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大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ Part2

ローカルアートレポート
vol.013

posted:2012.8.22   from:新潟県十日町市ほか  genre:アート・デザイン・建築

〈 この連載・企画は… 〉  各地で開催される展覧会やアートイベントから、
地域と結びついた作品や作家にスポットを当て、その活動をレポート。

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Ichico Enomoto

榎本市子

えのもと・いちこ●エディター/ライター。生まれも育ちも東京郊外。得意分野は映画、美術などカルチャー全般。でもいちばん熱くなるのはサッカー観戦。

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撮影:嶋本麻利沙(THYMON)

人と場所から生まれる作品の数々。

大地の芸術祭は、里山現代美術館のある十日町のほか、
川西、松代、松之山、中里、津南の6つの広大な地域で繰り広げられている。
すべての作品を見て回るのはかなりの時間を要するが、
自分が気になる作品を選んで見て回るだけでも楽しい。
ここでは2012年の新作から、いくつかの作品をレポート。

アメリカの著名な美術家アン・ハミルトンは、津南の田中という集落の空き家と
『ドラゴン現代美術館』の2か所でインスタレーションを発表。
ドラゴン現代美術館は、中国福建省の登り窯を移築し再生させた
蔡國強(ツァイ・グオチャン)の作品で、毎回、蔡國強がキュレーションして
作家が展示を行っており、今回はハミルトンが作品を展示。
芸術祭スタートの数日前、空き家で制作中の作家に会うことができた。
その家はかつて金物の職人が住んでいたそうで、作品タイトルも『金属職人の家』。
「ギャラリーというよりも、かつて職人が生き、
暮らしていたスペースとして見せたいと思っているの」とハミルトン。
空き家に再び息を吹き込むこの作品でポイントになったのは、音と空気。
この家はかつては金属の音が響いていたはずだし、
窯も、本来は火を入れて空気を送り込めば、パチパチと音をたてて燃えさかるもの。
作品では、アコーディオンを分解した“ふいご”の部分と、管楽器などでよく使われる部品
リードを使い、空気を送り込んで音を出す仕掛けをつくった。
「音というのは不思議なもので、持てないし、目に見えない。
でも、たとえば風鈴のように、風が通ることで音が鳴り、涼しく感じるように、
聴いた音で気分も変わってくるし、ほかの人と共有することもできるでしょう?」

この場所で制作を進めるうちに、いろいろなアイデアがひらめいてきて、
だんだんやることが明確になってきたという。
「全然違うかたちだったり関係ないと思っていたものが、どこかでつながっていたりする。
アートというのは、そういう関係を見つけていくのが面白いし、
作品は時間をかけて感じ、経験することが重要なの」
世界中で個展を開催してきた彼女だが、大地の芸術祭はほかと違うという。
滞在している旅館の人が毎朝あたたかく送り出してくれたり、
集落の人たちは常に彼女を気遣ってくれる。
近所の人たちのバーベキューにも呼ばれたそう。
「彼らが楽しんでくれるような作品をつくりたいと思ってるわ」

「アートは自分が面白いと思ったところに寄り添っていくのがいい」と話すアン・ハミルトン。

分解したアコーディオンを使って音を出す。2か所のインスタレーションは関連している。

風が通ることで音が出るリード。思いがけない組み合わせから作品が生まれる。

同じく津南の外丸(とまる)という集落には、西アフリカのベナン出身で
現在はアムステルダムで活動するアーティスト、メシャック・ガバの作品がある。
取材時は作家本人は不在だったが、集落の有志たちでつくるグループ
「八本杉」のメンバーが、着々と準備を進めていた。
この作品はヨーロッパではよく知られる「ミカドゲーム」にヒントを得たもの。
バラバラに重なり合った棒を、ほかの棒を動かさないようにして抜き取るという
シンプルなゲームで、日本ではなじみがないが、語源は日本語の「帝」とも言われる。
ガバは、このテーブルゲームを巨大化し、人と同じくらいの大きさの棒で、
鑑賞者がからだを使って遊べるような作品にした。
集落を訪れたガバは、八本杉というグループ名の由来でもある
杉の大木がある神社の境内を、作品の舞台に選んだ。
八本杉の代表者、湧井稔章さんは
「大地の芸術祭では以前からほかの集落で手伝いをしていたのですが、
自分たちの集落でも作品をつくってほしかった。今回、それが実現して楽しいです。
こういうことがないとあまり話をしないような人たちが、
夜みんなで集まってお酒を飲んだりして仲良くなりました。
外丸に外国人のアーティストが来るなんて初めてだと思いますが、
言葉は話せなくてもコミュニケーションできましたし、子どもたちもすぐ仲良くなって、
みんな次に来る日を楽しみにしていますよ」と目を輝かせる。
遊び方の紹介ビデオも、集落の子どもたちが出演してつくられた。
この集落では、アーティストは「ガバさん、ガバさん」と、すっかり人気者のようだった。

外丸の人たちを見守るように凜と立っている八本杉。集落の子どもたちにも、この杉のように大きく真っ直ぐに育ってほしいという願いがある。

『ミカドゲーム』の制作を手伝う八本杉のメンバー。右から2番目が湧井さん。

日本人のアーティストと外国人のアーティストの共同プロジェクトもある。
小沢剛とフィリピンのアーティスト、キドラット・タヒミックは、2015年に向けて、
十日町の下条地区とフィリピンの小さな村イフガオの交流プロジェクトをスタート。
イフガオも美しい棚田が多くある地域で、タヒミックはイフガオの人々とともに来日。
今回は、少数民族がつくる伝統的な住まいなど、
3つのミニチュアハウスを下条につくって展示している。
彼らはどんな山の中にでも家の部品を運び、組み立て式の家をつくってしまうのだという。
下条の子どもたちも壁などになる部品を一緒に運び、
イフガオの人たちの家づくりに触れた。
一過性のものでなく、地域が長期的に交流していくことで何が生まれるか。
ここで展開するプロジェクトが楽しみだ。

子どもたちも一緒に、家のパーツを持って練り歩く。にぎやかなパレードのよう。

民族衣装のふんどし姿のイフガオの人たち。くぎは使わずにほぞで組み立て、植物の蔓などで固定する。

すぐ近くの下条駅前には、建築グループ「みかんぐみ」+神奈川大学曽我部研究室の『下条茅葺きの塔』がある。

松代にある清水・松代生涯学習センターに、前回2009年に開設された
「CIAN(地域芸術研究所)」は、これまでの芸術祭や地域の活動を
アーカイヴする研究施設。
芸術祭のアドバイザーを務め、2011年に亡くなった美術評論家、
中原佑介の蔵書も加わり、約3万点を収蔵する巨大アーカイヴとなった。
そしてこのCIANのなかに、川俣正による『中原佑介のコスモロジー』が登場。
中原の蔵書を使った、故人の頭の中を表現するようなインスタレーション。
生命や空間に限りはあっても、人間の頭脳や精神というものは、
まるでバベルの塔のように、果てしなく広がっていくかのよう。
現在は閲覧はできないが、並べてある書物を見ているだけでも、豊かな知の散歩ができる。

内側にも同じように書物がズラリ。構造設計もきちんと計算されている。

デザイン書、画集、評論など貴重な本も。まさに宇宙のよう。

ここでしか体感できないパフォーマンスも。

大地の芸術祭では、演劇やダンス、パフォーマンスなどのイベントも多数行われる。
アメリカの美術家ミエレル・レーダーマン・ユケレスは、
13台の除雪車を使ったパフォーマンス『スノーワーカーズ・バレエ』を披露する。
これは「ロミオとジュリエット」をモチーフにした“バレエ”で、
2003年にも1度上演され、今回は新演出による上演。
操縦するのは、実際に越後妻有で働く除雪車のドライバーたち。豪雪地域では
除雪車がいないと生活がままならないほど、彼らは地域にとって重要な労働者。
だが夏のあいだは、その存在も忘れられがち。
越後妻有の生活のなかからアートを生み出したいと考えたユケレスは、
彼らにスポットを当てようとこの作品を思いついた。
彼女は「みんなでつくり上げるプロセスが重要」と、
ドライバーたちとミーティングを重ね、練習に臨んでいた。
セリフがなくても、感動的なまでに表現が伝わってくるという
伝説のパフォーマンスの再演。
公演回数は少ないが、里山現代美術館でも、その制作風景などの映像を紹介している。

信濃川の河川敷で練習。配役がわかりやすいように、除雪車に色を塗った。

ダンスや映像、音楽、美術など複数のアーティストで作品をつくり上げる
ダンスカンパニー、ニブロールは、中里の倉俣地区にある『ポチョムキン』と、
少し離れたところにある矢放神社でパフォーマンスを行う。
『ポチョムキン』は、カサグランデ&リンターラ建築事務所のデザインによる、
鋼の壁が屹立したコンセプチュアルな空間だが、
ブランコや東屋などもあり、地域の人々のちょっとした憩いの場になっている。
ニブロールはここで、横浜でも上演した『see / saw(シーソー)』
という作品を披露するが、横浜公演とはまったく別物になりそうだ。
映像を担当する高橋啓祐さんは
「ニブロールがこの芸術祭に参加するのはこれで3度目。
これまでは東京でやったものを公演するというかたちだったんですが、
今回はもう少し“大地の芸術祭”とよばれるこの芸術祭でやる意味を考えて、
地域から発生されるイメージを作品に取り込みたいと思いました」と話す。
メンバーは、倉俣に伝わる民話や伝承を聞いて回り、イメージを膨らませた。
また美術のカミイケタクヤさんは、一軒一軒を訪ね歩き、
いらなくなったものを集めて神輿をつくった。公演では、村の人たちに参加してもらい、
ポチョムキンから矢放神社までの農道を、その神輿を担いで歩いてもらう。
ほかにもこの地域に伝わる「からす踊り」や太鼓を取り入れたり、
地域の小学生に朗読してもらうなど、かなり地域の人たちを巻き込んだものになりそうだ。

ニブロール主宰であり振付家の矢内原美邦さんはこう話す。
「祭りというのは地域にとって重要な行事ですし、芸術祭も現代のお祭り。
農耕民族のダンスはもともと奉納や祭りとも深い関わりがありますし、
祭りを強調するようなパフォーマンスを考えています。
もともと『see / saw』という作品は、日本に起きた突然の出来事を、
私たちがどう記憶し、それを身体に残していけるかということをテーマにしています。
今回はいろいろなものを使いますが、そこからわき上がってくる記憶を
身体に落とし込んだり、ものが持つ記憶ということにも挑戦してみたいと思っています」
倉俣地区を回って話を聞いたり廃品を集めたりするときも
「大地の芸術祭で……」というひと言で、みなさん「ああ」と受け入れてくれたそうで、
それだけ芸術祭が浸透していることをあらためて感じたという。
自分たちの作品が越後妻有の地でどう変わっていくのか、
メンバー自身も楽しみにしている。

右から、矢内原美邦、スカンク(音楽家)、カミイケタクヤ、高橋啓祐。8月24、25日に公演がある。

information

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大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2012

2012年7月29日(土)~9月17日(月・祝)
越後妻有地域(新潟県十日町市、津南町)で開催
作品鑑賞パスポート 一般 3500円 高・専・大学生 3000円
http://www.echigo-tsumari.jp

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