連載
posted:2016.9.15 from:北海道東川市 genre:暮らしと移住
〈 この連載・企画は… 〉
北海道にエコビレッジをつくりたい。そこにずっと住んでもいいし、ときどき遊びに来てもいい。
野菜を育ててみんなで食べ、あんまりお金を使わずに暮らす。そんな「新しい家族のカタチ」を探ります。
writer profile
Michiko Kurushima
來嶋路子
くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、2001年『みづゑ』の新装刊立ち上げに携わり、編集長となる。2008年『美術手帖』副編集長。2011年に暮らしの拠点を北海道に移す。以後、書籍の編集長として美術出版社に籍をおきつつ在宅勤務というかたちで仕事を続ける。2015年にフリーランスとなり、アートやデザインの本づくりを行う〈ミチクル編集工房〉をつくる。現在、東京と北海道を行き来しながら編集の仕事をしつつ、エコビレッジをつくるという目標に向かって奔走中。ときどき畑仕事も。
http://michikuru.com/
北海道はお盆が過ぎれば学校も始まり、秋の気配が感じられるようになる。
雪が降る季節まで、あと2か月ほどだ。
この連載で書いてきたように、夫は今春から岩見沢の山間部、
美流渡(みると)地区にある古家を改装中なのだが、
まだまだ先は長いように感じられる。
急かしても口論になるのでじっと見守っているが、今年中にどこまでできるのか、
さすがに最近、わたしも先行きに不安を覚えるようになってきた。
そんなさなかにタイミングよく、友人からある誘いがあった。
わたしたちと同じ時期に、北海道のほぼ中央に位置する東川町に
古家つきの土地を手に入れた清水徹さん、セキユリヲさん夫婦から、
家を見に来てはどうかという連絡をもらったのだ。
東川の古家は、夫が改装している家ととてもよく似ている。
ともに築年数は50年ほどで、2階建ての三角屋根だ。
参考にできることがありそうと、8月中旬に東川を訪ねることにした。
清水さんとセキさんはともにデザイナーで、妻のセキさんとわたしは
15年以上も前から雑誌や書籍づくりの仕事を一緒にしてきた仲だ。
ずっと家族ぐるみで交友があったこともあり、今回の土地購入の件は、
わたしにとってもとてもうれしい出来事だった。
ふたりはこれまでずっと東京に住み、東京に事務所を構えてきたわけだが、
清水さんの仕事の関係で東川にたびたび通っていたことが、土地購入へとつながった。
清水さんは、〈monokraft〉という名で
家具と内装のデザインや設計などを手がけており、デザインした家具の制作を
東川にある工房〈インテリアナス〉に依頼していた。
そして、家具の発注や検品のために東川を訪ねるうちにこの地に惹かれ、
5、6年前から、土地を探し始めたという。
なかなか「これ」という土地にめぐり合うことができなかったのだが、
知人の紹介から、ようやく待望の場所を見つけることができた。
清水徹さんが主宰する〈monokraft〉のコンセプトは、人とともに老いる家具。木は傷がつきやすく、反ったり色が変わったり、常に変化し朽ちていく。この変化を味わいとして楽しめる家具をつくりたいと考えている。
現在、セキユリヲさんは育児休暇中。これまでデザイナーとして活動を続けており、彼女が2001年に立ち上げた〈サルビア〉という活動では、「古きよきをあたらしく」をテーマに、職人の手仕事を生かした生活雑貨などをつくってきた。写真は世界各地をイメージしてデザインした「旅するハンカチーフ」。(撮影:masaco)
今夏『イラストノート』(No.39)誌で「サルビア特集」が組まれた。サルビアの立ち上げ当初からつき合いがあったということで、わたしが全体の構成と主要な記事の執筆を担当させてもらった。
清水さんは、契約を済ませ土地の引き渡しを受けたあとに、
初めて家の中に入ったという。
築年数がかなり経っている家には、家財道具の一部も残っていたそうで、
これからどうリフォームをしていくのか、途方に暮れてしまったという。
季節は3月。春と言っても北海道はまだまだ雪に覆われている時期で、
窓にちらつく雪を見つめ、心細く感じたと清水さんは当時を振り返る。
改装前の物件の写真。
そんななかではあったが、6月、7月に1回ずつ、1週間ほどここを訪れ、
寝袋で家に泊まり込みながら、とにかく具体的な作業を進めていくことにした。
まず、外壁と内壁を壊して片づける作業は業者に依頼。
そして、外壁に板を張る作業も近所の大工さんに頼んだという。
予算は限られていたため、これら最低限の作業はプロに頼み、
それ以外は清水さんが友人たちとともに行うことになった。
外壁と内壁の解体中。屋根裏には机などの荷物も置かれたままになっていた。
7月には外側のモルタルと内側の壁がはがされ躯体だけの状態になった。断熱材を入れる作業などは清水さんが友人らと行った。
8月の作業の様子。床には合板を、壁には石膏ボードを張った。
8月は集中的に作業をしようと、前半に1回、中旬にもう1回
東川に清水さんは滞在した。
わたしたち家族が家を見せてもらった8月中旬には、かなりリフォームが進んでいた。
外側はあとひと息で板が張り終わる状態になっており、内部は1階部分の床に
合板が張られ、壁には石膏ボードが取りつけられた状態になっていた。
「最初は本当に途方に暮れたけれど、だんだんできていくことで
少しずつ楽しくなりつつあるんだよね」と清水さん。
このあとは、屋根部分に断熱材を入れるなどして雪に備える準備をし、
内装のベースを今年中に完了する計画だそうだ。
来年に入ったら、薪ストーブやボイラーの設置、家具の取りつけを行い、
来夏の終わりにはリフォームを終わらせたいと清水さんは考えている。
右奥から、家のリフォームを手伝いに来ていた遠藤覚さん。その隣が清水さん。8月中旬にはセキさんも合流。この日は、わたしたち家族も改装中の家に1泊させてもらった。
断熱材などの建築資材は知り合いから安く購入したり、工具を大工さんから借りたりしているそうだ。
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改装前、古家の状況に戸惑いを隠せなかった清水さんだが、
リフォームの方法を見ていると、多くの人の協力を得ながら、
着実に一歩一歩進めているように感じられる。
断熱材や外壁の板などの建築資材は、これまでデザイナーとして活動をしたり、
長年東川に通ったりするなかで出会った人々から賢く購入。
また、作業をする際には、毎回友人を誘い、何人かで集中して作業にあたっていた。
わたしたちが訪ねたときも、家具職人の遠藤覚さんが手伝いにかけつけていた。
遠藤さんは、昨年秋から1年半をかけ、
神奈川県秦野市にあった築80年の農家の納屋をひとりで改装して
工房とショールームをつくった経験を持つ心強いサポーターだ。
わたしたちが訪れたときも、屋根に断熱材を入れる作業を手際よくこなしていた。
遠藤覚さんは、スウェーデンの家具マイスターの資格を取得している家具職人。山があるところに工房を持ちたいと以前から考えていたそうで、2015年に丹沢にある築80年の農家の納屋をひとりで改装した。
遠藤さんが改装したショールーム。家具づくりの経験はあったが、家の改修は初めて。近所の大工さんに聞きながら作業を進めていったという。〈enao〉という工房名で家具の受注生産などを行っている。
改装中の物件を見せてもらいながら、清水さんと遠藤さんの会話に、
大工であるわが夫も加わり、さっそくリフォームの苦労話に花が咲いていた。
古家の改装をできるかぎり自分でやろうとする3人は、
同志のような雰囲気をかもし出していた。
3人の話を聞いていると最初のハードルは片付けと掃除……。
また、天井や壁、床を壊して、躯体だけにする作業も骨が折れるそうだ。
わが家がリフォームをしている家の場合は、
寒さ対策なのか、じゅうたんが5枚も敷かれており、
それを外して捨てるだけでもひと苦労だったと夫は語る。
また、築年数が古いためか、いずれの家も動物のすみかとなっており、
天井や壁をはがすと、ネズミやリスの糞や食べかすとなった木の実の殻が、
たくさん出てきたこともあったという。
夫は、自分の苦労を分ち合えるふたりに出会って上機嫌。
そして、わたしには、古い家は直すのに手間がかかるし、汚れもひどいので、
壊して新しい家を建てたいとぼやいていたのだが、この日は別の考えを語っていた。
「最初は途方に暮れるけど、動いていると少しずつどうしていったらいいか
わかってくるんだよね。このあいだ、天井をはがしたら
神様(棟木札のこと。屋根の一番高いところにある棟木近くに貼る札)が出てきて、
急にこの家に愛着が湧いたんだよ」
この出来事があってから、やはり古家を生かしてリフォームをしようという気持ちに
夫はなったという(わたしは初耳!)。
清水さんの改装の様子を細かくチェックする夫。木のワクでつくられたサッシに興味津々。
夫が改装している美流渡の古家。彼が神様と呼んでいたのは棟木札(むなぎふだ)のこと(写真の中央)。三角屋根の一番高いところに取りつけられる骨組みを棟木といい、その近くに大工の棟梁が上棟式の際に札を貼る習わしがある。夫はこの札を見つけ、お酒と塩を供えることにした。
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清水さんセキさん夫妻は、家のリフォーム後、
どのようにこの場所を使っていくのだろう。
土地を手に入れて家を改修する様子を見ていると、
当然ここに移住をするのだろうと思ってしまうが、
まだふたりはプランを練っている最中だという。
「移住するかどうかは、まずは家族が冬の寒さに耐えられるかどうかを
見てからだと思う。次に、この地域のコミュニティをもっと知っていくこと。
あとは仕事をどうするかも考えていかないと」
と清水さんは語っていた。
来年の夏まで育児休暇中であるセキさんも、
自分がどのようなかたちで仕事復帰をするのかも含めて、
今後の暮らし方について考えているようだ。
「自分のなかで探っているところなの。
子どもに関わることや子どもの居場所づくりみたいなことができたらいいんだけど。
この地域にどんな子どもたちがいるのかを知ることから始めていきたい」と言う。
セキさんは、いま2歳になる娘とともに都内の公園で活動している自主保育の会に、
毎日のように参加していることもあり、今後はデザイナーという視点を生かしながら
子どもに関わる仕事にチャレンジしたいと思っているのだ。
そしてふたりは、当面、東京に拠点を置き、東川にも滞在しながら、
ここを友人たちが利用できるゲストハウスのような場所として
利用しようと検討している。
清水さんが考えた内装。基本プランは三角屋根の下の大きなワンルーム。ほとんど間仕切りがない。
敷地は約600坪。庭も広く、ここで野菜を育ててみたいと清水さんは草刈りにも精を出していた。まわりは畑に囲まれており、天気がよければ十勝岳も見渡せるという。
この話を聞いて、とてもふたりらしい考え方だなと思った。
清水さんとセキさんは、2009年にスウェーデンのエーランド島という島にある
手工芸の学校〈カペラゴーデン〉に1年間通ったことがある。
清水さんは木工を、セキさんはテキスタイルをこの学校で学んだ。
ちなみに、今回リフォームを手伝っていた遠藤さんもカペラゴーデンに通っており、
3人はスウェーデンで知り合ったのだった。
清水さんもセキさんも、当時からデザイナーとして数多くの仕事をしているなかで、
仕事をかなり減らして留学するという思い切った決断をしていたのだった。
自分たちがおもしろいと思うことに素直に従い行動する。
年齢を重ねると、やりたいと思っても行動に移すのは難しくなっていくが、
ふたりはいつも旅人のようなフットワークの軽さを持っているのだった。
移住ありきではなく、この地域で自分たちが何をやってみたいと思うのか、
何にワクワクするのかを、リフォームをしながら考えていくことを、
心から楽しんでいる様子だった。
清水さんに内装のプランを見せてもらうと、
ほとんど間仕切りがなく大きなワンルームだった。
「これからどのようにもつくっていけるような場所にしたくて」と清水さん。
わたしたちが拠点をつくっている美流渡と東川とは100キロ以上離れているが、
これから一緒に何かができることを期待しながら、
ふたりがどんな未来を描くのかを、ワクワクした気持ちで見守りたいと思った。
そして……、夫は清水さんのリフォームに触発されたのか、
楽しそうに(?)美流渡へと毎日出かけている。
たぶん、今回の東川行きでビジョンが少し固まったのではないかと
期待しているところだ。
清水さんとセキさんが学んだスウェーデンの手工芸の学校〈カペラゴーデン〉。木工とテキスタイルのほかに、陶芸やガーデニングの科もある。生徒の多くは寮で生活をしており、自分たちでつくった家具や食器を使い、育てた野菜を食べるなど、自給自足的な暮らしをしている。(撮影:セキユリヲ)
セキさんはここで北欧の伝統的な染織を学んだ。簡単な道具でできるバンド織りに出会い、東京に戻ってきてから、この織物のワークショップを各地で開催した。(撮影:セキユリヲ)
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