連載
〈 この連載・企画は… 〉
南北に長い日本列島。同じ魚でもおいしい時期も違えば料理法も違います。
季節の花を愛でるように旬の魚を食したいではありませんか。そこが肉食と違う魚食の醍醐味。
魚の食べ方や生態や漁法を漁師、魚屋さん、魚類学者、板前さんなど、魚のプロに教えてもらいます。
editor’s profile
Sei Endo
遠藤 成
えんどう・せい●神奈川県川崎市生まれ。出版社を退社後、ヨットで日本一周。漁業、海生生物の生態の面白さに目覚める。東京湾の環境、漁業、海運、港湾土木をテーマにしたエンターテインメントマガジン『TOKYO BAY A GO-GO!!』編集長。
【学名】Mercenaria mercenaria
【標準和名】ホンビノスガイ
【英名】Hard clam, chowder clam
ホンビノス貝ってご存知ですか?
ホンビノスガイは1998年に千葉県の幕張で発見されました。
それまでは日本にはいなかった外来生物で、
北米から貨物船のバラスト水に混じってやってきたそうです。
アメリカではクラムチャウダーやワイン蒸しにして
よく食べられている貝ですが、それが
はるばる太平洋を渡ってきたわけです。
今では、どこにでもいる、ありふれた貝になり、
お台場の人工海岸を掘っても見つかります。
クラムチャウダー、うまいですよね。
特に寒い季節に屋外で食べるのは最高です。
マンハッタン風(トマトスープ仕立て)よりも
クリームスープ仕立てのボストン風が僕は好きですね。
現在、ホンビノスガイは千葉県の船橋や行徳で水産物として漁獲されています。
どんな風に採っているのでしょう。
千葉県市川市行徳で採貝漁を営む三代目漁師、
澤田洋一さんに同行させてもらいました。
夜明け前に待ち合わせて、夜明けとともに出港。
今日の漁場は東京湾奥に残された貴重な干潟、三番瀬です。
船溜まりから船を走らせること約15分。
朝日に輝く海から陸を眺めると、ディズニーランドにスカイツリー、
あちらには巨大工場群、こちらには高層マンション。その向こうには富士山。
こんなメトロポリタンな海で漁をするなんて、
かなり不思議な感覚です。
澤田さんは船尾から錨(アンカー)をうつと、
アンカーロープを伸ばしながら70mほど船をゆっくりと前進させました。
そこで大巻(おおまき)籠をおろすと、ウインチのスイッチを入れ、
アンカーロープを巻き取りながら船をゆっくりバックさせます。
このバックする力を利用して、海底の表面を掘り進むのです。
籠の歯が鋭いので、浅く掘ると貝を傷つけますし、
深いと砂ばかりが籠に入ってしまい、重くなってしまいます。
そのへんのさじ加減が難しいらしい。
錨の位置まで戻ったら籠をあげて、採れた貝を船の上にざざーっと開けます。
再び船を前進させて、同じことを繰り返すのですが、
錨を支点に前進する方角を扇状に少しずつ変えて、
さっき掘ったところと重ならないように底をさらっていきます。
でも、素人が見ても、微妙に角度を変えていることは、なかなかわからず、
適当にやっているようにしか見えません(失礼!)。
一回にドサリと採れることもあれば、スカに近いこともある。
デッキに水揚げされた貝を見てみましょう。
中にはハマグリやアサリ、シオフキ、トリガイ、サルボウガイなども
まじっています。
潮干狩りをしたことのある人のなら、シオフキはご存知でしょう。
砂をなかなか吐き出さないので敬遠されていますが、
アサリに劣らず美味しい貝です(写真右上の橙色っぽい丸い貝)。
サルボウガイは馴染みがないかもしれませんが、アカガイの仲間です。
アカガイが高級品になってしまったので、
アカガイの缶詰の原料にも代用品として使われています。
今日採れたものは都内のタイ料理さんに届けられ、
ホーイ・クレーン・ルワック(貝を半生にゆでた料理)になるそうです。
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澤田さんが最初にホンビノスガイを見かけたのは1998年。
アサリもバカガイも採れなくなってしまったのに、
見たことのない白く大きなこの貝だけがどんどん増えている。
水産試験場に持っていったら、すぐにホンビノスガイだと判明しました。
食べられるとは言われたけれど、なにせ初めて。
レンジでチンして大きいから半分に切って、おそるおそる口にしたところ、
ん、こりゃ、なかなかうまいではないか。
採れなくなってしまったアサリの代わりに、
コイツをなんとか商売にできないものかということになり、
問屋さんや漁連ががんばって販路開拓に奔走します。
外来種という壁はやはり厚かったのですが、
5年前くらいからやっと売れだしたそうです。
ホンビノスガイは砂抜きも簡単で、レンジでチンするだけで食べられるので、
最近はスーパーでも見かけるようになりました。
大きなサイズはBBQ用やラーメン屋のダシ用としても活躍しています。
新橋の居酒屋でもたまに見かけますが、
先日、江ノ島で売られているのを発見。
観光地値段とはいえ、なかなかいい値段でした。
貝殻が白っぽいのと黒っぽいのがいますが、
味も値段も変わらないのだそうです。
色を白くするために漂白剤に漬けるという噂があったのですが、
漂白剤に漬けても白くはならず、
ネットに入れて海面近くにぶら下げて数日放っておけば白くなるそうです。
このホンビノスガイ、
詳しい生態はよく分かっていないのですが、
どうやらかなり長生きするようです。
イメージと違って貝類は意外と長生きで、
同じ軟体動物でも、前に書いたように
スルメイカは1年しか生きませんが、
アサリですら寿命は8〜9年です。
アサリやハマグリ、バカガイといった在来種に比べ、
ホンビノスガイは環境の負荷に強く、
夏場、東京湾に発生する貧酸素水塊にも
分厚い殻を硬く閉ざして耐えるそうです。
2007年にアイスランドで、400年歳のホンビノスガイが
発見されたことが話題になりました。
ただ、これは近い種のアイスランドガイだったそうで、
しかも最近、精密に調べたところ、なんと507歳と判明。
1506年生まれだとすると、フランシスコ・ザビエルと同い年です。
日本だと戦国時代初期。調べてみたのですが、
同じ齢生まれの適当な人が見つかりませんでした。
織田信長の父親、信秀とほぼ同じくらいですが、
ぜんぜんピンと来ませんね。
水温が低いので成長はゆっくりだとはいえ、
驚きの生命力、長寿記録です。
脱線しますが、生命力といえば、ブラックバス、
ミドリガメといった外来種がよく問題になります。
なんだか日本産の在来種はひ弱で、
外来種にやられっ放しという印象が僕にはあるのですが、
たとえば日本産のワカメは世界に拡散して、
化け物じみた繁殖力と恐れられているそうです。
日本と朝鮮以外ではワカメを食用にする習慣がないので、
害藻として扱われているのだとか。
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さて、話を元に戻しましょう。
座頭市の生みの親でもある作家の子母沢寛が
まだ新聞記者だった時代の、食をテーマにした
インタビュー記事をまとめた書物にこうあります。
話し手は資生堂初代社長の福原信三さん(昭和29年取材)。
食べ方はというと、こんな感じです。
(わかりやすいようにメートル換算してあります)
1 蛤を用意しておき、まず、砂浜に約1m四方の深い穴を掘る
2 火をおこし、丸石をたくさん焼く。その間に海藻を拾い集める
3 焼けた石を掘った穴に入れ、その上に海水のついた海藻を敷く(約3cm)
4 湯気が立つ海藻の上に蛤を手早く並べ、海藻をかぶせる
5 その上に焼けた石、海藻、蛤、海藻とサンドイッチ状に重ねる
6 最後に砂をかぶせて30分蒸らす
砂を掘り、藻を除いた蛤は自然に藻の塩が染み込んで、
ふんわりと蒸し上がっていて、実にうまいらしい。
福原さんは明治41年にコロンビア大学に留学して、
卒業後も2年ほどアメリカで働いています。
作品には「蛤」とありますが、これはきっと
アメリカではお馴染みの二枚貝、ホンビノスだったと思うんですよ。
それにしても、うまそうですよね、この食べ方
大昔、土器がない時代でも、こうやって食べていたかもしれません。
最近、牡蠣小屋が流行っていますが、
こんな食べ方をさせてくれるところがあればいいのに。
蛤の藻塩蒸しというそうです。
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