連載
posted:2013.8.3 from:福岡県糸島市 genre:旅行 / ものづくり / アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
ひとつのまちの、ささやかな動きかもしれないけれど、創造性や楽しさに富んだ、
注目したい試みがあります。コロカルが見つけた、新しいローカルアクションのかたち。
editor’s profile
Tomohiro Okusa
大草朋宏
おおくさ・ともひろ●エディター/ライター。東京生まれ、千葉育ち。自転車ですぐ東京都内に入れる立地に育ったため、青春時代の千葉で培われたものといえば、落花生への愛情でもなく、パワーライスクルーからの影響でもなく、都内への強く激しいコンプレックスのみ。いまだにそれがすべての原動力。
credit
撮影:Suzu(fresco)
豊かな自然が残り、農業が盛んな土地、福岡県糸島市。
福岡市に隣接していて、最近では若者の移住も増えている注目の場所だ。
そんな場所で昨年、糸島芸農という芸術祭が開催された。
美しい田園風景のなかで車がクルクル回り、
ペットボトルのドラゴンボートが登場する。ある意味でシュールな光景だ。
外国人アーティストも多数参加し、いなかまちを闊歩する。
“耕し、芸す”というキャッチフレーズのもと開催されたこの糸島芸農は、
糸島在住の美術作家、松崎宏史さんが主宰するスタジオKURAによるもの。
松崎さんは、かつてベルリンを拠点に作家活動に励んでおり、
各国各都市のアーティスト・イン・レジデンスに応募し、
毎月のようにいろいろな場所で活動していた。
アーティスト・イン・レジデンスとは、
一定期間、アーティストがある土地に滞在して作家活動を行うことである。
「ヨーロッパでは、まちにひとつはアートの拠点となるような
ギャラリーや美術館、センターなどがあります。
大人のエンターテインメントとして、
夜はみんなで展覧会を見に行く文化がありますね」と、
みずからの体験から語る松崎さん。
それは、都会にだけあるわけではなく、
「ワインが有名で、ぶどう農家だらけのいなかでした」
というオーストリアのクレームスというまちでも、
アーティスト・イン・レジデンスに参加したことがあるという。
そのような土地で作家活動をしているとき、あることに気がついた。
「実家がもともと糸島の米農家で、当時、使われていない米蔵がありました。
そこを活用して、自分も日本で
アーティスト・イン・レジデンスができるのではないかと思ったんです」
こうして2年ほど実験的に開催した後、5年前から糸島に帰郷し、
本格的にスタジオKURAをスタートすることになる。
今では世界中から毎月2名ほどの作家がスタジオKURAに滞在し、
すでに来年末まで埋まってきているという。
こうして見知らぬ外国人が田んぼの真ん中を
自転車で走っている光景が頻繁に見られるようになり、地域住民も慣れてきた。
「レジデンスをやっているうちに、
自然と面白いひとたちが集まるようになってきて、
地域の農家も興味を示すようになってきたんです。
糸島はそれほど地域の集まりがあったり、
共通する強い何かがあるわけでもない状況でした。
それなら、アートの力でみんなを集めることができないかと思ったんです」
そして始めたのが糸島芸農だ。
アートを媒体として、糸島の日常風景ともいえる食や農業などを表現し、
地域と作家がともにつくり上げていく。
昨年は、農業のサイクルに合わせて年4回、さまざまな作品が展示された。
5月は「アートの種まき展」、6月は「アートの草むしり」、
8月は「アートの夏休み」、9月は「アートの収穫祭」。
田植えのセレモニーで、
オランダ人作曲家、マルタイン・テリンガさんによる即興演奏が行われたり、
草むしりした草を使って草木染めワークショップが開催された。
さらには自然農の農家、村上研二さんを交えた座談会など、
農業や環境の未来を語るトークセッションなども行われた。
参加者のなかに、国内外の美術作家やクリエイターはもちろん、
農家やハンター、醤油製造会社などもクレジットされていて、
糸島という土地柄を感じさせる。
美術作家は、糸島に滞在して作品を制作するが、
その土地で感じたことが表現され、普段の作風とは少し違う作品が生まれる。
すると、地域を巻き込んだ制作になることも。
「久保田弘成さんは、車を大きく回転させようとしたんですが、
地域の鉄工所を借りて制作しました。
大掛かりな仕掛けのために木材を提供してくれたり、
ユニック(クレーン)を貸してくれたりと、
地域のみんなが協力してくれました。そうして協力してくれたみんなが、
今度は友だちを連れて展示を見に来てくれるんです。
制作に参加していると、その作品への理解が深まったり、思い入れが増しますよね。
このあたりには“アート”なんて概念がないので、
普通だったらやっていることの意味がわからないと思いますしね」
地域を結びつけるためにはさまざまな手法があるが、アートにもそれがある。
しかも松崎さんはそれをアートで行う利点を「無害」なことだという。
経済活動ではないし、優劣をつけるものでもない。
利害関係のない有機的なつながりが生まれるのかもしれない。
「糸島に戻ってきたとき、山とか自然、歴史、ひと、
すべてが素材に見え始めました」といなかでの作家活動について語る松崎さん。
生きている場所で、できることをやっていくという生活の基本。
それはアートも例外ではないはず。
でもアートは“苦しい時期があって成功する”みたいなイメージがつきまとう。
「アートをやりながら、
なぜ自分の人生をクリエイトしてはいけないんだろうと思うんですよね。
バイトしながら、苦行的な制作活動するという生き方にはピンときません」
そうした思いにいたるには、
かつてアーティスト・イン・レジデンスの滞在先で出会った作家からの影響がある。
「25歳ごろに、矢作隆一さんという日本人作家が
メキシコで主催していたレジデンスに参加しました。
1階を日本料理店、2階をレジデンス、3階を自宅にしていたんです。
矢作さん自身もアーティストとして展覧会をやって、日本料理店をやって、
レジデンスもやって、大学で講師もして。
そんな生き方があるのかとビックリしました。
ほかにも、自分のクリエイティビティをすべて使って生きている、
アートだけでない生き方に共感することが多いです」
糸島芸農も、芸と農がひとつに融合した言葉。
この何十代も続く農家が多い土地柄で、農は必然。
しかし一緒の場所に存在していても、完璧にわかれてしまっていた。
「もっと出会う空間をつくって、なにか一緒につくることが芸農だと思います」と、
ネーミングにこめられた意味を話す。
その結果、農家がアーティストのようになったり、
アーティストが農家になったりしてもいい。ならなくてもいい。
その混ざり方もいろいろでいい。
半農半Xという言葉があるが、
松崎さんは「地域や社会自体が、半農半Xになればいい」と語る。
個人が両方やってもいいが、
地域全体として、農家もいればアーティストもいる土地。
半農半Xビレッジ。
農家のまちに、クリエイティブな血が混ざっていくことが面白い。
今年は大きなエキシビションは開催せず、エコミュージアムツアーと称して、
糸島地域を旅し、面白いひとに会いにいくツアーを開催するという。
より深く地域への理解を深め、作品へと反映させることができそうだ。
まだプレツアーが数回開催されただけだが、
これからは作家以外も募って開催するとのこと。
あらたな芸と農の出合いの場となり、新しい糸島の文化が創造されることだろう。
information
Studio Kura
スタジオ クラ
住所 福岡県糸島市二丈松末586
http://studiokura.info/
糸島芸農 http://www.ito-artsfarm.com/
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