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新市庁舎が、森のなかにオープン?
未来の先まで続く仕掛けとは。
Green Creative Inabe vol.3

Local Action
vol.080

posted:2016.5.30  from:三重県いなべ市  genre:活性化と創生

〈 この連載・企画は… 〉  ひとつのまちの、ささやかな動きかもしれないけれど、創造性や楽しさに富んだ、
注目したい試みがあります。コロカルが見つけた、新しいローカルアクションのかたち。

writer' profile

Chizuru Asahina

朝比奈千鶴

あさひな・ちづる●トラベルライター/編集者。富山県出身。エココミュニティや宗教施設、過疎地域などで国籍・文化を超えて人びとが集まって暮らすことに興味を持ち、人の住む標高で営まれる暮らしや心の在り方などに着目した旅行記事を書くことが多い。現在は、エコツーリズムや里山などの取材を中心に国内外のフィールドで活動中。

photographer profile

Yayoi Arimoto

在本彌生

フォトグラファー。東京生まれ。知らない土地で、その土地特有の文化に触れるのがとても好きです。衣食住、工芸には特に興味津々で、撮影の度に刺激を受けています。近著は写真集『わたしの獣たち』(2015年、青幻舎)。
http://yayoiarimoto.jp

credit

supported by 三重県いなべ市

三重県いなべ市では、「選ばれるまち」を目指して
市民参加型の地域活性化プロジェクト
〈Green Creative Inabe〉(グリーンクリエイティブいなべ)」が進行している。
市民と行政が連動してつくっていくまちの未来とは?
vol.1では、自然豊かな土地に惹かれて移住してきた若者たち、
vol.2では山間部でのこれまでの実践者たちを紹介してきた。
未来に向けて、どのような動きが始まっているのか。

三重県北部に位置するいなべ市は、
名古屋を中心に半径 30~40キロ圏内を結ぶ東海環状自動車道の建設が続いている。
全面開通後は、東は豊田市、北は岐阜市、西は四日市市までが連結され、
東名阪、中央などの高速道路ともスムーズにアクセスできるようになる予定だ。
平成31年春に、森の中にオープンする新市庁舎の建設を控え、
いなべがどんな場所になっていくべきかと市民が考えながら参加していくプロジェクト
〈Green Creative Inabe〉(グリーンクリエイティブいなべ)が始まった。

Green Creative Inabe ってなんだろう?

Green Creative Inabe では、
いなべの資源を「グリーン」と定義し、
それを都会的に磨き上げられたセンス、感性で
ローカルを再評価することを「ローカルセンス」と呼ぶ。
そのふたつをかけあわせることで、
都会の人たちにここにしかないものに
魅力を感じてもらいたい、ということだそうだ。
キャンパーたちから高い評価を得ている
いなべ市内の〈青川峡キャンピングパーク〉で一夜を過ごしてみると
その意味がさらに、わかった気がした。
何しろ、清潔で、ムードが、いい。
若いスタッフが、和やかに働いている。
手ぶらでやってきたとしても“山にきた!”と感じられる場づくり。
何か新しいモノゴトに興味を抱くにはその門戸は広く開かれているほど、入りやすい。

青川峡キャンピングパークのログキャビンに宿泊してみた。ここでは、食材以外のすべてが完備されているキャビンから、レンタルテント、そして自分で持ち込むテントまで、訪れる人のアウトドアのスキルによって滞在方法が選べる。取材班は野菜の直売所で山菜や野菜、塩や胡椒などシンプルな調味料を買い、キッチンでパエリアやサラダ、マリネなどをつくっていなべの食材を味わった。

vol.1で登場してもらった八風農園・寺園風さんの野菜を
何度か取り寄せてみたが、荷物が届くたびにうれしかった。
なぜなら、箱を開けると出てくる少量多品種の野菜セットが
みずみずしい、緑の花束のようだったから。
茹でると甘くなるビーツや苦味を感じさせるトレビスなどの
西洋野菜も少しずつ入り、味はもちろんのこと、色も鮮やか。
冷蔵庫から出すときはいなべの風を思い出して気分がよくなった。
自分の心地よいことに従って生きている人のセンスは受け手に伝わるものなのだなと思った。
この、しつらえのあり方そのものが Green Creative Inabe でいう
「ローカルセンス」というものなのかもしれない。

にぎわいの森に集う人たちをイメージして

Green Creative Inabe では、
新市庁舎建設に合わせてオープンする〈にぎわいの森〉に
大阪、名古屋市でファンの多いお店を招聘した。
現在、出店が決まっている
瑞穂区にあるベーカリー〈peu frequente〉(プーフレカンテ)、
天白区のフレンチビストロ〈FUCHITEI à vous〉(フチテイ ア ヴ)は
どちらも中京圏のグルメに大人気のお店だ。
プーフレカンテは12種類もあるという食パンを求めて行列ができるほどで、
メディアでもしょっちゅう紹介されている。

フチテイは住宅地で10年、地元住民に愛されるビストロを続けており、
連日ランチは予約でいっぱいになる。
なぜ、そんな話題のお店がいなべ新市庁舎の敷地内に出店するのか。
それは、今後活躍する世代にも、いなべの素材力を暮らしのなかで体感してもらうため、
より大きな新しい魅力に再編集してもらおうということだ。

プーフレカンテの狩野義浩さんは、プロデューサーの石黒靖敏さんの関わるイベントに狩野さんが出店するなど年月をかけて関係を築いてきた。その関係性により、いなべに出店を決めたという。3年後の出店に向けて狩野さんがいなべの魅力を知るのはこれから。

愛知県を中心に活動する店づくり・まちづくりプロデューサーの石黒靖敏さんは、
これまで数々のプロジェクトに参画し、成功させてきた。
特に、1997年から関わった名古屋の覚王山商店街の事例が有名だ。
それまで寂れたシャッター商店街だったのが
現在では出店待機者が絶えないくらいのにぎわいになっている。
今や、覚王山が名古屋を代表するまちであることは
中京圏の人には、すでに知られたことだろう。
そんな彼に声をかけたのは、いなべ市の日沖靖市長だった。

市内の阿下喜(あげき)商店街にぎわい創出に関わり、
まちの議論を活性化させた実績のある彼に
Green Creative Inabe のコンセプトづくりから骨子づくりを任せたのだ。

江戸時代には岐阜県から運ばれてくる木材の荷上げを行っていたことから“あげき”といわれ、桑名に運ぶための交通の要所だった阿下喜のまち。昭和の始めはにぎわいも最盛期だったが、近頃は閉めている店も多かった。

「市の未来を決める大切な事業を外の人に任せるなんて」
「よその人気店が出店しても、そこが儲かるだけじゃないか」
Green Creative Inabe の内容に反対の声も聞かれるなか、
なぜ、今、プロジェクトを始めるのかと日沖市長に質問をしてみたら、
こんな答えが返ってきた。

「いなべ市民は、現状の生活にそこそこ満足しています。
だから、その先をイメージできる人がいない。
そこそこ満足して何もしなければ物事は衰退する一方なんです。
未来に向かって一石を投じるために、
外から客観的に市を眺めてくれる存在が必要と思い、
Green Creative Inabe 全体のデザインを彼に依頼しました」

「人が何を期待していなべに来てくれるかと考えると、自然に魅力を感じてくれる人しかこない。だから、出店者には森の中にお店を出すことに魅力を感じてもらいたいし、外からくる人にはいなべに住みたいと思ってほしい」と言う日沖市長。

デンソーやトヨタ車体、太平洋セメントなど大きな企業があり、
企業誘致も成功しているいなべ市の財政は、現在とても健全だ。
ところが、普通交付税が減額されていく平成31年度には
20 億円の財源が減ってしまう見込みとなっている。
2003 年に4つのまちが合併し、10年以上経ったが、いまだに庁舎はバラバラなまま。
そういった意味では、ひとつの市庁舎となることも必要だった。

「市役所は、本来ならば職員のオフィスビルの
機能だけがあればよいのだけど、どうせなら、おもしろくしてやろうじゃないか、
とプラスアルファの部分をつくることにしたのです」

大きなモールの中に多種多様なお店が存在するようなイメージを
新しい市庁舎に思い描いていた市長は、
市庁舎の敷地内にテナントを入れることを考えていたという。
石黒さんがデザインしたのは、大阪、名古屋で大人気のお店のほか、
地元の生産者や生業としてがんばっている人々も参加し、
訪れた人すべてが楽しめる〈にぎわいの森〉をつくること。
「グリーン」を生かしたまちのイメージを長きにわたり
根づかせるために、農学校もつくることになった。
そこに入るのは、「自産自消」ができる社会を実践する京都の〈マイファーム〉だ。

未来のその先までもがつながるような仕掛けは続く。
遠方から出店するお店は、いなべの食材を使い、
広い空間でアトリエを持ったつもりで仕事ができる。
人気のある店はローカルセンスを発揮し、訪問者にいなべを体験してもらえる玄関となる。

フチテイがいなべで出店する際にお店で出すものは、本格フレンチではなく、みんながふだんから食べやすいもの。いなべの豚肉を使って発色剤や保存剤などを使用しないソーセージを出す予定。プーフレカンテとのコラボレーションも企画中とか。

市長は、石黒さんに初めて会ったときエネルギッシュな人柄に
ひょっとすると何かできるかもしれない、という希望が見えたという。
「放っておくと、結局は何も生まれないんですよ。
だから、阿下喜のまちの活性化を
地元の方と根気よく続けた石黒さんの存在が必要だったんですね」

よそもの、ばかもの、わかものはまちを変えていくのか

石黒さんは、このプロジェクトをどのように進めるのだろうか。
「いなべの環境を考えると、それを生かしたまちづくりが大前提となる。
農と食に特化したほうがいいと考えました」
さまざまな商店街を活性化させてきた石黒さんだが、農村地帯は初めて。しかも行政単位だ。

「土地の“材”を“財”へ変化させることを意識し、共鳴する人を集め、コアメンバーをつくり、
プロジェクトが自立していくように進めます」と語る。
描いた理想系を自分たちのものとしてカスタマイズし、走っていく地域の人たちが必要だ。

キャプション:Green Creative Inabe のイメージを描くプロデューサーの石黒靖敏さん。決していなべ市サイドの目線にはならず、第三者を貫く。距離をおいて見つめ、必要と思う場所にはさまざまな企画や人を投入し、まちに刺激を与える。

さて、新市庁舎で働くことになる市役所職員たちの反応はどうだろう?

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行政がつなぐ、人と人

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「私は生まれも育ちもいなべなので、プロジェクトに期待しています」
というのは入庁して 2 年目の和波(わなみ)遥菜さん。
勤務時間外に Green Creative Inabe の活動に参加している。
昨年は『山女子フェスタ』イベントを盛り上げ、
SNS を通して、隣県の女性からメッセージをもらった。
以来、お互いが関わるイベントに参加するようになり、世界が広がったという。

「地元出身ですが、いなべは何もない田舎、と思っていました。
縁あって市役所に勤めることになったので、せっかくだからいなべのことを
もっと知りたいと思ってプロジェクトに参加したんです」

和波遥菜さんはまったくプロジェクトとは関係ない部署におり、周囲の人には「何をやっているの?」と聞かれるという。

先日、東京・日本橋にある三重テラスで行われた
いなべのイベントにもスタッフとして来ていた和波さん。
偶然、市役所の窓口で応対したことがある人を接客したのだそう。
「たまたま東京に来ていたみたいなんですけど、三重テラスにお越しいただいて、
若い人が地元を盛り上げてくれるのはありがたいやね、と応援されました。
何もないところですけど、結局はいなべの魅力って人なんですよね。
今まで地元を好き、というか意識をしたことがなったので
休日には名古屋に買い物などに出かけていたんですが
意識をしだしたら意外に身近なところにすてきなものがあることに気づいて。
みんな、住んでるまちを好きになれるといいな」と笑顔で語る和波さん。
プロジェクトに関わって、ものを見る目線が変わったと喜んでいた。

青川峡キャンピングパークでクッキーを焼いていた吉本将弓さんは、
この春、税務課からキャンピングパークを管轄している
〈一般財団法人ほくせいふれあい財団〉に出向になった。
学生時代からアウトドアが好きで、
キャンピングパークにもアルバイトに来ていたくらいだから
適性を見られたのだろうか。
「今後、新庁舎になったときに動けるよう、イベントの運営方法などを
いったん外に出て学んでこいということなんじゃないかと
自己解釈していますが、さて、どうなんでしょう?」
最終的にはいなべに移住してくる人が増えたら、という吉本さん。
遠くは四国からもお客さんがやってくる場所で、
さまざまな人たちを受け入れ、交流していく数年間となるだろう。

和気あいあいとしたキャンピングパークのメンバー。真ん中が吉本さん。自然体感型アウトドアスペースでスキルを磨き、Green CreativeInabe でその実力を発揮する予定。

和波さんや吉本さんの少し先輩になる
一橋俊介さんは、昨年から市役所内で Green Creative Inabe の担当になった。
地域へ積極的に足を運び市民と一緒にいろいろな企画をおこなっている。
そうでなくとも、市役所の有志とともに〈Inap〉(イナップ)という
グループをつくり、Green Creative Inabe 以前から
夜桜まつりやマルシェなど住民イベントを行ったりしていた。
それらは、すべて勤務時間外のボランティア活動で始まったものだ。

中央が一橋俊介さん。広報課に在籍していたときに自らが記者として取材をしていたため、山間部の隅々までさまざまな人に顔がきく。「隣の桑名市に住んでいます。距離を少し置くことで見えてくるものもありますね」

Green Creative Inabeは、昨年は市役所に勤務する18名が参加。
多くの人たちが時間外にもかかわらず、企画から参加してくれたという。
昨年は『山女子フェスタ』をゼロの状態からイベントを立ち上げた。
ふだんの役所の仕事とはまったく関係のない
イベント会社のような仕事は、採算性まで考えていかなければならない。
そこで、彼らは実践しながらさまざまことを学んでいくのだ。

「人と人のつながりを行政がつくっていかなければ
いけない段階になってきたと思っています。
特に、中山間部は数年後になると人口が激減します。
まちづくりの中心地としての市庁舎をハブとし、
いなべにはたくさんの人材がいるのでその人たちをつないでいけたら」
一橋さんが広報誌記者として培ってきた人脈は、きっと、ここで生きる。

いなべと都会を結ぶ玄関口でありながら
いなべの各地をつなげる拠点となる機能を持つ新市庁舎。
行政サービスのあり方も少しずつ変わりゆく。
それも、ローカルセンスが発揮されるところなのだろう。

一橋さんに連れられて、市役所前のパスタ家〈POPO〉にやってきた。
元気よく働く女性は、店主の松田淳さんの奥様でまるみさん。
プロスノーボーダーとしてヨーロッパを中心に活躍してきた淳さんが
14年前に定住先に決めたのが、いなべだ。
「山の近くで自給自足の暮らしがしたかったんです」というまるみさんは、
話しながらもテキパキと動く。
一橋さんによると、ここは、知る人ぞ知る非公式のいなべの観光案内所だそうだ。
「ヨーロッパでカフェが観光案内所のような役割を
果たしているのを見てきて、人に必要とされるような
お店がいいなと思い、それを目指しました。
うちはほとんど自家製またはいなべの食材を使っていますよ。
パスタの麺は、納得のいくもので別の場所から取り寄せていますけどね」
最初は地域愛のようなものは感じていなかったというまるみさんも、
足繁く通ってきてくれていた東京からの出向者に
いなべの魅力を聞かされ、土地への思いが芽生えたという。
Green Creative Inabe プロジェクトメンバーの
和波さんが「人が人を呼ぶんですよ」と言っていたのを思い出した。

「お客さんの心がポカポカするようなお店になるようPOPO と名づけたんです」と松田まるみさん。

取材に訪れたのは、新茶の季節。
実は、いなべ市も含め、三重ではお茶の栽培もさかん。
まちのヒット企画〈茶っぷりん〉の生みの親、
マル信緑香園の伊藤典明さんは Green Creative Inabe と役所が銘打つ以前から、
個人のクリエイティブを発揮して若手農家や菓子店などを引っ張っていっている。

丁寧に手入れされた伊藤さんの茶畑。(写真:マル信緑香園)

「僕は18歳までここにいて、柔道一直線だったんです。
大学以降18年間外に出て、勤務していた高校で柔道部の顧問をしていました」
伊藤さんがUターンした平成 20 年のころは
ほかの農家の同世代が同様に、家業を継ぐためにいなべに戻ってきた。
境遇が似ていることから横でつながり、独自のイベントやワークショップを開催し、
いなべ市の農業に若々しいムードを送り込んでいる。
〈茶っぷりん〉はいなべのお茶を使っていなべ市、桑名市、東員町にある
16の飲食店にプリンをつくってもらうという、彼のひらめきから生まれた企画だった。

「地域のためにいろいろやってくれて……と周囲に言われますが、
正直いうと、自分のため、嫁と子どもを食べさせるために毎日試行錯誤しています。
でも、うち1軒が頑張っているだけではお客さんを寄せられるわけではありませんから、
周囲と連携していかないと。結果的にいなべ市に人が来てくれて
全体として経済が活性化されるようなムードになればよいなと」
伊藤さんはあくまでも基本は自分、そして家族のためというところを強調する。

「当面、Green Creative Inabe については
自分は何をしようと考えるところまでいっていませんが、積極的に参加するつもりです。
ただ、どうせやるならば一般市民と行政の望むことに
ズレがないようにすり合わせてやっていきたいですよね」
公立高校の先生から経営者の立場となった伊藤さんらしい答えが返ってきた。
「いなべはいくら子育てに環境がよいといわれても、
結局は外に出てっちゃう子が多いんですよ。
でも、人間力がある人がここにいれば、必ずいい人は残ります」

人と人とのつながりが大事、という伊藤さん。

「僕はいったん外に出ているからかもしれませんが、
地元のいいところのほか、嫌なところ、ダメなところも見えています。
でも、それはそれぞれのものの見方と思い、
価値観の違いを受け止めていかないといけない」
伊藤さんは、仕事のほかにも、小学生に柔道を教えている。
子どもたちが大きくなったときにどんな風に地元を感じてくれるか。
そういった感性を育む環境を大人がつくっていかないと
地域の未来はない、と彼は断言した。

伊藤さんが教える〈石榑道場〉の元気いっぱいの子どもたち。(写真:石榑道場)

高校教師だったのもあり、継ぐつもりはまったくなかったという伊藤さん。真ん中にいらっしゃるお祖父さんが入院したことで家業を継ぐことを決めたのだそう。「じいちゃんはおかげさまで元気でピンピンしていますけどね」。四世代同居の伊藤家、3人目のひ孫がお腹のなかですくすくと育っている。

全3話を通して、ほんの一部の人にしか会っていないが
おのおのの持ち場で一生懸命いなべで生きてきた人ばかりだった。
人間味あふれる人たちにはまちを車で走っているだけでは出会えない。
Green Creative Inabe で始まる新庁舎が果たすハブ機能の役割、
そして住人たちによるいなべの新しいムードづくり。
外から行く人も、受け身にならずに
一歩前に出ないとまちの姿は見えてこないのだろう。
立案する人も、参加する人も、見に行く人も
関心を持って、一歩ずつ歩み寄る。
だれも置いてきぼりにならない、まちの未来のために。

西桑名駅から阿下喜駅を結ぶ、北勢線は、762 ミリとレール幅が狭い軽便鉄道のひとつ。郷愁を誘う沿線の風景とのマッチングが全国の鉄道ファンに人気。

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