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こだわりの麹で造る
「たまり醤油」
愛知・南蔵

醤油ソムリエール黒島慶子の
日本醤油紀行
vol.004

posted:2014.3.13   from:愛知県知多郡武豊町  genre:食・グルメ

〈 この連載・企画は… 〉  小豆島の「醤(ひしお)の郷」と呼ばれる地域に生まれ、蔵人を愛する醤油ソムリエールが
真心こもった醤油造りをする全国の蔵人を訪ねます。

writer's profile

Keiko Kuroshima

黒島慶子

くろしま・けいこ●醤油とオリーブオイルのソムリエ&Webとグラフィックのデザイナー。小豆島の醤油のまちに生まれ、蔵人たちと共に育つ。20歳のときに体温が伝わる醤油を造る職人に惚れ込み、小豆島を拠点に全国の蔵人を訪ね続けては、さまざまな人やコトを結びつけ続けている。

「麹造りがすべてです」
揺るぎない口調で「南蔵」5代目・青木弥右衛門さんが話します。
青木さんの話は麹造りに始まり、麹造りに終わるほど、麹造りに信念を貫きます。

「麹造り」とは、醤油製造における第一段階の工程。
原材料を加工して桶に仕込むまでの工程を示し、
醤油の菌が活動しやすい状態にします。
実は醤油業界には「一麹二櫂三火入れ」という、
醤油を造る者なら誰もが知る醤油造りの重要工程を表す言葉があり、
その「一麹」こそ麹造り(「二櫂」はもろみの混ぜ「三火入れ」は仕上げの加熱を指す)。
醤油造りにおいて気の抜けない工程で、青木さんの意識は一段と高いのです。

時代が変動しようと、私たちはおいしい醤油を極めるのみ。

南蔵は、たまり醤油の最大生産地・愛知県知多郡武豊町で
明治5年(1872年)から営む蔵元。
「大正時代の武豊町には50軒の蔵元があったけど、いまは8軒になりました。
昔はたまり一本がひとりの日当と言われるくらい高価な調味料でしたが、
いまはずいぶん安くなりましたしね」と青木さん。
そんなに高くても地元の人は買っていたのかと驚くと
「昔はたまり醤油を買うしかなかったんですよ。
この辺りの調味料と言えば赤みそとたまり醤油と塩くらいでしたから。
でも戦後に大手の安価な醤油が出回り始め、
地元の人こそたまり醤油を使わなくなりました。
造ったたまり醤油を薄めて売る蔵も出てきて、一気に淘汰されました。
いま残っているのは、昔ながらの造りを頑固に続けたところです」
そして、南蔵も続いた頑固一徹の1社。

「たまり醤油」とは、ほとんど大豆だけで造られる醤油。
主に東海地方で生産、消費されています。
濃口醤油が大豆と小麦を約半々使うのに対し、
たまり醤油は小麦をほとんど使わないため(南蔵では小麦は使わない)、
香りに癖が出やすく、一般の人にとってはなかなかなじみがないもの。
そして地元の人のたまり醤油離れ。
そのなかで支持されているのは、何か工夫を? と尋ねると
「いえ、時代が変わろうと、私たちがどうこうすることはなくて、
私たちはとにかく“おいしい”醤油を造り続け、信用してもらう。ただそれだけです。
“当たり前のことを当たり前に”がモットーですが
そんな私たちの醤油をお客さんが選び、どこかで買ってくれています。
関東や関西のお店にも、お客様からの要望で並ぶようになりました。
いまでは地元の人よりも都市の人、年配の人より若い人のほうが買ってくれます」

南蔵の醤油のおいしさのすべてがこの麹造りから始まる。

28~30石の桶が86本並ぶ。

いい麹ができれば、いい醤油になる。

そんな選ばれしたまり醤油が造られる現場を案内していただきました。
なるほど、蔵の中は冒頭の「麹造りがすべてです」の言葉に納得させられることばかり。
「大豆が水に浸る最後の15~20分は、つきっきりで管理していますよ。
もう、1分で蒸しが全然違いますから」と青木さん。
なんてシビアな造りだろう。
そして蒸された大豆は成人男性の親指程度の塊にし、
種麹を降り注いで室(むろ)の中に入れます。
「ちょうど今日の朝入れたんですよ」と、室の扉を開いていただくと、
ふわりと柔らかい香り広がりました。
きなこのようにほっくりとした甘い香りが心をほぐします。
あぁ、この香りから生まれる醤油は、
さぞいい香りの醤油なのだろうと期待感が高まります。

「明日の朝から発熱し始めます。この時から昼までの半日が勝負。
もう常に状態を確認しています。
いい麹ができると何も添加しなくて済むから、添加しません。
大豆のたんぱく質を余すことなく醤油の旨味にすることができます。
また、蔵全体にいい菌が広がって、いい菌が働きやすい環境になるので、
桶1本1本による味の違いも出てこなくなります」

たまり醤油の仕込み桶。

搾られていくたまり醤油。

「味わってみますか?」と、木桶のもとへ。
ぐぐっと力を入れながら慎重に栓を回します。
この、桶から直接醤油が注がれるのがたまり醤油の魅力。
醤油が出てきた瞬間、早く味わいたい! という欲が止まらなくなります。
そして器に注がれた醤油を見てびっくり。
きれい!! 
なんて美しい赤色でしょう。こんな色が出るなんて……。
すっかり目を奪われました。そして香りも好印象。
たまり醤油における癖が主張しすぎることなく、気品があります。
味わいもしょっぱさを一瞬感じたあとは、濃厚な甘味や旨味が口の中で膨らみます。
この色・香り・味こそ麹へのこだわりから生まれた賜物。感動しました。

麹へのこだわりは、先代からですか? と私が尋ねると、
「父はもっとすごいですよ! 
死ぬ前も、『まだいい麹と出会ったことがない』と言い残していきましたし、
僕が若い頃は必死に造っていても『匂いが悪いじゃないか』と言われる日々でした」
と苦笑い。

仕込み桶から直接出していただく。

十水仕込みのたまり醤油(左)と五分仕込みのたまり醤油(右)。美しい赤色に感動。

そして、蔵をあとにして友人の案内で地元の日本料理「小伴天」へ。
うれしいことにお造りのつけ醤油や、魚の煮付けに
南蔵のたまり醤油が使われていました。
お造りにつけると、まずはたまり醤油の旨味が広がり、
噛むたびに魚の持ち味がどんどん引き出されていきます。
ブリの煮付けはあの美しい赤色に魚が染まり、照りが食欲をそそります。
いやぁ、満足。うまいでしょ! という、
青木社長の堂々とした声が聞こえてくるかのようでした。
「南蔵さんのたまり醤油は青木社長の人柄と同じです。
丁寧に正直に造って、癖が強くないので、濃口醤油を使う感覚で使えます。
煮物にも最後に数滴入れると、おいしそうな香りと旨味を添えてくれますよ」
と話すのは、小伴天店主・長田勇久さん。

地魚のお造りと。味わうほどに魚の持ち味が引き出される。

煮魚。美しい赤色に魚が染まり、照りが食欲をそそる。

「麹造りがすべて」
その考えは代々、刻々と蔵人の魂に刻まれ、毎年固唾をのみながら大豆を醸す。
そうしてできた麹は、最高においしくなるエネルギーを持ち、
2年余りかけてじっくりと大豆の持つ旨味を醤油へと解き放っていく。
搾られた醤油は、言葉なくとも人々の舌を満たし、欠かせない調味料となる。
できた醤油に感動する私に「やっぱり麹ですね」と青木さん。
その静かな声には、これまで青木さんが何度も確信してことを物語る深さがありました。

南蔵5代目・青木弥右衛門さん(左)と奥様(右)。

information


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南蔵

住所 愛知県知多郡武豊町里中58
TEL 0569-73-0046
http://www.minamigura.com/

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日本料理 小伴天

住所 愛知県碧南市源氏神明町256
TEL 0566-48-0218
営業時間 11:30〜14:00、17:00〜21:00(L.O. 20:30)
水曜休
http://www.katch.ne.jp/~kobanten/

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