連載
posted:2020.2.3 from:神奈川県横浜市 genre:旅行 / 食・グルメ
sponsored by 宝酒造
〈 この連載・企画は… 〉
「和酒を楽しもうプロジェクト」もいよいよ7年目へ。
舞台をイエノミからソトノミに移し、“酒場推薦人”の方々が、日本各地の魅力的な「ローカル酒場」をご紹介します。
writer profile
Daiji Iwase
岩瀬大二
いわせ・だいじ●国内外1,000人以上のインタビューを通して行きついたのは、「すべての人生がロードムーヴィーでロックアルバム」。現在、「お酒の向こう側の物語」「酒のある場での心地よいドラマ作り」「世の中をプロレス視点でおもしろくすること」にさらに深く傾倒中。シャンパーニュ専門WEBマガジン『シュワリスタ・ラウンジ』編集長。シャンパーニュ騎士団認定オフィシエ。「アカデミー・デュ・ヴァン」講師。日本ワイン専門WEBマガジン『vinetree MAGAZINE』企画・執筆
credit
撮影:池ノ谷侑花(ゆかい)
今回のローカル酒場は、関東圏の聖地のひとつ、
神奈川県は横浜・野毛にご案内。
JR桜木町駅と京浜急行日ノ出町駅の間にあるこの地は、
横浜の昔と今、文化と喧騒が混在。
丘の上には緑と瀟洒(しょうしゃ)な世界、海に向かえばみなとみらい。
そして、まちなかはと言えば……。
昭和の時代は、港湾、市場関係者が元気と癒しを求めたまち。
ギャンブルも艶もあって、だからこその人情もある。
その歴史を見続けてきたのが立ち飲みの〈酒蔵 石松〉。
大将の早乙女節夫さんは、
「やんちゃなことは散々やってきたよ! 今はもう全部やめたけどさ。
昭和の時代にここにいたら、そりゃそうなっちゃうよ」
とカラッと明るい笑顔。
1968(昭和43)年にフルーツ屋として開業し、
1977(昭和52)年に立ち飲み屋に転業。
現在は〈ぴおシティ〉となっているビルが、
まだ〈桜木町ゴールデンセンター〉という名前だったころから、
この飲食店街で営んでいるのは〈石松〉を含めて
「もう4軒ぐらいになっちゃったかね」と早乙女さん。
今と昔のこの土地を感じる。それがローカル酒場の楽しみです。
今回の案内人は、ヘアスタイリストの平田克也さん。
趣味がローカル酒場巡りで、野毛はもうホーム感覚で、
お気に入りの店やコースはいくつもあります。
平田さんは、ローカル酒場巡りは「小旅行」と言います。
予定は詰め込まず、さっと飲んで食べて、
その時の気分で次へ、というのが彼のゆるやかな流儀。
「最初にハマったのは、4、5年前、大井町でした」。
狭い路地に並ぶ酒場を歩き、数軒はしごすれば
そのまちの昔と今が感じられる不思議。
初めて訪れるまちでも、ローカル酒場がその地のことを教えてくれる。
まさにそれは小旅行なのでしょう。
平田さんが独立し、〈TSUKI〉というサロンをオープンしたのは1年前。
自身がが手掛けるTシャツや、海外で買い付けてきたアクセサリーが並ぶ、
クリエイティブなスペースでもありますが、
ロケーションはと言えば、中目黒駅すぐの酒場街の雑居ビル。
変わりゆく中目黒の高架下、昭和の面影が残る酒場。
その両方を感じられる場所に引き寄せられたのは、
平田さんにとって自然なことだったのでしょうか。
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では乾杯。
平日の昼下がりですが、今日は〈石松〉の名物である
新鮮な魚介を楽しむために、日本酒でいきましょう。
松竹梅「豪快」を燗で。
「これねえ、生の魚とよく合うんですよ」と早乙女さん。
コップの下に小皿を敷いて、なみなみと、まさに豪快に注がれた酒。
「酒は血の一滴。たらしちゃだめよ!」
と笑顔の早乙女さんから教えていただいたお作法は、
コップはそのまま置いて、口を近づけてひとすすり。
お行儀は悪そうに見えるけれど、
ローカル酒場のローカルルールは、小旅行の楽しみ。
早乙女さんのおすすめに従って、
平田さんは名物の〈上まぐろの中トロ〉で昼飲みの時間をスタート。
昔から魚好きのお客さんが多いので、今でも横浜の魚市場から仕入れています。
メニューはこだわりの逸品ばかり。早乙女さんは、
「だってここの家賃、乾きモノばかりじゃ払えないもの。
贅沢なモノ出しておかないとさ」と本気とも冗談ともつかない笑顔。
贅沢と言っても、これで500円。
むしろこれで家賃は大丈夫なのかと思うほど。
平田さんも同じく自分で店を運営する立場ですから、
このサービス精神には驚きと納得。
「このマグロ、モノがいいですよ」
とひと口食べた後の声にも実感がこもります。
ここで「豪快」の燗をひと口。
「マグロの甘みのある脂とからみ合って、でも後味はすっきり」
と軽く目を閉じながら平田さんはしみじみ。
続いて旬モノの〈ぶり刺身〉(480円)、
定番の〈〆サバ〉(400円)を注文。
値段とうまさ、新鮮さの天秤や物差しが狂ってしまいそう。
「この〆サバ、新鮮だからこそ、この塩梅なんだと思います。おいしい!」
と平田さんは、また酒をひと口。
早々に進んでコップはもう、持ち上げられる状態。
もちろんおかわりの声。
続いては定番の〈冷やしトマト〉や〈もつ煮込み〉なども合わせながら。
普段はスペインバルのように1~2皿、1~2杯で次の河岸へ、
という平田さんですが、立ち飲みでもここなら「じっくりも悪くないですね」
平田さんにとって野毛は“気づいたらリピートしていたまち”。
「わくわくするんですよ。とにかくいい店が多いですしね。
座れるところでも立ち飲みでも、どちらも好きで、
必ずここは行くという店も数軒あります」
居心地のいいリピート店に加え、発見を求めて野毛を歩く。
やっぱり酒場巡りは小旅行。
「それにしても魚介のメニューだけでも随分多いですね」
とメニュー黒板を見上げる平田さんに、早乙女さんは、
「実は、野毛では昔、クジラやなまこがよく食べられていたんですよ。
だからうちもまだ扱っています。若い人は食べないかな」
実は横浜市中央卸売市場が近い野毛。そう、この歓楽街は、昔は港町。
今ではみなとみらいが海へと延びているからその感覚は得られませんが、
早乙女さんの言葉で、昔の野毛に思いを馳せることができます。
複合施設の地下にある飲食街の立ち飲み屋に、
一瞬、海の香りが漂い、市場と、昭和の海の男たちの喧騒が
聞こえてくるような錯覚に陥りました。
あのころと今。ビルの地権者も、ビル自体も変わり、地形も変わり、
いろいろなものが変わっていきました。
そのなかで早乙女さんの人生も同じように変わりました。
冒頭に紹介したこの言葉。
「やんちゃなことは散々やってきたよ! 今はもう全部やめたけどさ」
やめた理由は奥様との出会い。
早乙女さんが30歳のころ、お店のバイトだった奥様はまだ女子大生。
「彼女と結婚したくて全部やめたんだよ」
そして今、その女子大生は、早乙女さんとともにこの店を仕切っています。
「奥さんと甥っ子にお手伝いがひとり。家族が暮らせる分だけ稼げれば」
早乙女さんもやんちゃな横浜の青年でした。
本牧ではアメリカの名残、グループサウンズ、ロックにライダース、アメ車、
野毛ではギャンブルに艶に喧噪。港の男たちの笑いと涙。
どちらも若き頃、目いっぱい体感してきた。
その早乙女さん自身の暮らしや思いが変化してきたように、
同じ場所にあって、同じ思いであっても、
いろいろなことが変わります。
「決まって夜の8時30分にひとりで来られる若い女性がいるんですよ」
と早乙女さん。
「女性でも気軽にひとりで来てくれる人が増えました。うれしいよね」
今の野毛は若い人や女性の笑顔も広がり、
多彩な店が軒を連ねますが、ローカル酒場でその昔にも思いを馳せる。
野毛と同じように、昔と今がふとしたところで交錯する中目黒。
ローカル酒場の小旅行で、平田さんの店とクリエイティビティにも、
得られるものがありそうです。
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名前の通り、力強く飲み応えのある清酒。
口に含んだ時にはすっとキレながら、
どしっと旨みが体に落ち、余韻の酸が次の肴を呼びこみます。
特に冬や早春は、熱燗でその魅力を存分に堪能。
脂ののった魚、濃厚な貝類とは、
その強さに負けずに、しかし張り合うのではなく、
手を取り合いながらお互いの良さを生かす関係。
冷やしトマトや揚げ物では冷で、旬の魚や白子、貝は燗でどうぞ。
※飲食店専用商品
information
石松
住所:神奈川県横浜市中区桜木町1丁目1
TEL:045-201-1320
定休日:月曜
営業時間:火曜〜金曜 12:00〜21:30 土曜 10:00〜21:00 日曜 10:00〜20:00
アクセス:JR桜木町駅直結の〈ぴおシティ〉地下2階
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