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土祭だより Vol.10

ローカルアートレポート
vol.025

posted:2012.9.30   from:栃木県芳賀郡益子町  genre:アート・デザイン・建築

〈 この連載・企画は… 〉  各地で開催される展覧会やアートイベントから、
地域と結びついた作品や作家にスポットを当て、その活動をレポート。

editor's profile

Rumiko Suzuki

鈴木るみこ

すずき・るみこ●静岡県出身。出版社勤務を経て渡仏後、フリーランスに。女性誌や生活関連書籍の編集&執筆に携わり、2002年には初代編集長と2人で『クウネル』を立ちあげる。10年間編集に携わったあと、つぎにやるべき楽しいことを模索中。編著に『スマイルフード』『パリのすみっこ』等。

credit

撮影(メイン画像):矢野津々美

栃木県益子町。古くから窯業と農業を営んできたこのまちで、
9月の新月から月が満ちるまで、15日をかけて開催される土祭/ヒジサイ。
この土と月の祭りで何が行われるのか。
ひとりの編集者が滞在し、日々の様子を書きおこしていきます。

9月29日 風の道

朝、花火が鳴る。
ついに土祭も今日あしたとなった。
二週間益子に滞在し、たくさんのものを見て聞いて、伝えたいことがありすぎて、
筆(?)がまったく追いつかなかった。
わたしが書いたことは、この二週間で起きたことのほんのわずかにすぎないし、
時間をさいて取材させていただいたのに
書けなかったことがいっぱいあって申し訳なく思っている。
今日は、ゆいいつ見残している展示、
映像作品「土の人3Portraits/6月の夜」を見にいってみよう。
国内外で活躍する若手映像作家が、益子の風土とともに生きる(生きた)自然観察者、
手漉し粘度職人、陶芸家の姿を追ったものであるという。

結局、開幕の日の夜に見て、つぎに明るい昼に見て、
さらに友だちを連れて見に行って、作家による朗読会にも出かけと、
今回もっとも多く足を運んだのが橋本雅也さんの彫刻展「風の回廊」であった。
スターネットの丘の上の建物「zone」の白く天井の高い空間に、
ただひとつ、14頭の鹿の角から穿(うが)たれたという作品が展示されている。
それは硬質で闘争的な角とは、にわかに信じられないほどに薄く繊細な作品で、
発光しながら風を追い、風においていかれてしまった恰好のまま、
静かにそこに存在している。
その悲しい躍動は、わたしに、アポロンの愛から逃げるために
月桂樹に姿を変える瞬間のダフネを思わせる。

橋本さんは数年前にも、鹿の角や骨を削った花の作品をいくつか発表しているが、
それは自ら撃った一頭の鹿から生まれたものであり、
その際の凄まじい物語を彼は一冊の本にまとめている。
先導をした猟師がその鹿を解体しようとナイフで腹を切り、
体内に宿された小さな胎児を目の当たりにしたときの頭を殴られたような衝撃。
いのちというものが、忽然と重力をもって、のしかかってきた。

その瞬間に映像として脳裏に浮かんだ白い花々を、
自分の場所に帰った橋本さんは一年かけて彫りすすめていく。
供養というよりは、命を受けとったものが担う役割りを
ただ無心に果たしていたようだったと橋本さんはいい、
花が一本生まれるたびに、心は落ち着きを取り戻していった。
七本の花が生まれた。

それから数年、橋本さんは、花にした残りの骨を同じ山に返しに行って、
今回の作品のベースになった鹿と出会うことになる。
しかし前回と違うのは、その鹿ははじめから死んでいた。
まるで橋本さんに、その身を捧げるかのように。

「けもの道ってありますよね。人は通らない、動物だけの通り道。
あてどもなくそこを歩いていくと小高い頂きに出て、
そこは峰から吹きおろされる風の道だったのか、強い風が吹く場所でした。
ぼくは目を閉じて風の音を聞くうちにいつしか眠ってしまって、
ふと目を覚まして引き返そうと歩き出すと、ツツジの木の下で鹿が死んでいたんです」

それはりっぱな角をもった雄の鹿で、外傷もなく、自然死に見えた。
けもの道を行けば自然死した動物と出会うことはあるが、
そこは急な斜面に囲まれた頂きで、橋本さんには、
死期を悟った鹿が、あえて死ぬ場所として、その風の道を選んだようにも思えた。
その魂の気高さに身震いがした。
半年後に再びそこを訪れると、朽ちて白骨化した鹿の骨と角が森に点在していた。
橋本さんはその角をていねいに拾い、持ち帰った。

(撮影:矢野津々美)

その鹿の角で新しい作品をつくろうと思ったとき、
橋本さんの頭にはすでにこの場所、「zone」があったのだという。
馬場さんに相談してみると、「それならやりなさい」という答えが返ってきた。
22日の夜には会場で、橋本さんと馬場さんとの対談がおこなわれたが、馬場さんからも
「この作品が、今回の土祭のはじまりだった」という発言が出た。
「ぼくたちが失ってしまったもので、いま取り戻さなければいけないもの。
それは霊的なものといっていいと思うけれど、この作品にはそれがある。
橋本さんは、古代の仏師が仏さまを彫るような気持ちでこの作品をつくったと思う。
ある意味、命の移しかえともいえる行為なんじゃないか」

その後のことだ。偶然、益子にもってきていた一冊の本に、
こんなくだりを見つけて、はっとした。

「村の中、特に山の中には時空の裂け目のようなものがある。
それをこの世とあの世を継ぐ裂け目といってもよいし、
霊界と結ぶ裂け目、神の世界をのぞく裂け目といってもよい。
異次元と結ぶ裂け目である。この裂け目は人間には見えないが、動物にはわかる。
そしてこの裂け目は誰かが命を投げ出さないと埋まらない。
埋まらないかぎり永遠に口を開けていて、その裂け目に落ちた者は命を落とす」
(『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』内山節著より)

橋本さんを風の吹く道に招いたものは、いったい何か。

橋本さん(左)と馬場さんの対談。前作の月下美人の花の彫刻も特別に展示。(撮影:矢野津々美)

information

map

EARTH ART FESTA
土祭2012

2012年9月16日(日)~9月30日(日)
栃木県益子町内各所
http://hijisai.jp

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