連載
posted:2014.8.22 from:秋田県八峰町 genre:食・グルメ / 活性化と創生 / 買い物・お取り寄せ
〈 この連載・企画は… 〉
ひとつのまちの、ささやかな動きかもしれないけれど、創造性や楽しさに富んだ、
注目したい試みがあります。コロカルが見つけた、新しいローカルアクションのかたち。
editor’s profile
Chizuru Asahina
朝比奈千鶴
あさひな・ちづる●トラベルライター/編集者。富山県出身。エココミュニティや宗教施設、過疎地域などで国籍・文化を超えて人びとが集まって暮らすことに興味を持ち、人の住む標高で営まれる暮らしや心の在り方などに着目した旅行記事を書くことが多い。現在は、エコツーリズムや里山などの取材を中心に国内外のフィールドで活動中。
credit
撮影:在本彌生
取材協力:秋田県
秋田県と青森県の県境に位置し、世界自然遺産の白神山地を背に
日本海のパノラマが広がる自然豊かな秋田県八峰町。
背後に白神山地中央部となる核心地域が迫っており、
八峰町の青秋林道からが核心地域への最短ルートとして知られている。
白神山地のブナの森は、“天然のダム”ともいわれる自然界の栄養源だ。
落ち葉が堆積して肥えた土は栄養をたっぷりと含み、
冬の間に積もった雪は地面に染み込んで濾過され、
何十年も後に湧き出て渓流となり里山、海へと流れていく。
岩場と砂地が混在する地形も相まって、
このあたりはハタハタが集まることで知られ、海の生態系はとても豊かだ。
移動をしない貝類には、絶好の棲み家であり、
天然の牡蠣やアワビが昔から多く獲れたという。
そんな八峰町で、現在、アワビの養殖プロジェクトが行われている。
廃校になった小学校を養殖所として再利用しているというので訪れてみると、教室や体育館にずらりと水槽が並んでいた。
気持良さそうに籠に貼り付いたアワビはここで大きくなり
短くて20日、最大で6か月ほどで出荷されていく。
教室の窓には全面に断熱材がはられている。
エアコンで効率的に室内の温度管理をすることで
水を直接冷やすよりも節電しながら、養殖ができるそうだ。
アワビの養殖にとって、重要なファクターは水だ。
ここは、冬は荒天が多く、地形も険しいことから海で養殖をするのは難しい。
アワビの成長に従って排泄物による大腸菌やアンモニアなどが
気になるところだが、この養殖所は、海からすぐの場所にあり、
海水を直接敷地内にひくことができたので、
2日に一度、水槽の水をすべて入れ替えをしているという。
常にクリーンな環境を保つために、
天候に左右されない施設づくりをここでは行っているのだ。
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「この風景はなかなか面白いでしょう。
事業を始めるときにたまたま廃校を利用させてもらえることになってね。
海のすぐそばの立地のお陰で海水が利用できたのもあるし、
北海道の会社から水槽を譲ってもらえて本当にラッキーでした」
というのは、アワビの養殖を行う日本白神水産株式会社の菅原一美さん。
今はアワビ養殖を行っている会社の社長だが、
もともとは海洋政策研究財団に在籍していた海洋研究の専門家だ。
世界中の養殖場所へ足を運び、養殖技術を研究していた菅原さんは
各地でコンテナでのアワビ養殖システムの実用化と導入支援を行ってきた。
現在では全国16か所でコンテナアワビ養殖システムは導入されており、
菅原さんは、業界では先駆者として名を知られていた。
定年後はゆっくりと過ごしたいと考えていた菅原さんが
ひょんなことからアワビの養殖事業を始めることになったのは、
実は東日本大震災がきっかけだった。
壊滅的な被害を受けた太平洋側のアワビ養殖業者の相談を受け、
今後どのように操業していくべきか、と考えていたところに
八峰町からアワビ養殖での町おこしの相談を受けたのだ。
「日本海側の秋田県にも養殖システムがあればリスクの分散になるのでは」
と考えた菅原さんは腹を決めて会社を設立したという。
一方、八峰町は地域振興していかなければ
将来的な雇用を生み出すことは難しいと考え、
地元の白神山地の恵みである、高級食材アワビで
地域の活性化ができないかと画策していた。
毎年夏に開催される「あわびの里づくり祭り」では、
アワビオーナーを募集して稚貝を放流したり、
アワビ料理コンテストを行ったりと
地元の人たちにもアワビを食べてもらうために
商工会ではさまざまな努力を行っていた。
でも、町の産業につながるには、町の外との経済交流が必要だ。
そのためには、1年を通して出荷できる商品が欲しい。
そこで、商工会では「アワビ養殖をしよう」と
養殖業界の第一人者の菅原さんに相談を持ちかけたのだった。
「いろんなことが同時のタイミングでしたね。
あれよあれよという間に八峰町に何度も来る事になって、
とうとう会社を設立しました」という菅原さん。
彼が腹を決めなければ、始まらないプロジェクトだったかもしれない。
というのは、アワビを養殖するための稚貝は
三陸を始めとする国内のものだけでは追いつかず、
韓国から譲ってもらう必要性があったからだ。
菅原さんは韓国にも人脈があり、それを生かして輸入条件をクリアした。
「いずれは、すべて白神産でと考えていますが、ふ化事業をするには
資金面でまだまだなので、今、ここでできることをして利益をあげます」
同時に、統廃合により、廃校になった小学校を5年間
町から無償で借りられる制度が利用できるようになった。
そう、菅原さんを中心に据えることで、すべてが丸くつながっていったのだ。
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アワビ養殖を始めるには、従業員を募集しなければいけない、ということで
菅原さんは求人をハローワークではなく、町の広報誌に載せた。
地元の人たちを優先して雇用しようという試みだった。
「これが、ここいらの人たちの食べかたよ」
と、水槽から出してきた元気なあわびをささっとさばいて
水貝なるものを出してくれたのは漁師の干場次丸さん。
ハタハタ漁の漁師だが、現在は漁の時期以外は養殖所で働いている。
養殖所のある八森のあたりは、天然のアワビ、牡蠣漁が盛んで、
時期がくると許可制でとれることになっており、
小学校時代から潜って、もう半世紀くらいになるという。
そりゃあ、地元漁師が勧める食べ方が一番美味しいに決まっている。
出されたそばから口にしてみると……
ぬるりとした触感、こりこりとした歯触り、昆布のだし味、
きゅうりのさっぱり感、すべてがうまく調和している。
実は筆者は、アワビは好きというほどではなかったのだが、
このとき初めてその魅力に触れたのだった。
「そうか、水貝って、こんな料理なのか。
聞き間違えて、てっきり水粥と思っていたよ。はははは。
私は養殖技術のことならわかるけど
料理のことはまだまだです。水貝は初めて食べますよ。
こんな風に実際にアワビ漁を行っていた、アワビに詳しい人が
うちの会社に来てくれたから助かってね。
私は東京との行き来でいないことも多いから、彼にまかせていますよ」
そんな風に笑う菅原さんのおおらかな人となりも、
多くの縁を寄せ付ける理由のひとつだろう。
もうひとり、重要な出会いがあった。
同じ八森地区の白神カルチャールームの池田忠男さんは
地元の産品を使ったメニュー開発を行い、
実際に製品化するための研究の装置をたくさん持っていた。
これまでも、白神塩もろみを商品化するために
さまざまな裏付けの実験を行ってきており、食品商品化の専門家だ。
菅原さんは池田さんとタッグを組み、
白神あわびの加工食品をつくろうと研究中なのだという。
研究室にお邪魔すると、試作段階のアワビの加工品がいくつか実験中だった。
メニューをのぞいてみるとアワビのカレーやワイン蒸し、燻製など、
思わずごくりと喉がなるものばかり。
「せっかく養殖をしておいしく大きくなったアワビを
さらに美味しい状態でいろんな人のところへ届けられるようにと考えています」と池田さん。
菅原さんの話を伺っていると、
2012年1月に始まったばかりの事業とは思えないほど、
大掛かりに進んでいるプロジェクトといった印象を受けたが、
彼は、まだまだ、といった表情でこういった。
「この小学校の校庭にアワビの水槽をたくさん並べて、
いろんな人にいつでも遊びにきてもらえるようにしたいんです。
子どもからお年寄りまで集えるような場所にね」
話を聞いていると、その願いは早く叶うのではないかと思った。
なぜなら、菅原さんには、これまで培った人脈の支援が後を絶たないからだ。
「いろんな縁がつながってここまで来ました。
まさか経営者になるとは思っていなかったですけどね。
思い切って始めたらいろいろとやりたいことが広がってきました」
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アワビは古くから伊勢神宮へ供え物をするための
神饌(しんせん)として使われてきた尊い食材で、
日本では多くの場面で求められてきた。
現在も需要が高く、安定した高値を保つ食材であるうえに
この事業は、白神の水、海の恵み、卓越した養殖技術、
地元の協力などが加わっていて、
とてもよいスタートを切っているように端からは見えた。
さて、これからどんな風に進むのだろうか。
すべての舵取りは菅原さんにかかっているといっても過言ではないだろう。
旧八森小学校ですくすくと育つアワビが町にもたらすもの。
ひとつひとつの偶然の出来事が、ひとりを軸にして回り始めている。
白神そだちのアワビのこれからに、目が離せない。
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