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会いたくなる蔵元
小豆島・ヤマロク醤油

醤油ソムリエール黒島慶子の
日本醤油紀行
vol.005

posted:2014.3.27  from:香川県小豆郡小豆島町  genre:食・グルメ

〈 この連載・企画は… 〉  小豆島の「醤(ひしお)の郷」と呼ばれる地域に生まれ、蔵人を愛する醤油ソムリエールが
真心こもった醤油造りをする全国の蔵人を訪ねます。

writer's profile

Keiko Kuroshima

黒島慶子

くろしま・けいこ●醤油とオリーブオイルのソムリエ&Webとグラフィックのデザイナー。小豆島の醤油のまちに生まれ、蔵人たちと共に育つ。20歳のときに体温が伝わる醤油を造る職人に惚れ込み、小豆島を拠点に全国の蔵人を訪ね続けては、さまざまな人やコトを結びつけ続けている。

異色のお醤油屋さん

小豆島のヤマロク醤油は、「会いたい」という声が多い蔵元。
私はヤマロク醤油からわずか1.6キロの場所に住み、
かつ醤油ソムリエールを生業としていることもあり、
訪問総数は200回をゆうに超えています。
休む間もないくらい忙しい蔵元なので、用事がなければ行かないのですが、
それくらい周りからつないでほしいと要望のある蔵元です。

ヤマロク醤油を初めて訪ねたのは10年余前、私が現在の活動を始めた20歳のとき。
小豆島の蔵元を訪ね回っているときに、大半の蔵元から
「ヤマロク醤油に行ったらいいよ」と言われ、なかにはヤマロク醤油に電話を入れて
「いまから車で送るよ!」という蔵人もいたほど、地元の蔵元もおすすめする蔵元です。

そして出会ったヤマロク醤油5代目の山本康夫さんは、
とてもインパクトがありました。来た理由をたずねられ、
「勉強したくて」くらいしか言えなかったものの、じわりと迫る気迫に
「島内の蔵元をWebサイトにまとめようかな……と」とつけ加えると、
「ネットで醤油を売ったって儲からんで」と理路整然と説明してくれました。
売ることまではまったく頭になかったのですが、経営視点に立って
ここまで熱心に醤油のことを話してくれた蔵元は、いまでも唯一。
20歳の私は醤油の知識ゼロでしたが、それでも異質であることは肌で感じました。

それから10余年、恵まれた醤油の活動と出会いを経て、
醤油の知識も見解も深まり、偏りがなくなったと感じるいま、
「ヤマロクさんは異質」という思いは深まるばかり。
小豆島で面白いことを試みる若者は揃って
「ヤマロクさんは、やっぱすごいわぁ」と心から敬って
自主的にヤマロクさんを宣伝しています。料理人も
「ヤマロクさんの心意気に感銘を受けた」と使っていたり、
全国各地の醤油蔵に行っても
「山本さんに会いたいんだよね」と話題に出てくることが何度もあります。
何がここまで人を惹き寄せるのか。
その理由は間違いなく山本康夫さん、その人にあります。

5代目の山本康夫さん。

たくさんの人が訪れる蔵

ヤマロク醤油はこれまでさまざまな面白い取り組みをしていますが、
そのひとつが年中無休、予約なしで見学を受け付けていること。
そもそも蔵の見学が可能な蔵元はあまりありませんが、
もし可能でも予約が必要だったり、時間に制限があったり、
ガラス張りの窓から仕込み桶をのぞくことができる程度の見学がほとんど。
ところがヤマロク醤油はいつでもそのままの現場のようすを見せてくれ、
康夫さんの都合が合えば自ら蔵を案内してくれます。
本当に興味を持って見学に訪れた人にはあちこち長時間にわたり案内してくれますし、
見学後は醤油の味見やスイーツも楽しむことができます。

こうして、観光地である小豆島という立地を生かして
お客さんに立ち寄ってもらうしくみをつくり、訪ねた人はヤマロク醤油のファンになり、
リピーターになったり、口コミでさらにお客さんが訪れます。
ですから、平日でも観光客がひっきりなしにやって来るのです。

いつ立ち寄っても、多くの観光客が入れ替わり立ち替わり、賑わっている。

“孫やひ孫の代に残す”を貫く

そして、ヤマロク醤油の異色さを物語る最たるものが、新桶をつくる試みです。
2013年9月24日、いまでは世界唯一となってしまった
日本古来の大桶をつくる桶屋「藤井製桶所」の兄弟が、
ふたり揃ってヤマロク醤油を訪ねました。そして
「ヤマロクさんは異質な醤油屋や」と、微笑んで感慨深く言い残しました。
康夫さんが初めて自らの手だけで桶をつくり上げたときのことです。

実は、木桶は戦前まで大手も使っていた仕込み容器なのですが、
戦後の大量生産によって減少し続け、いまや日本の醤油生産量のうち、
木桶仕込みの醤油は1%未満。
戦後は木桶の発注もなく、残る大桶をつくる桶屋は1社のみ。
その1社がなくなれば、日本から伝統的な基礎調味料がなくなると危惧した康夫さんは、
2009年に醤油業界で戦後初の新桶を発注。
さらに2012年1月には桶屋に修業に行って桶づくりを学び、
2013年9月に、なんと自分たちだけで新桶をつくるという、
世間が驚く行動に出たのです。

2009年、新桶を9本も入れ、神事を行う。

2012年、桶のつくり方を習いに「藤井製桶所」へ。桶の側面「側板」を削る。

いよいよ側面が組み合わさる。1枚ずつ形が違うのに、ぴったり円になるのが不思議。

しかし、この前代未聞の行動も自然な流れ。
実は、康夫さんが長年ぶれることなく掲げている信念は
「孫やひ孫の代に残す」。桶のことも
「僕や息子の代はあるんですよ。孫の代もなんとかあるかもしれない。
でも、その先になったら難しいです」と見学者に伝えます。
だから新桶をつくる。その決断と行動力は、生半可なものではない。
康夫さんだからできた決断です。

ほかにも書き尽くせないほどさまざまな面白い試みをされていますが、
すべて100年後を見越したものです。
「何代も先を見たうえで考えるから、いろんなことに疑問を持つこともできて、
考えて行動するから効果が出てくるんや」と康夫さんは話します。

2013年、いよいよ自分たちだけで新桶をつくることに。すべての工程で一寸のミスも許されない。白熱の作戦会議は何時間も続きます。

桶を締める「箍(たが)」を編む。少し編んでは頭をひねる。

底板の側面に願いや決意を記す。解体されるまで、誰にも見られることはない。

いよいよできあがり、試しに水を張ってみる。「漏れない桶」をつくるのが桶職人の技。漏れないか息を飲みながら見守ります。

「漏れとらんのがすごい!」と褒め称える藤井製桶所の兄弟。

康夫さんらしい、個性ある濃厚な「鶴醤」

そんな康夫さんの魅力もさることながら、
一度味わえば惚れ込んでお取り寄せしたくなる醤油があります。
それが再仕込醤油「鶴醤」。多くの人に
「おいしい! 醤油だけでご飯が何杯もいける」と言われる醤油です。
「どんな醤油ですか?」という質問に対して、
「普通じゃないです」が私の第一声。
濃厚な甘味と旨味が一瞬で口の中を満たし、
塩辛さや雑味やくすみは感じず(規定内の塩分は含んでいます)、後味はすっきり。
まったく添加物を入れない醤油の中で、最も濃厚な醤油のひとつに入ります。
使い方としては、「ソースのように使える醤油」というのがイメージしやすいかと。

とんかつやカキフライなどの揚げ物には、とんかつソースや
オイスターソースやタルタルソースより合うという声もたびたび聞きます。
カレーの仕上げに加えると、より濃厚になって香りも立ち、
バニラアイスにかけるとキャラメル風味に変わります。
このように、しっかりとした味わいのある料理と相性良し。
逆に繊細な食材と合わせると、醤油の味や色が勝ってしまうので、
あまりおすすめはしませんが「とにかく鶴醤そのものの味を楽しみたい!」
という人に何十人と出会ってきました。
どんな料理にも使ってお楽しみください。

60年余りも続くフランス料理「レストラン香松」の料理長は「もう、欠かせない隠し味です」と力強く言う。

直火の香ばしさとも合わさって食欲をそそります。

ほかの人がやらないことに挑戦し、理念だけでなく実行するヤマロク醤油。
百聞は一見に如かず。
会いたい! 味わいたい! と思った皆様、来て、見て、話して、味わって、
蔵を丸ごと体感してみてください。心に残る感動や学びがありますよ。

information

map

ヤマロク醤油

住所 香川県小豆郡小豆島町安田甲1607
TEL 0879-82-0666
http://yama-roku.net/

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