〈 この連載・企画は… 〉
ひとつのまちの、ささやかな動きかもしれないけれど、創造性や楽しさに富んだ、
注目したい試みがあります。コロカルが見つけた、新しいローカルアクションのかたち。
editor's profile
Kanako Tsukahara
塚原加奈子
つかはら・かなこ●エディター/ライター。茨城県鹿嶋市、北浦のほとりでのんびり育つ。幼少のころ嗜んだ「鹿島かるた」はメダル級の強さです。
credit
撮影:ただ(ゆかい)
山形県中部、大蔵村のなかでも特に雪深い山あいにある肘折温泉。
霊峰・月山の南に位置し、その周辺にも多くの霊山を有している。
肘折の人々は1200年も前から湯を守り、人を迎え、山の恵みとともに生きてきた。
ここは、
ライフスタイルの変化とともに変わっていくもの、
地域の人々に継承され続いているもの、
また、若者たちによって新しいかたちでつながっていくもの、
それらが綾をなして存在している場所でもある。
この山奥のちいさな湯治場、肘折温泉でいま起きていることから、
これからの地域や暮らしのあり方を示唆する、あるなにかが見えてくる。
最終回の第3回は、「これからの新しい湯治」について。
「昔は、湯治に来たら、多い人だと3まわり(1まわり=1週間)くらい
泊まっていったんじゃないかな。当時はどの旅館にも自炊場があって、
お客さんたちは、自分たちが食べる分のお米を担いできて自炊をしていたんですよ。
食事ができると、私にも食べないかって声をかけてくれましたね」
と、当時を懐かしむように、肘折の湯治文化を話してくれたのは、
今年90歳になるという、若松屋村井六助の会長、村井健造さん。
大蔵村村長を務めた経験を持ち、昭和の肘折温泉を見つめてきたひとりだ。
現代でいえば、ユースホステルのような、この湯治場の仕組み。
その分、宿泊費用も低価格で提供されていたという。
「そうやって自炊するから、みな山菜採りを楽しんでいましたね。
塩蔵して家へ持ち帰る人もいました。
自然いっぱいの肘折周辺の山は、山菜がたくさん採れるんです」
湯治で温泉も、アウトドアも楽しんでいたというわけだ。
昔は、お客さんのほとんどは山形県内で農業などを営む人々。
田植えや稲刈りが終わると湯治場を訪れ、日頃の疲れを癒していったという。
ちなみに、「肘折」という名前の由来は、その昔、肘を折った老僧が
この地のお湯につかったところ、たちまち傷が癒えたから——という説が残っている。
「だからね、各旅館には松葉杖がたくさん置いてあったんです。
みんな、良くなって置いていくんですよ」と建造さんはにこやかに教えてくれた。
本当に?……と半信半疑になっていると、
33年にわたり、肘折温泉組合長を務めた、
つたや肘折ホテルの会長、柿崎繁雄さん(81歳)も同じことを言う。
「うちの玄関のところにもね、昔は松葉杖がたくさんあったんだから」
なるほど、温泉の効能は、肘折の翁たちのお墨付きのようだ。
さらに、繁雄さんは湯治のもうひとつの楽しみをこう話す。
「昔は、そうやって、長く滞在しながら自分たちで食事をつくったりするでしょ。
すると、自然と、一緒に居合わせた人とも仲良くなって、
お客さん同士の交流が生まれるんです。
だから、来年も会おうねって、約束したりするんですね」
そんな湯治友達に会えるのが楽しみだったと話してくれたのは、
つたや肘折ホテルに、40年間通い続けている鈴木新藏さんと妻のちえ子さん。
若いときは、養蚕にお米、ホップをつくっていたという鈴木さん夫妻は
「昔は、遊ぶ間がないくらい本当に忙しく働いていた」と口をそろえる。
だから、農閑期だけは、肘折温泉でお湯につかって、山道を散策して、
ゆったり過ごし、心身ともに疲れをほぐしていた。
「ここは山奥だし、来ればいつも気持ちがゆったりするんです。
うちのほうでは見られない山菜の青ミズを採ったりするのも楽しいですね。
いまは、湯治友達がみな来られなくなって、ちょっとさみしいけどね」
と、ちえ子さん。それでも、
毎年変わらずに迎えてくれる肘折温泉が好きだとも教えてくれた。
「ここの青年団がね、毎年、山道のあちこちを整備してくれるから、
歩きやすくなっていくし、すごくきれいになったのよ」
「肘折温泉は、いつ来ても人情味あふれるところ。それにつきるな」
と新藏さんは微笑む。
「毎年決まって、こんな山奥まで来てくれるでしょう。
こちらもお客さんが親戚みたいに思えてくるんですね」(繁雄さん)
開湯1200年と言われる肘折温泉。代々受け継がれてきた湯治文化も、
ライフスタイルの変化とともに、湯治客の数が減ってしまった現状もある。
これからの肘折温泉を担う青年団。彼らのミーティングにお邪魔して、
その想いを聞いた(メンバーは、local action #019と同様)。
まずは、湯治文化について聞くと、
いまも変わらない肘折温泉での出会いや楽しみ方があるようだ。
里実子
こないだうちに来たお客さんたちで、去年偶然一緒になったから
“じゃあ来年も同じ日から泊まろう”ということになった方々がいたんです。
でも、ひと組は予定がずれて前倒しの日程になっちゃって。
もうひとつの組は、約束通りの日に来たんです。滞在が1日だけかぶったんだけど、
“なんだ、おめえら、約束したじゃねえか!”ってすごい責められてた(笑)。
電話するとか連絡方法はあったと思うんですけど、それはしなかったみたいですね。
でも、「また来年な」って言ってました。
絵梨
肘折温泉は、お部屋まで配達っていうのが普通なんですけど、
こないだお部屋にお邪魔したら、大きな電車の模型がつくってあったんです!
ふたりは奈良と東京から別々で来て、
ここで待ち合わせして一緒につくっているって言っていましたね。
隆一
それ、すごい!
大三郎
めちゃくちゃ楽しそうだね!
雄一
趣味をゆっくり楽しむ合宿みたいなもんかな。
里実子
うちのお客さんなんかだと、部屋を真っ暗にしているから
“電気つけないんですか?”って聞いたら、いま節電だからって言うんですよ。
旅館のことなのに、節電してくれている。
私は、温泉っていうと、おいしいもの食べて贅沢するイメージだったけど、
肘折温泉のお客さんはなんか違うのかなぁって思いました。
雄一
家と同じように想ってくれていて、リラックスもしているのかな。
隆一
僕、こないだ出前を部屋まで届けたら、
ばあちゃんたちが部屋の電気のスイッチに帯を結んで長くして、
楽に電気を消したりつけたり、くつろいでましたよ(笑)。
絵梨
帯の使い方と言えば、うちの店の前の旅館の2階から、
「ちょっとねえちゃん、そのアイスちょうだい」
て、声が聞こえてきたと思ったら、かごが降りてきたんです!
帯をつなぎ合わせた先に、かごが結んである。
降りてきたかごにアイスを入れたら、するするって上にあがってくんですよ。
そしたら、またかごが降りてきて、お金が入っていました(笑)。
雄一
肘折温泉では、それが普通の文化だもんな(笑)。面白いよなぁ。
お客さんも、肩の力を抜いて、くつろいでくれているんだろうな。
隆一
「湯治」っておじいちゃんおばあちゃんのものだと思っていたんですよね。
でも、「ひじおりの灯」(*1)をきっかけに、肘折温泉にやってくる
若い人たちと会って話すようになってから、意識が変わってきましたね。
東北芸工大の学生たちは創作するために滞在しているけど、
温泉につかって元気になって帰っていく。これも肘折温泉の「湯治」かなって。
そしたら、いろいろな湯治のかたちがあるのかもしれないと思いました。
里実子
最近は、若いお客さん、増えているよね。
雄一
肘折の「地面出し競争」も年々、参加者が増えてるよな?
隆一
そうですね。1回目は9チームでしたけど、4回目の今年は、30チームに。
地元のチームだけじゃなく、盛岡とか外から参加する人もいます。
地面出し競争って、地面まで積雪を掘る速さを競うっていう単純なものなんですけど、
もとは、僕たちが小中学校合同やっていた雪上運動会の競技だったんです。
肘折小中学校が閉校しても、地面出しは残したいと思って。
里実子
隆一くんが残そうって言わなかったら、残らなかったもんね。
隆一くんも、一度外に出たから、それが肘折の面白さって思ったんだよね?
隆一
そうだね。僕たちにとっては当たり前だったことが、
視点を変えてみると、人を集めるイベントになっている。
でも、僕たちも楽しんでいますからね、地面出しは。
新
毎年前夜祭も行われて初参加の人に説明したりするんですが、
実は裏テーマがあって……。強豪チームは酔わせてつぶすっていう(笑)。
隆一
奥が深いんです(笑)。
*1ひじおりの灯:肘折温泉が開湯1200年を記念して始まったオリジナルの灯ろう展示会。東北芸術工科大学の学生や地元の小学生、青年団らが、手漉きの月山和紙にそれぞれの〈肘折絵巻〉を表現、その灯ろうを温泉街の旅館や商店に設置、湯治場の夜を幻想的にライトアップする。
隆一
地面出しに参加してくれたり、「ひじおりの灯」に来てくれたり、
最近、おやじたちの代の客じゃなくて、
自分たちの常連さんがみえてきたなって思うんです。
僕らに会いに来てくれるというか。
雄一
誰かに会う楽しみっていうのは、肘折温泉の変わらないところかもな。
隆一
自分がそうなんですけど、“どこに行ったら面白いかな”じゃなくて、
“誰に会いに行ったら面白いかな”って考えて、遊ぶ行き先を決めている。
だったら、お客さんにあの人たちに会いに行ってみたいなって思ってもらえたら、
肘折温泉にも来てもらえるようになるのかなって。
お客さんが来ないって言っているんじゃなくて、まずは、
僕らが楽しいと思うことをするのが大切なのかなって、最近すごく思っています。
里実子
私、ひとつ、提案があるんです!
大三郎さんの読書会とか、私が週に1回やっている英会話クラスとか、
一般の人も参加できるように開放したらどうかなって思っていて。
他にもいろいろな講座ができたら面白いんじゃないかと思うんです。
隆一
おー! それは、「肘学」だ。
雄一
いいな!
里実子
雄一さんもぜひ、何かやってくださいね。温泉講座とか? あれ面白いですよ。
大三郎
僕もそれは、ぜひ聞きたいですね。僕も読書会の他に、音楽がやりたくて。
例えば、つたや肘折ホテルにある屋内のゲートボール場でライブとか……。
雄一
よしわかった!
里実子
外の人にも、こんな講座があるからってお知らせできたら、
それに合わせて温泉にも来てくれるたりするかなって思うんです。
隆一
ちゃんと「肘学」のかたちをつくりたいですね。
地元の人にちゃんと浸透できるくらいの企画にしていきたい。
雄一
よし、考えよう。早速、どんなテーマがあるか、出し合おう! 肘学開講だな。
と、偶然にもミーティング中、新しい試みが動き出したこの日。
新しい湯治のスタイルとして、みながいくつもの可能性も感じ始めた。
1200年前から人が往来してきた肘折温泉には、
長い歴史のなかで、埋もれてしまっていた修験や山の文化があった。
いま、それを掘り起こし、価値を見いだそうとしている次の世代の担い手がいる。
それは慣例としてなぞるだけではなく、一方で守り、一方で更新していく。
その根幹にあるのは、「自分たちも一緒に楽しむ」ということ。
そこには、これまでと変わらない肘折のぬくもりある出会いが待っているだろう。
そんなにぎやかな肘折温泉の雪解けは、まだまだ先だけど、
その後、彼らが始めた肘学がどうなっているのか——、ぜひ訪れ確かめてみたいものだ。
information
肘折温泉
住所 山形県最上郡大蔵村南山
http://hijiori.jp/
profile
DAIZABURO SAKAMOTO
坂本大三郎
1975年千葉県生まれ。イラストレーター、山伏。出羽三山(羽黒山・月山・湯殿山)を拠点に、古くから伝わる生活の知恵や芸能の研究実践を通して、自然とひとを結ぶ活動をしている。リトルモアより『山伏と僕』が発売中。
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