連載
posted:2019.12.24 from:京都府京都市 genre:アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。
writer profile
Masaharu Tada
多田正治
ただ・まさはる●1976年京都生まれ。建築家。〈多田正治アトリエ〉主宰。大阪大学大学院修了後、〈坂本昭・設計工房CASA〉を経て、多田正治アトリエ設立。デザイン事務所〈ENDO SHOJIRO DESIGN〉とシェアするアトリエを京都に構えている。建築、展覧会、家具、書籍、グラフィックなど幅広く手がけ、ENDO SHOJIRO DESIGNと共同でのプロジェクトも行う。2014年から熊野に通い、活動のフィールドを広げ、分野、エリア、共同者を問わず横断的に活動を行っている。近畿大学建築学部非常勤講師。主な受賞歴に京都建築賞奨励賞(2017)など。
日本にやってくる外国人観光客は年々増加しています。
日本政府観光局の調べでは、2018年の1年間で3000万人以上の観光客が訪れ、
その数は5年前の調査の実に3倍、急激な増加だと言えます。
訪日する外国人の目的地も多様化し、定番の観光地の人気はもちろん、
日本人が当たり前に思っていた風景が、外国人の目によって
新たな観光資源として発見されるケースも少なくありません。
そんなインバウンドを背景として、京都をはじめ、
日本各地で新しい宿泊施設が建設されています。
巨大な資本によって新築されるリッチなホテルもあれば、
個人が限られた資本でリノベーションして、ゲストハウスとして活用する例もあります。
大資本のホテルと個人経営のゲストハウス、旅の目的に応じて
随時選ぶことができれば、選択の幅が増え、楽しみも多いはずです。
前回は京都の町家をゲストハウスへとリノベーションする事例をご紹介しました。
最終話となる今回は、町家ではない建物をゲストハウスへとリノベーションした、
〈OTOYADO IKUHA〉と〈しづやKYOTO〉のふたつの事例をご紹介します。
どちらも個人経営のゲストハウス。個人ならではの愛情や情熱、こだわりが、
ある意味トンがったコンセプトやサービス、空間として結晶化した、
ふたつの宿の物語です。
京都市の西部、国宝第1号の弥勒菩薩を所蔵するお寺「広隆寺」から
南に歩いて20分ほど。ゲストハウス〈OTOYADO IKUHA〉を
リノベーションでつくりました。
音楽業界に身を置く宮一敬さんと濱崎一樹さんが運営するゲストハウス。
京都で音楽スタジオを経営し、さらに音楽イベントの企画・運営をしたり、
FMラジオの番組も担当したりと、精力的に京都の音楽カルチャーを
牽引するおふたりです。
ミュージシャンがツアーで各地を回るときに、京都には、
まとまった人数が泊まれる宿が少なく、宿を確保するのが難しいそうで、
ミュージシャンたちは京都を敬遠して、大阪や神戸、滋賀でライブをするそうです。
そんな現状に一石を投じるべく、ツアーを回る音楽関係者はもちろん、
すべてのミュージックラバーのための、音楽の図書館のような
ゲストハウスをつくろうと立ち上がりました。
リノベーションする建物は、濱崎さんの元実家。
極端に細長い敷地に建つ3階建ての木造建築で、
もともとは、1階が濱崎さんのお父さんが腕を振るっていた割烹〈育波〉、
2~3階に濱崎さん一家が住んでいました。
その後、お父さんは店を閉め、濱崎一家は引っ越し、
借家となっていた建物をゲストハウスにすることになりました。
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今回の場合は建築基準法の関係で、3階は宿泊施設にすることができません。
3階は宿ではなく物置として、1~2階だけをゲストハウスとして使う方針で
設計をスタートさせました。
しかし、この細長い建物は、幅が2.6メートル弱しかありません。
この狭さを空間的に解決するため、細長い建物をさらに細くふたつに分割し、
3階の床を撤去して天井を高くすることで、高さや奥行きを感じやすい空間を演出し、
幅の狭さを感じさせないようにしました。
このように、3階の床を撤去し、大きく吹き抜けた2階を宿泊スペースにしました。
分割したふたつの細長い部分は、ひとつはカプセル型の宿泊スペース、
もう片方は共用の廊下です。
建築の構造補強として筋交いを数本加えました。
普通の筋交いではなく、2階分の高さを横断する筋交いで、
廊下や宿泊スペースにもその姿が出てきます。
それがデザインを不自由にしてしまうのではなく、
「あえて」そこに出てくるように設計しました。
筋交いの下をくぐったり、その上をまたいだり、
そんなことができる(しなければならない)空間です。
低予算の工事だったので、塗装やサインの施工は、濱崎さんたちと共同でやり、
彼らの音楽仲間が駆けつけてくれました。
解体を簡略化するために、既存の内装の上から新しい仕上げをするなど、
コストがかからない工夫をしています。仕上げ材も荒い材料を使っていますが、
仮設的なチープな印象にならないように気をつけてデザインしました。
OTOYADO IKUHAが完成しました。
宿の壁や棚には、宮さんのレコードのコレクションが並び、
廊下にはギターやベースを展示し、DJのセットを設置。
宿泊者はギターを爪弾いたり、気になるレコードに針を落としたり、
思い思いに音楽を楽しむことができます。
各宿泊ブースの名前には、ハシエンダ、100クラブ、CBGB、ウィスキー・ア・ゴーゴー、
マーキークラブ、アポロシアター、バードランドなど、
世界の伝説的なハコ(ライブハウス)の名を冠して、それぞれのブースに、
そこにまつわるアーティストや楽曲について展示がされています。
幅が狭く変わったカタチの建物で、とてもローコストなリノベーション。
そんなネガティブな条件が、ポジティブな要素に変換され、
唯一無二のゲストハウスをつくることができました。
もちろん、そこに宮さんと濱崎さんの熱意と想いがあったことは言うまでもありません。
information
OTOYADO IKUHA
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京都駅から徒歩10分ほど。河原町七条という2本の大通りの交差点に面して
まるで世界が切り替わるポイントのような、小さな路地があります。
その奥にあるのが、松井知史さんが営む〈しづやKYOTO〉というゲストハウス。
もともとそこは〈しづや旅館〉という宿で、
その隣には賃貸の木造アパートがありました。
しづや旅館は松井さんの祖母のしづさんが切り盛りされていた旅館で、
しづさんから松井さんのお父さんに引き継がれ、
そして数年前に松井さんにバトンタッチされました。
松井さんが経営を引き継いだ時点では、
築約50年の宿もアパートも老朽化が激しかったため、この2棟ともに
ゲストハウスとしてリノベーションをできないかと相談に来られました。
ゲストハウス(正確には簡易宿所)を始めるためには、建築基準法、旅館業法、
消防法などのさまざまな法律の問題をクリアする必要があります。
ゲストハウスへとリノベーションする場合、細い路地に建つことや、
宿泊施設へと用途変更することがネックとなることが多いのですが、
しづやKYOTOは、行政の担当者と打ち合わせを重ね、
それらに該当しないことを確認して、プロジェクトをスタートさせました。
しづや旅館も木造アパートも、かつて水回りを中心に改装した痕跡があり、
内部を解体するまで、どのように構造が組まれているかわからない箇所がありました。
解体しながら都度状況を把握し、必要な箇所に補修や補強を加え、
また設計を微調整していくことを繰り返す作業。
既存の柱や梁はそのままにして、それらを避けるように客室を構成していきました。
こうして完成したしづやKYOTO。
宿のコンセプトとして、元旅館部分は、
大人の女性が一人旅で訪れる宿泊施設をイメージしました。
一人旅なので、立派な部屋よりもコンパクトながら必要なものが揃っている部屋を。
「OMOYA」と名づけ、女性専用のカプセル型ゲストハウスとなりました。
1階には4人部屋がひとつ、2階は12室のカプセル型のシングルの客室という構成です。
2階の客室フロアでは、隣り合うふたつの客室のベッドを上下に重ね、
ベッドスペースの手前の細長いスペースに、鏡と机をつくりつけた書斎と、
大きなスーツケースをしまえる収納を設けました。
2016年当時は、このようなカジュアルなカプセル型の宿泊施設は
世の中にあまりなかったと思います。
こうしてしづや旅館が、しづやKYOTOのOMOYAとして生まれ変わりました。
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木造アパート部分はというと、OMOYAのテーマである女性一人旅とは対照的に、
仲間でワイワイとする旅行や旅先で出会った人と仲良くなる旅をイメージし、
名前は「HANARE」としました。
1階に1室、2階に1室のドミトリー型の客室と2室のツインの客室があります。
また2階に共用のキッチンや大ラウンジを備えています。
一人旅用のOMOYAでは、路地から家に帰っていくイメージで空間をデザインし、
みんなで集まるHANAREは、家から出て広場に集まるイメージで設計しました。
敷地内にもともとあった細い路地は、細長い庭としてデザインし直しました。
夜は宿に至る帰り道であり、朝は旅立ちの場所。
季節感のある樹木を選んでいるので、四季に合わせて表情を変える庭となり、
メダカを飼っている鉢を置き、小さなビオトープをつくりました。
庭から共用の「路地」や「広場」を通過して、客室に至る。
そのシークエンス(体験の連続)が、旅の中で印象的なものとなれば、
とても幸せだと思います。
OTOYADO IKUHAもしづやKYOTOも、伝統的な町家建築ではありません。
しかし、施主さんにとっては、父や祖母から引き継がれた歴史のある建物で、
子どもの頃にそこで過ごした思い出のある建物です。
月並みな表現になりますが、リノベーションは歴史や思い出を引き継ぎ、
新しい空間、新しい用途として、次の社会のための建築へと
生まれ変わらせることができます。
不要を必要に、無用を有用にする力がリノベーションにはあります。
そんなリノベを皆さんにオススメしたいと思います。
information
しづやKYOTO
住所:京都市下京区七条通河原町東入材木町460
宿泊料金:女性専用シングル(OMOYA)3000円~(税別)
ツイン(HANARE、3名まで)6000円~(税別)
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