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〈アタラタ〉
プレオープンイベント

TOHOKU2020
vol.020

posted:2013.12.10  from:宮城県名取市  genre:活性化と創生

〈 この連載・企画は… 〉  2011年3月11日の東日本大震災によって見舞われた東北地方の被害からの復興は、まだ時間を要します。
東北の人々の取り組みや、全国で起きている支援の動きを、コロカルでは長期にわたり、お伝えしていきます。

editor’s profile

Tomohiro Okusa

大草朋宏

おおくさ・ともひろ●エディター/ライター。東京生まれ、千葉育ち。自転車ですぐ東京都内に入れる立地に育ったため、青春時代の千葉で培われたものといえば、落花生への愛情でもなく、パワーライスクルーからの影響でもなく、都内への強く激しいコンプレックスのみ。いまだにそれがすべての原動力。

credit

撮影:Tetsuro Chiharada

未来へつながる六次産業化モデルファーム。

仙台空港から近い宮城県名取市は東日本大震災で、大きな被害が出た地域。
そこにオープンするアタラタのプレオープンイベントに、
たくさんの幼稚園児とそのお父さんお母さんが集まった。

アタラタは、パンの〈ル・タン・リッシュ〉、そばの〈焔蔵〉、
ビュッフェレストランの〈アタラタ・マルシェ〉という飲食店が3軒と、
キッチンスタジオを備えた施設。
イタリア語で“絆をつなぐ”という意味の
“アタッチェ・ラタッチェ”をもじってネーミングされた。

「命は助かったけれど、ひとの役に立てない。
仕事の大切さがわかった、という声がありました」と震災後の話をしてくれたのは、
炊き出しや物資の輸送などを行っていた
「東北6プロジェクト」代表理事の渡部哲也さん。
今後必要になるであろう雇用の確保を目指して、アタラタを立ち上げた。

そのころ、いち早く被災地に赴き、
渡部さんたちと復興のお手伝いをしていたリバースプロジェクトは、
この話を聞き、共同でプロジェクトを進めていくことになる。

「災害が起こったときに、地域に食糧を提供できるような施設をつくりたいと思い
賛同しました」と語るのはリバースプロジェクトの村松一さん。
主にグランドデザインと建築デザインを担当した。

ただ単に“新しい施設で元気になろう”だけではなく、
防災意識を継承していくためのシンボリックな建物となる。
そばを打つ機械やパンを焼く窯は、
災害に強いというコンセプトから出てきたもの。
電気や水道が止まっても、備蓄の水と粉があれば薪でパンが焼ける。

とはいえ、当面の目的は新しいコミュニティづくりともいえる。
そのなかでコアに展開していくのが、
農業生産者を守りながら消費者とつながっていく六次産業化である。

「生産者が生活できるだけの収益を、消費者から見えるかたちで上げること。
契約農家とグループになって生産・販売していきたいです。
消費者と生産者をつなげる架け橋が
アタラタとしての表現になると思います」と渡部さん。
村松さんも「小さな循環型社会の実現を、
地方再生やローカリズムという文脈で考えたときに、
六次産業はとても効果的です」と話す。

リバースプロジェクトの村松一さん(写真左)と、東北6プロジェクト代表理事の渡部哲也さん(写真右)

立派な窯の前でパン屋のお姉さんとパチリ。

リバースプロジェクトの伊勢谷友介さんも駆けつけた。

実は復興助成金を一切使っていない。というより、使えない。
東北6プロジェクトの活動は“未来をつくる”ことであり、
“復興”と捉えられなかったからだ。
しかしそこであきらめるのではなく、自分たちでお金を工面した。
だから、しっかり収益を上げて、返済をしていかなくてはならない。
それを可能にする業態でなくてはならないし、
一過性でなく継続的なものになるような仕組みにしなくてはならない。
ビュッフェ、パン、そばというのは、東北6プロジェクトの役員たちの本業だ。

「何かあっても役員自身が尻拭いできる本業であることで、
真剣さが伝わってきました」と村松さんは当時を振り返る。

また、リバースプロジェクトが一般社団法人を設立し、
アタラタのグランドデザインという実務で支援すると聞いた刃物メーカーの貝印も、
リバースプロジェクトが活動するための基金の組成に参画した。
単なる寄付ではなく、
アタラタの発展を当事者として見つめるために積極的に協力している。
さまざまな側面からの思いが、実現へと大きく舵を切ったのだ。

90年後のタイムカプセルに思うこと。

アタラタのもうひとつのテーマとして“90年後の君へ”が掲げられている。
プレオープンイベントでは、20年後と90年後の未来へ向けた手紙を書き、
施設内に設置された灯台型のタイムカプセルに投函した。
東日本大震災で同じく被害を受けた栃木県益子町では、
多くの益子焼作品が割れてしまい、
この灯台型タイムカプセルはそれら益子焼の破片からできている。
陶芸作家の藤原彩人さんが破片を集め、
素晴らしいモニュメントをつくりあげた。
これはクラウドファンディング〈元気玉プロジェクト〉を活用して
実現したものだ。

被災した益子焼の破片集めに協力した陶芸家の藤原彩人さん。

灯台の周りには、角だけとった破片が敷き詰められている。なかには「これお茶碗だ」とわかるものも。

20年くらいのタイムカプセルはよくあるが、
90年後の未来を想像したことがあるだろうか。
今回集まった親世代は、
20年後は子どもたちは成人し、自分たちも特に何もなければ生きているだろう。
だから親子でタイムカプセルを開けることができる。
しかし90年後、自分たちはおろか、
子どもたちですら生きている可能性は低いし、孫も50〜60代。
ひ孫が現役世代で、場合によっては、玄孫が生まれているかもしれない。
果たして誰に宛てた手紙になるのだろうか。
想像力を最大限に働かせて筆を進める。

「本日参加してくれたみなさんも、子どもの世代までは想像できたようですが、
そのもうひとつ下の世代までは考えたこともなかったようです。
しかしそれも、子どもたちの世代と同じ尺度で考えてほしい」
と村松さんは意図を教えてくれた。

書かれた手紙の内容をチラッと見るだけでも、
目頭が熱くなるような内容ばかり。
自分の子どもを目の前にして20年後への手紙を書くと、
すごくエモーショナルになるだろう。
同じ親近感で90年後の未来を想像できたのであれば、大きな意味がある。

書き終わった手紙を親子でポストに投函。

ふたつの封筒を入れた。20年後と90年後、どんな気持ちで開けるのだろう。

90年という数字には3世代という意味がこめられている。
「建築でも、90年後まではあまり考えたことがありません。
今回は引き渡し時が完成ではなく、
そこから地域やお客さんによる、伸びしろのある建築をつくったつもりです。
木を1本植えました。まだ小さな木ですが、
生長したらツリーハウスをつくりたい」と地域との関わりを期待する村松さん。

「ハードが経年劣化していくのは仕方がありませんが、
ソフトはコミュニティとともに“経年成長”してほしい」と
渡部さんも地域に根ざすアタラタを望む。

果たして90年後、手紙を開けたひとたちは、手紙を書いたひとたちに対して
どのような気持ちになるのか。
“あなたたちのおかげでいい社会になった”という感謝の気持ちか、
“こんな地球にしてしまって”という悲しみの気持ちか。
答えは90年後にわかる。
どちらにしても、手紙という証拠で、
自分たちを追い込むモチベーションをつくってしまったようなもの。
90年後に良い答えが出るかどうかは、
自分たちがこれからどのように生きていくかに懸かっている。

information

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ATALATA
アタラタ

住所 宮城県名取市杜せきのした5-31-1 電話 022-796-4125(代表)
http://www.atalata.com/

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