連載
posted:2016.7.6 from:岐阜県飛騨市 genre:活性化と創生
sponsored by 貝印
〈 この連載・企画は… 〉
これまで4シーズンにわたって、
持続可能なものづくりや企業姿勢について取材をした〈貝印×コロカル〉シリーズ。
第5シーズンは、“100年企業”の貝印株式会社創業の地である「岐阜県」にクローズアップ。
岐阜県内の企業やプロジェクトを中心に、次世代のビジネスモデルやライフスタイルモデルを発信します。
writer's profile
Tomohiro Okusa
大草朋宏
おおくさ・ともひろ●エディター/ライター。東京生まれ、千葉育ち。自転車ですぐ東京都内に入れる立地に育ったため、青春時代の千葉で培われたものといえば、落花生への愛情でもなく、パワーライスクルーからの影響でもなく、都内への強く激しいコンプレックスのみ。いまだにそれがすべての原動力。
credit
撮影:松木宏祐
森に囲まれ、水路がいたるところにあり、吸い込む空気も気持ちよく感じる。
古い建物が残る情緒ある小さなまち、飛騨古川。
2015年、ここを拠点にした〈飛騨の森でクマは踊る〉という会社が、
ロフトワーク、トビムシ、そして飛騨市の2社1自治体によって設立された。
代表に就任した林 千晶さんは、ロフトワークの代表取締役でもある。
「ロフトワークがやっていることは、“常識のアップデート”だと思っています。
いま、当たり前だと思っていることでも、
更新したほうがいいコトや場所がたくさんあるんです。
そのなかで、森をアップデートすることに特化したのが
“ヒダクマ”(飛騨の森でクマは踊る)です」
水や空気をつくり出している森。
その森を更新していくというのはどういうことか。
「森の価値を更新するには、まず木材の価値や使い方、
買い方などを再発見する必要があります。
例えば、家具を出来上がったものとして買うのではなく、
自分で木を選ぶところから始めてみる。
すると、樹種によって触ったときの風合いや木目が
大きく異なることに気づきます。
『木』という一般名詞が、ブナ、ナラ、クルミ、桜といった
固有の存在に変わる。そんな風に木の活用法を変えることによって、
森と人間の関係も更新していけるのではないかと思っています。
日本には豊かな森がある。
そろそろ本気で、その恵みを享受し活用することに取り組んでもいいのではないでしょうか。
そんな挑戦こそ、クリエイティブなものだと感じています」
こうした活動を展開するのに、飛騨はうってつけだ。岐阜は言わずとしれた森林率の高い県。
なかでも飛騨地域は、かつてより京都や奈良などの木造建築技術を支えてきた土地。
まちには組木職人が暮らし、美しい木造建築が軒を連ね、
豊かな木工文化が息づいている。
今年の6月、〈SMART CRAFT STUDIO in Hida 2016〉が行われた。
木工技術とIoT(Internet of Things)をテーマに、
アメリカのParsons School of Design、カナダのトロント大学、台湾の国立交通大学、
日本からは東京藝術大学、慶應義塾大学SFC、情報科学芸術大学院大学(IAMAS)
などの学生たちが3週間、寝食を共にし、組木などの木工技術やプログラミングを学び、
最終的にはグループごとに実際の制作に取り組んだ。
各グループは同じ大学の学生同士でまとまるのではなく、シャッフルされた。
異国の地で、育ってきた文化の違う学生たちがどんな化学反応を起こすのか。
その最終日、集大成として成果のプレゼンテーションが、〈FabCafe Hida〉で行われた。
外からみると端正な木造建築の日本家屋。しかし一歩足を踏み入れると、無国籍状態だった。
各国の学生たちが、アチコチせわしなく動き回り、発表の最終調整に入っていた。
ここが新幹線も通っていなければ、空港もない飛騨古川だとは思えない。
水路上に置いた水力発電でLEDを灯すことのできるベンチ。
キツツキを模して、森のなかで動きを感知して音を出すもの。
スマートフォンでまちの情報を手に入れられるベンチ。
ほおずき型ランタンは電気を点けるとその場所がクラウドの地図上でマッピングされる。
組木と生け花をダイレクトに取り入れたオブジェなど、
すべて木工とIoTを組み合わせたプロダクトだ。
完成度の高いもの、アイデアにあふれるもの、将来性を感じるもの。
いろいろな未来の方向性を感じた。
学生にとって、そして先生たちにとっても有意義な学びがあったようだ。
「『こんな経験はいままでしたことがない』とある学生が言うんです」と、
林さんは振り返ってくれた。
「『最初は毎日楽しかったけど、中盤を過ぎると、
あと数日で帰らなければならないと思って寂しくなってきた』と。
『いつか移住したい』と言い出す学生までいました。
これを聞いて、短期的にはプロトタイプの開発が目的だったけれど、
長期的に考えてみると、彼らが将来プロダクトデザイナーや建築家になったときに、
このキャンプが原体験となり、木材や組木に注目したり、
日本とのつながりを考えるようになってくれるのではないかなと。
数値にはできない、そのような期待も感じました」
このように発表の内容は、ほぼすべて、地域性が取り入れられていた。
当初は、「木工×IoT」だけがテーマであったはずだ。
しかしフタを開けてみれば、飛騨のまちの文化や資源とリンクしたものばかり。
学生たちは、まちを歩く。すると地域のことが見えてくる。
まちの人にやさしくしてもらい、交流を深めていく。
そのなかで自然と、「ここでやるべきこと」というイメージが芽生えたようだ。
このイベントの発起人である〈Loftwork Taiwan〉代表のTim Wongさんは、
東京や大阪ではなく、地方と海外を直接つなげたかったという。
なかでも飛騨は、Timさんの目におもしろく映った。
「飛騨は文化が保存されています。
歴史的な遺産には直接、触れられませんが、文化というものは現在進行形で、
触れて変化を加えることができます。
そこに自分が持っているものをミックスして、
インタラクション(相互作用)することができます。
つまり組木や木工は入り口に過ぎません」
Parsons School of DesignのKan Yang Kyle Li教授も、飛騨独特の文化に触れた。
「キャンプ期間中に、木製家具メーカーの飛騨産業でワークショップをしました。
職人の方たちから、木の特徴を活かすことや、
美観のための木目などディテールを整える視点・ノウハウを学びました。
しかもそれが、実際の飛騨のまちで体現されている。そのことに感動しました」
国立交通大学のJune-Hau Hou教授も、
テクノロジーと地域が融合したイベントの成果を感じている。
「これまで台湾で行われていたワークショップでは、
デザインとテクノロジーの繰り返しばかり。
しかしそれでは新しいアイデアは生まれません。
今回は、伝統的な技術を持つ職人がいたりして、環境が特別でした。
こうして地域で行われることで、
地域性を生かしたコミュニティや産業が生まれる可能性を感じました」
最終プレゼンテーションの席では、あるおばあさんが参加していた。
そしてほおずきをアイデアの元にしたプロダクトにいたく感動していた。
そのおばあさんと学生が、何やら話している。
まったく言葉は通じていないのだが、
不思議とプロダクトを通じて何かわかりあえているように見えた。
このキャンプのひとつの本質を表している光景だった。
今回のイベントでは「スマートクラフト」という言葉が使われている。
特別、一般名詞化している言葉ではないが、これから使われていきそうな言葉でもある。
その定義づけを考えるイベントになったという側面も感じた。
「『スマートクラフト』は可能性のある言葉です。
何をやりたいか、どういうことを社会に伝えていきたいかと、
自分次第でスマートという言葉の使い方も変わってくると思います。
みんな、どんな結果が生まれるか想像していなかったけど、今終わってみて
改めてその可能性に興奮しています」
と言うのは、Kan Yang Kyle Li教授。
IAMASの小林 茂教授は、IoTを教える授業に講師として参加した。
「スマートというと、産業界ではすでに効率化のために取り入れられています。
では私たちのライフスタイルにおいて、どう関わってくるのか。
ビジネスシーンだけでなく学生の回りにも、
それらを考えていけるような環境が整いつつあります。
たとえ今回は難しかったとしても、
こうした木工技術や考え方があるということを持ち帰ってまた取り組んでみてほしい。
これはゴールではなくスタートです。
今回のキャンプで、そこにはたどり着いたのではないでしょうか」
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飛騨にヒダクマをつくった理由。
それは社長が飛騨出身だったり、親族がいるなどという理由ではない。
「デジタルファブリケーションと組木や木材が結びついたときに、
本当に意味のある活用法を追求できる場所になる」と表現する林さん。
つまり、飛騨の活性化だけが目的ではない。
むしろ、木材や森林を活用するためのプロセスは、
飛騨以外でも活用できるし、活用されることを期待しているのだ。
「日本には過小評価されているものや地域が少なくないと思います。
見せ方や使い方をちょっと変えるだけで、
グンとその価値が上がるポテンシャルを感じています。
土地の歴史と、それをふまえた未来へ向けた革新をうまく融合することで、
地域はどんどん強さを持ちます」
外からの刺激で、見えていなかった地域の財産を発見していくというのは、
どの地域でもある話。それがもっと進化すれば、こんな話になるのだろう。
「これからの地域は、訪れる人たちと『共創の関係性』を築けるかが
ポイントになると思います。今回のキャンプでは、その第一歩が見えました。
至れり尽くせりのおもてなしではなく、飛騨に足を踏み入れた彼らが、
勝手にその地域の価値を考え、高めるためのアクションを取る。
従来の「おもてなし」観光とは違う、
一緒にその土地の価値をつくっていこうという強い思いです」
FabCafe Hidaの奥には蔵があり、そのひとつにガラス張りの乾燥室がある。
木の乾燥は、割れたり反ったりしない質の高い木材を供給するための
重要なポイントともいえる。それをデータ化してみようという試みだ。
「木材乾燥の何が難しいのか、解明してみたいのです。
通常、木材の人工乾燥には1〜2週間かかるので、
その間の乾燥室の温度、湿度、樹種ごとの水分含有率の変化などのデータを蓄積して、
より安定した木材乾燥を実現したいと考えています。
また、私たちは木材の専門家ではないので、
乾燥というプロセスがどういうものなのかよりリアルに理解できるように、
乾燥室をシースルーにしてみました。とはいえ、そこから中の木材を見ても、
何が変化するわけではありません。
でも、こうした“見える体験”のひとつひとつで、
木に対する理解や愛着が変わってくるはずだから」
お得意のデジタルを活用し、木自体にも注力を始める。
それが飛騨の森へつながっていく。
「まずはカフェや木工房から始めていますが、少しずつ木材の流通にもコミットして、
10年経ったときに、飛騨の森ひとつくらいは、
ちゃんとマネジメントできていたらいいなという気持ちでいます。
それに、私たちが蓄積していく森や木についてのデータ、
加工プロセスにおける科学的アプローチは、
オープンにすることで、同じように林業のイノベーションに取組んでいる人の
可能性も広げることができるかもしれません」
実際、どんどんデータは公開していくという。
特におもしろいのが、飛騨ならではの組木のデータ。
大工が代々受け継いできた組木の技術をデータ化することで、
たとえば建築家やプロダクトデザイナーが図面などに取り込むことができるようになる。
「ヒダクマだけで日本の森や林業を変えることはできない。
でも、同じ思いを持っている人たちとつながり、互いにノウハウを提供して、
多様な視点から森の可能性を再発見する。そんな活動を日本中に広げていきたい。
だって、日本の国土の7割は森なのだから」
ロフトワークがFabCafeなどを通して考え直してきた、「つくる」ということ。
地域や森にコミットしながら、ヒダクマで、新たな常識のアップデートを進めていく。
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