新型コロナ騒動で考える
地方暮らしの可能性とテレワーク

地方で暮らすこと、そのこれからの可能性

伊豆下田に移住して丸3年が経った津留崎さん一家。
折しも新型ウイルスが猛威をふるっていますが
東日本大震災の頃の心情を思い返すこともあるそうです。
そして、あらためて現在の地方での暮らしを考えると
メリットと思えることがいくつもあるといいます。
移住してみてわかる、その可能性とは。

移住して丸3年、この状況に思うこと

なさま、ご存じのとおり、
いま新型コロナウイルスが猛威をふるっています。
罹患された方にはお見舞い申し上げます。
そして、医療機関の方々に敬意と感謝を感じずにはいられません。

また、こんなときでも店に行けばモノが売られている、
ネットでモノを買えばちゃんと届く、
電気やガス、水道が使える、などなど。
すべて関わる方々の努力があってのこと、本当にありがとうございます。

わが家が移住した伊豆下田は感染予防の話でよく聞く
「3つの密」(密閉空間・密集場所・密接場面)の
シチュエーションがあまりなく、
感染のリスクは都市部に比べると低いとは思います。

でも、このまちは首都圏や海外からの観光が主幹産業です。
今後、どれほどの影響があるのか? 
それを考えるだけで暗澹たる気持ちになってしまいます。

下田の海

感染防止のために営業を停止している飲食店、宿泊施設も少なくありません。難しい判断を日々、迫られています。

この4月でわが家が下田に移住して丸3年となったのですが、
まさかこんな気持ちでこの日を迎えることになるとは
思いもしませんでした。
人生、何があるのかわからないものだということを
あらためて思い知らされております。

下田の浜辺を散歩中

3年前、移住先探しの旅で下田を訪れました。こんなきれいな海が伊豆にあると知らなかった僕はずいぶんワクワクしたものです。

思い返すと、これほど社会が騒然としたのは
日本に限っていうと9年前の東日本大震災以来かと思います。
大震災は新型コロナ騒動のように世界規模の話ではなかったですが、
東日本の受けた影響は計り知れないものがありました。

当時、東京に暮らしていた僕と妻は、
その震災をきっかけに価値観が変わり
「都会で暮らす」ことに違和感を感じ始め、
ふたりの実家のある東京での会社員という安定した暮らしを捨てて、
移住に踏み切ったのです。

そしていま、コロナ騒動を移住した下田で経験しています。
東京で暮らしていたらこの騒動をどんな気持ちで迎えたのだろう? 
大震災のときに抱いた感情を思い返しながら、
そんなことをよく考えています。

銀座の街並み

東京の友人から送られてきた外出自粛中、人がいない銀座の夜景。震災のあとも「自粛ムード」でまちに人が少なかった記憶はありますが、ここまでではなかったように思います。

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地方暮らしの可能性が広がる「テレワーク」

でも、このコロナ騒動について、
あらためて「地方で暮らす」メリットを感じています。

例えば……
人が少なく、自然に囲まれているので感染リスクの少ない場が多い。
食の生産現場が身近にあるので、
スーパーが空っぽになっても都会ほどには困りません。

経済的な話でいうと、地方は、地価が安く
生活費も安いこともあり受けるダメージは比較的少ない。
そんな点があるかと思います。

田植え風景

田んぼには米が、畑には野菜や果物が、海には魚介類や海藻が。山には水も湧いている。

岩場に座る娘

自宅近くの海にて。誰もいません。感染に関していうとリスクゼロです。長い春休み、海があることで随分救われた気がします。

わが家と庭

わが家は賃貸。5LDKで庭も広い(広すぎて困るほど)。でも、家賃は東京でいったら6帖ひと間のアパートほど。コロナ騒動に関係なく不安定で低空飛行の収入ですが、なんとかやっていけます。

そして、メリットというか、このタイミングで
「地方暮らし」の可能性を感じたことがあります。
この騒動をきっかけに一気に広まった「テレワーク」です。

通勤せず、会社に出社せず自宅で仕事をする。
そのテレワークへの流れと、
あまりに東京に一極集中するリスクが浮き彫りにされたこともあって、
あらためて「地方暮らし」や「2拠点暮らし」へ
目を向ける方も多くいるのでしょう。

また、高速大容量通信の5Gのサービスが始まったことも
この流れを後押しするともいわれています。

自分としては、そもそもは
テレワークを目指していたわけではないのですが、
娘の小学校に学童保育がないという事情があり、
娘が学校から帰ってくる時間には
妻か僕のどちらかが家にいる態勢をとろう、と働き方を変えた結果、
平日午後は自宅で市内の工務店の設計業務や
事務作業をテレワークでしています(詳しくはこちらの記事で)。

妻はカメラマンなので現場に行かなければ写真は撮れないのですが、
実はカメラマンは撮影後の画像処理にもかなり時間をかけてやっていて、
それを自宅でやっています。
つまり、このコロナ騒動が起こる前から
妻も僕もテレワークを実践していたのです。

DIYでつくった仕事机

娘が庭で遊んでいるのを見守りながら仕事。トトロのお父さんになった気分です。デスクはDIYでつくりました。

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あらためて感じる、地方のポテンシャル

この春で、テレワークで自宅仕事を始めて丸2年となります。
東京で会社員をしていたときは、家にはあまりいられませんでしたし、
家族よりも仕事の仲間と過ごす時間が長いくらいでした。

それはそれで充実した時間ではあったのですが、
移住してテレワークの態勢をとってからは、
家族との時間を多く過ごすようになり、
そして娘の成長を日々感じるようになりました。
それは、いましかできないことであり、
僕にとっては大きな喜びとも言えます。

そして、娘は3月から休校となり長い春休みとなりましたが、
この態勢をとっていたので、どうにか対応することができました。

ただ、こんな働き方を地価の高い東京でもできるかというと、
なかなか難しいとも聞きます。
夫婦ふたりが自宅でテレワーク……となると
スペースが物理的にとれないことが多いそうなのです。

たしかに東京で暮らしていた家で僕と妻が別々に
デスクを持つとなると、スペースをとれませんでした。
こうした働き方ができるのも地方の物件の広さ、
安さが肝だという気もしています。

床を貼り替え中

春休みには自宅の一室を娘の部屋にするため、家族総出でDIYでリフォームをしました。自分たちの食べる米をつくったり、自分たちの家をDIYでリフォームしたりということをお金で解決しない(つまり人に任せない)で自分でやれるようになったのは移住してからです。

そんなこんなで、このコロナ騒動によって地方が持つポテンシャルに、
可能性に、あらためて気づかされました。

これからのことを考えると
そんな呑気なことも言ってられないのかもしれません。

下田の夕日

明けない夜はない!

まだまだ収束の兆しが見えない「コロナ騒動」ですが、
その先のより良い未来を想い描きながら、
一刻も早く収束するために、ここ下田でできることを
しっかりやりながら、過ごしていきたいと感じています。

text & photograph

津留崎鎮生 Shizuo Tsurusaki
つるさき・しずお●1974年東京生まれ東京育ち。大学で建築を学ぶ。その後、建築家の弟子、自営業でのカフェバー経営、リノベーション業界で数社と職を転々としながらも、地方に住む人々の暮らしに触れるにつれ「移住しなければ!」と思うように。移住先探しの旅を経て2017年4月に伊豆下田に移住。この地で見つけたいくつかの仕事をしつつ、家や庭をいじりながら暮らしてます。Facebook Instagram

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