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土祭だより Vol.9

ローカルアートレポート
vol.024

posted:2012.9.30   from:栃木県芳賀郡益子町  genre:アート・デザイン・建築

〈 この連載・企画は… 〉  各地で開催される展覧会やアートイベントから、
地域と結びついた作品や作家にスポットを当て、その活動をレポート。

editor's profile

Rumiko Suzuki

鈴木るみこ

すずき・るみこ●静岡県出身。出版社勤務を経て渡仏後、フリーランスに。女性誌や生活関連書籍の編集&執筆に携わり、2002年には初代編集長と2人で『クウネル』を立ちあげる。10年間編集に携わったあと、つぎにやるべき楽しいことを模索中。編著に『スマイルフード』『パリのすみっこ』等。

credit

撮影(メイン画像):矢野津々美

栃木県益子町。古くから窯業と農業を営んできたこのまちで、
9月の新月から月が満ちるまで、15日をかけて開催される土祭/ヒジサイ。
この土と月の祭りで何が行われるのか。
ひとりの編集者が滞在し、日々の様子を書きおこしていきます。

9月27日 夕焼け

綱神社のふもとにある鶴亀の池は、鎌倉時代に宇都宮氏が造園した浄土庭園の一部とされ、
いつしか埋没していたのが近年整備されて、ふたたび水を湛えるようになった。
浄土庭園とは阿弥陀仏のいる西方浄土への往生を願ってつくられるもの。
その、おめでたいというか、ありがたい名を冠した「鶴亀食堂」の人気は
聞きしに勝るもので、週末はもちろん、平日の昼どきも大賑わいである。
二週間限定オープンの食堂店主は、
東京を拠点に活躍する料理ユニット「南風食堂」さんで、わたしもお名前は知っていたが、
料理や活動のことはよく知らなかったので行くのを楽しみにしていた。

近頃は、南風さん(なんぷうさん。ぷう、と口をとがらすときが快い)のように、
自分の店をもたず、イベントやギャラリーのオープニングといった
特別な場に料理を届ける、若い女性のケータリング屋さんがふえているように見える。
経済的な問題もあるかもしれないが、場所を所有せずに、
臨機応変に場所をつくっていくというスタイルは、
わたしの世代にはなかった新しい働き方で面白いと思う。
ただおいしい料理をつくって届けるだけでなく、
いわば、しあわせな空間や時間を、自分から動いて人に届けようとする。
南風食堂さんは、その代表ともいえる存在となっているのかもしれない。
ユニットというからふたり組だが、ただいま相方が子育て中で、
今回は三原寛子さんがひとりで参加。
今年益子に移住してきたという女性が、お手伝いに厨房に入っている。

かまどや七輪で調理する神社のふもとの食堂、というコンセプトは、
総合プロデューサーの馬場さんからの提案らしいが、
冷蔵庫も藤村靖之さん考案の手づくり非電化冷蔵庫を使用し(「土祭だより Vol.4参照)、
こちらも手づくりのかまどで朝に農家から仕入れる野菜を蒸し、
スープは七輪でことこと温めるという、前近代的で、
同時に未来的な食堂の実験がこころみられている。
現実的には、夜が晴れないと非電化冷蔵庫は機能せず、
お客が押し寄せればガスコンロも使わなければとても手が回らないようではあるが、
わたしたちの食をめぐるリズムが電気とガスなしではどうなるか、
そのことを体験として知るだけでも大きな収穫にはなる。
「待つ」訓練を、みんながするときがきている。

お父さん、お母さんと来ていた、とてもお行儀のよい子。

杉の木だろうか、設計者である日置拓人さんは、
長い縁側をイメージしてこの建物をつくったのだという。
その縁側の一端がなぜかくるりと渦を巻き、お客は靴をぬぎ、
その渦巻きをくぐって食堂に入るようになっているのだが、意味はよくわからない。
もしかしたら渦巻きは、食堂の結界としての暖簾のようなものなのだろうかとも思ったが、
設計者には残念ながら聞きそこねている。
お皿やコップは、益子の陶芸家である鈴木稔さんが、
二週間限定のこの店のために特別に焼いてくれたもの。
食事のメニューは日替わりの定食プレートのみで、朝に農家をまわり、
手に入った素材のならびを見て、その日の朝に考えるのだそうだ。
そう聞いて、思わず何時に起きるのかと訊ねてみると、始動が7時半だといい、
開店時間の10時から逆算すると、その反射力というか即興力に思いがいたる。
毎日おおよそ50皿ぶんを仕込み、それが13時には尽きてしまうこともあるのだという。
なぜ「なんぷう」とつけたのかとか、食の場づくりのことなど、
いろいろ聞きたいことはあったのだが、タイミングを逃して聞けずじまいで、
ついに最後の週末になってしまった。

鶏肉は、通常はワークショップにも登場した高田さんの平飼い鶏だが、この日はたまたま手に入らず。非常に弾力のある、おいしい鶏肉なんだそうだ。むちむちのナスは山崎農園のもの。

先日の日替わりプレートは、
鶏肉とトマトのバジル煮込みにレンズ豆とベーコンのサラダ、
ナスのレモングラス蒸しに玄米という献立(900円)。
掘りゴタツ式の縁側に座り、それをのんびりいただいているときのこと、
むこうから杖をついた、腰の曲がったおじいさんがてらてらとやってきた。
「おお、(人が)入っとるなあ」
おじいさんはいきなり大きな声をあげ、
「なに、わしも食べてみるかな。ヨッコラショ」
と、渦巻きの玄関を完全に無視して縁側にあがろうとしてきた。
聞けば老翁はこの地区に住む綱神社の管理人、
「こんなはずれた場所に人が来るわけないって近所では悪口いっとったんだが、
悪かったね(と三原さんに向かって)。
おかげさまで綱神社の賽銭も日ごとにふえましてな」
と、ほくほく顔である。

そういえば開幕の日に訪れたお隣の「食卓の家」でも、
はじめはどこか不満げな近所の人たちが、建物ができるにつれて「いいねえ」と、
一緒に楽しんでくれるようになったのがうれしかった、という話を聞いた。
「朝早く勝手に内部に入って過ごしているらしき痕跡を見つけたこともあった」
と微笑ましげにいっていたが、それもやっぱり、三和土に残った杖の跡だった。
老人たちは、半分閉めきった窓からこそっと顔を出し、
眠っていたこの場所にあらたな息吹がふきこまれる過程を、
懐疑半分、期待半分で眺めてたろうにちがいない。
縁側にちょこんと座りこんだおじいさんは、
「綱神社の階段は昔は百段ありましてな」
「昭和半ばの二度目の改修でなぜか一段へり」
「いやいや、土祭のおかげで社務所の屋根も新しくできました」などと、
誰に向けてというわけではなく、神社の歴史を諳んじて、それは何とも誇らしげだった。

お昼どきが過ぎ、落ちつきを取戻した食堂。かまどの煙が見える。

この食堂にはお酒も用意され、ここで夕焼けをみながら飲むのはすてきだろうと思う。
益子の夕焼け空は毎日ちがって、それは圧倒的な美しさなのである。
メイン会場である土祭広場の屋台を「夕焼けバー」とつけたのは、
益子人にしてみればごく自然なことだったのだろうなと、いまになってわかる。
今日の夕焼けは、まちのはずれの山中にある西明寺から見た。
空がここまで雄弁なことに、毎日驚いている。

information

map

EARTH ART FESTA
土祭2012

2012年9月16日(日)~9月30日(日)
栃木県益子町内各所
http://hijisai.jp

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