連載
posted:2020.11.6 from:徳島県美馬市 genre:アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
ひとつのまちの、ささやかな動きかもしれないけれど、創造性や楽しさに富んだ、
注目したい試みがあります。コロカルが見つけた、新しいローカルアクションのかたち。
writer profile
Akiko Sato
佐藤晶子
さとうあきこ●企画・編集・執筆。出版社で雑誌、書籍の編集を経て独立。2011年、結婚を機に帰郷。東京在住時には中目黒の阿波踊り連に所属していた踊る阿呆(今はもっぱら見る阿呆)。阿波踊りと藍染め、徳島の食材(阿波尾鶏、金時豚、れんこん、鳴門わかめ、そば米、半田そうめん)が好きな阿波女。
photographer profile
Koga Mihoko
古賀美穂子(EARS編集室)
こがみほこ●福岡県大川市出身。徳島の出版社で6年間勤務後、独立。取材、撮影、記事制作と広く手がける。
日本初の“循環型”オフグリット住宅、
〈アースシップ〉の完成を紹介してからおよそ1年。
2020年7月1日、1日1組限定のプライベートゲストハウス
〈アースシップ ミマ〉としてオープンした。
香川県との県境に近い山あい、徳島県美馬市にあり、
公共インフラに頼らずに水や電気を自給するオフグリット。
そんな住宅がどのようなかたちでゲストを受け入れているのだろう?
アースシップ、第2章の幕開け。
施主兼コンシェルジュの倉科智子さん、そしてアースシップに再び会いに行った。
当初の計画では5月1日よりゲストハウスをオープンさせる予定だった
〈アースシップ ミマ〉。2月に予約受付を開始したと同時に
予約はかなり埋まったものの、3月そして4月になるにつれてコロナ禍は拡大、
徳島県内でも緊張感が漂い始めた。
4月半ば、全国を対象とする緊急事態宣言の発令を受けて
近隣の宿泊施設に行政からの休業要請もあり、
地域の人たちと相談をしてここもオープン延期を決めた。
予約をしてくれている方たちにすぐに連絡を入れると、
開業がいつになるかもわからないことを承知のうえで、
「キャンセルではなく延期の扱いにしてください」と答えてくれる声も多く、
その気持ちが本当にありがたかったと言う。
それから数か月。緊急事態宣言が解除となり、
休業していた近隣の宿泊施設も6月末から再開することが決まり、
アースシップ ミマもキリのいい7月1日をオープンとした。
待ってもらっていた方たちに連絡を入れ、ホームページでも再び予約を受け付けた。
最初は1週間に1組だけ。様子を見ながら徐々に受け入れる日を増やし、
10月頭の時点で全国から合計40組程度のゲストを迎え入れている。
「『こんな時期によくぞ来てくださいました!』という感謝の気持ちしかありません。
ご夫婦やカップルが多いですね。それからファミリーや友だち同士。
もちろん、ひとりの方も。
ネットやテレビ、ラジオで見たり聞いたりして
実際にアースシップに泊まってみたかったとおっしゃる方、
いつかアースシップのような家を建ててみたい、
今、家を建築中でアイデアを取り入れたいという方など、モチベーションはいろいろです」
こうしてアースシップに興味を持ち、実際に訪れる人たちは個性豊か。
ユニークな職種や背景を持つ人たちも多いようだ。
「みなさんそれぞれのバックグラウンドが興味深くて、逆にアドバイスをいただいたり、
発見があったり。ゲストを迎えるたび、私自身が相当刺激を受けているんですよ」
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アースシップは南側に大きな窓を配置したサンルーム、
北側には円形の部屋がふたつ並んでいる。
そのうちのひと部屋が倉科さんのプライベートルームで、
もうひと部屋がゲストルームとなっている。
そのため、宿泊できるのは1日1組、基本2名まで。
ゲストルームにはシングルベッド2台、チェア、ライト、サイドテーブルをしつらえ、
凹凸のある漆喰壁や板張りの天井と美しく調和した空間はため息がこぼれるほど。
ここが日本、しかも徳島の山の中であることを一瞬忘れてしまう。
「内装にはもともと興味があって、こだわりました。
とくに女性の方や注文住宅を建てた経験のある方とは、
家の構造よりもドアハンドルなどの建具から雑貨、家具にいたるまで、
内装の話題で盛り上がることも結構あります。アースシップの建築相談だけじゃなくて、
注文住宅の内装相談があれば喜んで請け負いたいくらい(笑)」
このゲストルームとトイレ、洗面所以外、
キッチンやダイニングテーブル、バスルームは倉科さんと共有になるが、
倉科さんは用がないときはおもに自室で過ごしているのでほぼ貸し切り状態。
また、食事は基本、自炊のスタイル。キッチンにあるものは自由に使っていい。
「私も同じキッチンを使って料理をつくっているので、シェアすることも多いです。
ゆっくり過ごしたいからと料理はされずに道中で買ってきたものや、
つくってきたものを食べる人も多いですね」
一般的なゲストハウス同様の利便性・快適性も保たれているため、
“オフグリット住宅は不便なのではないか”という漠然とした不安は覆される。
「『普通の暮らしができるんですね』『水洗トイレが使えるんですね』と
よく驚かれるんですが、私自身、我慢しながらの生活は無理(笑)。
この家でごく普通に、快適に暮らしています」
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ゲストがチェックインを済ませると、まずは建物の内外を案内し、
アースシップの特徴や各所の仕組み、機能などを説明する見学ツアーを行う
(※アースシップの建物の詳細はこちら)。
その後は翌朝のチェックアウトの時間までフリーとしている。
「当初、アクテビティなどのオプションを考えてみたのですが、
この家、そしてこの山あいのすてきな環境を満喫してもらうためには
あえて何も用意しないほうがいいのかなって。
お部屋でゆっくり過ごされる方もいれば、
質問を紙にまとめてきている方もいて、夜までずっと話をしていることもあります」
「網と虫かごを持ってきた小学生の男の子もいました。
コオロギが捕り放題! と喜んで、その辺をずっと走り回っていましたね。
バードウォッチャーの方は裏山のほうまで散策して、
あんな鳥やこんな鳥がいましたって教えてくれたり。
花火を一緒にしたことも。寒くなると焚き火もいいですよね」
アースシップが建つのは標高600メートルの山間部。
隣に家はなく、街灯や電線もない。そう、視界を遮るものがない。
すぐそばまで舗装道路が続いているものの
通りぬける車はほぼないため車の音も聞こえない。
陽が沈むと、この希少な環境がより強烈に感じられるようになる。
「この辺りは真っ暗になるんです。というか、真っ黒。
やがて虫の音も聞こえなくなると、無音の世界。
最初はビックリしたけれど、もう慣れました(笑)。
天気がいいと見渡す限りの空に月や星がものすごくよく見えます。
先日もゲストとダイニングで話をしていたら、
長い尾を引いたものが夜空をシューッと横切ったんです。
あまりにハッキリと見えたので、
『流れ星ってあんな感じなの?』って笑っちゃったほど(笑)」
夜空は飽きない。瞬く星を見上げていると、自然と星座に興味が湧いたと言う。
「星に詳しいゲストが来たときは、
この窓から見える惑星や星座について教えてくれました。
別のゲストは天体のアプリを教えてくれて、夜空にスマホをかざせば、
今、何が見えるのかがわかるんです。これが本当にすばらしいアプリで(笑)。
夜が待ち遠しく、ここから“リアルプラネタリウム”を楽しんでいます」
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取材で訪れたのは10月上旬。外気は17度。
アースシップは室内温度が年間を通して21度に保たれるため、
室内ではまだ半袖で十分だった。
サンルーム側は外気の影響を多少受けるものの、
ドアで隔てられたゲストルームはほとんど影響を受けない。
これはこの部屋の壁の土台となっている建築資材、
“土を詰めた廃タイヤ”がもたらす蓄熱と放熱効果によるもの。
さらに夏場は部屋の奥に設けられた通気口を開けておけば、
温められた空気が外へ逃げて涼しい空気が入ってくる。
冬場は室内の暖かさは保たれたまま。
「隣接する部屋の間の壁は積み重ねた廃タイヤが2列並んでいる状態なので、
互いの部屋の音や声はまったく聞こえません。よく眠れるんですよ」
雨水を集水する屋根のトップは内側から見上げるとこのゲストルームの天窓にあたる。
降り注ぐ光の加減で月の満ち欠けがよくわかる。
気になっていたのは屋根に配置した12枚のソーラーパネルで発電する電力のこと。
倉科さんは日々の暮らしのなかで、この家の電気の扱い方がわかってきたという。
「暮らし始めた頃は電気が落ちると理由がわからずあたふたしていたけれど、
この家の蓄電量ではドライヤーは使えない、
日照量の少ない冬場はミキサーも使えないなど、
電力の限界みたいなものをなんとなく把握できるようになってきて。
今でもたまに電気が落ちることもあるけれど、
朝が来て蓄電されればまた使えるようになるし、慌てなくなりました」
天候なども踏まえつつ、自然と電気をやりくりするコツが身についたという。
「たとえば、土砂降りの雨の日や曇り空が続いた日はお風呂を使う時間を短めに……と、
ゲストにお願いすることもありますが、みなさん快く受け入れてくれます」
加えて、最近愛用しているのがキャンドル。
「キャンドルって結構明るいんですよね。
しかも、揺れる炎を見ているだけでゆったりとした気持ちにもなる。
夜、今日はもう電気が足らなくなりそうだなあと思ったりすると、
わざと電気を落としてキャンドルに切り替えるんです。
雨の夜のキャンドルも心が鎮まっていい。
ゲストにも喜んでもらえるし、そんな暮らしが気に入っています」
一方で、ゲストハウスをオープンするにあたって、ポータブル電源を新たに購入。
電気が落ちたときにゲストが不便にならないようにと
サブのバッテリーを探していた際に見つけたものだが、
今ではなくてはならない存在になっているという。
「太陽が出ているときに付属のソーラーパネルにつないで庭に出しておくだけで、
勝手に充電できるからすごく便利で。
あきらめていたドライヤーもミキサーも今はここから電気を取って使っています」
原始的なキャンドルと、最新テクノロジーを駆使したポータブル電源。
対極にあるふたつのものを取り入れることで
電気に対する不安がなくなったというのがおもしろい。
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アースシップを訪れてくれるゲストたちの話を聞いていると、
暮らしや環境に対する思いがそれぞれにあると言う。
「私は必ずしもアースシップを建てることが正解だとは思っていません。
実生活をまるごとオフグリットに変えるのはハードルが高いけれど、
ここに滞在してもらうことで
アースシップのエッセンスみたいなものがその後の生活に生かされたり、
その人なりの解釈で新たなものが生まれたりすればいいなって思うんですよね。
それぞれが心地よく暮らせることが一番。
そしてその暮らしが自然環境になるべく負荷がかからないような方向に、
みんなでちょっとずつ舵を切っていければ、やがてはそれが大きな流れになる。
そんなきっかけになる場所でありたいなと思っています」
どんなところにも似ていない、ここにしかない〈アースシップ ミマ〉。
オフグリットでの暮らしとは実際どのようなものなのか。
自分の目で確かめて、体感してみたくなりませんか?
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