100年続く暮らし方。 おばあの食卓を伝える 沖縄・大宜味村〈笑味の店〉
沖縄・大宜味村の美味しいアルバム
フォトグラファーの津留崎徹花が、
あてもなく、ふらりと旅した沖縄・大宜味村。
「大宜味村にある、〈笑味の店〉を訪ねてください」
友人のひと言が、思わぬ出会いを導いてくれました。
金城笑子さんが営むその店で手にした一冊の本。
『百年の食卓』には、笑子さんが伝えたい、
大切な思いがつまっていました。






[ff_assignvar name="nexttext" value="〈笑味の店〉を訪ねたのは
ライターさんのひと言からでした。"]
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何年か前のこと。撮影の打ち合わせをしていると、
ライターさんがこんな話をしてくれた。
「沖縄におもしろい村があるらしいんですよ」
なになに、どんな? と前のめりに。
彼女はこの連載を読んでいて、私の趣味を周知してくれている。
「テツカさん好きそうなんですよねー」
●

昨年末、4歳の娘を連れて沖縄をふらりと旅していた。
もしいい題材に出会えたら写真も撮りたい、そんなあてのない旅だった。
沖縄の青い空を眺めていたら、ふと彼女の言葉が思い起こされた。
「おもしろい村があるらしいんですよ」
たしかその場所は沖縄だったような、うっすらとした記憶が残っていた。
彼女にメールをしてみると、
「大宜味村にある、〈笑味の店〉を訪ねてください」
という、なにやら暗号めいた一文が返ってきた。
カーナビで行き先を調べてみると、現在地から20分ほど。
行けるじゃないか。はやる気持ちを抑えながら、車を走らせた。
右側に青々しい山、左側には輝く海を眺めながらひた走る。
大宜味村は沖縄本島北部の「やんばる」と呼ばれる地域にあり、
山と海に挟まれたわずかな平地や山間部に集落が点在している。
赤煉瓦屋根の古民家と目に鮮やかなブーゲンビリア。
その風景はいかにも沖縄らしく、ただのんびりと歩いているだけで楽しい。
“芭蕉布”の里でもある大宜味村。
喜如嘉という集落で訪ねた〈芭蕉布会館〉という施設には、
工房と展示室が併設されている。
芭蕉布というのは、糸芭蕉という植物から取り出した繊維を、
20あまりの工程、半年の年月をかけて反物に仕上げたもの。
実際に目にした芭蕉布は、力強く張りのある手触りでありながら、
なんとも涼しげな艶っぽさがあり、すっかり魅了されてしまった。
海岸沿いを走っていると、〈笑味の店〉と大きく書かれた看板が見えてくる。
車を停めて店の正面へ回ると、シーサーとブーゲンビリアが出迎えてくれた。
ドアは一切なく、庭と店内との境もないような開放的なつくり。
この南国らしい、すーっと風が抜ける店構えがとても好きだ。

テーブルに置かれたメニューに目を通してみると、見慣れない名前が。
「まかちくみそぅれランチ」
「まかちくみそぅれ」というのは
沖縄の言葉で「おまかせください」という意味。
旬の食材を使ったおまかせランチです、という説明書きが添えられている。
お店の一押し、というそのランチをひとつ注文してみた。
料理を待っているあいだ、店内をぐるっと見回してみる。
ライターの彼女がこの店を指示した理由が未だわからないでいた。
ひとまず本でも読みながら待つことにしようと、
店の片隅に置かれた本棚を物色していた。
そしてある1冊を目にしたとき、胸がぎゅっと掴まれた。
おばあ(おばあちゃんの沖縄呼び)が台所で料理をしている写真、
タイトルは『百年の食卓』。
そこには、大宜味村に住むおばあやおじいの暮らしが、
台所の風景とともに収められていた。
その場の温度が伝わってくるような濃厚な写真、おばあたちの生の言葉。
私がいつかかたちにしたいと思っていたものが表現されていたのだ。
90歳になっても、100歳になっても、畑に、海に出る、おばぁやおじぃ。
そんなおばぁたちの家を、笑子さんといっしょに
一軒一軒尋ねることにしました。
いつも食べているようなお昼ごはんを
いっしょに食べさせてほしいとお願いをして。
『百年の食卓』より
そう冒頭には記してあり、その笑子さんというのが、
この笑味の店の女将さんであるとわかった。
「笑味の店を訪ねてください」という暗号の意味が、
いまようやく理解できた。

興奮して呆然とする私の前に、
ほっかむり姿の女性が食事を運んできてくれた。
「はい、おまたせしました~」
しげしげと顔を覗き込む。この方が笑子さんなのか。
すぐにでも話しかけたいという気持で前のめり。
だが、ここはひとつ冷静にならなくては。
まずは目の前の食事をじっくり味わい、心を落ち着かせよう。

「本日のまかちくみそぅれランチ」
・パパイヤイリチー
・クガニ冷麺
・パパイヤの福神漬け
・大根のつけもの
・ゴーヤの卵とじ
・インガナズネー
・シークワーサー青果
・ふだん草とルッコラのおかか和え
・サワーラフテー、タロイモ蒸し・からし菜のおひたし・結び昆布を添えて
・ジューシー
・クロマイと小豆と玄米のおむすび
・ゆし豆腐とハンダマーの味噌汁
・自家製ヨーグルト、ドライすももとタンカンのジャム添え
・シークワーサーのアンダギー
おかずの種類があまりに多く、どれから先に食べようかと箸が迷ってしまう。
「インガナズネー」という耳慣れない島野菜を、まずはひと口含んでみる。
ん?
意外なことに、薫製されたようなスモーキーな香りが口に広がる。
野菜からこんな香りを感じたのは初めてだ。
どの食材からも、沖縄の太陽をいっぱいに浴びた生命力が、
じっくりと体に伝わってくる。
「ごちそうさまでした」
食器を下げにきてくれた先ほどの女性に声をかけてみる。
「あの、笑子さんでしょうか」
「あ、笑子さんね、ちょっと待って」
どうやらあの方は笑子さんではなく、奥にいる女性に声をかけている。
すると、帽子にエプロンドレス姿の女性が台所から顔を出してくれた、
金城笑子さん。初対面のときの、
そのふわーっとして気構えない雰囲気がとても印象的だった。
こちらはやや緊張気味で、お話をうかがえないかと急なお願いをした。
「うん、いいけど、ちょっと待ってて」
落ち着いたらお時間をいただけるとのこと。
ほっとしながらお茶をすすり、笑子さんを待つことにした。

[ff_assignvar name="nexttext" value="大宜味村のおばあたちの、
あたりまえ"]
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笑子「じゃ、ここ座りましょうか」
はい。
心地いい風が通るテラスで、ゆっくりとお話をうかがった。笑子さんがこの『百年の食卓』に携わったのには、伝えたい大切な思いがあった。
「本来、生活の始まりって土からですよね」
というのは?
「土がなければ植物が育たないし、育たなければ食べられないですよね。
もともとは、食べものって自分たちで育てて、
自然の恵みをいただくっていうのが基本だったわけでしょ」
はい、たしかに。
「そういう、当たり前の暮らしがいまはなくなりつつあるんですよね」
はい、私もそのひとりだと思います。
「でも、ここ大宜味村のおばあたちは、
それをいまも当たり前に続けているんですよ。
朝夕は必ず畑に出て植物を育ててるんですよ、食べるものは
自分で育てるのが当たり前。100歳のおばあでもそうして生活している」
100歳のおばあがですか!?
胸がどきっとした。
お金を出して何でも手に入れているいまの自分の暮らし方を振り返っていた。
「驚いてしまうんだけどさ、果物を種から育てると、
実がなるまで9年かかるのね。95歳のおじいが、
その種をまいて苗を育てようってするんだから、
これってすごいよね」
想像したら頭の中がねじれ、すぐに理解することができなかった。
「常に自分の年齢忘れてさ、好きな作物を育ててるんだよね」
作物を育てることが楽しみであり、生き甲斐であり、
それがお年寄りの長寿を後押ししているのだと笑子さんは話す。
時折、自分が晩年をどう充実して生きていけるのか、
そんなことを考えたりする。
その答えが、少し見えたような気がした。

このお店を開店したのも、そうした思いからだったのだそう。
「ここはさ、山があってすぐ川と海があってさ、
みんな自分の前で生きてるのよ」
笑子さんがおばあたちと触れ合うなかで、土や海とともにある暮らし方、
生きる知恵というのがいかに大切なものか気づいたという。
そうしたおばあたちの暮らし方や生き方を伝え残していきたい、
そういう思いが次第に募っていったのだそう。
自分ができることはなにか、そう考えたときに、
お店を構えてそこから発信することに行き着いた。
そうして、いまから27年前に笑味の店を開店させた。
笑子さんも畑が好きで、一日中でも畑で遊んでいたいのだという。
「もう畑に行きたくて心が騒いでしまうわけ。
ハイビスカスが咲いていて、パパイヤが黄色く実っていてさ」
そう言って、目を輝かせる。
笑子さんの畑は、どこにあるんですか?
「すぐそこの山のとこ」
連れて行っていただこうとお願いをしたものの、
もう外は日が暮れ始めていた。
そうして、翌日また出直すことになった。

[ff_assignvar name="nexttext" value="“自分の前で生きる” とは"]
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翌朝。
ボールと包丁を片手に畑へと向かう笑子さん。
やはり足取りが軽く、そして早い。
置いていかれないよう、小走りでその後を追う。
「これも食べれるんだよ」
笑子さんが指差したのは、壁にみっしりと生い茂った葉っぱ。
これが食べ物?
雲南百薬といい、「百薬」とつくほど栄養価の高い野菜とのこと。
東京でよく見かけるツタによく似ているけれど、食べられる。
そして、その食べ物が無造作にぶら下がっている。
東京育ちの私には、どうも不思議な感覚だった。

「これがハンダマ、こっちがローゼル、ここにパパイヤもあるでしょ。
お店で使う野菜はここの畑か、近所のおばあがつくったもの」
笑子さんの畑では農薬や化学肥料を使わず、
糠を利用するなどの工夫をしながら作物を育てている。
その作物たちが、いたるところで瑞々しい葉っぱを広げている。
土と水、緑の匂いを嗅ぐとやはり心が落ち着く。



笑子さんが、シークワーサーを手渡してくれた。
「ひと仕事終えたら、パラソルの下でシークワーサーを食べるの。
季節ごとにいろんな果物が実ってさ、そこに鳥が止まったりしてさ、
畑って動きがあるでしょ、楽しくさせてくれる要素が
たくさんあるんだよね」
色とりどりの野菜をボウルいっぱいに抱えて、
笑子さんはやわらかく微笑んだ。
「無理して高収入得なくても半分くらいにしてさ、
地方で何もかも自分で工夫して育ててさ。そういう生活したほうがいいよ。
やってみたらわかると思うから、土を身近に感じる暮らしの良さがね」
笑子さんの晴れやかな表情を見ていたら、
自分のなかにある曇りがすっと消えていくのを感じた。
「自分の前で生きたらいいさ」
笑子さんの表情は、どこまでも晴れていた。

むかし、むかし、野菜は買うものではありませんでした。
広くなくとも土があれば、畑に。
炊事のたびに収穫しては、みずみずしい味覚を食卓にのせました。
小さな畑に、台所の神様に、手を合わせました。
それを今も当たり前に続けているおばぁたちがいます。
(中略)
老いてもなお、すこやかに自分の暮らしを立てている
おばぁたちの食卓に、台所に、畑に、100年近くを生きてきた人の言葉に、
今の時代にとっての光のようなものが散りばめられていると思うのです。
『百年の食卓』より
(了)

information
笑味の店
住所:沖縄県国頭郡大宜味村字大兼久61
TEL:0980-44-3220
営業時間:9:00~17:00(食事は11:30~16:00LO)
定休日:火・水・木
Webサイト:www.eminomise.com
*おまかせランチ・軽食以外は、前日までに予約をお願いします。
[ff_assignvar name="nexttext" value="写真ギャラリー"]
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一度足を踏み入れてみたかった沖縄本島最北端〈辺戸岬〉。想像以上のスケールに、ただただ圧倒される。

大好きな畑で、野菜の収穫を楽しむ笑子さん。採りたての大根は、葉っぱもピンと瑞々しい。

ガレージだったスペースを自分たちで改装して、〈笑味の店〉を開店させた。「自分のできることを、自分の前で」という笑子さん。

ハンダマーという沖縄の野菜。昔から体調の悪いときに薬草として食べられていたのだそう。


パパイヤは専用のカッターで千切りにする。見た目よりもかなり固く、力が必要な作業。

炒めてイリチーに。鰹出汁のよい香りが充満する。

ローゼルを乾燥させて種を採取し、次の年へとその命をつなぐ。
