連載
〈 この連載・企画は… 〉
日本のローカルにはおいしいものがたくさん。
地元で愛されるお店から、お取り寄せできる食材まで、その味わい方はいろいろ。
心をこめてつくる生産者や料理する人、それらを届ける人など全国のローカルフードのストーリーをお届けします。
writer profile
Haruna Sato
佐藤春菜
さとう・はるな●北海道出身。国内外の旅行ガイドブックを編集する都内出版社での勤務を経て、2017年より夫の仕事で拠点を東北に移し、フリーランスに。編集・執筆・アテンドなどを行なう。暮らしを豊かにしてくれる、旅やものづくりについて勉強の日々です。
photographer profile
Nozomi Takahashi
高橋 希
たかはし・のぞみ●明治大学在学中に音楽冊子『SPYS』の制作に関わり、写真に興味を持つ。卒業後、写真家・川村悦生氏に師事。フリーランスのカメラマンとして活動後、2013年に秋田へ戻り、“ふつうの人のふつうの暮らし”をテーマにしたZINE『yukariRo』を仲間と制作している。HP
2021年、秋田県男鹿市に誕生したクラフトサケ醸造所〈稲とアガベ〉。
代表の岡住修兵さんは、
男鹿を日本酒(清酒)製造免許の新規取得ができる「日本酒特区」にしようと奔走し、
「クラフトサケ」というジャンルを確立したことで注目を集めている。
酒税法において「米、米麹、水を原料に発酵させ、こしたもの」と
定義されている「日本酒(清酒)」。
その製造免許は、輸出限定には解禁されたものの、新規に取得することができない。
〈稲とアガベ〉が日本市場向けにつくるのは、日本酒の製造技術をベースにした、
こさないどぶろくや、フルーツやハーブなど副原料を加えた「その他の醸造酒」だ。
岡住さんは、これらを「クラフトサケ」と呼び、
発起人となって〈クラフトサケブリュワリー協会〉を設立。
フランスでの「SAKE」造りで注目を集める〈WAKAZE〉、
福島県の〈haccoba〉など、
近年「その他の醸造酒製造免許」を活用して各地に誕生した醸造所が
一堂に会するイベント『猩猩宴(しょうじょうえん)』を男鹿と東京・下北沢で開催した。
「クラフトサケの認知が高まることで、参入する人が増えて
サケ業界が活性化してほしいという思いもあるし、
日本酒製造の新規参入解禁にもつなげたい。
若い醸造家が活躍できる未来をつくりたいと思っています。
初めて『猩猩宴』を開催した男鹿が聖地になって、
全国から人が集まるようになってくれたらうれしい」と岡住さんは話す。
2022年末には「TAMESHIOKE(試し桶)」シリーズとして
山梨県勝沼産のブドウ「甲州」を発酵させた「稲とブドウ」(2950円)を発表。
今後も5種類の新製品を予定している。
「副原料は、僕が人生において日本各地・世界中で出会った人たちとの縁」
と考える岡住さん。
米は秋田県産に限るが、副原料にはその制限を設けない。
「クラフトサケでは、米農家とつくり手の物語に加えて、
副原料の物語も伝えることができるおもしろさがあります。
副原料は、男鹿を知ってもらい、
男鹿に来てもらうきっかけになってくれる力があると思うのです」
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〈稲とアガベ〉では、無農薬無肥料の自然栽培米を、
精米歩合が食用米と同じ90%と、ほとんど磨かずに酒づくりを行う。
通常、日本酒の価値は米を磨くほどに高まるといわれ、
磨くことで生じる「米粉」や「米糠」は廃棄されてしまうものもある。
食糧危機が訪れるといわれている未来に、
米の一部を捨てる酒づくりは続いていくのか、疑問に思っていたという。
「磨くことできれいなお酒はできますが、
それだけではない、新しい価値軸をつくりたいと考えたんです。
アップサイクルの視点は必要だと思いましたし、
米を磨かずにおいしいお酒をつくることができたら、
米農家さんにも米代として還元することができる。いい循環が生まれていくのです」
「磨かない」ということはある種の制約だが、
「制約があることが、むしろ工夫や自由を生む」と岡住さんは話す。
「6号酵母しか使わない、秋田県産米しか使わない、木桶でしか仕込まない。
僕が学んだ〈新政酒造〉は
制約があるからこそ一線を画す酒づくりができていると思います。
磨かないという制約のなかでどうしたら磨いたお酒よりおいしいものをつくれるか、
工夫するのが楽しいし、この工夫が僕たちを強くしてくれています」
こすことで生じる「酒粕」の活用にも踏み出した。
4月には酒粕を活用した商品を製造・販売する
〈SANABURI FACTORY〉をオープンする予定だ。
「多くの蔵で、時にはコストをかけて廃棄される可能性がある酒粕に
価値を与えることができれば、日本酒業界を盛り上げることができると考えました」
第1弾製品はマヨネーズ「発酵マヨ」。
製造の際に飛ばすアルコール(粕とり焼酎)も回収し、ジンをつくる計画も立てている。
「酒粕からつくった焼酎由来のジンを、世界に輸出したいと思っています。
世界で受け入れられれば、日本中の酒蔵の酒粕問題を解決することができるはずです」
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岡住さんは、福岡県出身。
起業を志し、兵庫県の大学で経営を学んだ後に、
「日本酒関連で事業を立ち上げたい」と
その味に惚れ込んだ秋田市〈新政酒造〉の門を叩いた。
約4年半酒づくりを学び、良縁に恵まれたことで
「秋田の人に恩返しをしたい。この場所で雇用を生みたい」と創業場所を探すなか、
男鹿と巡り合う。
醸造所にはカウンタースペースのある〈土と風〉を併設。
昼はテイクアウトショップ、夜は完全予約制のレストランとして運営し、
秋田県内でつくられる食材やつくり手を紹介する場としても機能している。
このほか、「まちづくりをやっていくことが、本業の酒づくりにつながる」と、
男鹿駅周辺の船川地区の空き家を改修し、
前出の〈SANABURI FACTORY〉に加え、
ラーメン屋、パン屋、オーベルジュまでもつくる計画を立てている。
「この酒蔵が、100年先も、200年先もずっと残っていくものにするためには、
まちの魅力を上げていかなくてはならない。
この場所に来る理由をひとつひとつつくっていきたいのです」
世界で勝負する視点をもちながら、自分たちが暮らすまちへの視点は決して失わない。
お酒はもちろん、つながりをつくること、
この場所にどれだけの人を巻き込んでいけるかが、
今の自分の仕事だと岡住さんは考えている。
「今は船川地区を全力で盛り上げる。
その延長線上には男鹿市全域、さらには秋田県、
全国に貢献できることがあるかもしれない。
自分の仕事を通してどれだけの人を豊かにできるか。
それが人生の楽しみ方のひとつだし、僕がつくった場所で働く人たちがまた、
その先に続くいい影響を与えてくれれば、僕が生きた価値ってあると思うんです」
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こうしたまちの改革は醸造所の開業から「3年以内に実現する」という目標を掲げた。
現在、男鹿市の人口は約2.5万人。20〜30年後には、市自体が消滅してしまったり、
自然減で人口が1万人以下になるという推計もある。
「10年かけて改革しても遅いんですよ。3年というスパンで変化して、
今男鹿にいる中学生や高校生が、男鹿っておもしろいな、
岡住さんのところで将来働きたいなと思ってくれれば、
男鹿の未来がちょっとずつ変わっていくと思うんです。
天国からこのまちを眺めたときにも盛り上がっていてほしいから。
外から来た僕を受け入れてくれた場所なので、
ここでできることすべてを全力でやり続けようという思いです」
物事を言葉にすることで責任感をもち、仲間を増やし、
かたちにしてきた岡住さんであるから、どれも実現させてしまのだろうと想像できる。
その進化を見るべく、男鹿を何度も訪れたくなってしまう人たちが、
日本中、世界中にいることは過言ではない。
information
稲とアガベ
住所:秋田県男鹿市船川港船川新浜町1-21
営業時間:[ショップ土と風]11:00~16:00、[レストラン土と風]19:00〜 ※1日6組限定
定休日:月・火曜
Web:稲とアガベ ※醸造所の一般公開は行っていない
Web:レストラン土と風 予約ページ
information
クラフトサケブリュワリー協会
Web:クラフトサケブリュワリー協会
*価格はすべて税込です。
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