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社員が誇りを持つ蔵元
秋田・石孫本店

醤油ソムリエール黒島慶子の
日本醤油紀行
vol.006

posted:2014.4.10   from:秋田県湯沢市  genre:食・グルメ

〈 この連載・企画は… 〉  小豆島の「醤(ひしお)の郷」と呼ばれる地域に生まれ、蔵人を愛する醤油ソムリエールが
真心こもった醤油造りをする全国の蔵人を訪ねます。

writer's profile

Keiko Kuroshima

黒島慶子

くろしま・けいこ●醤油とオリーブオイルのソムリエ&Webとグラフィックのデザイナー。小豆島の醤油のまちに生まれ、蔵人たちと共に育つ。20歳のときに体温が伝わる醤油を造る職人に惚れ込み、小豆島を拠点に全国の蔵人を訪ね続けては、さまざまな人やコトを結びつけ続けている。

「どうしても、石孫さんには行ってもらいたい」
強くお勧めいただき、理由を問うと「お母さんがいい」とひと言。
その言葉に誘われて“お母さん”に会いに行ってから約半年が経ちました。
この間、何度“お母さん”を思い出して、会いたいなぁと思ったことか。
その感覚は、ひとり暮らしをする子どもが、家族や幼なじみに会いたくなる感覚に近い。
そして、あの心地いい蔵や母屋で深呼吸し、くつろぎたい。

蔵人が「感動」できる蔵

石孫本店は、秋田県湯沢市で江戸時代、安政二年から営む蔵元。
蔵には150年余り受け継がれてきた堂々たる看板が掲げられ、
扉を開けると気品溢れる女性が柔らかな笑顔で迎えてくれました。
この女性が、“お母さん”と呼ばれていた石孫本店6代目社長、石川裕子さん。
きれいな服を身にまとい、常に丁寧で朗らか。
蔵中から、これまでにない澄んだ柔らかな香りがただよってきます。
なんとも不思議な心地よさ。

江戸時代から使い続けている桶。「新しいものを買ったこともあるんだけど、やっぱりこれが肌に馴染むから使い続けているのよね」と石川さん。

希少になった、袋で搾る槽(ふね)。

蔵の中は石材と木材ででき、建物に柔らかな光が差し込んでは
風情ある美しさをつくり上げています。
そして、景色のように溶け込んでいる醤油を造る道具の多くは、
大正時代から代々使い続けられたもの。
石川さんは、そのひとつひとつの道具を見ながら
「石炭が赤く熱されるのはきれいよ」
「混ぜるたびに小麦の粉がふわって広がるのは幻想的」
「藁が高く燃え上がる雰囲気には、毎回感動するの」
「薪の光は柔らかくていいのよ」と、嬉しそうに話します。

一方、備品を揃えるのにも製造にも手間がかかり、修繕もひと苦労。
それでも続けていく理由を尋ねると
「難しいことは抜きに、何度も手で触って『自分たちがおいしくした』
『うまくできたなぁ』と実感し、すべてに愛着が湧くことが第一。
その結果が手づくりです。仕事は楽しくて喜びがないと寂しいじゃないですか」
と教えてくれました。

小麦を煎る機械。一般的には石油を使うが、石孫さんはなんと石炭を使う。石炭を使っているのは石孫さん以外聞いたことがない。「石炭が赤く熱されるのはきれいよ」と石川さん。

いまでは希少になった麹蓋で麹を育てる室(むろ)。下の穴に、真っ赤に燃えた木炭を入れる。その後は2時間ごとに母と娘が入れ替わって麹を管理。しっかり寝ることすらできなくなるけれど、「炭の赤さが柔らかくてきれいだからむしろ見たくなるの」と言う。

指示しなくとも社員が主体的に動く

各部屋の入り口に名前が掲げられていることに気づき、あれは? と問うと
「担当者の名前を書いています。『ここは私がやった』って誇りを持つように。
これがすべて機械だったら、自分がどこに関わったかわからないですからね。
さらに、うちは古い道具を使っているから手がけている様子が見えるでしょ。
だから互いに口を出し合い、もし自分のほうが正しければ
『ほらみろ!』と言ったり(笑)。そんな関係がいいですね」と石川さん。

じゃあ、蔵中がきれいで香りがいいのは、掃除も自主的に?
「掃除も社員のほうが厳しいの。
自分たちで話し合って、自らの手で雑巾がけをしていますよ。
社員はほんと好きに動いています。例えば、そらまめで味噌をつくってみたり、
休憩室にあるストーブでいろいろつくってみたり。しかも私が入ると、
社長の分はないですよとか言われるんですよ(笑)。そんなのしばしば。
日頃の仕事も私から指示はせず、みんな自分たちで相談して動いています。
自分たちで動いているから、逆に私がどうなっているか聞いて把握していますよ。
もうね、うちは若者がいちばんえらそうなの」と、微笑みます。

入り口に担当者の名前と、御幣が掲げられている。

醤油を仕込む木桶が並ぶ。「社員が、『掃除をするときに中に汚れが入らないように、床を桶の口より低くして』って言うから低くしたの」と石川さん。

石川さんのお勧め。郷土調味料「みそたまり」

帰って醤油「百寿」の封を開けると、蔵で香ったあの柔らかな香りがしました。
あぁ、そう、この心地いい香り。思い出して嬉しくなります。

そして「みそたまり」も。石孫さんがある湯沢周辺の郷土調味料で、
米味噌を長時間かけてじっくり発酵、熟成している間にわずかに出てくる上澄みです。
透き通る茜色、年月をしっかり重ねた味噌と本みりんが合わさったような香り、
すっきりとした塩味とみりんのような甘味が静かに続きます。
小豆島産の甘味と辛みのバランスのとれた
新鮮なオリーブオイルと合わせて温野菜にかけました。
「みそたまり」という名前の印象とは裏腹に、
みそたまり自体の風味が主張することなく、塩味がそれぞれの持ち味を引き立て、
甘味が柔らかく包み込んでくれ、野菜がとても味わい深くなります。

味わっていると、愛情一杯の石川さんを思い出しました。
そして、ふと石川さんは、子育て上手なお母さんのようだなと思いました。
社員が誇りを持って自主的に動き、心地よさ溢れる蔵になって、
それがおいしさに表れている。
そんな雰囲気をつくりたいと多くの経営者は思いながら、実際は難しいもの。
できるのはやっぱり石川さんだから。
あぁ、もうひとりのお母さんのような石川さんに会いたいなぁ。

社員をまるで子どものように愛おしそうに話す石川さん。ひとつひとつの道具や工程についても愛情一杯伝えてくれる。

石川さんと話していると、気持ちがほぐれてあったかくなる。

*石孫本店の商品は「コロカル商店」でもお買い求めいただけます。こちらからどうぞ。

information

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石孫本店

住所 秋田県湯沢市岩崎字岩崎162
TEL 0183-73-2901
http://ishimago.main.jp/

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