連載
posted:2012.9.21 from:栃木県芳賀郡益子町 genre:アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
各地で開催される展覧会やアートイベントから、
地域と結びついた作品や作家にスポットを当て、その活動をレポート。
editor's profile
Rumiko Suzuki
鈴木るみこ
すずき・るみこ●静岡県出身。出版社勤務を経て渡仏後、フリーランスに。女性誌や生活関連書籍の編集&執筆に携わり、2002年には初代編集長と2人で『クウネル』を立ちあげる。10年間編集に携わったあと、つぎにやるべき楽しいことを模索中。編著に『スマイルフード』『パリのすみっこ』等。
credit
撮影(メイン画像):矢野津々美
栃木県益子町。古くから窯業と農業を営んできたこのまちで、
9月の新月から月が満ちるまで、15日をかけて開催される土祭/ヒジサイ。
この土と月の祭りで何が行われるのか。
ひとりの編集者が滞在し、日々の様子を書きおこしていきます。
初日から、あれこれがんばりすぎてしまった。
今朝はゆっくり休もうと思っていたのだが、
6時きっちり、いきなり聞えてきた音楽で目がさめた。
題名はわからないが、懐かしい童謡である。
町内放送。この音ではいやがおうでも起きてしまうが、
文句をいう人がいないから今日も元気に鳴っているわけで、
益子の人は誰もが6時には起きているということなのだろうか。
ちなみに、その後、正午と夕方6時にも町内放送で音楽が流れた。
朝は早くに起き、正午には労働の手を休めて昼食を食べ、
日が落ちる6時にはその日の仕事を終えるというリズムが、
ものづくりの里である益子には昔から脈々と刻まれていたのだろう。
町内放送の音楽は、田畑を耕す農民にも、
窯や轆轤(ろくろ)場で働く職人の耳にも届き渡る、共同体の時間割なのだ。
お昼前になって、土地勘のある本通りあたりまで行ってみる。
土祭は、益子町内を3つのエリアにわけ、
益子駅からつづくこの商店街のエリアは「土と風のエリア」と名づけられている。
酒屋さん、時計屋さん、文房具屋さん…… 昔ながらの店構えの小売店が軒を並べ、
路地裏に入れば古い蔵や門の跡、
少し奥まったところにある民家の風体もどことなく上品で、
その庭には一本、見あげると顎が痛くなるほど大きな樹がすっくと生えていたりする。
そういえば、はじめて益子に来たとき、いちばん心惹かれたのも、
この、ときどき出現する大きな大きな(と二度くり返したくなるほどの)樹であった。
わたしは鎌倉に住んでいて、まわりに樹はいくらでもあるのだが、
これほど大きな樹を見たという印象はあまりない。それも背景の違いだろうか。
ここはどこも空に抜けている。だから樹のぜんたいが見晴らしよく見えて、
それが「大きいなあ」という印象につながるのかもしれない。
本通りの真ん中あたりにある「ヒジノワ」は、
土祭という母から生まれた子どものような場所である。
築百年の民家で、信用組合などの事務所として使われたあと、
長く空き家となっていたのを、2009年の土祭で現代アートの展示会場として改修。
その後、改修チームが中心となって地域コミュニティースペース&カフェとして立ちあげ、
いまにいたるまで町民たちの手で自主的に運営されている。
誰のものでもない、みんなの場所なのである。
カフェの店主には町民であれば誰でも立候補可能。
9月の出店者紹介のチラシの献立を見ると、マクロビ、家庭料理、韓国料理、
オーガニックのお菓子に天然酵母パン、
「ふだんは山の工房で陶器をつくってます」なんて陶芸家もいるようであるから、
ある意味「ごっこ」の楽しさがあるのだと思う。
プロフェッショナルではないカフェというものを、わたしはあまり好きではないのだが、
ここはなんだか、このゆるさがうらやましいくらいである。
一回目の土祭をまちの人々がいかに楽しんだか、その余韻がふっくら感じられるのである。
カフェという言葉とはあまりに不釣り合いなおじさんが、不器用に一生懸命に、
でも楽しそうにコーヒーをいれてる姿なんかを見ると、
へりくつよりも心が楽しいのがいちばん大事。
そんなふうに、素直に明るく思えてくるのだ。
午後は、昨日にひきつづき「つかもと迎賓館」で開催されるセミナーへ。
今日の講師は発明家で、那須町で「非電化工房」、ご本人いわく「非電化テーマパーク」を
主宰されている藤村靖之さんである。
発明家というのは、獣医につづく、わたしの憧れの職業であるが、
白いおひげをたたえた藤村さんは、
そのどちらといってもおかしくない面立ちをされている。
震災後、にわかに注目を浴びた藤村さんはいま、
書いた本が売れて売れてしかたがないという人生初の体験をされているのだそうだ。
しかし、もちろん藤村さんがされてきたことは、お金儲けとは対極にある、
エネルギーとお金を使わずに人はどれだけ幸せになれるかという高遠な試みであって、
ひっくり返せば「幸せとは何か」ということをずっと問いつづけてきた人
ということになる。
「エネルギーとお金をかけないということはどういうことか?
それは自分でつくるということです。自分でつくれば時間がかかるし、
工夫も努力も人との協力も必要になるけど、
幸せというのはその過程のなかにあるんじゃないか」
「ぼくは、たかがお金のために、若者に不幸になってほしくないんです。
だから、ほら、お金なんてかけなくても豊かさを得られるじゃないかということを、
ぼくのテーマパークでぜひ見てもらいたいと思っているんですね」
ひとしきりのお話のあとは、世界各国の土の家を撮りつづけ、
今回の土祭で「たてものの未来 土の家」の展示もしている
写真家の小松義夫さんとの対談となった。
藤村さんが小松さんの本の熱心なファンということから、実現した顔あわせらしい。
小松さんは、子どものための家の本を多数出版されているようだ。
藤村
ぼくは、困っている人を助けるのが発明家の仕事だと思ってるから、
よくアフリカに行くんですね。
お金がない、お水がない、アフリカには困っている人がたくさんいるんです。
それでね、世界一貧しいといわれているジンバブエに行ったとき、
そこにある家が世界一すてきだと思ったの。
世界一貧しい国の家が世界一すてき。
そんなことが自分の内で起こったことが愉快で愉快で。
小松
それはあたりまえですよ。アフリカの土の家こそ、未来の家のかたちだと、
ぼくは思っていますから。
日本や先進国の暮らしは、もう行きづまってるでしょ。
行きづまったら、うしろを見るのがいいんです。
藤村
ぼくたちは、つねに、アメリカとかフランスとか、
自分たちより豊かな国の家をすてきだと思ってきた、いや、思わされてきましたね。
小松
うん、そう。でもほんとのユートピアはどっちなのかってことですよね。
貧しい国はお金がないから、そこにある素材で自分たちでつくるしかない。
でも、それがもっとも利にかなって気持ちのいい、
風土になじむ家になるんです。
そこにある素材というのは、その土地と一緒に呼吸してきたものなんだから、
景観として土から生えているようにすてきに見えてあたりまえなんです。
藤村
それが人間味ともいえますね。
小松
ぼくがいつも思うのは、貧しい国でほど、すてきな目に会える。
子どもの目なんて、それはきれいですよ。
それはなぜなのかということを、考えてみるときがきていると思います。
information
EARTH ART FESTA
土祭2012
2012年9月16日(日)~9月30日(日)
栃木県益子町内各所
http://hijisai.jp
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