〈 この連載・企画は… 〉
ひとつのまちの、ささやかな動きかもしれないけれど、創造性や楽しさに富んだ、
注目したい試みがあります。コロカルが見つけた、新しいローカルアクションのかたち。
editor’s profile
Tomohiro Okusa
大草朋宏
おおくさ・ともひろ●エディター/ライター。東京生まれ、千葉育ち。自転車ですぐ東京都内に入れる立地に育ったため、青春時代の千葉で培われたものといえば、落花生への愛情でもなく、パワーライスクルーからの影響でもなく、都内への強く激しいコンプレックスのみ。いまだにそれがすべての原動力。
credit
撮影:Suzu(fresco)
店内に入ると、お客さんはみな、思い思いの場所に立ち、
好きなお酒を好きなように飲んでいる。
つまみはパッケージで売っているさきいかやスナック菓子、
もしくは缶詰めを開けるか、簡単なできあいのものばかり。
それが北九州の角打ちだ。
角打ちとは、酒屋の一画でお酒を飲むスタイルのことで、
立ち飲み屋とは似て非なるもの。
「角打ちの文化は、もともとどこにでもあった文化だと思います」
と教えてくれたのは、北九州角打ち文化研究会会長の須藤輝勝さん。
「今でも残っている地域は、北九州のほかに、横浜、川崎、神戸など。
共通しているのは、すべて港湾工場地帯で、3交代制の勤務体系があることです。
仕事から朝帰る人は、飲み屋が開いていない。だから酒屋で飲むんです」
北九州が角打ち発祥の地というわけでもなく、
かつてはさまざまなところにあった。
なかでも港湾労働地帯としてにぎわった北九州には、
今でも200軒ほどの角打ち店が残っている。そのなかから5軒ほど訪れてみた。
まずはJR折尾駅から歩いて5分ほどの髙橋酒店へ。
トビラのない開放的な外観だが、大正7年創業の趣ある店内がよく見渡せる。
まだ15時だったが、すでに先客3人が酒を酌み交わしていた。
店内はもちろん、お酒の瓶や缶が並ぶ普通の酒屋さんという風情。
でも正面は長いカウンターだ。
4代目の店主、髙橋匡一さんがオススメだという
福岡・柳川の清酒「國の壽」を注いでくれた。
つまみは目の前に広がっているスナックや揚物、練り物。
こちらでは調理したものは提供せず、購入してきたものを販売している。
どれもひとつ80円から150円程度。チラシの裏紙にポンと置かれる。
前述のように角打ちは酒屋なので、飲み屋のようなサービスはない。
お客さんは、購入したお酒を酒屋の一画を借りて飲むだけであり、
「極端にいえば、お酒を売った後は客ではない」と、
お酒もいい感じですすんできた須藤さんは笑う。
次に訪れたのは、JR黒崎駅からアーケードを歩くと現れるいのくち酒店。
こちらは酒屋スペースと角打ちスペースが分かれており、
角打ちスペースは照明も暗めで、
背後にはビールケースや段ボールがそびえ立ち、
まるで倉庫で飲んでいるような気分。この秘め事感がたまらない。
店主の井口毅さんは、酒屋エリアと角打ちエリアの中間に立ち、両方に気を配る。
まったく雰囲気の異なるふたつのスペースのギャップが面白い。
いのくち酒店では、朝、つまみ屋さんが
焼き鳥や野菜の天ぷらなどを持ってくる。
だから常連さんは店に入ってくるなり、「今日のつまみはなに?」と訊ねる。
丁寧にタッパーに入れられた揚物たちは、やはり紙に乗せて提供される。
このように角打ち店の8割以上は、おつまみは乾き物しか置いていない。
調理したものであっても、購入したものがほとんどだ。
そんな角打ちのなかでも料理がおいしいのがはらぐち酒店。
卵焼き、しょうが焼き、魚の煮物など、
飲食業の許可を得ているので、
おかみさんである原口佳子さんの家庭料理を堪能できる。
「こだわって料理をつくりたいのよね」という
おかみさんの心のこもった料理は心底おいしい。
一方で、揃えているお酒は高級なものも多く、
それらをコップ一杯単位で安く飲める。それも酒屋で飲む角打ちの魅力。
オススメという佐賀のお酒「鍋島」は、数々の受賞歴があるお酒。
ほかにも久保田や百年の孤独など、人気の高級酒が驚きの安さだ。
小さな店内は、おかみさんのアットホームさに癒されたいひとに最適なサイズ感。
その居心地の良さからか、常連さんがいろいろな友だちを連れてきてくれるという。
「お客さんはみんないい人ばかり」と話すおかみさんのやさしい人柄に、
はらぐち酒店ファンが増加中だ。次回は取材時になかったカレーをいただきたい。
平尾酒店も上品なたたずまいのおかみさん、平尾ユカリさんが迎えてくれる。
こちらの店舗も飲食業の免許を所得しており、
調理したものを提供してくれるが、
簡単であるにもかかわらず、ついつい手を伸ばしてしまうものが多い。
「ソーセージ!」と頼むと出てくるのがこちら。
魚肉ソーセージに水にさらしたタマネギのスライスをたっぷりと乗せ、
マヨネーズとお酢をかけ、仕上げに七味とうがらしを振りかける。
たったこれだけでグッと美味しい料理になるし、盛りつけも美しい。
店内のお客さんのほとんどがこの「ソーセージ」を頼むようだ。
ほんのちょっとのアレンジだけど、平尾さんのおもてなしの心がこもっている。
平尾酒店にはテーブル席もあるが、入れ替わりが多いのはやはりカウンター。
入店してほんの10分ほどで出て行く人もいるし、
おかみさんとの会話を楽しんでいるひとも多い。
飲み屋よりも敷居の低さが魅力の角打ちは、利用目的もさまざま。
家庭に帰るひともいれば、ここから夜の街に本格的に繰り出す人もいる。
門司港の風情ある路地裏を進んでいくと、隠れ家のようにお店を開けているのが、
1945年からこの地に店を構える魚住酒店。
魚住酒店の名物は、おかみさんの手料理なのだが、実はこれは無料である。
本来の意味での角打ちスタイルを守り、
他店と同様に乾き物などは売っているが、調理したものは販売していない。
つまりおかみさんの料理は、魚住家のごはんのおすそわけだ。
だから前回食べたあれが食べたい、とリクエストしてもあるわけでもないし、
注文を受けることもしない。
料理は、大体勝手に出てくる。魚住酒店のサービスなのだ。
これらを肴に飲みたいのが、プライベートブランドの北九州の地酒「UOZUMI」。
八幡の溝上酒造とコラボレーションしたもので、
季節によってラベルを替えるという粋な計らいも。
狭いカウンターのみで、奥はそのまま魚住家。
現在は3代目の魚住哲司さんが後を継いでいるが、
どの角打ち店も、店主、お客さんともに高齢化が進み、店舗数は下降線。
角打ち店ができる条件としては、持ち家で家族経営であること。
飲み屋にすると、繁華街のいい立地を確保し、従業員を雇わなければならない。
それでも辺鄙なところにある角打ち店に足を運んでしまう理由は、
魚住酒店のような、家庭的なあたたかみを求めてしまうからだろう。
角打ちは、北九州でどのような存在であったのか。
須藤さんはこう語る。
「角打ちをしている酒屋は、多くが2代、3代と続いてきたお店です。
かつては勝手にひとの家の台所に入って、お酒を補充して、
ということをやっていた。
だからある意味では地元の名士であり、情報が集まっている場所なんです」
だからそのまちの歴史や情報に、店主は詳しい。
しかし角打ち店はサービス業ではないから、
むやみに店主から話しかけられることもない。あとは、自分次第だ。
コミュニケーションを取りたい場合は、
1対1の人間関係を築きながら、話を深めていく。
初めてだからと臆することなく、しかし常連さんのマナーを破ることなく、
その場に溶け込んでいく。
ひとりでゆっくり飲みたいときもある。
そんなときでも角打ちは受け入れてくれる。
かつては数十秒で一杯飲んで、
升の角に盛った塩をなめて帰るお客さんも多かったという。
そもそも角打ちの語源も諸説あってはっきりしない。
文献が残っているわけでもなく、庶民の文化として継承されてきたもの。
だから敷居を高めることなく、伝統の形態に固執することもなく、
軽い気持ちで角打ちすればいいのだ。
角打ちは、いろいろなスタイルの地域コミュニケーションの場として機能してくれる。
だから安心して角打ちしに行ってほしい。
そこにいるのは、みんな同じ“のんべい”なのだから。
information
髙橋酒店
住所 福岡県北九州市八幡西区堀川町2-10
TEL 093-602-1818
営業時間 7:00〜21:00(月〜土)、7:00〜19:00(日)、7:00〜20:00(祝)
休 無休
いのくち酒店
住所 福岡県北九州市八幡西区黒崎2-7-3
TEL 093-621-2177
営業時間 10:00〜20:00
休 水曜
はらぐち酒店
住所 福岡県北九州市戸畑区中本町4-19
TEL 093-871-2150
営業時間 15:00〜19:00
休 土日祝
平尾酒店
住所 福岡県北九州市小倉北区紺屋町6-14
TEL 093-521-3268
営業時間 12:00〜21:00
休 日祝
魚住酒店
住所 福岡県北九州市門司区清滝4-2-35
TEL 093-332-1122
営業時間 9:00〜21:00
休 不定休
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