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土祭だより Vol.3

ローカルアートレポート
vol.017

posted:2012.9.20  from:栃木県芳賀郡益子町  genre:アート・デザイン・建築

〈 この連載・企画は… 〉  各地で開催される展覧会やアートイベントから、
地域と結びついた作品や作家にスポットを当て、その活動をレポート。

editor's profile

Rumiko Suzuki

鈴木るみこ

すずき・るみこ●静岡県出身。出版社勤務を経て渡仏後、フリーランスに。女性誌や生活関連書籍の編集&執筆に携わり、2002年には初代編集長と2人で『クウネル』を立ちあげる。10年間編集に携わったあと、つぎにやるべき楽しいことを模索中。編著に『スマイルフード』『パリのすみっこ』等。

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撮影(メイン画像):矢野津々美

栃木県益子町。古くから窯業と農業を営んできたこのまちで、
9月の新月から月が満ちるまで、15日をかけて開催される土祭/ヒジサイ。
この土と月の祭りで何が行われるのか。
ひとりの編集者が滞在し、日々の様子を書きおこしていきます。

9月16日 新月 土祭開幕・午後の部

開幕の日については書きたいことがたくさんあり、午前、午後と分けてみた。

開幕式のあとは、隣接する鶴亀の池周辺につくられた「たてものの未来 食卓の家」と
「鶴亀食堂」をめぐり、そのまま本通りまで戻って、前々から楽しみにしていた
澤村木綿子さんの作品「いのちはつながっているのだから」をとんで見にいった。
澤村さんとは東京で一度お会いしたことがある。
はかなさの奥に底知れない強さを感じさせる彼女が、この益子に与えられた場で、
どんなものをつくりあげるかがとても気になっていた。

ふらりと入った「食卓の家」は、縄文の竪穴式住居を
地場で手に入る天然素材だけで再現した、
作者のひとりである高山英樹さんいわく「ほったて四阿(あずまや)」で、
木と土と石と水、そして火と光という地球の基本エレメントが
むきだしで感じられる空間になっている。
人が気持ちいいと感じるために、ほんとに必要なものはこれだけでしょ。
そういっているような小さな家である。

「こんなところでお茶が飲みたい、夜は酒が呑みたいっていう、
シンプルにそんな場所をつくりたかった。
みんなにもここに座ってもらって、なんだかよくわかんないけど気持ちいいという、
その感じを体感してもらうことで何かが変わっていくんじゃないかなと」

今回の土祭には、ほかにも「たてものの未来」をテーマに、
これからの住環境、というとなにやら難しくなるが、つまりは生活の器、
煎じつめれば人間の居場所を考えていく展示がいくつかあるようだ。
震災後に、とってつけたように大企業が喧伝しはじめた「スマートハウス」に
ほんとうの豊かさがあるとは思えない。
原発をつくってきた家電メーカーの「すりかえ」に、わたしたちはもうだまされはしない。

ならば、ほんとうの豊かさって何だろう。
高山さん、そしてもうひとりの作者である町田泰彦さんから聞いた話は
とても面白かったのだが、(またまた長くなるので)ほかの展示も見たあとで、
あらためてまとめてみたいと思う。

篠竹と間伐材の「おとし」(廃棄部分)を組み合わせてつくられた食卓の家。小さな窓(?)からの眺めも粋に設計されている。何が見えるかは行ってのお楽しみ。

日干し煉瓦の囲炉裏ふう食卓を囲む座は、地元の庭師さんからもらい受けた石。「板の隙間も生きてるでしょ」と高山さん。光が遊ぶ。

澤村木綿子さんの作品の一部を予告編として。桜の木でできたこれは、さて何の手でしょう。このお話はあらためて。

つい忘れてしまうのだが、益子も昨年の震災で大きな被害を受けた被災地なのである。
3月11日のあの震災は、日本人のひとりひとりに
「これから、どう生きていくべきか」という命題をたたきつけた。

誤解を恐れずにいえば、わたしはやっぱり神様はいると思ったのであり、
ぎりぎり、もう地球がぎりぎりという一歩手前で、
わたしたちに情けをかけ、最後の警告を与えてくれたのではないかと思っている。
言いかえれば、いまならまだ間に合う、そうおしえてくれたとも思われるのだ。

いまならまだ間に合う。このフレーズを、わたしは近頃よく耳にする。

この日の午後のセミナーでお話をされた小倉美惠子さんの口からも、
このフレーズが出て、はっとした。
「いまならまだ間に合う」。そのことに気づき、動きはじめている人がたくさんいる。
震災前のとおの昔から危うさを察知し、こつこつ着々と
自分のできることをしつづけてきた人たちもいる。
人が動いている姿は、あらたな人を動かす。

今日明日、そして来週週末に全5回の予定で開催される土祭セミナーの講師には、
どうもそんな人たちが選ばれているようだ。風土、自然、民藝、手仕事……
益子を益子たらしめるこれらをキーワードに講演をおこなうのは、
話題の映画『オオカミの護符』のプロデューサーで、同名の著書も出版した小倉美惠子氏、
発明家で「非電化工房」主宰の藤村靖之氏、
禅研究の大家である鈴木大拙の秘書を長年つとめた岡村美穂子氏に、
日本民藝館学芸部長の杉山享司氏……。
なんとも興味深いラインナップ。これはどれも聞き逃したくはない。

セミナー会場となる「つかもと迎賓館」は、隣の茂木町から移築した、この地方の代表的な庄屋造り。棟方志功がアトリエがわりに滞在したこともある。(撮影:矢野津々美)

今日の小倉美惠子さんのお話からして、非常に示唆に富んだ内容だった。

わたしは小倉さんと同じ年である。
高度経済成長の申し子として恩恵にあずかりつつも、
大切なものがどんどん壊されていく、大切なものから消えていってしまう、
何かが間違っている! と叫び出したいような、
時代への反発をずっと抱きながら成長したという点では共通するものがある。

『オオカミの護符』は、加速度的な開発で生まれ育った農村が
「まち」へと変貌を遂げるなか(それが川崎であることに驚くのだが)、
昔から変わることなく生家の土蔵の扉に張りつけられていた1枚のオオカミのお札に、
小倉さんの目(意識)が留まるところからはじまる。
ずっと見ていたのに、見えていないものがある。
それが忽然と見えてくるのは「とき」が熟したということで、
小倉さんは牙のある「オイヌさま」に導かれ、
日本人が捨ててきたものをていねいに拾い直すような心の旅に出ることになるのだ。

ゆっくりと咀嚼して身体にしまいたいような言葉がたくさん聞けたのだが、なかでも
「所有しないことが、そのものの命を永らえさせる唯一の知恵」といわれたときは、
がんと頭を殴られたようだった。

講演後は映画の上映もあった。出てくる老人はみんないい顔をしていて、
これを映像として記録できただけでもよかった、「間に合った」のだと思った。

途中で機械の調子が悪くなり、1時間ほど中断するハプニングもあったが、
席を立つ人がいないのも驚きだった。
ぎりぎりまで待って、電車の時間があるからと残念そうに帰った女性がいたが、
彼女にしても川崎の小学校の先生で、小倉さんにぜひ子どもたちに話をしに来てほしいと
一言を残して帰っていった。

種が蒔かれれば、そのうちのいくつかは発芽する。まずは蒔くことが大切なのである。

夕暮れどきから夜にかけては、土祭広場に設置された櫓と土舞台で恒例の奉納演奏会が。和太鼓、獅子舞、神楽、雅楽、お囃子など益子各地に受け継がれている伝統芸能が披露された。(撮影:矢野津々美)

土祭広場に建つ「夕焼けバー」の屋台は、昨年の「前(まえ)土祭」で地元の大工さんたちが杉を用いて制作したもの。終了後に解体し、廃校になった小学校に保管していたものを再び組み立てたのだという。出店は地元商工会青年部や料理店、カフェのオーナーなどで、今年は非電化冷蔵庫の試みもあり。器は使い捨てのプラスチックではなく益子焼。そういうところが、この祭りの真骨頂ともいえる。新月の夜。星が降りそうだった。(撮影:矢野津々美)

information

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EARTH ART FESTA
土祭2012

2012年9月16日(日)~9月30日(日)
栃木県益子町内各所
http://hijisai.jp

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