新市庁舎が、森のなかにオープン? 未来の先まで続く仕掛けとは。 Green Creative Inabe vol.3
三重県北部に位置するいなべ市は、
名古屋を中心に半径 30~40キロ圏内を結ぶ東海環状自動車道の建設が続いている。
全面開通後は、東は豊田市、北は岐阜市、西は四日市市までが連結され、
東名阪、中央などの高速道路ともスムーズにアクセスできるようになる予定だ。
平成31年春に、森の中にオープンする新市庁舎の建設を控え、
いなべがどんな場所になっていくべきかと市民が考えながら参加していくプロジェクト
〈Green Creative Inabe〉(グリーンクリエイティブいなべ)が始まった。

Green Creative Inabe ってなんだろう?
Green Creative Inabe では、
いなべの資源を「グリーン」と定義し、
それを都会的に磨き上げられたセンス、感性で
ローカルを再評価することを「ローカルセンス」と呼ぶ。
そのふたつをかけあわせることで、
都会の人たちにここにしかないものに
魅力を感じてもらいたい、ということだそうだ。
キャンパーたちから高い評価を得ている
いなべ市内の〈青川峡キャンピングパーク〉で一夜を過ごしてみると
その意味がさらに、わかった気がした。
何しろ、清潔で、ムードが、いい。
若いスタッフが、和やかに働いている。
手ぶらでやってきたとしても“山にきた!”と感じられる場づくり。
何か新しいモノゴトに興味を抱くにはその門戸は広く開かれているほど、入りやすい。

青川峡キャンピングパークのログキャビンに宿泊してみた。ここでは、食材以外のすべてが完備されているキャビンから、レンタルテント、そして自分で持ち込むテントまで、訪れる人のアウトドアのスキルによって滞在方法が選べる。取材班は野菜の直売所で山菜や野菜、塩や胡椒などシンプルな調味料を買い、キッチンでパエリアやサラダ、マリネなどをつくっていなべの食材を味わった。
vol.1で登場してもらった八風農園・寺園風さんの野菜を
何度か取り寄せてみたが、荷物が届くたびにうれしかった。
なぜなら、箱を開けると出てくる少量多品種の野菜セットが
みずみずしい、緑の花束のようだったから。
茹でると甘くなるビーツや苦味を感じさせるトレビスなどの
西洋野菜も少しずつ入り、味はもちろんのこと、色も鮮やか。
冷蔵庫から出すときはいなべの風を思い出して気分がよくなった。
自分の心地よいことに従って生きている人のセンスは受け手に伝わるものなのだなと思った。
この、しつらえのあり方そのものが Green Creative Inabe でいう
「ローカルセンス」というものなのかもしれない。

にぎわいの森に集う人たちをイメージして
Green Creative Inabe では、
新市庁舎建設に合わせてオープンする〈にぎわいの森〉に
大阪、名古屋市でファンの多いお店を招聘した。
現在、出店が決まっている
瑞穂区にあるベーカリー〈peu frequente〉(プーフレカンテ)、
天白区のフレンチビストロ〈FUCHITEI à vous〉(フチテイ ア ヴ)は
どちらも中京圏のグルメに大人気のお店だ。
プーフレカンテは12種類もあるという食パンを求めて行列ができるほどで、
メディアでもしょっちゅう紹介されている。
フチテイは住宅地で10年、地元住民に愛されるビストロを続けており、
連日ランチは予約でいっぱいになる。
なぜ、そんな話題のお店がいなべ新市庁舎の敷地内に出店するのか。
それは、今後活躍する世代にも、いなべの素材力を暮らしのなかで体感してもらうため、
より大きな新しい魅力に再編集してもらおうということだ。


プーフレカンテの狩野義浩さんは、プロデューサーの石黒靖敏さんの関わるイベントに狩野さんが出店するなど年月をかけて関係を築いてきた。その関係性により、いなべに出店を決めたという。3年後の出店に向けて狩野さんがいなべの魅力を知るのはこれから。
愛知県を中心に活動する店づくり・まちづくりプロデューサーの石黒靖敏さんは、
これまで数々のプロジェクトに参画し、成功させてきた。
特に、1997年から関わった名古屋の覚王山商店街の事例が有名だ。
それまで寂れたシャッター商店街だったのが
現在では出店待機者が絶えないくらいのにぎわいになっている。
今や、覚王山が名古屋を代表するまちであることは
中京圏の人には、すでに知られたことだろう。
そんな彼に声をかけたのは、いなべ市の日沖靖市長だった。
市内の阿下喜(あげき)商店街にぎわい創出に関わり、
まちの議論を活性化させた実績のある彼に
Green Creative Inabe のコンセプトづくりから骨子づくりを任せたのだ。

江戸時代には岐阜県から運ばれてくる木材の荷上げを行っていたことから“あげき”といわれ、桑名に運ぶための交通の要所だった阿下喜のまち。昭和の始めはにぎわいも最盛期だったが、近頃は閉めている店も多かった。
「市の未来を決める大切な事業を外の人に任せるなんて」
「よその人気店が出店しても、そこが儲かるだけじゃないか」
Green Creative Inabe の内容に反対の声も聞かれるなか、
なぜ、今、プロジェクトを始めるのかと日沖市長に質問をしてみたら、
こんな答えが返ってきた。
「いなべ市民は、現状の生活にそこそこ満足しています。
だから、その先をイメージできる人がいない。
そこそこ満足して何もしなければ物事は衰退する一方なんです。
未来に向かって一石を投じるために、
外から客観的に市を眺めてくれる存在が必要と思い、
Green Creative Inabe 全体のデザインを彼に依頼しました」

「人が何を期待していなべに来てくれるかと考えると、自然に魅力を感じてくれる人しかこない。だから、出店者には森の中にお店を出すことに魅力を感じてもらいたいし、外からくる人にはいなべに住みたいと思ってほしい」と言う日沖市長。
デンソーやトヨタ車体、太平洋セメントなど大きな企業があり、
企業誘致も成功しているいなべ市の財政は、現在とても健全だ。
ところが、普通交付税が減額されていく平成31年度には
20 億円の財源が減ってしまう見込みとなっている。
2003 年に4つのまちが合併し、10年以上経ったが、いまだに庁舎はバラバラなまま。
そういった意味では、ひとつの市庁舎となることも必要だった。
「市役所は、本来ならば職員のオフィスビルの
機能だけがあればよいのだけど、どうせなら、おもしろくしてやろうじゃないか、
とプラスアルファの部分をつくることにしたのです」
大きなモールの中に多種多様なお店が存在するようなイメージを
新しい市庁舎に思い描いていた市長は、
市庁舎の敷地内にテナントを入れることを考えていたという。
石黒さんがデザインしたのは、大阪、名古屋で大人気のお店のほか、
地元の生産者や生業としてがんばっている人々も参加し、
訪れた人すべてが楽しめる〈にぎわいの森〉をつくること。
「グリーン」を生かしたまちのイメージを長きにわたり
根づかせるために、農学校もつくることになった。
そこに入るのは、「自産自消」ができる社会を実践する京都の〈マイファーム〉だ。
未来のその先までもがつながるような仕掛けは続く。
遠方から出店するお店は、いなべの食材を使い、
広い空間でアトリエを持ったつもりで仕事ができる。
人気のある店はローカルセンスを発揮し、訪問者にいなべを体験してもらえる玄関となる。

フチテイがいなべで出店する際にお店で出すものは、本格フレンチではなく、みんながふだんから食べやすいもの。いなべの豚肉を使って発色剤や保存剤などを使用しないソーセージを出す予定。プーフレカンテとのコラボレーションも企画中とか。
市長は、石黒さんに初めて会ったときエネルギッシュな人柄に
ひょっとすると何かできるかもしれない、という希望が見えたという。
「放っておくと、結局は何も生まれないんですよ。
だから、阿下喜のまちの活性化を
地元の方と根気よく続けた石黒さんの存在が必要だったんですね」
よそもの、ばかもの、わかものはまちを変えていくのか
石黒さんは、このプロジェクトをどのように進めるのだろうか。
「いなべの環境を考えると、それを生かしたまちづくりが大前提となる。
農と食に特化したほうがいいと考えました」
さまざまな商店街を活性化させてきた石黒さんだが、農村地帯は初めて。しかも行政単位だ。
「土地の“材”を“財”へ変化させることを意識し、共鳴する人を集め、コアメンバーをつくり、
プロジェクトが自立していくように進めます」と語る。
描いた理想系を自分たちのものとしてカスタマイズし、走っていく地域の人たちが必要だ。

キャプション:Green Creative Inabe のイメージを描くプロデューサーの石黒靖敏さん。決していなべ市サイドの目線にはならず、第三者を貫く。距離をおいて見つめ、必要と思う場所にはさまざまな企画や人を投入し、まちに刺激を与える。
さて、新市庁舎で働くことになる市役所職員たちの反応はどうだろう?
writer' profile
photographer profile
http://yayoiarimoto.jp