連載
posted:2019.10.23 from:京都府京都市 genre:アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。
writer profile
Masaharu Tada
多田正治
ただ・まさはる●1976年京都生まれ。建築家。〈多田正治アトリエ〉主宰。大阪大学大学院修了後、〈坂本昭・設計工房CASA〉を経て、多田正治アトリエ設立。デザイン事務所〈ENDO SHOJIRO DESIGN〉とシェアするアトリエを京都に構えている。建築、展覧会、家具、書籍、グラフィックなど幅広く手がけ、ENDO SHOJIRO DESIGNと共同でのプロジェクトも行う。2014年から熊野に通い、活動のフィールドを広げ、分野、エリア、共同者を問わず横断的に活動を行っている。近畿大学建築学部非常勤講師。主な受賞歴に京都建築賞奨励賞(2017)など。
ぼくは普段、京都の〈西大路のアトリエ〉で設計事務所の仕事をしています。
西大路のアトリエは、戦後直後に建てられたといわれる、平屋の町家です。
2013年にその町家を〈ENDO SHOJIRO DESIGN〉の建築家・遠藤正二郎くんと
リノベーションして、いまでも彼とシェアして入居しています。
vol.1~5までは熊野についてお伝えしてきましたが、ここから京都へと舞台を移し、
今回はぼくたちのオフィスである、西大路のアトリエについてお話しします。
もともとぼくと遠藤くんは、京都の五条大宮でいまと同じように
オフィスをシェアして、各自の事務所を構えていました。
そこを退居することになったとき、次は古家を借りて
自分たちでリノベーションしてオフィスにすることにしました。
ぼくの場合、オフィスにいる時間は家で活動する時間よりも長い。
だからこそ、自分たちで考えつくりあげた空間で働きたい、そう考えました。
ふたつの条件で部件探しを始めました。
・自由に改装してもいいこと
・ペット可(ぼくたちはネコを飼っていました)
いくつか内覧して、見つけ出したのがいまのアトリエです。
ぼくは大阪に住んでいて、京都まで阪急電車で通勤しています。
このアトリエは阪急の駅からは少し遠いのですが、
ブロンプトンという折畳み自転車を鉄道に持ち込み、輪行する通勤スタイルなので、
駅から遠いことは問題ではありませんでした。
新物件の家賃は、以前の事務所の家賃よりも少し安く、
少なくとも5年はここに居を構えようという決意も込めて、
家賃の差額×5年分を工事費にあてることに。
物件を決め、工事予算を決め、ふたりで設計に取りかかりました。
リノベーション前の町家は、京都で典型的な「うなぎの寝床」型の敷地に、
道路から奥に向かって3間が並び、通り土間が貫く間取り。
通り土間は改装されて、床が張られキッチン設備がついていました。
ここから壁や天井を取り払い、大きく吹き抜けた細長い一室空間として、
その中にひとつのキューブを据える構成を考えました。
キューブによって、細長い空間は、通りに面した土間空間や
庭に面した白い空間と緩やかに仕切られます。
キューブを置くというひとつの操作で、
ワンルーム空間の中に、性格の異なる空間を生み出す。
そんなことを考えて設計を行いました。
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アトリエの工事は、〈梶賀のあぶり場〉や〈コウノイエ〉など、
熊野のプロジェクトを手がける2年前のことで、
自ら建築をつくりあげていくのは初めての経験。
施工のノウハウもイメージもないまま走り始め、そして予算も限られていたので、
自分たちがつくれるところと、プロの大工にお願いするところを分けて
工事をすることにしました。
しかし工事会社側からすると、少ない予算でスケジュールや工程の管理がしにくく、
やりにくい条件の仕事です。
そこで、融通がきくフリーの大工さんをネットで探すことにしました。
そこで出会ったのが大工の藤崎智一さん。
藤崎さんが〈工務店ふじさき組〉として組織を立ち上げた矢先の出会いでした。
ぼくたちは藤崎さんと打ち合わせをして、
解体、壁の仕上げ、塗装、キッチン工事、家具工事を自分たちでやり、
それ以外は、ふじさき組に施工してもらうことにしました。
壊して、廃材を分別し、運び出す。
解体作業には、なにより人数が必要になります。
ぼくたちが声をかけて駆けつけてくれた友人や学生たちと、
危険を伴う作業もあるので、ふじさき組の数名にも参加してもらい取り組みました。
壁を解体し、天井を落とし、床を剥がしていきます。
積年の埃の量はすさまじく、もうもうと立ち込める粉塵で視界が遮られます。
服も軍手もマスクも、あっという間に真っ黒に。
ですが、人手があったので、みるみるスケルトンになっていきました。
壁の下地と床の施工は、水平垂直をしっかりと測る必要があるので、
ふじさき組にお願いしました。床の仕上げは、
塩ビシート(耐水性、耐摩耗性などに優れた軟質プラスチック製の床材)。
町家の雰囲気とは対照的な、白く抽象的な床をイメージしました。
壁をすべて工事すると、かなり費用がかかってしまいます。
そこで床から2200ミリの高さまで白い壁として仕上げ、あとはそのまま。
既存の壁から少し離して、白い壁をつくることで、
古い町家の中に、新しい空間が挿入されるような効果を狙いました。
塗装は自分たちでやります。壁は抽象的な白にしたいので、
シナベニヤ(シナの木をベニヤの表面に貼りつけたもの)同士の間や
ビス留めのあとをパテで埋めて平滑にし、ローラーで塗り塗り。
とても簡単です。
ところが天井の塗り作業は大変でした……。
天井の一部は昔のカマドなどの煙のススで黒くなっていますが、
木の素地のままのところもあったので、すべて黒に塗っていきます。
梁の上によじ登って、上を向いての塗装作業。
時期は8月中旬。夏の日差しで屋根が熱せられ、室内の熱気は上昇。
天井近くにいるぼくたちに熱気がまとわりつく。
ペンキはポタポタと手や顔に垂れてくる。超過酷な作業です。
そんな状況を乗り越えて、なんとか塗装作業が完了。
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8月末、前事務所を退居する日がやってきました。
荷物を軽トラに積み込み引っ越しです。
残りの作業は、入居しながら進めていきます。
設計の骨子でもあるキューブは、モルタル仕上げにします。
友人で左官職人の経験がある下鳥大輔さんにレクチャーしてもらい、作業を開始。
左官に興味のある友人や学生たちが集まり、手伝ってくれました。
セメントに砂を混ぜ、水を入れて混ぜる。そしてコテで壁面に塗りつける。
左官といえば、職人が鮮やかに、平滑な壁をつくりあげていくイメージがありますが、
実際にやってみるととても難しい。
塗りつけた材料はボトッと落ちてしまうし、コテでうまく広げられないし。
けれど、何度か挑戦すると、だんだんコツがつかめてきて、
それっぽくできるようになってくる。
仕上げはスタイロ(断熱材に使われる発泡系の材料で建築の模型などにも使う)で
表面を撫でて、テクスチャーをつけていきます。
そんなこんなで、未知の左官作業は楽しく、有意義な体験でした。
しかし、左官の工程としては、下塗りして、乾かして、
中塗りして、乾かして、仕上げ塗りをする。
そう、とても日数がかかる作業なのです。
そして、モルタルが乾いてくると、
粉塵が引っ越しを終えたパソコンや書籍、荷物の上に降り積もっていくのです。
掃除しても掃除しても積もる積もる。
ようやく粉塵の量が落ち着いてきたかな、という頃に次の作業がやってくる。
多田、遠藤とも疲弊してぐったり。
左官工事と同時に、キッチン工事を行いました。
事務所なので、大きなキッチンは必要ありません。
お湯は湯沸かしポットで沸かせばいいし、カセットボンベのガスコンロ、
ポータブルの電磁調理器具があれば簡単な料理はできます。
ということで、ごくごくシンプルなキッチン、正確には流し台をつくります。
まず、シンクと立水栓(柱状の水栓)をネットで探して発注。
それらが取りつけられるように、木で本体をつくります。
防水をして、モルタルが喰いつくようにラス(金網)を取りつけ、
モルタルで施工します。
仕上げは金ゴテ(左官屋さんが使う金属製のコテ)で押さえて平滑に、
エッジが出るようにしました。しかし、これだけはどうしても上手にできなくて、
下鳥さんに仕上げていただきました。
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事務所の本や雑誌を収める本棚をつくります。
せっかくなので、実験的なものをつくることにしました。
普通の本棚と何が違うのかというと、本棚を支えているのが、
背板や側板といった面材ではなく柱のような線材だということ。
本は重たいので、その荷重を支えられるのか、本棚全体は変形しないのかなど、
いくつか試作をつくってチェックはしましたが、実物をつくるまではわからない。
友人に手伝ってもらって、なんとか完成。
本をパンパンに詰めても、問題なくいまも使っています。
結局、物件を決めて完成するまで5か月かかりました。
完成後の西大路のアトリエを紹介します。
キューブの中はバックヤードになっており、
仮眠のためのベッド、冷蔵庫や食器棚があります。
手伝ってくださった方を招待して完成お披露目パーティもしました。
この改装した町家は賃貸物件で、借主(ぼくたち)は月々の家賃はもちろん、
建築費用も自己負担しています。自分の資産にならない建築工事なので、
どれだけお金をかけるかは悩みどころではありますが、
ぼくたちのケースのように、引っ越し前の家賃と、新しいリノベ物件の家賃の差額を、
工事費にあてるなどの試算ができれば無駄には感じないと思います。
あとは限られた予算を有効利用するために、セルフビルドでつくったり、
思い切ってそのままにする、などの工夫で乗り越えます。
日本の空き家の数は年々増えています。
その多くは、資金や賃借の関係で有効活用されることはありません。
すこし大げさな言い方かもしれませんが、
このプロジェクトはそんな空き家問題に対する、解決のモデルケースだと思います。
次回は、京都の町家をゲストハウスにリノベーションしたプロジェクトをご紹介します。
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