連載
posted:2019.11.28 from:京都府京都市 genre:アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。
writer profile
Masaharu Tada
多田正治
ただ・まさはる●1976年京都生まれ。建築家。〈多田正治アトリエ〉主宰。大阪大学大学院修了後、〈坂本昭・設計工房CASA〉を経て、多田正治アトリエ設立。デザイン事務所〈ENDO SHOJIRO DESIGN〉とシェアするアトリエを京都に構えている。建築、展覧会、家具、書籍、グラフィックなど幅広く手がけ、ENDO SHOJIRO DESIGNと共同でのプロジェクトも行う。2014年から熊野に通い、活動のフィールドを広げ、分野、エリア、共同者を問わず横断的に活動を行っている。近畿大学建築学部非常勤講師。主な受賞歴に京都建築賞奨励賞(2017)など。
ぼくが事務所を構え、活動している京都には、町家がたくさんあります。
前回ご紹介したぼくたちの事務所〈西大路のアトリエ〉に続き、
今回は町家のリノベーション事例として、3つのゲストハウスについてご紹介します。
「町家」の定義は、実はとても曖昧です。
例えば、京都市による町家の定義を簡単に説明すると
「1950年以前に建てられた建築で、うなぎの寝床と言われる奥深い敷地に、
伝統的な軸組工法(*)で建てられた木造建築」とされています。
1950年(昭和25年)は日本に建築基準法ができた年。
しかし1950年以降に建てられているものでも、町家と呼べそうなものがあり、
行政上の年代の定義はさておき、実際の文化的な意味での町家は
もう少し幅広いものだと思います。
京都市が2016年に町家の数を調査したところ、
約4万軒の町家が確認されたそうですが、実は1日2軒、
年間800軒近くというペースで町家が解体されていると言われています。
そんな状況に行政は危機感を抱いているようですし、
失われつつある町家に注目が集まっているように思います。
「町家を改修してゲストハウスにしたい」
そんな相談がここ数年で増えました。
町家といってもさまざまで、
文化財級の町家(仕事として関わることは皆無ですが……)から、
丁寧に手をかけてつくられている町家から、
これって町家と呼べるのかな? といったものまで、いろいろです。
そしてそのほとんどが、建てられたままではなく、増築をしたり、設備を更新したり、
時々に応じて使いやすいように、上書きされたものがほとんどです。
町家を改修するときは、できるだけオリジナルに戻すやり方や、
宿泊施設(商業施設)として「日本らしさ」
「京都らしさ」を演出する改修方法もあります。
一方で、ぼくたちが改修に携わるときは、オリジナルや
「らしさ」の改修ではない方法をとることがほとんどです。
町家の伝統的な部分はもちろん、そこで営まれた生活に敬意を払ったうえで、
ぼくたちの時代としての改修をしようと心がけています。
そのため、ぼくたちの行う改修は、古い部分と新しい部分が
しっかりと分かれて見えるようになっています。
今回ご紹介する3つのゲストハウスは、伝統的な町家をそれぞれ異なる手法を用いて、
現代の使い方や考え方に合わせてリノベーションしたものです。
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二条城まで徒歩5分ほどの好立地に建つ町家を改修した、一棟貸しのゲストハウスです。
ホテルのようにひと部屋単位ではなく、1軒まるまる借りる
「一棟貸し」というスタイルです。
宿泊費はホテル1室より高いかもしれませんが、
家族やグループで利用するとひとり当たりの宿泊費は抑えられて、
また家のように使えるので、観光客にとても人気のある宿泊形態です。
〈A day in khaki〉のオーナーは、台湾人女性チェンさんと、
同じく台湾人男性のショウさんです。
彼らは、自国台湾も好きですが、同時に日本のことも大好きで、
世界に、そして後世に、日本の良さを伝え継承するために
土地と建物を取得し、ゲストハウス運営をしようと考えていました。
ショウさんは、日本の大学に留学し、そのまま日本に移住して数年が経ちます。
その当時、すでに別に1軒のゲストハウス〈樸宿〉を運営していました。
そしてチェンさんは、お会いしたときはまだ台湾在住で、
片言の日本語だったのですが、いまでは日本に移り住み、
日本語もペラペラで、A day in khakiを大切に運営されています。
典型的な京町家の構成で、道路側にミセノマ(通りに面した一番目の部屋)があり、
奥に向かって部屋が並び、それらの部屋をつなぐように通り土間があるプランでした。
中庭があり、その奥に別棟で増築された築120年の建物です。
ぼくたちは、この町家を道路側から5つのエリアに分けて考えて、
それぞれに、「そのまま残す」「減らす」「新しくする」の
3つの手法で改修することにしました。
手前のミセノマと2階客室は、手を加えるところは最小限にとどめ、
できるだけ現状のまま残すようにしました。
母屋の中央部(1階6畳間、2階中の間)は床を撤去して吹き抜けに、
中庭も増築されていた便所や浴室、ベランダを撤去して広い縁側にしました。
そして1階の座敷と増築部分は、新たな空間へと改修しました。
町家のすべてを新しくするのではなく、
その空間が持つ履歴に合わせてチューニングするように、
更新の程度を調整することで、新しい町家をつくることができました。
information
A day in khaki
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A Day Khakiの完成後、ショウさんが経営する〈ゲストハウス樸宿〉の
2軒目をつくりたいとご相談を受けました。
もととなる建物は、京都市の主要な南北の通りである、千本通りに面する建物です。
来歴がはっきりしない建物で、ショウさんが入手する前は住宅だったようですが、
その前は何かの工房、加工場として使われていた痕跡がありました。
が、結局わからずじまい。
外観はモルタル仕上げの昭和の住宅のような佇まいですが、これも町家なのです。
「看板建築」と呼ばれるもので、ファサードを改修した町家です。
解体すると、増改築を繰り返し、柱や梁を何度も継ぎ足した形跡があり、
いわばつぎはぎだらけの、とても不自然な構造になっていました。
それを一度整理し、構造補強を加えたうえで、改修を施しました。
もともと、玄関扉とガレージのシャッターがあり、千本通りに対して閉じた建物でした。
それを奥へと引き込む「路地」をつくることで、
風や光、視線を敷地の奥のほうまで通すことができました。
通りに面したところに、たくさんの緑を植えました。
いままで、台所の勝手口からしかアクセスできなかった裏庭は、
ゲストハウスのエントランスの庭、リビングから眺める庭になり、
ボウボウに生えた雑草に埋もれていた小祠(しょうし)を、
来客を迎えてくれるようお祀りし直しました。
室内は、ボードゲーム好きのショウさんのコレクションで遊べる
共用のリビングを中心に、客室が3つあるゲストハウスです。
路地横には宿泊客ではない人も利用できる小さなテナントを設計しました。
おだやかな秋田賢治さん、京花さんご夫妻が営む〈biotope tiny coffee〉があります。
コーヒーはもちろん、朝食もいただけます。
伝統的な意匠の町家とはちょっと違う見た目をしていますが、
まちにうるおいを与え、楽しい場所を提供する
緑あふれる町家として生まれ変わりました。
information
ゲストハウス樸宿 西陣
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A Day in Khakiの完成後に、オープンハウスを実施しました。
その際、京都で〈京旅籠むげん〉という宿を経営される
永留和也さん、あふるさんご夫妻が見学に来られ、
それから1年以上が経ち、ふとご夫妻が事務所に相談に来られました。
京旅籠むげんは1~2人用の人気の宿ですが、
お子さんがいるお客さんにはご遠慮いただいており、
今度は、子ども連れでもOKの一棟貸しの宿〈mugen plus〉を始めたいとのこと。
もととなる建物は、京都市内を南北に走る大通りの堀川通りから
少し西に入ったところにある町家。
大きさはA Day in Khakiから庭と増築部分をなくして、
母屋をひと回り小さくしたぐらいのかわいらしい町家です。
1、2階合わせて約80平方メートル、庭にいたっては7.5平方メートルしかありません。
この小さな町家を、最大6名まで泊まれて、
なおかつ子連れのお客さんが楽しめる空間にする。
この課題を解決するのが「断面」でした。
一般的に建築を考えるときに重要視されるのは、
間取りをはじめとした平面図だと思います。
しかし、それだけではこのコンパクトな町家を、
要望に応えられる建築にすることはできません。
平面図的な既存のプランに「断面」の視点を取り入れ、
空間内の高さをうまく調整することで、面積以上の効果をつくり出すのです。
その手法は主にふたつ。「半地下」と「筒」です。
まずは建物の基礎を補強する際に、少しだけ地面を掘って、
3か所の小さな半地下をつくりました。
そして、建築と家具の中間ぐらいのスケールの、木パネル製の穴があいた「筒」を、
玄関から奥までを貫くように挿入しました。
ひとつは、道路に面したひと間を半地下の客室にしています。
半地下にすることで、奥のリビングまで街路からの光を入れることができます。
部屋の外からその場所を見ても、まさかそこにひと部屋あるようには見えません。
何より、秘密基地のような雰囲気で、子どもはもちろん大人も心踊ってしまう空間です。
ふたつ目が、階段の踊り場の下の絵本コーナー。
踊り場というには少し大きい、少しハミ出した踊り場です。
そこは踊り場であり、リビングに対して腰掛けられる場所であり、
床に座って机として使える水平面です。
また、その下の絵本コーナーの屋根でもあります。
大人が入るには少し窮屈ですが、入ると床面スレスレでまた違った世界が広がります。
大人たちがリビングでくつろぐあいだ、子どもが絵本コーナーで遊べば、
子どもたちのお世話から少しだけ解放されて、
自分たちの時間が過ごせる、そんな空間です。
3つ目は掘りごたつ。
掘りごたつって落ち着きますよね。
そして「筒」の話。
建築の正面である、玄関から奥までを貫く「筒」を設計しました。
筒の背の高さは、1階の天井よりも低いです。
宿泊客は、まず筒の中を通ってmugen plusに入っていきます。
筒の壁面や天井面には、四角い穴があいていて、そこから、筒の向こう側が見えたり、
筒の外へ出ることで、部屋の中に入っていくことができます。
さらに、筒は階段の一部でもあり、2階の書斎スペースの床にもなっています。
建築以下、家具以上のスケール感、ちょっとした高さの違いが、
mugen plusに広がりを与えます。
ちなみに、このmugen plusでは、永留さんご夫妻の見立てでセレクトされた
さまざまな工芸作家さんとのコラボレーションも果たしています。
唐紙や真鍮の照明器具、陶芸作家さんの手による洗面ボウルなど。
mugen plusのコンパクトな空間は、すべてがつながっていながら、
それぞれに個性がある空間です。
宿泊する人たちが、自由に空間を選び、楽しむことができると思います。
information
mugen plus
「そのまま残す」「減らす」「新しくする」の3つの手法で改修した町家。
緑あふれる町家。
「断面」の考えを持ち込んだ町家。
伝統的な町家を、現代の使い方や考え方に合わせてリノベーションした3つの事例です。
古い建築や技術、素材をリスペクトしながら、
一部に新しい部分を加えて、まったく新しいものへと変貌させる。
そしていつか、自分たちが加えた部分も含めて建築の履歴として更新されるのなら、
それはとてもすばらしいことだなと思います。
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