連載
posted:2019.10.15 from:東京都豊島区 genre:アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
各地で開催される展覧会やアートイベントから、
地域と結びついた作品や作家にスポットを当て、その活動をレポート。
writer profile
Natsuki Ishigami
石神夏希
いしがみ・なつき●東京都生まれ、神奈川県育ち。劇作家。〈ペピン結構設計〉を中心に活動。近年は国内各地や海外に滞在し、都市やコミュニティを素材とした演劇やアートプロジェクトを手がける。『Sensuous City[官能都市]』(HOME'S総研, 2015)等調査研究、NPO法人〈場所と物語〉代表、遊休不動産を活用したクリエイティブ拠点〈The CAVE〉設立など、空間や都市にまつわるさまざまなプロジェクトに関わっている。「東アジア文化都市2019豊島」舞台芸術部門事業ディレクター。
雑司が谷に江戸時代から伝わる伝統行事
「御会式(おえしき)」を軸に展開するアートプロジェクト〈Oeshiki Project〉。
その背景やプロセスを、劇作家であり、このプロジェクトのディレクターである
石神夏希さんが紹介していきます。
1年以上かけて準備してきた〈Oeshiki Project〉も、いよいよ本番間近。
前回の記事では昨年、初めての御会式を体験したあと、
『BEAT』というツアーパフォーマンスを着想した話を書いた。
天皇のご病気で御会式が自粛になった昭和63年、我慢できなかった人たちが、
家の中で太鼓を叩き出し、だんだんと音が集まって、
小さいながらも「御会式」をやっ(てしまっ)た。
太鼓の魔力と魅力は世界共通。古今東西、さまざまな儀式や祭りに用いられてきた。(写真:鈴木竜一朗)
御会式は、誰かに言われてやるものじゃない。
地域の決まりだから参加するのでもない。明確なルーツがあるわけでもない。
文化も言葉も違う、さまざまな地方から集まった江戸の庶民たちの間から、
自然発生的に生まれたビート。
それが伝わって、広がって、やりたい人がいるから「伝統」として続いている。
Oeshiki Projectツアーパフォーマンス『BEAT』は、御会式の当日10月16日(水)~18日(金)に上演される。
そんな、「はじまりの御会式」を見たい。
だから『BEAT』では、現代の東京に国境を越えて集まった
トランスナショナルな「東京市民」のパフォーマーたちと、
当日やってくる観客(参加者)たちと一緒に、
自分たちの手でOeshikiを立ち上げてみたいと思った。
御会式で用いる団扇太鼓。(写真:鈴木竜一朗)
それに、雑司が谷の人たちと、新しく来た人が伝統文化を教わるという関係じゃなくて、
異なる文化を持った者同士として対等に出会いたい。
だから太鼓の曲も、衣装も、万灯も、自分たちでやってみる。
まち中を練り歩き、最後に、雑司が谷の御会式に合流する。
そのとき初めて、江戸から続くビートの奥行きも、実感できるんじゃないだろうか。
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雑司が谷の各講社の人数は、それぞれ数十人~200人くらい。
Oeshikiをつくるにあたって、私たちも100本以上の太鼓が必要だと考えた。
そのコアになる人たちとして、シャオクゥ・ツゥハンのリサーチを通じて出会った
中国系の人たちをはじめ、池袋を中心とした「トランスナショナル」
ーーつまり国境を越えて東京で暮らす人たちに、パフォーマーとして集まってもらった。
その数、約50名。
複数の国籍のルーツを持つ「トランスナショナル」な市民パフォーマーたちが集まった。(写真:鈴木竜一朗)
別の国から来て日本で学んだり働いたりしている人、
国籍と違う国で生まれ育った人、両親のルーツと自分の国籍が違う人、
生きている途中で国籍が変わった人もいる。
彼らをひとつの言葉で束ねることがためらわれる。
でも言葉にしないと何も伝わらないので、
「国境を越えて生きる東京市民」という意味で
「トランスナショナルな市民パフォーマーたち」と呼ぶことにした。
『BEAT』では、音楽がすごく重要な役割を持つ。
そこでクリエーションチームのひとり、
音楽プロデューサーの清宮陵一さんディレクションのもと、
世界の民族音楽にも詳しい〈LITTLE CREATURES〉の
青柳拓次さんに作曲をお願いした。
9月のとある週末。市民パフォーマーたちと、
清宮さん・青柳さんの音楽ワークショップがあった。
『BEAT』のために太鼓曲を作曲してくれた、青柳拓次さん。(写真:鈴木竜一朗)
最初に、それぞれの音楽経験を話す。
ピアノやギターをやったことのある人が多かったけど、
子どもの頃から伝統楽器をやっていた人や、ラップをやっているという人もいた。
写真:鈴木竜一朗
でも日本に来てから、忙しくて音楽をやめてしまった人も結構いる。
そしてみんな、カラオケが大好き。
小学生のKくんは「太鼓の達人」でアニメソングを叩くのが好きだそう。(写真:鈴木竜一朗)
今回、パフォーマーたちは複数のグループに分かれて、
池袋のまちの各所で太鼓を演奏する。各グループのため、
青柳さんが複数パターンの太鼓曲をつくってきてくれた。
音楽ワークショップは、閉校した中学校の音楽室で行われた。(写真:鈴木竜一朗)
これが、なかなか難しい。でも初めて会った人同士も、
一緒に練習したり、得意な人が苦手な人に教えたりしているうちに、
一体感が生まれてきた。最後は、太鼓を打ちながらぐるぐると歩いてみる。
音が変わる瞬間というか、グルーブ感の芽生えを感じた。いい感じだ。
大勢で歩きながら叩く太鼓のグルーブ感、気持ちがいい。(写真:鈴木竜一朗)
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そして翌週。
練習した太鼓曲を持ち寄って、数十人で一緒に演奏してみる実験を行った。
ベトナム、モンゴル、タイ。さまざまな国からやってきた市民パフォーマーたち。(写真:鈴木竜一朗)
パフォーマーのみんなは、本格的な劇場空間にやや緊張した面持ち。
でもグループごとに「自分の好きな歌」について話し始めると、だんだんとリラックス。
誰かが母国の歌を歌い出すと、同じ国の人が一緒に歌い出して、
自然と合唱になる場面も。
太鼓の練習は真剣そのもの。(写真:鈴木竜一朗)
清宮さん指揮のもと、太鼓を打ちながら、劇場の中をぐるぐる歩く。
これを池袋の公共空間に持っていったときに、どんな音の渦が生まれるのだろう。
楽しみ。
音楽プロデューサーの清宮陵一さん。『BEAT』では音楽面のディレクションを担う。(写真:鈴木竜一朗)
写真:鈴木竜一朗
そして今日は、御会式連合会の会長・川井誠さんと、仲間のみなさんにも来てもらった。
はじめにみんなの練習を見てもらったあと、御会式の太鼓を教えてもらう。
連合会会長・川井さんの御会式パフォーマンスは圧巻。(写真:鈴木竜一朗)
御会式の太鼓の起源は、江戸時代と考えられている。が、明確な由来はない。
お題目を唱えながら太鼓を叩いて踊るのが若者の間で流行し、
鬼子母神境内で教えたりするようになったらしい。
練行列で歩いていたのは職人たちが中心で
「一貫三百どうでもいいよ」(一貫三百=当時の日当)と歌いながら歩いていたという。
川井さんと同じ講社のみなさん。私たちの練習のため、会社帰りに駆けつけてくれた。(写真:鈴木竜一朗)
川井さんも鳶の親方だ。
音だけでなく、太鼓を打つ身振りや歩き方も含めた御会式パフォーマンスの迫力に、
圧倒される人、スマホで録画する人、一緒に踊りだす人……。
御会式の太鼓はなかなか難しいので、練習中はみんな、真顔だったけど、
終わったあと「楽しかった!」と帰っていく顔を見て安心した。
「腰を落として、音に合わせて体を揺らしながら叩く」という川井さんのアドバイスに挑戦。(写真:鈴木竜一朗)
あとで川井さんから「パーフェクトでした」とメッセージが届いた。
雑司が谷の人たちに、聴いてもらうのが楽しみだ。
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市民パフォーマーのみんなが太鼓を練習している頃。
クリエーションチームは、池袋の公共空間でOeshikiを立ち上げるべく、奔走していた。
夜の繁華街を、太鼓を打ちながら歩いてみる。
「空間資源活用ディレクター」という肩書で参加している、建築家の嶋田洋平さんと、
リサーチメンバーの松本慕美さん。
今回、池袋の都市空間をパフォーマンスの舞台としてどう使うか、
一緒に考えてくれている。
公共空間でパレードを行う場合、警察の許可が必要だ。
雑司が谷の御会式も明治通りと目白通りを半分封鎖して練り歩く。
警察の警備体制は「デモ行進」と同じ扱いになるらしい。
私たちも最大人数でパレードをする場面では、警察の許可を得ている。
だけどそれ以外の場面で、許可の要らない範囲で、公共空間をどう自由に使えるのか。
団扇太鼓を片手に、池袋の街角に佇む松本さん。
前回も紹介した調査によれば、日本の人たちは「外国人」が集団で騒いだり、
夜中に大きな音を出すことを控えてほしい、と思っている。
でも「子どもの声がうるさい」という理由で反対され、
保育園建設が頓挫する、というニュースもあった。
不寛容な都市空間では、少数派が攻撃されやすい。
一方で、シェアハウスなど、共同生活を好む人も増えている。
隣家の生活音は、知っている人なら安心感につながるけれど、
顔の見えない関係だと「騒音」になってしまう、という話も聞く。
雑司が谷の路地。軒と軒が触れ合うような距離感で、家の玄関が向き合っている。
清宮さんは、法明寺ご住職が御会式の太鼓について話した
「順縁」と「逆縁」のお話が、強く印象に残ったようだ。
御会式の太鼓には、「知らせる」「ご縁を結ぶ」という意味があるという。
もとは、仏の教えを学ぶ集会の開催を知らせるために太鼓を打ったり、
読経をしながら太鼓を打つ行為だった。
やがて、「その音を聴くだけでお経を読むのと同じ意味がある」、
「偶然その音を耳にした人まで仏縁が結ばれる」といった考えが生まれたようだ。
お題目が書かれた太鼓は、打つことに読経と同じ意味がある。(写真:鈴木竜一朗)
ただし、その「ご縁」には「順縁」と「逆縁」があると、ご住職からお聞きした。
順縁のほうは「(対象を)受け入れる心」、
逆縁のほうは「抗う、反発する心」といった違いがあるそうだ。
「音楽」と「騒音」の違いにも、似ているような気がする。
私たちのOeshikiの太鼓が、まちを行く人たちと順縁と逆縁のどちらを結ぶのか。
自分だけでは選べない。でも、できることなら順縁を増やしたい。
どこなら叩きやすいのか、周りも受け入れやすいのか、実際に叩いてみるまでわからない。
どこで、どんなふうに太鼓を叩けば、叩くほうも聴くほうもお互い楽しいのか。
なかなかハードルの高い挑戦ではあるが、団扇太鼓を片手に、
夜な夜な池袋のまちを歩き回った。
松本さん曰く
「いままで、“太鼓が叩きやすいかどうか”という視点で
まちを見たことがなかったので、すごく新鮮です」。
私もです。
最初は恥ずかしいけど、だんだんと楽しくなってくるから不思議。
今回、参加する市民パフォーマーにとっても、観客にとっても、
そんなふうに、まちを新鮮に感じられる体験になったらいいな、と思う。
知っていると思っていた池袋のまちが、まるで異国のように
感じられたらいい(多くの市民パフォーマーたちにとっては、実際に異国なのだが)。
この連載のvol.1で、2014年に「消滅可能性都市」に選ばれた豊島区は、
ガンガン成長している都市より「やさしい場所」になれる可能性を持っているのでは、
と書いた。余白があって、おおらかで、
いろいろな人が「自分がここにいてもいいんだ」と思えるまちに。
このプロジェクトは、池袋が、東京が、そんなまちになってほしい、という
「願い」を込めた、小さな社会実験なのかもしれない。
information
東アジア文化都市2019豊島〈Oeshiki Project〉
ツアーパフォーマンス『BEAT』
会期:2019年10月16日(水)~18日(金)18時開演
作:石神夏希、シャオクゥ × ツゥハン
音楽ディレクター:清宮陵一
ドラマトゥルク:安東嵩史
空間資源活用ディレクター:嶋田洋平
作曲:青柳拓次
衣装:矢内原充志
照明:上田剛
リサーチ・制作:ペピン結構設計ほか
協力:威光山法明寺、御会式連合会ほか
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