連載
posted:2014.7.29 from:秋田県三種町 genre:食・グルメ / 活性化と創生 / 買い物・お取り寄せ
〈 この連載・企画は… 〉
ひとつのまちの、ささやかな動きかもしれないけれど、創造性や楽しさに富んだ、
注目したい試みがあります。コロカルが見つけた、新しいローカルアクションのかたち。
editor’s profile
Chizuru Asahina
朝比奈千鶴
あさひな・ちづる●トラベルライター/編集者。富山県出身。エココミュニティや宗教施設、過疎地域などで国籍・文化を超えて人びとが集まって暮らすことに興味を持ち、人の住む標高で営まれる暮らしや心の在り方などに着目した旅行記事を書くことが多い。現在は、エコツーリズムや里山などの取材を中心に国内外のフィールドで活動中。
credit
撮影:在本彌生
取材協力:秋田県
“蓴菜”と漢字で書いて、よみがなをふるのに躊躇しない人のほうが珍しい気がする。
この難しいよみがなの食材は、日本を始め、アジア各地で採れるもの。
秋田県三種町では、今が収穫の最盛期だ。
ヒントは、黄緑色。周りが透明なゼリーに覆われていてヌルヌルの触感。
口にいれるとつるんとした食感で、噛むとプチン!
どちらかといえば喉越しが涼感を誘う食材だ。
筆者は、一般家庭の食卓で、これが出てきたのを見たことがまずない。
日本料理のお膳で小鉢に酢の物として入っていたり、お吸い物に少しだけ入っていたり……
稀少な高級食材というイメージだ。
蓴菜と書いて、じゅんさいと読む。今が旬の食材は、生産地ではこんな風に売られている。見よ! このギュウギュウな詰まり具合!
ある日、三種町の直売所「じゅんさいの館」で、
はちきれんばかりにじゅんさいが詰まったビニール袋を
いくつも買い物かごに入れていくオバサマを発見。
「こんなに買ってどうするんですか?」と聞くと
「今の時期は毎年関東さいる親戚に送ってやるべ。
食べるなら、やっぱり“生”じゃねえと」とのこと。
……生!?
小瓶に入った加工食品のじゅんさいは見たことがあるけど
ビニールいっぱいに入った大粒の生じゅんさいは初めて。
ぷっくりと食べごたえのありそうなイキのいい様子は、
5〜8月だけのお楽しみなのだとか。
この時期は、酢のものや汁物などに調理され、
現地では朝から晩まで毎食の食卓にのぼることもあるという。
「今時期の朝ごはんはじゅんさい汁、昼はじゅんさい丼、
夜はじゅんさいの酢の物だねえ」と、おばちゃんは嬉しそう。
じゅんさいは、スイレン科の多年生水草。淡水池に群生しているハスのような水草でゼリー状のぬめりに包まれた若芽が食用である、と聞くと、なんとなく納得できるような。
北海道から九州まで全国各地にじゅんさい沼はあり、
それこそ昔はどこででもじゅんさいは採れたのだが、
高度成長期の波や環境の悪化により、じゅんさい沼自体が減少した。
今ではここ、三種町が国産じゅんさいのなかで
90%のシェアを占めているという。
なので、生産量は文字通り日本一である。
なぜ、ここがじゅんさい栽培が盛んなのかというと、
昭和44年の減反政策が実施された際に
当時の山本町(現在は合併して三種町)の町長が
転作農産物としてじゅんさい栽培を提案したことから、
田んぼがじゅんさい沼として使われるようになったという。
何よりも、三種町は水資源が豊富で、
世界遺産で有名な白神山地の水を貯水した素波里ダム湖の水をひいていたり、
地下水の湧き出る沼があったりと、じゅんさい沼を作るのによい条件の土地だったのだ。
じゅんさい沼は、農薬や化学肥料が混ざった水が入ってくるとその時点でアウトだ。
清廉な水と里山の生態系がちゃんとある良い環境でしか育つことない繊細な植物である。
というわけで、じゅんさいは恵まれた土地の姿を表す
貴重な食材であることがわかるだろう。
慣れた摘み手が1時間、じゅんさいを摘み続けて、その成果は、2〜3kgほど。
実は、三種町はじゅんさい沼存続の危機を数年前から課題としている。
じゅんさいはじゅんさい沼に箱船を出し、ひとりひとりが腰をかがんで頭を下げ、
水の中に手を入れて若芽を選んで摘んでいく。
大変細やかな作業で、慣れた人と慣れない人の収穫量は歴然だ。
田んぼを積極的にじゅんさい沼に変えてきた世代は
6〜70代の高齢者になってしまい、摘み手が高齢化。
今、摘み手がどんどんいなくなってきているのだ。
摘み手は1年にこの時期だけしか働く需要がなく、
季節労働なので、定期的な雇用の確保は難しい。
そうは言っても、手入れをしていないじゅんさい沼は
あっという間に生態系が崩れてダメになってしまう。
そんな重大な問題をいつまでも放っておくことはできない。
このままでは、じゅんさいどころかじゅんさいのできる環境すら
失ってしまうことになってしまうかもしれないのだ。
研修を受けて季節で働くふたりは主婦。家事労働の傍ら、この時期はじゅんさい摘みを行う。「なかなかはまりますよ〜」とひとりの方は意欲的。もうひとりの方は「う〜ん、今後摘み手を続けるかはわからない」という答え。
「国産日本一」は国内に流通しているじゅんさいの
3割のうちの90%でしかないことも忘れてはいけない。
中国や韓国などの外国産との価格競争もある。
現実を見ると、今後若い世代にじゅんさいを残していくことは難しいかもしれない、と
三種町でドライブイン、「ぴっといん丼・丼」を営む
戸嶋 諭(さとし)さんは危惧している。
男鹿半島出身の戸嶋さん、「三種からまちおこししていかないと、故郷の男鹿もさびれていってしまうよ」と心配する。
戸嶋さんはこれまで、特産の白神あわび茸を使ったまちおこしグルメ、
「みたね巻」に挑戦したり、地元の食材で作る「ライスピザ」を開発したりする傍ら、
三種じゅんさい料理推進協議会の副会長を務めている。
一昨年は、地域の飲食店とともにじゅんさいをたっぷりとご飯の上に乗せた
「三種じゅんさい丼」をお店で提供して、三種町にじゅんさいあり、と盛り上げた。
「ご当地グルメで丼選手権に出たりしたこともあるんだけどね、
もっとじゅんさいを消費できるもの、まちの経済活性化につながるものを
つくらなくてはいけない、と思ったんだよ。
そこで考えたのが、生うどん。
生じゅんさいを生地に練り込んで製麺してみたら周囲にも美味しいと好評で。
特産品の梅も一緒に練り込んでみたら相性もよぐてね」
戸嶋さんが開発した、ほのかにじゅんさいの緑色が入った「みたねうどん」。北海道産小麦100%に三種町のじゅんさいと梅林で有名な琴丘地区の梅が入った自家製麺で添加物なし。現地で食べるとさらにたっぷりとじゅんさいがついてくる!
こちらはカルボナーラならぬ、プルルナーラ。もちもちでしこしことした触感はパスタのように調理してもあう。生じゅんさいもクリームパスタにあうなんて、意外! 三種町ではじゅんさいうどんをアレンジしたものを町内の加盟レストランで食べることができる。
喉越しがよく、コシもある。
梅が入っているので少しだけ酸味もある。
三種じゅんさい丼を考えるときにじゅんさいと梅は相性がいい、と気づいたのを
そのままうどんにも応用してみたら、正解だった。
今まではじゅんさいであれば茎も葉も粉末にして練り込んだうどんはあったが、
それでは加工業者だけが儲かるシステムだから、と
戸嶋さんは摘み手が大切に採った生じゅんさいの若芽の部分のみを使っている。
厳選した素材を生うどんにして商品化し、
地元からいろんな場所へと売れていけば、地域に利益を還元できる。
摘み手などの永続的な雇用に結びつくのではないかと考えてのことだった。
確かに、この方法ならば生じゅんさいを冷蔵で
ストックしておくと、必要に応じていつでも使うことができるし
時期的な販売のムラは解消できるかもしれない。
戸嶋さんの打つうどんに、まちの未来が託されている。
一方、若い世代も負けて入られない。
じゅんさい情報センターの畠 譲(はたゆずる)さんは、30代後半。
中堅世代として、地域の若い人たちがじゅんさいのことを
自分たちのものとしてとらえていき、
また、どのように関わっていけるのかを模索している。
そのために、世代が上の戸嶋さんや他の飲食店の人たちとも
侃々諤々(かんかんがくがく)としたやりとりをすることが多いという。
東北地方の各地のガイドなどを作っていた経験のある畠 譲さんは、各地の地域おこしの例などを取材し、またその情報の出し方なども学んで地元に戻ってきた。
畠さんの着用している「NO JUNSAI, NO LIFE」は
じゅんさいやきりたんぽを販売をする安藤食品の若者ふたりがつくっている。
そのほか、「I LOVE♡蓴菜」ヴァージョンや缶バッジなどもあり、
有名なコピーをもじったもので、親しみやすさを醸し出している。
彼らは、SNSでも積極的にじゅんさいやきりたんぽなどの魅力を発信しており、
畠さんもマスコミ応対のときは制服のように着用し、
じゅんさいの宣伝活動には大活躍だ。
「フレッシュな感覚をもってすれば
こんな風にじゅんさいに内包されているメッセージを伝えていくこともできます。
正直なところをいうと、60代など上の世代はとても元気なので
地域活動は、彼らが中心になってきたところはありました。
若い世代は仕事が忙しかったり、また引っ込み思案で発言できなかったりと
世代間のミゾがあるのは確かです。
若者が自分たちで手をあげていけるような雰囲気になるように、
つなぎ役として機能できたらと思いながらこの仕事をやっています」
という畠さん。
畠さんは、じゅんさい情報センターの仕事だけではなく、
Ustream番組「はたフリちゃんねる〜HataFree?〜」の
パーソナリティーとしてじゅんさい以外の地域情報の発信もしている。
ちなみに、木曜の生放送を見てみたのだが、
やっぱり畠さんはじゅんさいTシャツを着ていた。
畠さんに勧められ、せっかくなのでじゅんさい摘み採り体験をやってみた。
「食べるエメラルド」と称されたじゅんさいの摘み採りは
エメラルドだらけの沼に木の小船で漕ぎだし、
自ら宝を探しに行くようなものだ。
葉影に隠れてなかなか探し出せないじゅんさいを
最初は畠さんに「ここにありますよ」と教えてもらって摘み採る。
発見も難しければ、摘み採りもなかなかうまくいかない。
葉のついている茎とじゅんさいのついている茎の
根元を親指で切り、沼の根っこからまずはじゅんさいを切り離す。
手がぬるぬるして爪が役立たない。
その後、葉のついている茎とじゅんさいを切り落とすのだが
それも慣れている摘み手は“鋼の爪”を親指にはめて片手でぷちぷち切っていく。
「あ〜私も、鋼の爪が欲しいです」
と嘆いたら、畠さんは「鋼の爪を使いこなせるまでが難しいんです」と一言。
摘み手になるには訓練が必要でありました。
じゅんさい摘み採り体験は8月いっぱいまで可能。事前にじゅんさい情報センター(0185-88-8855)に問い合わせを。大人ひとり1800円で採った分は持ち帰りができるようビニールで包んでくれる。黙々と採っていると無の境地に達し、まるで瞑想をしているかのような状態に。ゼリー効果なのか、手がつるつるになるおまけつき!
さて、摘みたてのじゅんさいを持って宿泊する農家民宿へ。
あらかじめ、「じゅんさいを持っていくので鍋にしたい」と
頼んであったのもあり、かなりの量が必要だった。
実は、素人が1時間で採れる量など、ざるの下にたまるくらいしかない。
これでは夕食にじゅんさい鍋を作ってもらうのに足りない、ということで
「じゅんさいの館」で冒頭に出会ったおばちゃんと同じように
ぎゅうぎゅうに生じゅんさいが詰まった袋を購入した。
夕方になるとあんなにあったじゅんさいも売り切れ間近。みんなで採った体験をもとに美味しそうなじゅんさいを目利きしてみようとするも、どれもぷっくり美味しそうでわからない。「小さくて葉が開いていないのがいいんだや〜」と、また、通りがかりのおばちゃんに教えてもらう。
夏に鍋? というと驚く人もいるかもしれないが、
じゅんさい鍋は生じゅんさいの出る時期のお楽しみで、
暑い時期にふーふーいいながら
コラーゲンたっぷりの比内地鶏のスープで
じゅんさい鍋を食べるのが地元ではおなじみなんだそう。
ついでに冷やの生酒も一緒にいただけば、
これはもう、もち肌麗しい秋田美人が生まれる環境はばっちりというわけだ。
食物繊維がたっぷりのゼリーに包まれたじゅんさいの若芽。低カロリーでヘルシーな食材でもある。もちろん、締めはじゅんさいうどんで!
じゅんさいは、つくられる環境が保たれていることで
初めて食卓にのぼる食材だ。
摘み手の顔が想像できるスローフード、と
パンフレットに書いてあったが、まさにその通り。
白神山地と水、里山、摘み手、流通、食べる人という
循環のリズムで、ゆっくりと土地が育まれていく。
宝石のエメラルドの石言葉を調べてみると、
「希望」や「新たな始まり」「喜び」など未来に向かっている意味のものが多い。
食べるエメラルド、三種町のじゅんさいも
まちの未来につながる宝物であり続けますように。
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