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YCAM「地域に潜るアジア:参加するオープン・ラボラトリー」前編

ローカルアートレポート
vol.056

posted:2014.10.3   from:山口県山口市  genre:アート・デザイン・建築

〈 この連載・企画は… 〉  各地で開催される展覧会やアートイベントから、
地域と結びついた作品や作家にスポットを当て、その活動をレポート。

editor's profile

Ichico Enomoto

榎本市子

えのもと・いちこ●エディター/ライター。東京都出身。小柄ですが、よく食べます。お酒は飲めませんが、お酒に合う食べ物が好きで酒飲みと思われがちです。美術と映画とサッカーが好き。

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写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]

「場」を見せる、という展覧会。

山口市にある山口情報芸術センター[YCAM]では、7月5日から9月28日まで、
展覧会「MEDIA/ART KITCHEN YAMAGUCHIー地域に潜るアジア:
参加するオープン・ラボラトリー」が開催された。
これは、東南アジア4か国で開催された国際交流基金主催の展覧会の
山口版ともいえる展覧会で、アジアからやって来たアーティストたちが
山口の各地域に潜り、さまざまなフィールドワークをもとに、
地域の人たちとつくり上げるような展覧会だ。
展覧会といっても、ふつうの展覧会と少し違うのは、
会場に行っても完成された作品が展示してあるわけではなく、
そこにあるのは「場」でしかない。
タイトルにもあるように、ラボラトリー、つまり作業場のようなスペースがあり、
アイデアや活動が生まれていく場が開かれている、という企画展なのだ。

会場には5つのラボラトリーが開設された。
「竹のラボラトリー」では、ヴェンザ・クリストとユディ・アスモロという
インドネシアのアーティストが活動。
彼らはインドネシアのジョグジャカルタで、
テクノロジーとアートのためのラボ「HONF Foundation」を設立していて、
アーティストと専門家や学生などによる緩やかなコミュニティが、
地域課題に取り組むプロジェクトを展開している。
インドネシアでは建材として利用されている竹が、
山口ではほとんど利用されていないという現状に目を向けたヴェンザたちは、
地域の人たちと一緒に竹の問題について考えていった。
またそこから、大阪の建築グループ「ドットアーキテクツ」による
会場デザインのアイデアも生まれ、実際に竹を利用したラボラトリーが会場に出現した。
今回ヴェンザが潜った山口市の阿東地区での展開については、
後編で詳しく紹介していく。

今年3月に山口市の阿東地区の農家、吉松敬祐さんを訪問するヴェンザ・クリスト(写真左)。活動に共通点が多く、話が盛り上がるふたり。

「食物のラボラトリー」では、マレーシアのリム・コクヨンとヤップ・ソービンによる
「オペラシ・キャッサバ」というプロジェクトが展開。
キャッサバは、タピオカの原料としても知られる南米原産の作物で、
東南アジアでは一般的な食べ物のひとつ。
第二次大戦下に、旧日本軍が主食である米を独占してしまったために、
現地では重要な食糧となって一般的に定着したという経緯がある。
オペラシ・キャッサバは、キャッサバを通して
マレーシアの文化的アイデンティティを探るプロジェクトとして、
キャッサバにまつわる記憶やレシピを投稿できる「キャッサバ・ミュージアム」を、
2012年にインターネット上に立ち上げた。
今回はキャッサバ・ミュージアムのYCAM版を制作したほか、
実際にYCAM内に小さな畑をつくり、キャッサバを栽培している。
また、山口市で食文化について考える活動を展開する
津田多江子さんによるワークショップも開催された。
実際にキャッサバを調理し、リム・コクヨンのおばあさんのレシピを再現することで、
個人の記憶を追体験するようなワークショップになった。

YCAM内の中庭にキャッサバ畑が出現。

会期直後に開催されたワークショップ。キャッサバを調理するヤップ・ソービン(写真右)とリム・コクヨン(写真左奥)。

「穴のラボラトリー」は、田村友一郞による「話」のラボラトリー。
人の口から耳へ、そしてまたその人の口から別の人の耳へと
「穴」を通して話が広がっていくことをイメージしている。
館内ツアー「Y市の出来事」では、普段よりYCAMの展覧会ナビゲーターを務める
サポートスタッフと呼ばれる女性たちが案内人となり、
来場者から山口にまつわるさまざまな話を、日々聴取している。
ツアーの導入では、田村自身が取材した、日本で唯一、民間で継承されている
山口鷺流狂言にまつわる話を紹介しながら、来場者から話を引き出している。
ツアーを介して、サポートスタッフの女性たちにより集められた話は160話にのぼり、
経過報告会「名勝 Y市の穴巡り」の中で、
女性たちのドキュメント映像とともに、一部の話が公開された。

「Y市の出来事」経過報告会「名勝 Y市の穴巡り」の様子。

「名勝 Y市の出来事」で公開された、集められた話の一部。

「音のラボラトリー」では、山口にまつわる音源が公開されていた。
ひとつは山口市在住の民謡研究家、伊藤武さんが
山口県の各地で録音、保存してきた「作業歌」。
作業歌とは、昔の人が農作業などさまざまな作業をしながら
作業効率を上げるために歌っていた歌で、
山間部では農業や林業にまつわるものが多く、
沿岸部では塩や石材産業にまつわる歌が多い。
いまではほとんど失われてしまった作業歌を、50年にわたり、
伊藤さんが歌い手を訪ねて録音、収集したこのライブラリーは、とても貴重なものだ。
もうひとつは、YCAMと坂本龍一のワークショップ
「walking around surroundー山口の音に耳を傾ける」のために、
2012年に山口市の小学生たちが行ったフィールドレコーディングの音源で、
現代の山口市のさまざまな風景が音によって浮かび上がってくる。
これらの音源を参照しながら、シンガポールのミュージシャン、
バニ・ハイカルが地域に潜り、音という切り口でフィールドワークを行った。

8月2日、3日に開催された大友良英FENオーケストラでのバニ・ハイカル。

そして5つ目のラボラトリーが
「メディア・テクノロジーと地域をつなぐラボラトリー」。
担当するのは「YCAM地域開発ラボ」だ。
YCAMが培ってきた技術やノウハウを、「地域」を通じて考え、
応用していくためのラボラトリー。
会場内に何でも投函できるポストを設置して、
地域の人たちから寄せられた課題や生活の知恵を貼り出し、
まずその共有からスタートして、人々がアイデアを交わしたり、
話し合ったりできる場を提供している。

5つのラボラトリーのひとつである「地域開発ラボ」。

竹筒でできた何でも投函ポストは、山口市の形になっている。

「YCAM地域開発ラボ」がめざすこと。

最後に紹介したラボが、実は現在の、そしてこれからのYCAMの姿勢を象徴している。
昨年10周年を迎えたYCAMで、11年目の今年、「地域開発ラボ」が発足した。
といっても、それはゼロからのスタートではなく、
YCAMがこれまでも教育普及プログラムなどを通じて
地域と関わってきたなかでやってきたこと。
YCAMの持つ技術や蓄積を地域社会に還元していくことに、
より力を入れていくということだ。ひとつの決意表明にもとれる。
まずは異なる地域、分野、年代の幅広い人材が、YCAMを介して関係性が持てるような、
いい意味で混沌としたプラットフォームづくりが大事だと、
地域開発ラボの菅沼聖さんは話す。

「今回の展示でもその姿勢を表しています。
ポストに山口の人たちが持っている地域の知恵を投函してもらう。
もしかするとそれはYCAMにとって新鮮な“知識”や“アイデアの種”になるかもしれません。
異なる分野の知識を集めて、生活や地域に根づく“知恵”をつくっていく、
YCAMはそんな場所になれる可能性を秘めていると思います」

「YCAM!知恵袋」に投稿された内容について、寄り合い形式で話し合うワークショップ。

たとえばこんなものがほしいとか、これをつくってほしいというような声に対して、
全部打ち返すことが正解ではない。地域課題に対して、
YCAMの技術で解決できるとしても、安易にそうしてしまうことが
必ずしも地域に貢献することにはならないと、菅沼さんは考えている。

「ひと言で地域課題といっても、その内容は多種多様。
当事者が高いモチベーションを持って原動力とならなければ、
解決することも、持続することも難しいと思います。
YCAMができることは、当事者とのコラボレーションが起きやすい
環境づくりに専念すること。地域、職業といった隔たりを超えて、
アイデアや課題を共有できる場所になれればと思います」

キッズ向けのものづくりワークショップも定期的に開催。

YCAMが以前から取り組んでいることのひとつに、
プロジェクトのオープンソース化がある。
坂本龍一と共同制作した「フォレストシンフォニー」は、
木の生体電位を採取してそれを音に変換するというものだが、
その制作に使ったハードウェア、ソフトウェア共に
インターネット上で公開して世界に発信している。
これは別の分野の人、たとえば農業に従事している人が知識としてとりこんだ場合、
まったく違う発想になるかもしれない。
また、プロジェクトのオープンソース化と同様に、
共同研開発の契約書までもオープンにしているのだという。
そのように活動を世界に発信したりオープンにしていくことは、
YCAMが培った技術や知恵が世界のどこかで有効利用され、
さまざまな可能性を生むことにつながる。

「地域課題というと内向きの印象を受けますが、
似たような課題を抱える地域は世界中に多く存在します。
世界規模で連鎖的に知識の応用が行われた結果、
地域の知恵がポンと生み出されるような事例をYCAMでつくりたいですね。
今後も公共文化施設と地域との新しい関係性を模索し、その手法が他施設のモデルとして
参照されていくような試行錯誤を続けていきたいと思います」

11年目から決意も新たにスタートした「YCAM地域開発ラボ」。
今回の展示に限らず、その可能性に今後とも注目していきたい。

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