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土祭だより Vol.5

ローカルアートレポート
vol.019

posted:2012.9.21   from:栃木県芳賀郡益子町  genre:アート・デザイン・建築

〈 この連載・企画は… 〉  各地で開催される展覧会やアートイベントから、
地域と結びついた作品や作家にスポットを当て、その活動をレポート。

editor's profile

Rumiko Suzuki

鈴木るみこ

すずき・るみこ●静岡県出身。出版社勤務を経て渡仏後、フリーランスに。女性誌や生活関連書籍の編集&執筆に携わり、2002年には初代編集長と2人で『クウネル』を立ちあげる。10年間編集に携わったあと、つぎにやるべき楽しいことを模索中。編著に『スマイルフード』『パリのすみっこ』等。

credit

撮影(メイン画像):矢野津々美

栃木県益子町。古くから窯業と農業を営んできたこのまちで、
9月の新月から月が満ちるまで、15日をかけて開催される土祭/ヒジサイ。
この土と月の祭りで何が行われるのか。
ひとりの編集者が滞在し、日々の様子を書きおこしていきます。

9月18日 三日月 いのり

澤村木綿子さんの展示は、本通りの岡田酒店奥座敷にある。

かつて醤油やはちみつなどの食品の仲卸を営んでいた岡田屋。
その左脇を入ってまずある百年経った石蔵が商いのはじまりだそうで、
震災の爪痕か、瓦や土壁が一部崩れ落ちたその蔵でも
展示がおこなわれている(藤原彩人さんによる陶器の人の彫刻「空と色」)。

さらに奥にある座敷は、多くの従業員や使用人を寝泊まりさせるのに利用された建物で、
一階の応接間では結婚式なども挙げていたのだという。
廻り廊下で縁どられたその畳間は、襖も取り払われて開け放されているというのに
ひっそりと暗い。その薄闇の宙にふんわりと白いものが見えた。
キツネである。

キツネは、きらきらとした錦糸の刺繍のある茜色というか桜色のオーガンジーの衣装を、
まとうのではなく、まっしろの立派な尻尾を見せびらかしながら、
その衣装のうえに鎮座していて、「宙」にいるように見えたのはそのせいであった。

この、キツネつき衣装は人が身にまとうものなのである。
身にまとうと、ちょうどキツネが自分の肩に足をまわして
乗ってくれている姿になるそうで、わたしのようなものは想像しただけでも胸が騒ぐ。

動物のぬいぐるみというものに異常な愛情を抱く子どもだった。
母親に、おんぶひもで3匹も4匹も身体にくくりつけてもらい、
みんなでおさんぽと称して近所を歩き回っていた。
この年齢になっても、よくできたぬいぐるみをみると胸がときめくのは、
お恥ずかしいばかりなのだが、
いま思えば、あの行為は、好きなものとひとつになりたいという
生物としての根源的な欲求から来ていたのかもしれない。
なんて、それらしい言い訳をしたりして。

澤村さんのつくる動物は、ぬいぐるみというにはあまりに精巧でリアルで、
あまりに気高くて神々しいから、わたしはちょっと泣きそうになる。

彼女は数年前から、このキツネのように身にまとえる動物の立体作品を
「いのり」シリーズとしてつくりつづけている。
「自然界のすべての存在はつながっていて、
そのつながりから生まれる心安らぐ場をつくりたい」
使用する素材や染色も、できるかぎり天然をめざし、
身にまとうのは、べつの存在とつながるためのひとつの手段なのである。

喜び、はしゃぎまわる子どもを見つめる白キツネ。

さて次は、踏むたびにミシミシと音をたてる階段を登り、そっと2階にあがる。
ここで目に入ってくるものの姿に、ほとんどの人は思わず声をあげるだろう。

と、ここまで書いて、これから土祭に来るつもりの人がいたら、
種あかしをしすぎるのはどうなんだろうと思えてきた。
そのつもりの人たちは、ここから先は読まないで、なにがいるのかを楽しみに来てほしい。

さて、六畳ほどの和室の真ん中に立っているのは、大きな白熊である。
毛糸のエプロンスカートをはいているから、
女(メスとはどうしてもいえないわたし)の熊にちがいない。
前にまわって正面から見てみると、少し目を伏せ、
両手をエプロンの前でそっとあわせた、なんともいえない優しい姿をしている。

澤村さんによると、これは「お母さんグマ」なのだそうだ。
だから、エプロン、なのである。

冬の森のエプロンスカートをはいたお母さんグマ。身にまとった人の顔は、熊の顔の下にくるようになっている。

生きものの表情は、大好きな動物写真家の
星野道夫さんの写真からインスピレーションを受けることが多いそうだ。
このお母さんグマの顔つきも、星野さんが撮った親子の熊の写真を
何十枚と見ているうちに、子熊を見る表情が人間のお母さんと同じということに気づいて、
こうなったのだという。

目は天然石の瑪瑙(めのう)を少しだけ着色し、
鼻と爪は桜の木を彫ってつくっている(「土祭だより Vol.3」に写真あり)。
毛並みは木綿のファーで、手の甲のリアルな茶色は
コーヒーと紅茶で染めて出しているのだという。
エプロンスカートも、もちろん手づくりだとは思ったが、
その長い制作過程を聞いて、わたしは気が遠くなった。

まずは茶からグレイまでのグラデーションの4色の羊毛をそろえ、
足りない中間色は桜で染めてつくる。
その羊毛を簡易機で小さな長方形に織って(そのとき熊手という道具を使うそうだ。
だから「ほんとに熊の手で織ったんですよ」と澤村さん)、
何十枚かが織れたところでスカートのかたちに縫い合わせ、
さらにそのうえから毛糸で刺繍をした。
刺繍は雪の日の森をイメージしたもので、この冬の森のスカートのなかには小さな人、
つまりは子どもが数人、入れるようになっているのだそうだ。

そのアイデアは素晴らしいと思った。
なぜなら、わたしもお母さんのエプロンのなかに入りたくて仕方のない子どもだったから。
しかも、熊のお母さんのエプロンスカートに入れるなんて、僥倖以外のなにものでもない。

染めて、織って、刺して。

薄暗いせいで、気づく人は少ないのだが、1階と2階の床の間には、
澤村さんがこれらの作品に込めた思いを綴った文章が掛けられている。

わたしも見過ごすところであったが、よく読んでみようと近づいて見て驚いたのは、
黒い紙と思ったのは黒い布で、しかもその文字は
白い糸のチェーンステッチで刺繍されたものであったのだ。

作品がしあがったあとにはじめたその作業は、土祭開幕の朝までかかったという。
ここに2階にあった澤村さんのメッセージを引用してみたい。

 もりは きれいな くうきをつくる
 とりは そらを とぶことができ

 くじらは ひろい うみを およいでいける
 にんげんは……
 にんげんは
 そうぞうすることができる
 こどもたちの
 そのこどもたちの
 そのまたこどもたちの……
 ななつせだいさきの こどもたちの
 しあわせなくらしを
 そうぞうすることができる
 すべての いのちと ともに

パソコンで打てば、1分もかからない。それを何日もかけて手で刺す。
「いのり」とはそういうことなのである。

土祭においては、アートとその舞台になっている場の関係性を見るのも、非常に興味深い。アーティストは何か月も前から益子に通い、与えられた場に新しい命を吹き込むための展示を考えぬく。場は作品の一部であり、「畑の真ん中に訳のわからない異物」にならないのはそのせいである。これは大田高充さんのインスタレーション「風を招く試み」。風が吹けば竹林が揺れ、木造倉庫に取りつけられたプロペラがいっせいに回りはじめる。風の道が見える。

information

map

EARTH ART FESTA
土祭2012

2012年9月16日(日)~9月30日(日)
栃木県益子町内各所
http://hijisai.jp

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