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北九州の「角打ち」で舌つづみ

Local Action
vol.029

posted:2013.10.8   from:福岡県  genre:旅行 / 食・グルメ

〈 この連載・企画は… 〉  ひとつのまちの、ささやかな動きかもしれないけれど、創造性や楽しさに富んだ、
注目したい試みがあります。コロカルが見つけた、新しいローカルアクションのかたち。

editor’s profile

Tomohiro Okusa

大草朋宏

おおくさ・ともひろ●エディター/ライター。東京生まれ、千葉育ち。自転車ですぐ東京都内に入れる立地に育ったため、青春時代の千葉で培われたものといえば、落花生への愛情でもなく、パワーライスクルーからの影響でもなく、都内への強く激しいコンプレックスのみ。いまだにそれがすべての原動力。

credit

撮影:Suzu(fresco)

酒屋の店先で呑むのがうまい! それが角打ちの醍醐味。

店内に入ると、お客さんはみな、思い思いの場所に立ち、
好きなお酒を好きなように飲んでいる。
つまみはパッケージで売っているさきいかやスナック菓子、
もしくは缶詰めを開けるか、簡単なできあいのものばかり。
それが北九州の角打ちだ。
角打ちとは、酒屋の一画でお酒を飲むスタイルのことで、
立ち飲み屋とは似て非なるもの。

「角打ちの文化は、もともとどこにでもあった文化だと思います」
と教えてくれたのは、北九州角打ち文化研究会会長の須藤輝勝さん。
「今でも残っている地域は、北九州のほかに、横浜、川崎、神戸など。
共通しているのは、すべて港湾工場地帯で、3交代制の勤務体系があることです。
仕事から朝帰る人は、飲み屋が開いていない。だから酒屋で飲むんです」

北九州が角打ち発祥の地というわけでもなく、
かつてはさまざまなところにあった。
なかでも港湾労働地帯としてにぎわった北九州には、
今でも200軒ほどの角打ち店が残っている。そのなかから5軒ほど訪れてみた。

開放的で入りやすい髙橋酒店。

まずはJR折尾駅から歩いて5分ほどの髙橋酒店へ。
トビラのない開放的な外観だが、大正7年創業の趣ある店内がよく見渡せる。
まだ15時だったが、すでに先客3人が酒を酌み交わしていた。
店内はもちろん、お酒の瓶や缶が並ぶ普通の酒屋さんという風情。
でも正面は長いカウンターだ。
4代目の店主、髙橋匡一さんがオススメだという
福岡・柳川の清酒「國の壽」を注いでくれた。
つまみは目の前に広がっているスナックや揚物、練り物。
こちらでは調理したものは提供せず、購入してきたものを販売している。
どれもひとつ80円から150円程度。チラシの裏紙にポンと置かれる。

前述のように角打ちは酒屋なので、飲み屋のようなサービスはない。
お客さんは、購入したお酒を酒屋の一画を借りて飲むだけであり、
「極端にいえば、お酒を売った後は客ではない」と、
お酒もいい感じですすんできた須藤さんは笑う。

角打ちは、基本的には量り売りという概念。一升瓶からコップに注ぐ。國の壽は1杯240〜260円。

カウンターのなかではお母さんも店番する。角打ちは家族経営が多い。冬になると七輪が設置されるという。

ディープな雰囲気が味わえる、いのくち酒店。

次に訪れたのは、JR黒崎駅からアーケードを歩くと現れるいのくち酒店。
こちらは酒屋スペースと角打ちスペースが分かれており、
角打ちスペースは照明も暗めで、
背後にはビールケースや段ボールがそびえ立ち、
まるで倉庫で飲んでいるような気分。この秘め事感がたまらない。

店主の井口毅さんは、酒屋エリアと角打ちエリアの中間に立ち、両方に気を配る。
まったく雰囲気の異なるふたつのスペースのギャップが面白い。

いのくち酒店では、朝、つまみ屋さんが
焼き鳥や野菜の天ぷらなどを持ってくる。
だから常連さんは店に入ってくるなり、「今日のつまみはなに?」と訊ねる。
丁寧にタッパーに入れられた揚物たちは、やはり紙に乗せて提供される。

このように角打ち店の8割以上は、おつまみは乾き物しか置いていない。
調理したものであっても、購入したものがほとんどだ。

80年続くいのくち酒店の3代目の井口毅さんが、取り分けてくれる揚物たち。ショーケースのようにきれいに収まっている。

常連さんの手元には、野菜天と柿ピーとビール。普段出会えないひとたちと話ができるのも角打ちの魅力だ。

アットホームなおかみさんが迎えてくれる、はらぐち酒店。

そんな角打ちのなかでも料理がおいしいのがはらぐち酒店。
卵焼き、しょうが焼き、魚の煮物など、
飲食業の許可を得ているので、
おかみさんである原口佳子さんの家庭料理を堪能できる。
「こだわって料理をつくりたいのよね」という
おかみさんの心のこもった料理は心底おいしい。

一方で、揃えているお酒は高級なものも多く、
それらをコップ一杯単位で安く飲める。それも酒屋で飲む角打ちの魅力。
オススメという佐賀のお酒「鍋島」は、数々の受賞歴があるお酒。
ほかにも久保田や百年の孤独など、人気の高級酒が驚きの安さだ。

小さな店内は、おかみさんのアットホームさに癒されたいひとに最適なサイズ感。
その居心地の良さからか、常連さんがいろいろな友だちを連れてきてくれるという。
「お客さんはみんないい人ばかり」と話すおかみさんのやさしい人柄に、
はらぐち酒店ファンが増加中だ。次回は取材時になかったカレーをいただきたい。

小皿はだいたい300円。卵焼きが人気。

おかみさんの原口佳子さんは、10年ほど前から角打ちを始めた。自分自身が楽しんでいる様子が、カウンター越しに伝わってくる。

クセになる酒の肴が満載、平尾酒店。

平尾酒店も上品なたたずまいのおかみさん、平尾ユカリさんが迎えてくれる。
こちらの店舗も飲食業の免許を所得しており、
調理したものを提供してくれるが、
簡単であるにもかかわらず、ついつい手を伸ばしてしまうものが多い。

「ソーセージ!」と頼むと出てくるのがこちら。
魚肉ソーセージに水にさらしたタマネギのスライスをたっぷりと乗せ、
マヨネーズとお酢をかけ、仕上げに七味とうがらしを振りかける。
たったこれだけでグッと美味しい料理になるし、盛りつけも美しい。
店内のお客さんのほとんどがこの「ソーセージ」を頼むようだ。
ほんのちょっとのアレンジだけど、平尾さんのおもてなしの心がこもっている。

平尾酒店にはテーブル席もあるが、入れ替わりが多いのはやはりカウンター。
入店してほんの10分ほどで出て行く人もいるし、
おかみさんとの会話を楽しんでいるひとも多い。
飲み屋よりも敷居の低さが魅力の角打ちは、利用目的もさまざま。
家庭に帰るひともいれば、ここから夜の街に本格的に繰り出す人もいる。

平尾酒店は、まずこのソーセージ。ジャンクなようだが、お酢のおかげで意外とさっぱりしている。おいしくてお手ごろな180円。

この道50年の平尾ユカリさん。ていねいで上品な接客に、ついつい落ち着いてしまうのだ。

本当の家庭料理が食べられる、雰囲気抜群の魚住酒店。

門司港の風情ある路地裏を進んでいくと、隠れ家のようにお店を開けているのが、
1945年からこの地に店を構える魚住酒店。

魚住酒店の名物は、おかみさんの手料理なのだが、実はこれは無料である。
本来の意味での角打ちスタイルを守り、
他店と同様に乾き物などは売っているが、調理したものは販売していない。
つまりおかみさんの料理は、魚住家のごはんのおすそわけだ。
だから前回食べたあれが食べたい、とリクエストしてもあるわけでもないし、
注文を受けることもしない。
料理は、大体勝手に出てくる。魚住酒店のサービスなのだ。

これらを肴に飲みたいのが、プライベートブランドの北九州の地酒「UOZUMI」。
八幡の溝上酒造とコラボレーションしたもので、
季節によってラベルを替えるという粋な計らいも。

狭いカウンターのみで、奥はそのまま魚住家。
現在は3代目の魚住哲司さんが後を継いでいるが、
どの角打ち店も、店主、お客さんともに高齢化が進み、店舗数は下降線。
角打ち店ができる条件としては、持ち家で家族経営であること。
飲み屋にすると、繁華街のいい立地を確保し、従業員を雇わなければならない。
それでも辺鄙なところにある角打ち店に足を運んでしまう理由は、
魚住酒店のような、家庭的なあたたかみを求めてしまうからだろう。

味のある「魚住」の看板越しに、店内は今日もお客さんで賑わっている。

おかみさんの手料理の美味しさに、レシピを訊きたくなってしまう女性が続出。

自分ならではの楽しみを見つけられるのが角打ち。

角打ちは、北九州でどのような存在であったのか。
須藤さんはこう語る。
「角打ちをしている酒屋は、多くが2代、3代と続いてきたお店です。
かつては勝手にひとの家の台所に入って、お酒を補充して、
ということをやっていた。
だからある意味では地元の名士であり、情報が集まっている場所なんです」

だからそのまちの歴史や情報に、店主は詳しい。
しかし角打ち店はサービス業ではないから、
むやみに店主から話しかけられることもない。あとは、自分次第だ。

北九州角打ち文化研究会、通称「角文研」会長の須藤輝勝さん。北九州に残る200軒程度の角打ち店のうち、130〜140軒ほど制覇している、筋金入りの角打ち通。

コミュニケーションを取りたい場合は、
1対1の人間関係を築きながら、話を深めていく。
初めてだからと臆することなく、しかし常連さんのマナーを破ることなく、
その場に溶け込んでいく。

ひとりでゆっくり飲みたいときもある。
そんなときでも角打ちは受け入れてくれる。
かつては数十秒で一杯飲んで、
升の角に盛った塩をなめて帰るお客さんも多かったという。

そもそも角打ちの語源も諸説あってはっきりしない。
文献が残っているわけでもなく、庶民の文化として継承されてきたもの。
だから敷居を高めることなく、伝統の形態に固執することもなく、
軽い気持ちで角打ちすればいいのだ。

角打ちは、いろいろなスタイルの地域コミュニケーションの場として機能してくれる。
だから安心して角打ちしに行ってほしい。
そこにいるのは、みんな同じ“のんべい”なのだから。

information


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髙橋酒店

住所 福岡県北九州市八幡西区堀川町2-10
TEL 093-602-1818
営業時間 7:00〜21:00(月〜土)、7:00〜19:00(日)、7:00〜20:00(祝)
休 無休


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いのくち酒店

住所 福岡県北九州市八幡西区黒崎2-7-3
TEL 093-621-2177
営業時間 10:00〜20:00
休 水曜


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はらぐち酒店

住所 福岡県北九州市戸畑区中本町4-19
TEL 093-871-2150
営業時間 15:00〜19:00
休 土日祝


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平尾酒店

住所 福岡県北九州市小倉北区紺屋町6-14
TEL 093-521-3268
営業時間 12:00〜21:00
休 日祝


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魚住酒店

住所 福岡県北九州市門司区清滝4-2-35
TEL 093-332-1122
営業時間 9:00〜21:00
休 不定休

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