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高田製作所

ものづくりの現場
vol.017

posted:2013.9.30   from:富山県高岡市  genre:ものづくり

〈 この連載・企画は… 〉  伝統の技術と美しいデザインによる日本のものづくり。
若手プロダクト作家や地域の産業を支える作り手たちの現場とフィロソフィー。

writer's profile

Tomohiro Okusa

大草朋宏

おおくさ・ともひろ●エディター/ライター。東京生まれ、千葉育ち。自転車ですぐ東京都内に入れる立地に育ったため、青春時代の千葉で培われたものといえば、落花生への愛情でもなく、パワーライスクルーからの影響でもなく、都内への強く激しいコンプレックスのみ。いまだにそれがすべての原動力。

credit

撮影:Suzu(fresco)

ユーザーに寄り添った伝統産業プロダクト。

ものづくりのまちと呼ばれている富山県高岡市。
特に鋳物は有名で、鋳物工場だらけの一帯があるほど。
周りはライバルでもあるが、高岡のものづくりを盛り上げる同志でもある。

江戸時代初期から伝わる高岡の鋳造業が担ってきた製品は、仏具、花瓶、茶道具だ。
ところが、毎年数パーセントずつ売り上げが落ち込んでいった。
「悪くなる一方の状況を、肌で感じました」と
1997年の入社当時の空気を語ってくれたのは高田製作所の高田晃一さんだ。

高田製作所 常務取締役 高田晃一さん。

そこで、それまでの真鍮製品に加えて、2000年にはアルミの鋳造を始めた。
自分でデザインしたソープディッシュが
〈富山県デザインウェーブ〉というデザインコンペで優勝するなど、
少しずつ高田製作所のアルミ製品は広まっていった。

2004年に、ミラノサローネに単独出展したことも大きな転機だった。
「商品を送って、届かなかったりしたらイヤなので、
自分たちでトランクケースに入れて運びました。ひとりが持ち込める重量には
制限があるので、職人なども連れて7人で乗り込みましたね」と苦労もあったが、
そこでイタリアの世界的なインテリアメーカー〈モルテーニ〉に認められ、
そのセレクトショップに2種類のフラワーベースを置いてもらうことになった。
その後、逆輸入的に日本の百貨店やインテリアショップでも販売される。
このフラワーベースはデザインの評判もよく、販売も好調。
しかしあるとき、高田さんが敬愛する建築家、清家清さんにいわれたひと言。
「シャープですごく美しいデザインだけど、
子どもがケガしたり、病気になってしまうものと紙一重だ」
たしかにこのフラワーベースの魅力は、直線が組み合わされた鋭利なデザイン。
使いようによっては危ない側面もある。

「うちのおじいさんが、“もう武器はつくらない”といった話にも
反していると思ったんです」という高田製作所設立のストーリーは印象的だ。
高田製作所の創業者である高田さんの祖父は、
日露戦争後、大日本帝国の兵器をつくる工場で働いていた。いわゆる鋳造業だ。
しかし“もう武器はつくらない。死んでいった者のために仏具をつくりたい”
と思い立つ。
そして仏具の産地であった高岡に移り住み、高田製作所が設立される。

清家さんからの言葉と祖父の理念もあり、
フラワーベースの製造はやめ、テーブルウェアをつくり始めることになる。
〈SHIROKANE〉は錫製品のブランドで、
ビアカップや箸置き、アクセサリースタンドなどを展開している。
そのアイデアソースを「妻や友だちなど、まずは身近なひとを思い浮かべて、
彼らが喜んでくれそうなものをつくりたい。
みんないつ笑っているんだろう、といつも考えています」と語る。

「自由なかたちや曲線が生みだせることです」
鋳物の魅力は? と訊ねると、こう答えた。
つまり、ある特定のひとだけに合わせたものもつくっていけるのだ。
「お客さまに寄り添ったかたちで、本当の答えを知りたい」という
ユーザーフレンドリーな商品は、こうした感覚から生まれている。

砂で固められた型に、溶かされた金属が流し込まれる仕組み。高田製作所では山砂を使ってカスタマイズ(企業秘密)。型製作は手作業なので、1日の生産量は限定的だ。

黄色い炎をあげる約1100℃の真鍮を流し込む。流し込む速さによって仕上がりも変わってくる。

流し込まれた金属(錫)が固まったあと、取り出される。まだ熱い。砂でつくった型を用いることで、“鋳肌”と呼ばれる表面が生まれる。独特のざらっとした質感が美しい。

高岡の“ものづくりDNA”を後世へ。

高岡は、ひとつの企業だけが活発なわけではなく、
地域全体として盛り上がっている。
その中心となっているのが高岡伝統産業青年会。
40歳までの職人、メーカー、問屋など、
50人ほどのメンバーがさまざまな立場から、
伝統産業を外に発信したり、商品開発や展示会を手がけている。
メンバーみんなが新しいものに目を向け、お互いにいい刺激を与えあっている。

高田さんは今年で卒業だが、実は取材を申し込んだ際、
「ほかにもおもしろい職人や企業がたくさんあるので会ってほしい」と
何人もの仲間を紹介してもらった。
それぞれが積極的に行う地域活性やローカリズムが、
有機的なかたちで構築されているのが高岡なのだ。

そういった地域活動の一環として、高田さんは小学校で授業をしている。
これまで、ものづくりのまちであることを謳いながら、
教育の現場ではまったくものづくりについて語られてこなかったという。
そこで前市長が考案したのが、ものづくりデザイン科という授業。
高岡のものづくり人が、
図工の時間に伝統的なものづくりを教えるというものだ。

高田さんはデザインの授業を受け持った。
「授業を通して思ったのが、
顔の見えないものづくりばかりだったということなんです。
男の子は刃物だったり、
女の子はお花モチーフなんだけど角が尖った携帯スタンドとか。
誰のためのデザインか、何のためのデザインか、見えていないんですね。
そこで、お母さんの好きな色は? においは? など、
つくる相手を想像できるようなブレストをしました。
それらを組み合わせて
“お母さんが好きな、くさいにおいの、ピンク色の、携帯スタンド(笑)”
とかいうと、みんな想像力豊かだから笑うんです」と、
ここまでが高田さんの授業。
デザインがコミュニケーションであることを、身近な対象を使って考えてもらう。
その後、実際に職人さんと一緒につくった作品を見ると、
使うひとのことが考えられたデザインが多数あったという。

繊細なタッチが必要とされる研磨の工程。

「製造能力だけではなく、
企画や販売、発信する側も育てていかなければなりません」
子どもたちに伝統産業に目を向けてもらうことで、
少しでも衰退をとめていかなければならない。
ユーザーが伝統工芸品を使わなくなったことが衰退の原因であり、
その背景としては、
現代に合うものづくりに改良してこれなかったことも一因としてあるだろう。
いくら技術があっても、製品として世の中に広まっていかなければ、
技術自体も衰退してしまう。
その進化を推し進めるのは、これからものづくりを担うであろう子どもたち。

「伝統産業のDNAや記憶を未来に運ばなければなりません。
それがぼくたちの仕事です。
そのためにぼくは、お茶の間のシーンを想定しています。
親から子へ、そして孫へと受け継がれていくプロダクトをつくることで、
孫の代まで“メシを喰っていける”産業になるわけです」

高田さんの名刺には「モノをつくることは、人を愛すること」と書いてある。
「まだ喜ばせていないひとたちがたくさんいます。
最近では農家さんと話していて、何を思い、何をつくり、どう食べていくのか。
それらを知っていくことが自分の目標です。
出会い、話し、知っていくこと。“ひと探し”から始めています」

使うひとを愛しているから、使い勝手のよいデザインが生まれる。
ひととプロダクトを切り離さないから、使ったひとが喜んでくれるのだろう。

〈15.0%〉というアイスクリームスプーンブランドの商品。大きめのアイスクリームスクープは、アイスを球状にすくうことができる。素材はアルミニウムの無垢材。

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高田製作所

住所 富山県高岡市戸出栄町54-7
http://imono.com/

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