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〈永山本家酒造場〉の〈ドメーヌ貴〉
自社の田んぼでつくったお米100%の
テロワールのある日本酒

Taste Locally
vol.009

posted:2022.1.24   from:山口県宇部市  genre:食・グルメ / 買い物・お取り寄せ

〈 この連載・企画は… 〉  日本のローカルにはおいしいものがたくさん。
地元で愛されるお店から、お取り寄せできる食材まで、その味わい方はいろいろ。
心をこめてつくる生産者や料理する人、それらを届ける人など全国のローカルフードのストーリーをお届けします。

writer profile

Tomohiro Okusa

大草朋宏

おおくさ・ともひろ●エディター/ライター。東京生まれ、千葉育ち。自転車ですぐ東京都内に入れる立地に育ったため、青春時代の千葉で培われたものといえば、落花生への愛情でもなく、パワーライスクルーからの影響でもなく、都内への強く激しいコンプレックスのみ。いまだにそれがすべての原動力。

photographer

Yuichiro Hirakawa

平川雄一朗

ヨーロッパのワイナリーに憧れて

「最近は、タテのラインがおもしろい」と言うのは、
山口県宇部市にある〈永山本家酒造場〉の永山貴博さん。
“タテのライン”とは、宇部空港を通り、山口県を南北に縦断するラインである。
そのライン上には個性的なお店が点在し、永山本家酒造場もそこにある。

永山本家酒造場は1888年創業の酒蔵。
目の前を、カルスト台地として有名な秋吉台から瀬戸内海へと流れ込む厚東川が流れ、
ミネラルが豊富なその水で日本酒を仕込んでいる。
周辺にはのどかな田園風景も広がり、酒米を育てている。きれいな水とお米。
お酒を醸すのに適した土地なのだ。それゆえ全盛期には4軒の酒蔵が並んでいたという。

厚東川はカルスト台地が水源。

厚東川はカルスト台地が水源。

オフィスとショップが入る建物は、
昭和3年に建てられた村役場をリノベーションしたもの。
国の登録有形文化財に認定されている味のある意匠で、
1階が日本酒などの直売所、2階がカフェになっている。

2017年に国の登録有形文化財に認定された。

2017年に国の登録有形文化財に認定された。

現在の当主が5代目の永山貴博さん。
2002年に〈貴〉という純米酒を発売し、同社の看板ブランドに育てた。

永山貴博さん。自ら杜氏となり〈貴〉をつくり出した。

永山貴博さん。自ら杜氏となり〈貴〉をつくり出した。

永山さんは、日本酒づくりにおいて、味や製法はもちろんのこと、
その根本に思い描く理想の環境がある。

「2007年頃、ヨーロッパのワイナリーを視察したときに、
周辺にぶどう畑が広がっている風景を見て、
日本酒づくりにもこういう風景がほしいし、“できるはず”と思いました」

ぶどうとワイン、お米と日本酒。その関係性はよく似ている。

「酒蔵で重視されるのは、麹や時間、温度などの醸造技術。
一方ヨーロッパのワイナリーでは醸造よりも、ぶどう畑の土の話ばかりしていました」

それはもう、農業の領域といっていい。
いい土をつくることが、いいワインをつくることにつながるというわけだ。
それが、日本の酒蔵とワイナリーの大きな違いであった。

酒づくりの現場。20〜40代のスタッフが多く働いている。

酒づくりの現場。20〜40代のスタッフが多く働いている。

「ワインのように、現地でとれる原料に気を使いながらお酒をつくる。
日本酒も本来は、そういう農産物加工品であるべきだと思っています」

ここから、現在でも永山本家酒造場のホームページに掲げてある
「テロワールを求めて」というコンセプトが誕生した。
テロワールとは、地域の自然環境のアイデンティティのこと。
その土地でとれるものの個性を大切にしながら料理や加工していく食文化のひとつだ。

「若いスタッフの柔軟性は勉強になる」と永山さん。

「若いスタッフの柔軟性は勉強になる」と永山さん。

「自分たちの土地でできたお米でお酒をつくってあげる、
それが“地酒”の存在理由だと思います」

その土地でとれる原料でつくるからこそ地酒である、というのが永山さんの哲学。
その信念に基づくと、自ずと製造方法の方向性が定まってくる。

「いい素材をつくり、その良さを引き出したい。
それはどこまでその素材を信じられるか、ということ。
あくまで素材の味があるはずので、
いたずらに磨いたり、香りを高くするべきではないと思います」

自分たちのつくりたい味や醸造技術を押しつけるのではなく、
土地でとれたお米をそのまま生かす。
そうすれば自然とお米に合わせた、その土地ならではのお酒ができあがるはずだ。

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顔の見える日本酒とは?

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酒蔵が自社の田んぼでお米をつくる

永山本家酒造場では、地域の米農家と契約したお米も仕入れているが、
2019年にはみずから農業法人を立ち上げ、本格的にお米づくりに挑んでいる。

それは地域の風景を守ることにもつながっていく。
全国各地と同様に、宇部でも高齢化と跡継ぎ不足で、
田んぼをやる人が減ってきているのだ。

「このあたりでも、大規模米農家が高齢化によって農業を引退することになり、
お子さんは継がず、後継者もいないので休耕田状態になる、そんなことが数件続きました。
これが目の前で起こっているのに、外からお米を買ってばかりでいいのだろうか。
私たちが田んぼを守るアクションをしていかなくてはなりません。
当然予測していた未来ですが、当事者となって目の当たりにしたことで、腹を決めました」

100年前からほとんど変わっていない酒蔵が並ぶ風景。

100年前からほとんど変わっていない酒蔵が並ぶ風景。

米づくりを始めたことで、酒づくりまで自社で一貫して行うことができるようになった。
トレーサービリティがしっかりして、
なにより「顔の見える日本酒」をつくることができるようになったことを、
永山さんは誇らしく思っている。

「私たちは、与えられた環境を加工しているに過ぎません。
理想論と言われるかもしれないけど、酒づくりにとって大切なことは、
100年前から受け継いできた風景を次世代につないでいくことです」

永山本家酒造場の若いスタッフが田んぼで作業をしている風景は、
地域において健全な姿だ。周辺のベテラン農家も喜んでいる。

直売所に置いてある日本酒とお米のサンプル。

直売所に置いてある日本酒とお米のサンプル。

「文化的なことも、ある日、プツッと途絶えてしまう。
建物やまちの風景でも、なくなった途端にそこに何があったか思い出せなくなってしまう。
100年の歴史や伝統など、簡単に壊してしまうのが人間です。
そうなる前に保存へのアクションを起こしていきたい」

2階にあるカフェでは、酒を醸す桶の木材を利用したテーブルが使用されている。

2階にあるカフェでは、酒を醸す桶の木材を利用したテーブルが使用されている。

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酒蔵がワイナリーに?

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酒蔵+カフェで、人を集める

古いものを守ろうとする一方で、カフェを酒蔵につくるなど、
新しい取り組みも行っている。
日本酒自体に一定の危機感を持っていると永山さんは話す。

「もっと間口を広げて、若い人にも日本酒を飲んでもらいたいけど、
なかなかうまくいきません。しかしカフェならば気軽に入ってもらえるかなと」

カフェは週末のみの営業だが、
今後はその開放的な空間をいかしてイベントなども開催していきたいという。

「県内からも宇部空港から北上してもらって、まずはうちに立ち寄ってほしい。
そのままドライブして北上すると、
個性的なお店が日本海側の長門市まで点々とあるんです。
山口県でいちばんおもしろいラインだと思っています」

まず人が集まること。周辺も含めて、地域全体で盛り上がっていければいい。

昭和の雰囲気をうまく残しつつ、現代的にアップデート。

昭和の雰囲気をうまく残しつつ、現代的にアップデート。

日本酒〈貴〉は、まだ他県などから購入した酒米も原料にしているが、
「それもなるべく減らしていきたい」と永山さんは前向きだ。

看板商品の〈ドメーヌ貴〉に至っては、原料は自社田のお米100%。
とてもわかりやすいし、潔い。
酒米は酒蔵がつくる時代がそこまでやってきている。

ヨーロッパのワイナリーは、
そこを目指して世界から人が集まるような観光地としてしても成り立っている。
日本酒の酒蔵にも、そのようなテロワール文化が生まれつつある。

information

map

永山本家酒造場

住所:山口県宇部市大字車地138

TEL:0836-62-0088

Web:永山本家酒造場

※カフェは4月にリニューアルオープン予定

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