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川内倫子『照度 あめつち 影を見る』

ローカルアートレポート
vol.023

posted:2012.9.28  from:熊本県阿蘇市  genre:アート・デザイン・建築

〈 この連載・企画は… 〉  各地で開催される展覧会やアートイベントから、
地域と結びついた作品や作家にスポットを当て、その活動をレポート。

writer's profile

Nakako Hayashi

林央子

はやし・なかこ●アート、ファッション、写真、雑誌など領域を超えて取材・執筆活動を行う。著書に『拡張するファッション』(Pヴァイン・ブックス、2011年)。また2002年から個人編集のバイリンガル雑誌『here and there』を年一回出版している。
http://www.nakakobooks.com

credit

©Rinko Kawauchi

引き寄せられるように撮った、阿蘇の野焼き。

だれもが「知っているかもしれない」と思う日常の一片を、
みずみずしく掬い上げてきた写真家、川内倫子。
今年は彼女の作家としてのキャリアの中で、
2002年の木村伊兵衛写真賞受賞から10年目にあたる。
2001年に初めての写真集を3冊同時出版して以来、
彼女の新作はつねに待望され、国内外の出版社が、出版の機会を待っている。
川内は忙しく仕事をこなす一方で、美術館やギャラリーの展示をはじめとする
さまざまなプロジェクトに招聘され、休むことなくあらゆる都市を旅し続けている。

印刷という行為と深く結びついた写真メディアを表現の中心にしている川内は、
他の多くの写真家と同様に東京の一角に活動拠点をもつ。
手のひらにのせた生まれたばかりの小さな蛙や、母の乳を吸う新生児、
あるいは光のあたる階段を上っている制服の学生たちの足もと、などのように、
日常をどきりとする鮮やかさで切り取ってきた川内倫子が
2012年に発表したシリーズ「あめつち」は、身近な世界から一転して、
広大な風景を目の前に、一層スケールアップした世界を見せた。

どこまでも広がる大地。なだらかなカーブをみせる塚を、やきつくす炎と煙。
「あめつち」の中で核となる阿蘇の野焼きの写真は、川内が写真撮影を前提に、
一年に一日だけ行われるその「場」に立ち会い続けた行為の記録だ。
7月まで東京都写真美術館で開催されていた展覧会『照度 あめつち 影を見る』で、
彼女の写真の前に立ち、むき出しにされた広大な土地に向き合った私たちは、
無防備なまま自分たちの内部にも実は抱いていた
「むき出しの何ものか」に引き合わされた。
観客が川内の写真の前からなかなか立ち去れなかったのは、
言葉にできない「むき出しのものに出会う体験」をどう自分は引き受けたらいいのだろう、
という想いを、草を食む牛のように反芻していたからではないだろうか。

野焼きは酪農業を営むため、日本国内でも多くの場所で行われているが、
川内は、直感的に「自分が撮るのは、阿蘇でなければならない」と選択し、
2008年から導かれるように、その地を毎年、訪問した。
野焼きが行われるのは、毎年2月末から3月の第3週までの、どこかの日曜日。
「その日」を逃せば翌年まで記録することはできない。
多忙をきわめる川内が、仕事のスケジュールを調整しながらも他人任せにせず、
自分自身が「その地」を訪問し続けることにこだわり、撮り続けたこの連作は、
2012年初夏に東京都写真美術館において大判プリントで展示され、
来春アメリカの出版社アパチャーから刊行される作品集にまとまる予定だ。

「まずは、自分がその場所に行って、その土地を、その場所を、体感してみたいんです」

一度は3月に真っ黒に焼かれた塚が、5月になると急に緑で覆われる。
野焼きは、美しい草原を草原のままに保つために、
牛の餌を絶やさないために、欠かさず行わなければならない作業だ。
川内は、異なる季節にも訪れ、写真のほかに映像でも記録した。

《無題》(シリーズ〈あめつち〉より)2012年 ©Rinko Kawauchi

《無題》(シリーズ〈あめつち〉より)2012年 ©Rinko Kawauchi

「大きな星に立っている小さな自分」を感じて。

世界中を飛び回る川内が、阿蘇にこだわり、野焼きにこだわって、
自分の作品世界を拡げようとした、その理由はどこにあるのだろう。

「撮り始めたころは、『もっと土地の力をダイナミックに実感したい』、
と考えていたんだと思います。
阿蘇に行ってみて、初めて、どんな遠くの国にいった時よりも
『大きな星に立っている小さな自分』を実感できたんです。
初めて自分が『惑星の上に立った』というような」

以前アフガニスタンでもそれに近い感覚を得たことがあるが、
阿蘇での体験はより強烈なものだったという。
星の王子さまの絵本に出てくる絵のように、「惑星の上に自分の足で立つ」という感覚。

「『自分がここに住んで生きていること』や、『自分の小ささ』を実感したいんです。
東京にいると、それはなかなか感じることができない。
現地に行って感じたのは、神社に行って詣でるような新鮮さでした。
あらためて、畏敬の念を抱くことができました」

阿蘇も広いし、熊本もとても広い。
野焼きは朝の9時から14時くらいまで、いくつもの塚で行われる。
燃える時は、一気にワーっと燃え、あっという間に燃えて真っ黒になる。
そして、5月になると急に緑の草原になる。

「阿蘇の野焼きは1300年間続いていると言われていますが、
その目的は、放牧のための草原をキープするため。
焼かないで放置すると森になってしまうからです。
あの、阿蘇のきれいな緑の景色も、人の手によって作られたもので、
害虫駆除や草原を保持するという実用的な目的から生まれたものなんですね」

「牛を飼っている人たちからすれば、野焼きを続けられるかどうかは死活問題なんです。
最近は阿蘇でも過疎化が進んで、この野焼きを継続できるかどうかが問題になっています。
現在では野焼きに興味のあるボランティアの方たちが参加して成り立っていますが、
非常に危険な作業でもあるので、あまり経験のない人だと
事故に巻き込まれる可能性もあるんです」

本来は腰が重く、写真を撮るという理由がなければ、
何度も同じ場所に通わなかった、と川内は言う。
阿蘇の野焼きを撮る、という想いにひっぱられて、同じ場所に通い続けたのは、
このシリーズが初めての試みだった。
それには自分も周囲も納得させる、深い動機があったはずだ。あえてそこを問うと、
「はじまりについて、考えてみたかった。いろいろなことの、起源をみたかったんです」
と語った。

information

川内倫子
『照度 あめつち 影を見る』(青幻舎)

新作シリーズ〈あめつち〉〈影を見る〉、2011年に発表した〈Illuminance〉の作品群を収録。ほかに、アーティストのイケムラレイコ、鶴岡真弓(多摩美術大学芸術人類学研究所所長)との対談やインタビューなどを収録。
http://www.seigensha.com

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