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3p.m. さんじ

Local Action
vol.028

posted:2013.10.8   from:神奈川県逗子市  genre:旅行 / 食・グルメ

〈 この連載・企画は… 〉  ひとつのまちの、ささやかな動きかもしれないけれど、創造性や楽しさに富んだ、
注目したい試みがあります。コロカルが見つけた、新しいローカルアクションのかたち。

editor’s profile

Chizuru Asahina

朝比奈千鶴

あさひな・ちづる●トラベルライター/編集者。富山県出身。エココミュニティや宗教施設、過疎地域などで国籍・文化を超えて人びとが集まって暮らすことに興味を持ち、人の住む標高で営まれる暮らしや心の在り方などに着目した旅行記事を書くことが多い。現在は、エコツーリズムや里山などの取材を中心に国内外のフィールドで活動中。

credit

撮影:山口徹花

葉山発 3p.m.のおやつから始まる カラフルなエシカルアクション。

色とりどりのカラフルなクラッカー。
これはすべて原料に使用している素材から出ている色だという。
色から素材を想像してひとくち食べてみる。
墨色は黒米、オレンジはニンジン、
ベージュはジャガイモ、緑はホウレンソウ、
黄っぽいのはタマネギ、赤はトマト。
国産無農薬の野菜を使用し、卵、乳製品は不使用。
野菜やスパイスなど色や栄養、口あたりなどの組み合わせを考え、
より多くの人に躊躇せずに食べてもらえるよう作られたものだ。
口に入れると、よけいな雑味がなく
しっかりと噛みしめるごとに素材のうまみが口の中に広がってくる。
おやつ以外にお酒のおつまみとしても活躍してくれそうな守備範囲の広い味。
某百貨店の通信販売でも大人気の商品だという。

このベジタブルクラッカー(以下略ベジクラ)を製造しているのは、
神奈川県逗子市にある社会福祉法人「湘南の凪」の
就労継続支援B型事業所「mai! えるしい」と
葉山町のおやつ&デリ「3p.m.さんじ」のみなさん。
これは、「3p.m.さんじ」のオーナー、横田美宝子さんが企画し、
ディレクションを行っている恊働事業だ。
こう書くと、巷でいうところの
エシカル(※地球や社会などへ貢献する消費のありかた)な商品なのだが、
現場をのぞきに行ってみると、
社会貢献的なムードかといえばそうでもなく
みなさん、黙々と製造に取り組んでいる。

「mai! えるしい」のmaiはハワイ語で「ようこそ」。えるしいは、エコロジー&ヘルシーをあわせた造語。なんでも、逗子市は和製ハワイアン発祥の地(!)だとか。「湘南の凪」の他事業所も「もやい(船と船をつなぎあわせるロープの結び方)」「凪」など、海辺のまちらしい名前が付けられている。

重さを量り、慎重に作業を行う利用者。通常8~10名が自力で通ってきており、彼らが自立をするための就労を継続的に支援するのが施設の目的だ。ベジクラの収益は利用者にも還元する。

そもそも、社会福祉法人とは、
「社会福祉事業を行うことを目的として、
社会福祉法の定めるところにより設立された法人」である。
つまり、社会福祉なので営利を求めるための団体ではなく、
就労支援事業所として位置づけられている。
「mai! えるしい」では、就労者が施設内菓子工房で作った菓子を販売しており、
他に、給食センターの部門もある。
働く人たちは、主に地域にお住まいの知的障がい者のみなさんで、
おのおのが“働く”希望を持っており、
自立と社会参加のために、ここに通ってきているのだ。

「「mai! えるしい」が立ち上がったときに、
商品づくりの指導を、ということで声をかけてもらいました。
やりとりをしているうちに、
関わる人みんながよい方向へ向ける取り組みにできる! と思い、
「3p.m. さんじ」と対等に共同経営で何かを作ったほうがよりよいと提案したのです」
というディレクターの横田さんは、「春夏秋冬お守りおやつ」や
「12星座別スイーツ」などさまざまな素材の色を
体に取り入れるお菓子を企画開発してきた。
カラフルな色使いにこだわるのは、
たくさんの栄養を体に取り入れられることにつながるから。
無理せず自然のリズムで、が横田さんのポリシーだ。

「3p.m.さんじ」のカラフルランチボックス。まずは、食材を目で楽しんで、そして辛いもの、酸っぱいもの、甘いもの、しょっぱいものなどバラエティに富んだ味わいを楽しむ。

今から2年前の2011年春、震災後の自粛ムードで
しばらくケータリングやカフェの仕事をストップしていた横田さんは、
ちょうど、ベジクラ開発に関して思索するタイミングと重なった。
ベジクラ自体は、もともとは雑穀を美味しく食べようということで
別企画で開発したものだったのだが、
障がい者の方が簡単に継続して取り組めるもの、
安心できる生産者の素材を使ったもの、
アレルギーの人でも安心して食べられるものをめざし、
卵と乳製品は不使用にして無農薬の野菜を厳選して使用することにした。

こちらは、ホウレンソウ+アーモンドの生地。素材の保存がきく、または四季を問わずに材料が手に入るといったところも、ベジクラを安定供給する大切なファクターだった。

以前からカフェのほかケータリング事業や菓子販売などをしていた横田さんは
増え続けるニーズに対する生産力が欲しかったこともあり、
ちょうど彼らの働き方とマッチする、と思ったという。
ただ、共同経営となると定期的に納品しなくてはならない。
「mai! えるしい」利用者の障がいの程度はさまざまで、
ひとつの作業だけしか行えない人、
休みながらたまに手を動かす人など、さまざま。
それに加え、利用者は「雇用されている人」ではないから
ノルマを課すことは難しい。
安定した生産ができるかどうか———— そこが問題になっているはずだ。

「トライ&エラーの連続でしたね」と横田さん(左)と顔をあわせて話すのは、「mai! えるしい」の現場監督的な立場の末木節子さん(右)。

彼らにとってルーティンワークがひとつ増えることは
健常者よりも大きく心身の負担に感じられることを
長く彼らと一緒に現場で働いてきた非常勤職員の末木節子さんはわかっていた。
なので、ベジクラ作りは「水曜日の作業」ということとし、
他の日に持ち越さないように決めた。
すると、1年くらいかけて徐々にみんなの体が順応していき、
今では水曜を楽しみに通う人もいるほどだという。
「彼らは、決定したことに対して安心して取り組みます。
自分たちが作ったベジクラが売れていくと、作らなくてはいけない。
それがやる気につながる、つまり働く意欲につながっているんですね」
と末木さん。

作業台に向かって、ゆっくりながらも
丁寧に袋に詰めたベジクラの梱包に蝶結びをしている方がいた。
細心の注意を払いながら壊れやすいクラッカーを袋に詰める……
かなり集中力のいる仕事だ。
「僕はいろんな仕事の中でこれをやるのが得意みたいです。
だから、この仕事をやるんです。
それぞれ、体力によって疲れ方が違うけど、僕は元気でこの作業ができる、
好きなことをやれるから楽しいです」と彼は言った。
所内で、彼のように自分の得意なことがわかる人は稀だが、
こねる専門、のばす専門、洗う専門、レジ専門など、
自分が「できる」仕事がどこかにある。
それを末木さんや「3.p.m.さんじ」のスタッフが現場でサポートしていくことで
週に1回、ベジクラが平均50〜60パックずつ生産できるようになった。
現在は、ベジクラのほか、地元の相模女子大学と
「3.p.m.さんじ」が共同開発した
マーガレットケーキも生産しているのだから
安定供給できるようになったと言えるだろう。

蝶結び作業が得意な千葉さんは梱包担当。ベジクラは、ホウレンソウとトマト&ペッパーが好きで、自分でも家族と食べるためにたまに買うのだそう。カラフルなものを扱う仕事は楽しいね、と微笑む。

ベジクラのパッケージは点字新聞をリユース。神奈川県座間市にある視覚障がい者福祉施設神奈川ライトハウスが製作を行う。包装紙は、利用者が自分で絵を描いたバージョンも。

今年は、ベジクラの販路が広がり、
その都度、利用者も自分の作った商品を見に行く、
販売の手伝いをするなど、外に出て行く機会も増えてきた。
「規模が大きく広がれば、課題が出てきます。
シンプルなシステム作りを心がけるため、
ほうれんそうノートを作り、指示系統は一本化。
そうすることで関わる人たちが迷わなくなりました」
事務、現場、企画のトップが常にお互いの立場を
把握しておくことでコミュニケーションミスは減っていく。
共同経営の事業が活性化していくことで
広く一般の人たちも関わるようになり、
障がいへの理解を深めてもらえるようになる。
バザーへの出店だけでなく、百貨店やスーパーへ商品を卸すことは
美味しく、力のある商品づくりを彼らと一緒にできるということを証明できる、
と、横田さんはベジクラを通して強く思ったという。

ベジクラを作る「mai! えるしい」のみなさん。横田さんや「3.p.m.さんじ」のスタッフも精神的には家族のようなつながりを持つ。

立ち上げから2年が経った現在、需要と供給のバランスの調整や、
製作に関わる人たちの意識をあわせることが課題だという。
営利組織ではないため、働く人たちの「場所」へ集まる動機や意識はそれぞれ。
障がいのある人をサポートするために工房に通ってくる人もいる。
彼らの仕事の目的が“お菓子作り”になってしまうと
それはそれで見当違いな話になってしまう。
今は問題が表面化しなくとも、これから絶対に出てくる問題と捉え、
今後、末木さんをはじめとする職員や横田さんは、
どのようなモチベーションや導線があれば、
みながより良いかたちでこの共同事業に関わっていけるかを模索中である。

「そうは言っても考えうる問題はそんなに深刻ではないと思っています。
ちゃんと現場を見つめると、意外な可能性が広がっていて、
障がいのある人が変化に弱いということは
こちらの勝手な思い込みだったこともわかりました。
どこを目標とすれば、自分の受け持つパートが
どのように機能していくのか見えてきます。
でも、それは丁寧にコミュニケーションをする中でわかっていくもの。
システム作りも重要ですが、
ひとつひとつの問題に取り組んでいく、ということが大事」(横田さん)

「3p.m.さんじ」は葉山にある。2004年秋に平塚・袖が浜にオープンし、2010年春に平塚より葉山に移転。隠れ家カフェとして、現在は完全予約制で営業を行っている。

「みんなの様子が気になるから、
本当はもっと工房に顔を出したいんですけどね」
と苦笑いする横田さん。共同事業を行う会社の社長がいると
いろいろ気になってしまうのでは、という配慮から、
週に一度だけ、顔を出すようにしている。
横田さんもまた、自分の役割を冷静に見つめながら
この事業に参加しているのだ。

食べて美味しいエシカルプロダクツ「ベジクラ」のカラフルさは
関わる人たちの色とりどりの個性でもあり、
それぞれ想像を超えた味を持っていた。

information


map

社会福祉法人「湘南の凪」

就労継続支援B型事業所「mai! えるしい」

生活介護事業所「もやい」から障がいのある人がスタッフとして働く就労支援事業所としてできた施設。ベジクラのほかにも、地元の素材を生かしたお菓子作りを行っている。逗子市立体育館2Fの喫茶「かあむ」では「mai! えるしい」で作られたスイーツを食べられる。
住所 神奈川県逗子市桜山9-3-53
TEL 046-887-0583
http://www.shounan-nagi.or.jp/pc/free5.html

profile

MIHOKO YOKOTA
横田美宝子

おやつ&デリ「3p.m.さんじ」オーナー/株式会社3・SUN・TREASURE代表取締役
薬膳をベースにした“自然の色を食べるカラフルリズム”を提唱し、元気に食べて社会に寄り添うフードアクションを行うフードデザイナー。「見て、食べて、細胞の満足する料理を」をモットーに、料理開発の傍ら全国各地の生産者のもとへと赴く。10月20日(日)には徳島県神山町の上一宮大粟神社で徳島県主催のフードライブを行う予定。
http://www.3pmsanji.com/

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コロカル商店で販売中!

たくさんの反響をいただきました3p.m.とmai! えるしいが共同でつくる「ベジクラ」が、コロカル商店でも購入できるようになりました!お気軽にのぞいてみてください。
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