連載
posted:2018.6.1 from:神奈川県鎌倉市 genre:食・グルメ
〈 この連載・企画は… 〉
豊かな歴史と文化を持ち、関東でも屈指の観光地、鎌倉。
この土地に惹かれ移り住む人や、新しい仕事を始める人もいます。
暮らし、仕事、コミュニティなどを見つめ、鎌倉から考える、ローカルの未来。
writer profile
Yuki Harada
原田優輝
はらだ・ゆうき●編集者/ライター。千葉県生まれ、神奈川県育ち。『DAZED&CONFUSED JAPAN』『TOKION』編集部、『PUBLIC-IMAGE.ORG』編集長などを経て、2012年よりインタビューサイト『Qonversations』を運営。2016年には、活動拠点である鎌倉とさまざまな地域をつなぐインターローカル・プロジェクト『◯◯と鎌倉』をスタート。
photographer profile
Ryosuke Kikuchi
菊池良助
きくち・りょうすけ●栃木県出身。写真ひとつぼ展入選後、雑誌『STUDIO VOICE』編集部との縁で、INFASパブリケーションズ社内カメラマンを経てフリーランス。雑誌広告を中心に、ジャンル問わず広範囲で撮影中。鎌倉には20代極貧期に友人の家に転がり込んだのが始まり。フリーランス初期には都内に住んだものの鎌倉シックに陥って出戻り。都内との往来生活も通算8年目に。鎌倉の表現者のコレクティブ「全然禅」のメンバー。
http://d.hatena.ne.jp/rufuto2007/
長い歴史と独自の文化を持ち、豊かな自然にも恵まれた日本を代表する観光地・鎌倉。
年間2000万人を超える観光客から、鎌倉生まれ鎌倉育ちの地元民、
そして、この土地や人の魅力に惹かれ、移り住んできた人たちが
交差するこのまちにじっくり目を向けてみると、
ほかのどこにもないユニークなコミュニティや暮らしのカタチが見えてくる。
東京と鎌倉を行き来しながら働き、暮らす人、
移動販売からスタートし、自らのお店を構えるに至った飲食店のオーナー、
都市生活から田舎暮らしへの中継地点として、この地に居を移す人etc……。
その暮らし方、働き方は千差万別でも、彼らに共通するのは、
いまある暮らしや仕事をより豊かなものにするために、
あるいは、持続可能なライフスタイルやコミュニティを実現するために、
自分たちなりの模索を続ける、貪欲でありマイペースな姿勢だ。
そんな鎌倉の人たちのしなやかなライフスタイル、ワークスタイルにフォーカスし、
これからの地域との関わり方を考えるためのヒントを探していく。
2017年春、町家やお寺が立ち並ぶ京都・祇園の一角にオープンした〈朝食 喜心〉。
「一飯一汁」を掲げ、名物の土鍋で炊き上げたご飯や、
京野菜を使った汁物などが供される朝食専門店だ。
京都の名店〈草喰なかひがし〉の三男で、現在はニューヨークを拠点に
日本の食文化を発信している中東篤志さんが料理監修する喜心の朝食は、
シンプルながら日本の食文化が凝縮した朝ごはんとして瞬く間に話題となった。
鎌倉の連載で、なぜ京都の話題? と思う人も多いだろうが、
このお店の仕掛け人である池田めぐみさん、さゆりさんは、
鎌倉生まれ鎌倉育ちの双子の姉妹なのだ。
地域に根ざした生活文化を発信することを掲げるふたりは、
2012年、鎌倉・長谷にカルチャースペース〈蕾の家〉をオープン。
この場所から始まった彼女たちの活動は、
やがて京町家を生かしたイベントスペース〈もやし町家〉や、
宿泊施設〈つきひの家〉、朝食専門店 喜心など、京都の地まで広がっていった。
そしてこの春には、生まれ育った鎌倉で、〈朝食 喜心 Kamakura〉を開店するに至る。
京都と鎌倉。ともに豊かな歴史や文化を持ちながら、
その成り立ちや個性は大きく異なるふたつのまちを行き来してきたふたりは、
そこで何を学び、自分たちの活動につなげてきたのだろうか。
池田姉妹のはじまりの地である〈蕾の家〉、
そして、この春にオープンしたばかりの〈朝食 喜心 Kamakura〉を訪ねた。
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鎌倉で生まれ育った双子の姉妹、池田めぐみさんとさゆりさん。
「歴史と文化が薫る鎌倉で暮らす、双子の美人姉妹」とでも書くと、
どこかで見た映画やドラマの設定のようだが、
このまちで生まれ育ったふたりの青春時代は、
端から見た「鎌倉ライフ」のイメージとは少し違ったようだ。
「私たちにとって鎌倉の環境というのは、当たり前にそこにあるもので、
あまり目を向けることはありませんでした。
むしろ海外の文化への関心のほうが強く、
海外旅行に行ったり、西洋のものに興味を持ったりと、
外国かぶれのような生活をしていました(笑)」(さゆり)
そんな彼女たちの意識が変わるきっかけとなったのは、
卒業旅行として行ったヨーロッパ。
スペイン・バレンシアで訪れたオレンジ農家の家族や親戚たちが、
直径1メートルほどの大きなフライパンで、
地元の食材をふんだんに使ったパエリアをつくり、もてなしてくれたのだ。
文字通り「同じ釜の飯を食べる」ことで、
その土地の人たちが大切に守ってきた文化に触れられた、忘れられない体験となった。
「その土地ならではの生活文化や、
人と人との交流には大きな価値があると強く感じました。
そうした体験を、今度は私たちが提供していきたいと思い、
まずは自分たちが生まれ育った鎌倉から、活動を始めることにしたんです」(めぐみ)
こうした思いから、2012年にオープンしたのが、
長谷寺や大仏などで知られる長谷にある古民家を活用した〈蕾の家〉だ。
物件を探す段階から、「古民家」がふたりのキーワードになっていたのだという。
「世界の都市がどこもあまり変わらないまち並みになっているなかで、
世界が『標準化』してしまうことへの危機感がありました。
その場に行かなければ出会えない文化や人に
フォーカスしようと考えていた私たちにとって、
地域の先人たちの知恵が詰まった古民家は、大切なものだったんです」(めぐみ)
「当初はゲストハウスのような業態を考えていたのですが、
この古民家でそれを実現することは難しかったので、
イベントやお教室のスペースとして運営することになり、
自分たちが呼びたい人、会いたい人に声をかけながら、
イベントをつくっていくようになりました」(さゆり)
やがて〈蕾の家〉は、「年齢や性別、国籍を超えて、
あらゆる人たちを包み込むあたたかい空気感がある」
とめぐみさんが語る古民家という空間の中で、
地元の人から観光客まで、幅広い層の人々が出会うコミュニティスペースになっていく。
そして、ここで生まれたさまざまな出会いや縁がきっかけとなり、
ふたりの活動も大きく広がっていくことになるのだ。
彼女たちの会社名である〈viajes(ヴィアジェス)〉は、
スペイン語で「旅」を意味する言葉。
そして、蕾の家は、花が開く直前のエネルギーをイメージして名づけられている。
まさにその名の通りこの場所は、彼女たちの「旅」におけるはじまりの地となったのだ。
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やがて、イベントスペースや飲食店の立ち上げ、
ブランディング支援などの仕事も手がけるようになった彼女たちは、
京町家を活用したスペースの立ち上げに携わったことを機に、
鎌倉と京都を行き来するようになる。
右も左もわからない京都という地で、
さまざまな苦労があったことは想像に難くないが、
ここでも彼女たちが徹底したのは、地域の文化に根ざし、
現地の人たちを巻き込んでいく場づくりだった。
「その土地ならではの体験をつくるうえで、そこで暮らす人たちに教えを乞いながら、
一緒につくっていく姿勢を大切にしています。
一方で、外の人間には、そこにいると当たり前過ぎてわからない価値を見つけたり、
知らないからこそやれてしまうという強みもある。
そうしたバランスのなかで、本当にすばらしい出会いに恵まれ、
なんとかやってこられているのだと思います」(さゆり)
そんな彼女たちの京都での挑戦を象徴するプロジェクトは、
やはり〈朝食 喜心〉だろう。
先述の中東篤志さんを料理の監修に招くとともに、
鎌倉の名店〈うつわ祥見〉が器のセレクトを手がけるなど、
ふたりのルーツも感じさせるこのお店は、和食の本流である京都から
日本ならではの食体験を提供する空間として、大きな注目を集めることになる。
「日本の文化が息づいている京都では、あらゆるものに奥深いストーリーがあり、
それらに触れるたびに自分たちの浅はかさを感じます(笑)。
そんな私たちができることは、日本の食文化を心を込めてお届けし、
それを体験していただくことだけなんです」(さゆり)
〈朝食 喜心〉をはじめ、京都でのプロジェクトが続いたことを機に、
さゆりさんは2016年末から約1年間、生活の場を京都に移した。
実際にこの地で暮らすことで見えてきたことも多かったようだ。
「京都で始めるときには、周りの方々の『どこの誰が何を始めるのか』
という不安そうな様子がとても印象的でしたが、鎌倉の場合は、
『何それ、おもしろそう! がんばりなよ!』とノリがいいんです(笑)。
どちらが良い悪いという話ではなく、両方とも地域の人たちの、
その土地に対する愛情なのだということにあとから気づきました。
京都は、歴史や伝統を非常に重んじる土地で、
ご先祖様のことを思ってそれらを守ったり、次世代に継承していこうとするからこそ、
自然とこういう人づき合いになっていく。
鎌倉にはまだまだ足りない部分だと感じる一方で、
ここに帰ってくると、やっぱりこの気楽さがいいなとも思う(笑)。
これらはすべて鎌倉から出ないとわからないことだったし、
京都のまちが私たちを成長させてくれていると感じています」(さゆり)
ふたつのまちを行き来することで見えてきた地域の特性や人々の気風。
スペイン・バレンシアでの原体験と同じように、
京都という異なる文化を持つ土地での経験もまた、
地域に根ざすということの意味について、
あらためて彼女たちに考えさせる大きな契機になったようだ。
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京都という土地の文化や人を背景に生まれた〈朝食 喜心〉は、
2018年4月、晴れてふたりの故郷・鎌倉でもオープンを果たした。
京都店の朝食スタイルを踏襲し、洗練された和モダンの内装からも
京都のエッセンスが感じられる〈朝食 喜心 Kamakura〉だが、
食材には地場の野菜などが用いられ、
また、京都店にはない週末のバータイムは、
地元の人たちがリラックスして過ごせる空間になっている。
「土地ごとの個性や違いにおもしろさを見出しながら、
そこでしか出会えないものをつくっていくことが私たちのミッション。
だからこそ、地域の声を聴くことを大切にしてきたし、
そうすることで、同じお店でも必然的に
違うかたちになっていくのだと感じています」(めぐみ)
鎌倉の朝食と言うと、
「海が見えるお店で楽しむモーニング」といったイメージが先行するなか、
伝統的な日本の朝ごはんを提供する喜心は、
鎌倉の朝食文化におけるニューウェーブになっているが、
一方で京都の喜心もまた、まちに新たな風を吹き込む存在になっているようだ。
「京都では、若いメンバーたちが、日本人が大切にしてきた和食文化を
心を込めてお伝えするということに取り組んできましたが、
周囲に格式高いお店が多いからこそ、私たちの存在を
新鮮に受け入れてもらえた側面があったのかもしれません」(さゆり)
故郷での凱旋ととらえることもできる〈朝食 喜心 Kamakura〉のオープンだが、
意外にも当初は出店の依頼を断ることも考えていたそうだ。
「以前からおつき合いがあった方から出店の依頼をいただいたのですが、
京都店の先行きもまだわからない段階だったし、
なによりも一からお店をつくったときの苦労を考えると、
正直難しいんじゃないかと思いました。
でも、多くの方たちの協力や新たな出会いによって、
こうしてオープンにこぎつけることができました。
この建物は昔から鰻屋さんとして近所の人たちにはよく知られていたこともあり、
『新しいかたちで残してくれてありがとう』とおっしゃってくれる方もいて、
それは本当にうれしかったですね」(めぐみ)
ふたりが京都で学んだ次世代への継承という意識が、
鎌倉店オープンというハードルを乗り越えさせた部分もあったのかもしれない。
異なる文化を持つ土地での経験を糧にしながら、
地域に根ざした場づくりに挑んできた池田姉妹の目線は、
日本全国、そして、その先にある海外へと向けられている。
「いまはまだ私たちにとって下積みの期間。
過疎化が進んでいる地域も多いなかで、将来的には、
さまざまな地域の個性を生かした取り組みに
携わってみたいという思いがあります」(めぐみ)
「今後は、京都や鎌倉などの観光地ではない場所にも
人を集められるように実力をつけたい。
また、喜心に関しては、ポップアップレストランというかたちで海外に出店して、
より多くの人たちに日本の魅力を伝えたいと考えています」(さゆり)
information
朝食 喜心 Kamakura
住所:神奈川県鎌倉市佐助1-12-9
TEL:0467-37-8235
営業時間:Breakfast & Brunch 8:00~14:00 L.O.
Bar(金・土・日曜のみ)18:00~22:00 L.O.
定休日:木曜(ただしイベント開催日除く)
information
蕾の家
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