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奥田政行シェフの復興レストラン
「福ケッチァーノ」が、郡山でいよいよ発進。

TOHOKU2020
vol.026

posted:2014.5.13  from:福島県郡山市  genre:活性化と創生

〈 この連載・企画は… 〉  2011年3月11日の東日本大震災によって見舞われた東北地方の被害からの復興は、まだ時間を要します。
東北の人々の取り組みや、全国で起きている支援の動きを、コロカルでは長期にわたり、お伝えしていきます。

writer's profile

Riko Saito

斎藤理子

さいとうりこ●フードジャーナリスト。欧米に12年あまり在住中、世界各国を食べ歩く。現在は生産者からシェフまで幅広く取材、執筆。著書に「イギリスを食べつくす」(主婦の友社)、「隣人たちのブリティッシュスタイル」(NHK出版)など。編著に『アル・ケッチァーノ』奥田政行シェフのクロワッサンでの連載をまとめた「田舎のリストランテ頑張る」(マガジンハウス)。

credit

撮影:目黒 ー MEGURO.8

2011年のあの日、奥田シェフが心に誓ったこと。

以前から卒業生を採用してきた関係で、
「アル・ケッチァーノ」の奥田政行シェフは、福島県郡山市にある
「学校法人永和学院 日本調理技術専門学校(日調)」との縁が深い。

2011年3月11日。
東日本大震災の日も、まず最初に救援に向かおうとしたのが福島県だった。
東北の一大事に、同じ東北人としていてもたってもいられない気持ちが
奥田シェフを突き動かす。
ところがあの原発事故のせいで、現地は大混乱。
情報は遮断され、行き着けるのかどうかもわからないまま
今から行くというシェフに対して、
現地の人たちは断らざるをえない状況であったという。
行き先を変え、翌日にはスタッフの家族がいる雄勝町へ。
7日後にはすでに南三陸町での炊き出しを始めていたものの、
福島のことは常に気がかりであり、何とか力になりたかったとシェフは言う。

福島で生まれ育った「日調」の生徒たちは、
地元のレストランに入って修業し、いずれは地元で独立することを夢見ていた。
それが原発事故のせいで、未来がまったく見えない暗闇に
放り投げ出されてしまったのだ。
行き場を失った料理人の卵たちが料理の道をあきらめないで済むように、
奥田シェフは今までは数人だった「日調」の卒業生採用枠を10人ほどに拡大。
「アル・ケッチァーノ」に迎え入れたのだ。
「その時、彼らに約束したんです。
お前らをいつか絶対に福島に帰す。だから頑張れって」

福島の優れた食材の魅力を伝える料理人を育てる。

奥田シェフが「日調」の卒業生をたくさん採用したのは、
雇用の問題を解決するためだけではない。
地元出身の料理人の手で、地元の食材の魅力を伝えるレストランを福島に作る。
そうすることで、生産者も元気になり地域も活性化する。
でもそのためには、食材がどんな自然状況の中で、誰によって
どのように作られているのかを料理人がしっかりと理解することが必要だ。
理解して初めて、その食材の持ち味を最大限に引き出すことができ、
人を感動させるひと皿が生まれる。
それこそが、奥田シェフ自身が今日まで実践し証明してきたこと。
そのことをみんなが「アル・ケッチァーノ」できちんと学び福島に戻れば、
きっと福島の復興にも貢献するに違いない。
そう考えた奥田シェフの頭の中で、構想は着々と進んでいった。

郡山のカリスマ生産者として有名な鈴木光一さんはじめ、
風評被害と戦う真摯な生産者との出会いにより、
次第に明確になっていくコンセプト。
「鈴木さんの作る野菜は、ひとつひとつの細胞が水を抱き込んでいる
すごい野菜。みずみずしさと喉越しの良さが別格です。
この野菜を使えば、郡山にしかないひと皿ができる。
地元の食材を使うことで生産者を応援し、そのことで地域が活性化するという
庄内で『アル・ケッチァーノ』がやったようなことが、
郡山でもできると確信したんです」

「福ケッチァーノ」と名付けられた復興レストラン。

確信はしたものの、実は奥田シェフでさえ
「日調」出身の料理人たちとの約束を果たすのに
最低5年はかかるだろうと思っていたのだという。
それくらい、福島の置かれた状況は厳しかったのだ。
ところが、たくさんの人の多大な努力で、
その約束は意外と早く実現することになる。

2014年3月、「福ケッチァーノ」と名付けられたレストランが始動。
オープンして初めて明らかにされた異例ずくめのその内容は
驚きに満ちたものだった。
まずは、店舗がトレーラーハウスであること。
オープンキッチンにカウンター席のみのトレーラー1台と、
テーブル席のトレーラー1台を、郡山の老舗和菓子店「開成柏谷」の
駐車場スペースに設置。
トレーラーハウスとはいえ、厨房はもちろんプロ仕様。
ナチュラルテイストのインテリアも洒落ていて、中に入ってしまえば
トレーラーハウスであることすら忘れてしまうのではあるが。
それにしても、何故トレーラーハウスにしたのだろう。
その疑問に対する奥田シェフの答えは明解。
「郡山が落ち着いてきたら、もっと必要とされているところに
移動できるように」なのだそうだ。

「福ケッチァーノ」のロゴ。丸いマークの中をよく見ると、「フクケ」の文字がデザインされているのがわかる。

地産地消フレンチで勝負する「福ケッチァーノ」。

そして何よりの驚きは、誰もがイタリアンだと信じて疑わなかった
「福ケッチァーノ」が、蓋を開けてみたらフレンチだったこと。
この理由について奥田シェフは、
「郡山はイタリアン・レストランが多いまちです。福ケッチァーノは
復興レストランなのだから、私がここでイタリアンをやることで
他の店を圧迫してしまったら意味がない。だからイタリアンという
選択肢は、実ははじめからなかったんです」と言う。

フレンチにしたもうひとつの大きな理由は、郡山の食材にある。
「庄内の野菜は個性的で味も濃く、自己主張が激しいんです。
だからソースを絡めてどうにかするよりも、
素材のままをオリーブオイルと塩だけで味わったほうがおいしいんですね。
『アル・ケッチァーノ』の料理にソースがほとんど登場しないのはそれが理由です。
ところが、郡山の鈴木さんが作る野菜はキメが細かく瑞々しくて、
味は濃いけれど変なクセはまったくない。だから、
ソースで野菜の味に表情をつけるという使い方のほうが合っているんです。
それもあって、『福ケッチァーノ』はフレンチ・レストランにしました」

カリスマ農家の鈴木光一さんが、自ら採れたての野菜を持って登場。鈴木さんは、「福島ブランド野菜」と名付けられた、郡山でしか作れない高品質で希少な野菜を開発・生産するグループのリーダーでもある。

鈴木農園の鈴木清美さんから届いたジャンボなめこ。まだ菌床に植わったままの超新鮮なジャンボなめこを前に、奥田シェフはどう料理するか思案中。

厨房で指示を出す奥田シェフ(左)。弟子たちのまなざしはいつも真剣。

シェフはじめスタッフは全員、福島出身の若者たち。

そこで奥田シェフが、料理長に選んだのが中田智之さん。
「日調」を卒業後、都内のフレンチ・レストランで修業を重ね、
いずれは地元の郡山での独立を考えていたというタイミングでの抜擢だ。
30歳という若さながら、奥田シェフの目にかなった実力は確か。
「福ケッチァーノ」では、すました高級フレンチではなく、
気取らずカジュアルに楽しめる家庭料理的なフレンチをやっていきたいと言う。
「郡山でフレンチっていうと、みんなスーツを着て来ちゃうけれど
まずそこから変えたいですね。普段着でわいわい楽しめる店にしたいです。
福島の食材には素晴らしいものがたくさんあっておいしいんだということを、
福島の人自身があまり知らないんです。だから、まずは郡山の人たちに
食べてもらって、地元の食材に自信をもってもらいたいんです」

ファン急増中のイケメンシェフ、中田智之さん。

中田シェフを支えるキッチンスタッフは他に4人。
もちろん日調出身で、中田シェフを含む全員が
「アル・ケッチァーノ」でみっちりと修業をつんできた若き料理人たちだ。
奥田シェフに地産地消の哲学をしっかりと叩き込まれ、
生産者との関わり方を学んできた。

中田シェフ(右)も後輩の指導に忙しい。

店長は22歳の横田真澄さん。彼は、「アル・ケッチァーノ」に入って以来、
奥田シェフが新しいプロジェクトを手がけるたびに、
そこのスタッフや責任者として赴任し、全国で経験を重ねてきた強者だ。

オープンキッチンとカウンター13席のトレーラー。もうひとつのトレーラーはテーブル18席。

店長の横田真澄さん。笑顔が魅力的な22歳。福島に帰って来られて本当に嬉しいと言う。

20歳の横田麻紀さんなど、サービス担当もみんな郡山出身で日調の卒業生。
スタッフは全員若い。そして、これからの福島を
自分たちの手で再建していくという目的を胸に秘めている。

サービス担当の横田麻紀さん。ここで店の運営を覚え、将来は自分の店を持つという夢がある。

「福ケッチァーノ」お披露目ディナーで供された料理の数々。

白菜の乳酸菌サラダとメヒカリのフリット

鈴木農場の白菜を塩揉みししばらく置いて乳酸菌発酵させたものと、生の白菜を合わせることで酸味、塩味と、異なる食感が口の中で楽しめる。フリットしたメヒカリの皮の部分には白菜系の香りがあるため、相性も抜群。いわき市名産のメヒカリは、今回は高知から。

福島牛のソテー、鈴木農園のジャンボなめこのソース

鈴木農園のなめこは濃厚な味わい。よく茹でて炒めとろみをしっかりと出したもの、さっと茹でたもの、生のものと、3通りの調理法をほどこしたなめこを合わせている。そうすることでなめこにより一層コクが出て、牛肉を引き立てるソースの役割を果たす。

白貝と豆麩のヘルシーカツレツと春菊

福島の伝統食材である豆麩を揚げてカツレツ風に。相馬でよく採れていた白貝を北海道から取り寄せ、鈴木農場の春菊と合わせて。

サーモンマリネ 会津の山塩 鈴木農場のほうれん草 アボカドオイル

たんぱく質が固まるか固まらないかの温度43℃で火入れしたサーモンは、しっとりねっとりと艶っぽい味わい。みずみずしく甘みが強い鈴木農場のほうれん草を合わせて。真空にして135℃で圧力をかけて柔らかくしたサーモンの骨がアクセントに。

曲がりねぎのシェリーヴィネガーマリネ

驚くほど甘みがある鈴木農園の曲がりねぎは火を通すとさらに甘みが増す。茹でて温かいうちにシェリーヴィネガーでマリネ。冷めていくに従い、ねぎの甘みとヴィネガーの酸味が調和していく。

通常ディナーはボリュームたっぷりでリーズナブル。

平目のカルパッチョ、塩昆布とトマト

震災前は相馬でたくさん獲れた平目と、福島が東北一の生産量を誇るトマト。グルタミン産が豊富な食材の組み合わせは間違いなし。プリフィクスコースの前菜のひとつ。

ふるや農園の放牧豚のコンフィと鈴木農場のカラフル人参

里山を走り回りストレス知らずで育った、ふるや農園の放牧豚をコンフィに。噛むほどに肉の旨味が滲み出る。甘みたっぷりの人参も美味。プリフィクスコースのメインのひとつ。

柏屋さんの薄皮饅頭のパイ包み、わさびのソルベ添え

郡山の老舗和菓子店を代表するお菓子をアレンジ。あんことわさびが不思議にマッチしている。プリフィクスコースのデザートのひとつ。

「福ケッチァーノ」と私たちができること。

ただし、まだまだ解決していない厳しい現実はある。
「おいしいとか、復興も大事だけれど、一番大事なのは安心安全な食材を
提供すること。料理人にはその責任があります。食材は徹底的に検査をして、
安全が確認できれば使うし、そうでなければ使わない」という奥田シェフ。
ことごとく放射能物質が不検出である鈴木さんの野菜や
安全性が確認された肉はいいけれど、
魚介類や、生産地によってはまだまだ不安を覚える人がいるのも事実。
だから、今のところミネラルウォーターは全部庄内から運び、
魚はメヒカリのように昔から福島で食べられていた、
“福島のソウルフード”的な魚種を全国から調達して提供する。
そうすることで、安心安全を提供しつつ、
福島の食文化が途絶えないような工夫もし続けているのだ。

そんな中で若いスタッフたちは、
真剣に福島のことを考え、復興へ向けて動きだしている。
大勢の人が「福ケッチァーノ」に足を運び、
たとえば鈴木さんをはじめとする生産者たちの作る野菜のおいしさを知り、
それを買ったり人に勧めたりすることが、
福島が元気を取り戻す力を微力でもサポートすることにつながる。

左から、中田智之シェフ、奥田政行シェフ、横田真澄さん。

前列左から、「福ケッチァーノ」オープン最大の貢献者である、日調の理事でフランス料理主任教員でもある鹿野正道先生、鈴木農園の鈴木清美さん、奥田政行シェフ、鈴木農場の鈴木光一さん。後列は「福ケッチァーノ」のスタッフたち。

Information


map

福ケッチァーノ

住所 福島県郡山市朝日1-14-1
TEL 024-983-3129
営業時間 ランチ 11:30~14:00 LO、ディナー 18:00~22:00(コース 20:30 LO)
水曜休
ランチ 1500円(日替わり)、2929円(コース)
ディナー 3800円~(プリフィックスコース)、7500円~(おまかせコース)
http://fukuchecciano.jp/

鈴木農場

住所 福島県郡山市大槻町字北寺18
TEL 024-951-1814
http://suzukiitou.main.jp

鈴木農園

住所 福島県郡山市田村町大供字向173
TEL 024-955-4457
http://www.jumbo-nameko.co.jp

学校法人永和学院 日本調理技術専門学校

住所 福島県郡山市安積4-229
TEL 024-946-8600
http://www.nitcho.com/

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