こうしたつながりから視察旅行が実現した。
吉崎さんは、福岡でおもしろい取り組みをしている人々にアポイントを取り、
まず久留米で〈H&A Apartment〉という賃貸アパートを経営する
半田啓祐さん、満さんの兄弟を訪ねることにした。

H&A Apartmentのコンセプトは、「マチとつながるアパートメント」。
オーナー自らがDIYでアパートを改装し、
さらに地域の人々と一緒に壁のペンキ塗りなどのワークショップを開催し、
こうした取り組みを通じて物件に興味を持ってもらい借り手を募っている。
また、このアパートには家庭菜園やコミュニティスペースがあり、
さらに近年には久留米絣のショールーム兼ゲストルームもつくった。

「あえて全室を賃貸で埋めるのではなく、
コミュニティスペースなどの“余白”をつくって、人々が集ったり、
イベントなどを開催したりできる場所があることが大切だということを知りました。
半田兄弟は住民の目線に立って、まちづくり全体を考えています。
このマンションの存在によって、この地域がおもしろい場となっているんです」
と吉崎さんは語る。

H&A Apartmentにあるコミュニティスペース。DIYで工夫を凝らした内装になっている。

久留米絣のショールーム兼ゲストルーム。

吉崎さんは半田兄弟が活動する久留米市のほか、
福岡市、柳川市、大牟田市、八女市、北九州市、糸島市を巡り、
リノベーションやDIYを行うたくさんの人々に出会うことができたという。
報告会では、数々の事例が語られたが、その中で特に印象に残ったのは、
半田兄弟のようにオーナーが独自のアイデアで
築年数の古いビルを人気の物件へと再生させていく事例だった。

福岡市にある吉浦ビルを経営する吉浦隆紀さんも、古いビルを再生させたひとりだ。
吉浦さんは、祖父が建てたマンションを受け継いだが、
当時は駅からの立地が悪いこともあって、空室も多かったという。
ビルの築年数が40年となったのを機に、吉浦さんは内装に凝った部屋と、
内装を施さずスケルトンの状態の部屋を設け、見学会を行った。
そのとき思いがけずスケルトンの部屋のほうが人気が高かったことから、
大胆な取り組みを始めることとなった。

それは、入居者にDIY資金として家賃の3年分を支給するという試みだ。
仮に家賃が5万だったとしたら資金は180万。
電気や給排水管などもろもろの修繕を行うと、
内装に当てられるのは20万ほどになるという。
その予算だと内装は必然的にDIYでやることになるというが、
こうした入居者のために、現在1階のコミュニティスペースを
DIY工房としており、道具の貸し出しも行っている。
またDIYが初めてという人でも、経験豊かな入居者たちが手伝ってくれるそうで、
DIYを通じた人と人とのつながりも、この物件の魅力となっている。

吉浦ビルのスケルトンの状態。

1階のコミュニティスペースに設けられたDIY工房。工具などの貸し出しが行われている。

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結論「空き家は○○○である」

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H&A Apartmentも吉浦ビルも、改装の中心となるのはDIYだ。
DIY、つまりDo It Yourself、自分たちの手で改装を行うという精神を持っている。
こうしたDIYを生かした事例として、もうひとつ吉崎さんが挙げた
NPO〈八女空き家再生スイッチ〉の取り組みも興味深かった。

このNPOでは、旧八女郡役所を再生しようとさまざまなプロジェクトを行っている。
明治期に建てられたこの建物は、
床面積が約500平方メートルという大型の木造建築だ。
空き家になって数十年が経過し、瓦や土壁が崩落するなど
傷みが加速していたところをNPOが改装に乗り出した。
費用には限りがあることから屋根や外装はプロに任せたが、
外壁の木を塗装する作業などはワークショップを企画し、
地域の人々と一緒に少しずつ改修を進めている。

「美流渡の旧洋裁学院を再生できるかもしれないという勇気をもらいました」
と吉崎さん。旧洋裁学院を修繕するとなると、
基礎工事だけで1500万円ほどかかる試算があるそうで、
八女の事例は地域の人々と協力していくことで、
こうした壁を打開するためのヒントとなるものだった。

旧八女郡役所は国の重要伝統的建造物群保存地区にある。役所として使われたあと、精蝋工場や銃弾工場などさまざまな用途に利用された。

屋内は体育館のように広い。内装の修繕なども今後行っていく予定。ここで紹介した建物の見学などができる、福岡のリノベーションに関するイベント『福岡DIYリノベWEEK』が11月7日~13日に開催予定。

吉崎さんは福岡での多数のリノベーションの実例に触れ、
最後に「空き家は宝である」と結論づけだ。
そして〈美流渡ビンテージ古家巡り〉に集まった参加者に
「みなさんも空き家のオーナーになってみませんか?」と呼びかけた。
吉崎さん自身も、いま住まいとは別に美流渡の空き家をもらいうけ、
そこのオーナーになることを検討中なのだそうだ。

吉崎さんがオーナーになろうと考えている美流渡の物件。炭鉱が栄えていたときは遊郭だったそうで、窓の形状がその面影を伝えている。

美流渡地区で空き家を抱える家主は、解体費用がかかるくらいなら
誰かに譲りたいと思っている人も多いという。
確かに解体費用はかなりの負担と言えるが、
吉崎さんは自身が札幌のアパートをDIYで改装し、人気の物件として蘇らせた経験から、
「オーナーになって解体せずに維持する方法を探りたい」と考えている。

さらに「手を入れて物件の価値を高めることで、
ゆくゆく売ることもできるかもしれない」とも語っていた。
確かに吉崎さんのようなDIYに興味がある人たちが集まって、
1軒ずつ空き家のオーナーになっていけば、
この地域の空き家問題は解決されるかもしれない。

吉崎さんによると、田舎暮らしに憧れて
美流渡に移住をしたいと相談に訪れる道外の人はあとを立たないという。
しかし、この地域の空き家は家財道具が放置されたり、建物の一部が壊れていたりと、
すぐに住める状態にはないことから移住を断念するケースも多いそうだ。
もし、DIYで改修された物件があったら、
移住をしたいという人のニーズに応えることができるだろう。

また、福岡の事例のように、レトロビルの風情を生かした
リノベーションに注目が集まっているように、
美流渡の炭鉱街だった時期に建てられた特徴的な建物を
うまく生かすような取り組みができたら、
それは個性的なまちづくりにつながっていくはずだ。

そして今回のイベントの最後に参加者から、
「美流渡をDIYのまちとして売り出したらどうか」というアイデアが提案され、
この意見には大きくうなずかされた。
空き家を自分たちの手で再生し、そのプロセス自体にみんなが興味を持ってくれたら。
それは地域の特産品をつくって売り出したりするのとは違う、
地域の魅力を高めるおもしろい取り組みのひとつになるように思った。

わたしもいまこの地区の空き家を改装して、
そこをゲストハウスのような場所にしたいと考えているところだから、
もしかしたら吉崎さんらが考えている動きと連動できるところもあるかもしれない。
このイベントに参加して、美流渡に新しい風が吹くかもしれない、
そんな予感が感じられた。

今回の〈美流渡ビンテージ古家巡り〉は東部丘陵地域未来会議の第3弾として行われた。東部丘陵地域とは美流渡を含む岩見沢の山間部のことを指し、未来会議と称してこの地域の将来を考えるためのイベントを実施している。

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