連載
posted:2013.9.7 from:福島県いわき市 genre:ものづくり
〈 この連載・企画は… 〉
伝統の技術と美しいデザインによる日本のものづくり。
若手プロダクト作家や地域の産業を支える作り手たちの現場とフィロソフィー。
editor's profile
Kanako Tsukahara
塚原加奈子
つかはら・かなこ●エディター/ライター。茨城県鹿嶋市、北浦のほとりでのんびり育つ。幼少のころ嗜んだ「鹿島かるた」はメダル級の強さです。
credit
撮影:嶋本麻利沙(THYMON)
細かい彫りと木目が美しいこちらのプロダクトは、
神社のお札が入るようにデザインされた神棚「Kamidana」。
デザインは、mizmiz designの水野憲司さんが手がけ、
福島県いわき市の木工集団「moconoco(モコノコ)」がかたちにした。
「しろ」だと高さ28センチ、「むく」は高さ32センチと、
どちらもとてもコンパクト。
それにしても神棚って、こんな斬新なものでもよいんですね(!)。
「最初、デザイン案を見たとき、私たちもそう思いました(笑)」と話すのは、
このKamidanaをプロデュースした、大平宏之さんと祐子さん夫妻。
夫妻は、福島県いわき市で100年以上続く老舗の正木屋材木店を営む一方で、
木工集団「moconoco(モコノコ)」を束ね、
いわき市から、木工で何か発信できることはないかと模索している。
「きっかけとなったのは、仮設住宅に住む方から、
手軽な神棚はつくれないかと相談されたことです。
確かに、最近の新築住宅で神棚をつくるところは少ないですし、
それなら、今のライフスタイルにも合うような、
新しいスタイルの神棚をつくれないかなと思ったんです」(祐子さん)
そこで、大平さん夫妻はデザイナーの水野さんに神棚の相談をもちかけた。
当時水野さんは、自らデザインした
“kotori chair”をつくってもらえる木工所を探しているところで、
大平さんたちにコンタクトをとったところだった。
「本当は、自分の相談をしにいくつもりが、
代わりに神棚のデザインの宿題をもらってきてしまったんです。
神棚なんて、どうデザインしようかかなり迷いましたが、
まずは、神棚の歴史から勉強して、コンセプトを絞っていきました」
と水野さんは、当時のことを教えてくれた。
お神札を家の中で祀る風習が一般に広まったのは、
伊勢信仰が流行った江戸中期と言われている。
以来、広く使われている神棚は、伊勢神宮に代表される「神明造」という
建築様式を模し、小さな神社のかたちをした「宮形」にお神札を祀るものだ。
ただ、そのような宮型は無くとも、
板にお神札を祀るだけでもで神棚としての機能は持ちうるのだそう。
ここから、水野さんは、コンセプトを3つのポイントに絞った。
まず、お神札を祀るという用途はコンパクトにまとめ、シンプルなデザインに。
ふたつ目は、伊勢神宮のシルエットを刻印として残すこと。
3つ目は、木、本来の素材感だ。
「日本には、古くから“木に神が宿る”というような考え方があります。
木の素材感を生かしたかたちにすることで、
木がもっている神聖な雰囲気を保てないかと考えました」
しかし、そんな水野さんのデザイン案には賛否両論だった。
寺社建築を手がけてきた経験のある職人からは、
やはり、斬新過ぎるかたちなのではという意見も出た。
念のため、祐子さんは地元の神社、数社へ相談しに行くと、
そういった新しいかたちの神棚の提案を快く喜んでくれた。
最近はある神社庁が新しいデザインの神棚を募集していたこともあったという。
地元の神社の太鼓判ももらったことだし、
「だったら、一度デザイナーズウィークに出して反応をみよう」
と、まずかたちにしてみることになったのだ。
頭を悩ませたのはmoconocoのメンバーだ。
「僕たちの想像を超えるものだったので、どうつくっていいか考えましたね」
実制作の担当となった作田木工所の作田貴光さんは話す。
moconocoは、個人や木工所など10数名で構成され、
毎回のミーティングには、仕事状況に合わせて、みながフレキシブルに参加。
基本的には、ミーティングで制作の方向性を決め、
各々が得意とする技術を生かしながら実制作の担当を決めていく。
「頼まれると“ノー”と言えない人と、“できますか?”と聞かれたら、
“できない”とは言えない人たちの集まりかもしれませんね」
と、宏之さんは微笑む。
最初のサンプルが完成するも、水野さんからは即座にNGが!
moconocoは、利便性とかたちを最優先に考え、
木を貼り合わせたものをサンプルとして作成。
すると、「木」本来の質感がうすまってしまったのだ。
従来の神棚と同様に、使った木材はヒノキ。
ヒノキは水分の吸放出性が高いため、くるいが出やすい木材だ。
このヒノキを使いこなすためには、
切ったり貼ったり加工を増やすほうが、はめ合わせのくるいが少ない。
しかも日本には四季があり、季節によって木のくるい方が変わってくる。
試作品のなかでも、次第にあかなくなってしまったサンプルもあったという。
それでも、「木のなかに神が宿るような、
自然のままのかたちというコンセプトは、絶対保ちたい」と水野さん。
ここは、職人の腕の見せどころ。
ヒノキのひとつひとつの性質を見極めながら、
乾燥の方法や加工など、作田さんは、佐藤木工所の佐藤 武さんや
他のメンバーにも相談しながら試作を重ねた。
もうひとつ、メンバーを悩ませたのは、伊勢神宮のかたちを模した刻印。
焼き印では均等に刻印することは難しい。
モチーフとして切り取ったものを貼ってもなんだか安っぽい。
だったら、彫るのか。ひとつひとつ、手彫りなんて、商品化できない……
と、メンバーが頭をかかえるところへ、救世主の一声が。
「新しく入れたうちの機械で彫れると思いますよ」
と、口を開いたのは遠藤建具店の遠藤さとしさんだった。
家業の建具店を継いだ遠藤さんは、
ひとつひとつ、建具をつくる職人技術を大切に考える一方で、
「ライフスタイルも変わってきていますし、従来の技術に加えて、
何か自分のなかでも新しいチャレンジができないか。
新しい加工をお客さんに喜んでもらえないか。
そこで、最新の機材を導入しました」
かくして、Kamidanaの最終形が、ようやく見えてきたのだ。
「みんな、うまくいった試作品を持ってくるときは、
ミーティングに少し遅れて登場するんですよ。
でも、こっちはドキドキですよ! 遅れてくるから、
“やっぱり、できませんでした”って言われるんじゃないかって」
と水野さんは当時を振り返る。
サンプルをもって遅れて登場した作田さんが持っていたのは、完成品。
無事に、デザイナーズウィークへ出品することができた。
すると、評判は自分たちの想像以上を上回る好反応だった!
いくつかの雑誌で紹介が決まっていく。なかには、海外雑誌もあった。
みんなの思いと努力が、かたちになった瞬間だった。
「最初の試作品を見たときの水野さんは、
ものすっごい怒っていましたからね。あの時はこちらも焦りましたよね」
と佐藤さんや遠藤さんは冗談を言うも、
「でも、今までやってきたこととは全く違うことだったから、
違う視点から、木工を捉え直す新鮮さはありましたね。
既存の考え方をとっぱらって、水野さんの視点に立ってみることができたから、
いろいろ検討することができたんだと思います。
曲がっている木もあれば、まっすぐな木もある。
やわらかい木もあれば固い木もある。
この特性をどうやって生かしていこうかなって思うと、
次の楽しみができました」と遠藤さん。
そして、何十個もサンプルをつくった一番の立役者・作田さんは、
「みんなの力があってできたものです。
いろいろな意見を交わしながら一緒にできたことで、
絆も生まれたのかなと思います。いいものをつくることは、
職人にとって、当たり前のことですからね」と、思いを語ってくれた。
「東日本大震災がおこり、福島では、原発事故がおこりました。
でも、いわきも福島も無くなったわけじゃなくて、普通に生きて、
頑張ってやってるんですよ! というものづくりを発信したかった。
世界で、ものづくりが認められるような団体になりたいですね。
いろんなエキスパートが集まることによって、
新しいものが生まれていくような、
moconocoに育っていければいいかなと思っています」と祐子さん。
「めざすは、ミラノサローネですよね?」と言う水野さんに、
みなが笑うも、祐子さんは本気だ。
しかし、このメンバーなら、実現する日も近いのかもしれない。
日本の木を想う職人とデザイナーの心が通じた、
あたたかくもまっすぐなものづくりが、そう思わせるのだろう。
profile
moconoco
2010年、福島県いわき市内の木工業者と材木屋が集い木工技術の継承、共有、情報発信を目的とした木工職人集団が結成され、2012年震災後の活動を機に「moconoco(モコノコ)」として活動の場を広げる。木のクリエーターとしてさまざまな製品開発、各業種とのプロジェクト、コラボレーション等を行っている。
http://i-moconoco.com(購入&お問い合わせはこちらからどうぞ)
profile
KENJI MIZUNO
水野憲司
1979年東京都生まれ。一級建築士、デザイナー。工学院大学大学院を卒業後、設計事務所勤務を経て、2011年mizmiz design設立。デザインを通して、人の気持ちや想い、願いやその先の風景をシンプルなカタチに落し込み、デザインで心が繋がっていくような空間やモノづくりを行っている。
http://www.mizmizdesign.com/menu.html#id109
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