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別府現代芸術フェスティバル2012
混浴温泉世界〈前編〉

ローカルアートレポート
vol.030

posted:2012.11.8  from:大分県別府市  genre:アート・デザイン・建築

〈 この連載・企画は… 〉  各地で開催される展覧会やアートイベントから、
地域と結びついた作品や作家にスポットを当て、その活動をレポート。

editor's profile

Ichico Enomoto

榎本市子

えのもと・いちこ●エディター/ライター。生まれも育ちも東京郊外。得意分野は映画、美術などカルチャー全般。でもいちばん熱くなるのはサッカー観戦。

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撮影:嶋本麻利沙(THYMON)

別府に、かりそめのユートピアを。

大分県別府市で12月2日まで開催されている
別府現代芸術フェスティバル2012「混浴温泉世界」。
2009年に続き第2回目の開催となる今回は、国内外の著名なアーティストを招聘し、
別府の市街地を中心に8つのプロジェクトが展開中。
商店街やデパート、別府のランドマークともいえるタワーなどが舞台となり、
別府の日常の風景がいつもと少し違う表情を見せている。

「混浴温泉世界」とは少々奇妙なタイトルだが、総合ディレクターの芹沢高志さんは、
これはフェスティバルのタイトルであると同時に、コンセプトでもあるという。
「私自身が別府という土地にとても惹きつけられました。
別府に来て間もない頃、混浴の露天風呂に入ったのですが、温泉に浸っていると、
年齢、性別、民族、国籍、宗教、そういったものがどうでもよくなり、
ひとりの人間として素っ裸になって、他人と時間を共有していることに気づきました。
でも温泉はずっと入っているとのぼせますから、出たり入ったりする。
次に入ったときには、同じ人と時間を共有できるかわかりません。
百数十年前に港ができて以来、別府にはさまざまな人が流入し、
いまも観光客が滞在しては出て行きます。
かりそめではありますが、混浴温泉のように
人々を分かつバリアを取っ払ってしまうような、ユートピア的な世界を
別府に浮かび上がらせることができたらと思っています」

中心市街地からちょっと離れた鉄輪(かんなわ)地区は、
まちのあちこちに湯けむりがたち、日本有数の温泉地である
別府の象徴的な風景が広がる。この地区に、巨大な竹の彫刻が出現。
中国のアーティスト、チウ・ジージェの作品だ。
別府は古くから竹細工が盛んであり、竹はなじみのある素材。
中国でも竹は身近な素材であり、今回は中国の竹細工の職人の手によって
作品が制作された。別府では温泉の冷却装置に竹が使われており、
今回はその装置と並ぶようにして作品が展示されている。

チウ・ジージェ《そうして物事は日夜流れていく》。このほか、ローマ遺跡の柱をモチーフにした作品も。

滝の中に人面が浮かび上がるようなイメージ。中国の竹細工の職人によって編まれた。

温泉の温度が高すぎるので、竹を使ってお湯を冷ましている。

鉄輪地区はまちのいたるところで温泉が湧き、湯けむりがたっている。

まちの人たちが日常的に入る無料の温泉も。

鉄輪を散策。手前の不揃いの石畳は、明治時代のものをそのまま残している。

市街地の地下街でも作品を展示しているシルパ・グプタの作品《どこでわたしはおわりあなたははじまるのか》。夜にはLEDのサインが灯る。

別府の自然と歴史にふれて。

世界的アーティスト、クリスチャン・マークレーは、
別府国際観光港エリアの餅ヶ浜桟橋で作品を展開。
100本ののぼり旗につけられた鈴が風にはためき、音を奏でるインスタレーションだ。
のぼり旗にプリントされたイメージは、水と火。
温泉地である別府の象徴的な自然のイメージが、もうひとつの自然、風によって揺らめく。
「80年代に日本を訪れたとき、のぼり旗が目について、
いつか作品に使いたいと思っていました。
私のアイデアは日常の端的なものから生まれ、見る人の反応を含めて表現となります。
見に来てくれる人の存在が、表現の意味を変えていくのではと思っています」
とマークレー。この桟橋は、バブル期には豪華客船が停泊していた
にぎやかな場所だったそうだが、現在ではそれほど人は多くない。
久しぶりにこの場所を訪れてみる地元の人も少なくなさそうだ。

歩きながら体感するマークレーのインスタレーション《火と水》。その日の風によって体験が異なってくる。

《The Clock》で世界を驚かせたマークレー。同作は2011年のヴェネチアビエンナーレで金獅子賞(最高賞)を受賞。

別府最大級の商業店舗「トキハデパート」。
別府の人々が日常的に買い物に訪れるこのデパートの1フロアを異空間に変えたのは、
イギリス出身で、ベルギーで活動するアーティスト、アン・ヴェロニカ・ヤンセンズ。
売り場としては使われておらず、物置のようになっていた5階を
まるごと展示に使っている。
暗く広々とした空間に、光や霧が放たれる体験型のインスタレーション。ヤンセンズは
「初めて別府を訪れたとき、自然の印象を強く受けました。
そして水や光、蒸気といった流体は、私に合ったテーマでした。
デパートというのは非常に具体性の強い場所なので、
それに対して物質性の薄い霧や光、空気を中心にした作品にしようと考えました」と話す。

インド出身のアーティスト、シルパ・グプタは、地下街を作品の展示場所に選んだ。
地下街といっても、狭い入り口から続く階段を降りると、
うなぎの寝床のように細長いスペースが広がり、こんなところに、と思うような場所だ。
戦後は小さなバーなどの飲食店が軒を連ねていたが、
昭和40年代にはすべての店が撤退し、閉鎖されていた空間。
地下への階段を下りていくと、部屋の奥に不思議なオブジェがあり、
その中から女性の声が聞こえてくる。
それは、ともするとかき消されてしまいそうな、弱き者たちの声かもしれない。
グプタはこう話す。
「別府の歴史についていろいろな話を聞いたなかで、
心に残ったのは、娼婦と子どもたちの話でした。
私が最近子どもを産んだばかりということも関係あるかもしれません。
地下というスペースは、人間の心や欲望を表すのに適していると思いました。
愛、欲望、母性……自由にさまざまなことを感じてもらえればと思います」

デパートを展示空間にしたヤンセンズ。人工的な光を使った作品と、窓のように自然光を切り取った作品が1フロアで展開されている。

商店街の一角、狭く暗い階段を下りていくとグプタの展示が。バーの古い看板がそのまま残っていた。

別府温泉発祥の地といわれる浜脇地区。
その一角にある築100年を超える長屋に作品を展開したのは、
現在はミラノに活動拠点を持つ廣瀬智央さん。
浜脇は再開発が進み、ところどころに大きなマンションが建つが、
その中に残るひっそりとした長屋の空き家を、
地元の建築家とともに作品として再生させた。
まず待合室のような部屋に入ると、カボスのいい香りに包まれる。
ふと見上げると、天井に張られた薄い膜にカボスが置かれている。
カボスは大分の名産品。地元の人にしてみると珍しくない食材が、
ここでは少し違って見えるかもしれない。
隣の建物に入ると、青いビー玉が敷き詰められた部屋があり、
それを上から見下ろすことができる。
空が反転したような《天空の庭》と題されたインスタレーションだ。廣瀬さんは
「浜脇は別府発祥の地であると同時に、色町でもあった。光と闇、聖と俗のように
相反するものが共存するような世界を表現できればと思いました」と言う。
また、廣瀬さんはインスタレーションだけでなく、
近辺のウォーキングのコースも提案する。
「僕の作品を見たあとに、浜脇というまちを実際に見て歩いていただき、
僕の体験を鑑賞者にも追体験してもらえたら」
どの作家も場所に向き合い、地域の人たちの協力を得て制作に臨んだ。
訪れる人が、その土地を知るきっかけになったり、
忘れられた場所にもう一度目を向けるようなプロジェクトが、
別府のあちこちで展開されている。

後編に続く)

《カボスの家》天井。この部屋で、フレッシュなカボスの果汁を搾った水をいただき、ひと休みできる。

長屋の中に置かれたカボスの木。浜脇地区には、戦災を免れた古い長屋や、遊郭だった建物も残る。

information

map

別府現代芸術フェスティバル2012
混浴温泉世界

2012年10月6日(土)〜12月2日(日)
大分県別府市内各所(浜脇地区/中心市街地/鉄輪地区ほか)で開催
http://mixedbathingworld.com

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