連載
posted:2021.3.5 from:島根県浜田市 genre:旅行 / 食・グルメ
PR 島根県
〈 この連載・企画は… 〉
日本のローカルにはおいしいものがたくさん。
地元で愛されるお店から、お取り寄せできる食材まで、その味わい方はいろいろ。
心をこめてつくる生産者や料理する人、それらを届ける人など全国のローカルフードのストーリーをお届けします。
writer profile
Chizuru Asahina
朝比奈千鶴
あさひな・ちづる●トラベルライター/編集者。北陸の国道沿いのまちで生まれ育ち、東京とバンコクを経由して相模湾に面した昭和の残り香ただようまちにたどり着きました。旅先では、細い路地と暮らしの風景に惹かれます。
photographer profile
Yayoi Arimoto
在本彌生
ありもと・やよい●フォトグラファー。東京生まれ。知らない土地で、その土地特有の文化に触れるのがとても好きです。衣食住、工芸には特に興味津々で、撮影の度に刺激を受けています。近著は写真集『わたしの獣たち』(2015年/青幻舎)。 yayoiarimoto.jp
高級魚で知られるノドグロ。
喉の奥が黒いことから、主に日本海沿岸地域でノドグロと言われているが、
正式名称はアカムツである。
「日本海の赤い宝石」と言われ、食通の間で好まれてきた白身魚だが、
全国的に知られるようになったのは2014年のこと。
その理由は、テニスの全米オープンで準優勝した錦織圭選手が帰国後に
「ノドグロが食べたい」と発言したからだ。
以来、価格は高騰。故郷・島根の味を懐かしんだ錦織選手の素直なひと言が、
ノドグロを高値のつくブランド魚へとのし上げた。
それから6年。依然として高級魚としての人気は保ったままだ。
ノドグロは、舌の上でとろけるような豊富な脂が特徴であるとともに、酸化しやすく、
鮮度が勝負の魚である。
ならば、新鮮であればあるほど魚本来の味わいが楽しめるに違いない。
全国屈指のノドグロの水揚げ量を誇る、島根県の浜田港を目指した。
浜田港のある浜田市へは、萩・石見空港から車で約1時間。
公共交通機関を使うならば、バスで空港最寄りのJR益田駅まで出て、
そこからJR浜田駅まで35分ほどの距離にある。
平成17年に5市町村が合併したため、市の面積は約69平方キロと
東京23区よりも広く、地形は山から海までとバラエティに富む。
今回、日本海に面した浜田港周辺と市街地のあたりを訪れ、
その日に水揚げされたばかりのノドグロを味わった。
はまだお魚市場 商業棟2階にある〈めし処 ぐっさん〉は、
海鮮目当てに全国から浜田を訪れる人たちがこぞって目指す、
港のランドマークのような店である。
ノドグロや旬の魚がたっぷりとのった丼を目指し、
週末は朝から行列ができるほどだ。
まずは名物「のどぐろ炙り丼」を食べてみる。
ノドグロの身を3枚おろしにしたものを
下のご飯が見えなくなるくらいのせてから炙った、産地ならではの贅沢な丼だ。
さすが白身のトロと呼ばれるだけあり、
ノリにのった脂が白身の表面で艶やかに光っている。
口の中に入れた瞬間に舌の上でほろり崩れていくやわらかな身は、
ご飯とともにすいすいと口の中に収まっていく。
残ったノドグロもご飯もあとわずか、となったところで温めただしをかけ、
わさびを利かせて食べるのがぐっさん流のノドグロの食べ方だ。
うまい、もう一杯! とおかわりしたくなる、余韻の強さ。
それが食べる人を惹きつけてやまないノドグロ丼の魅力なのである。
information
めし処 ぐっさん
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夜は、浜田を代表する和食店〈割烹 十久利〉へ。
メニューは、刺身、焼き魚、煮つけ、しゃぶしゃぶなど、
ほかではなかなか味わえないノドグロ料理がずらり。
都内で食べると「時価」となっていることが多い超高級魚だが、
気軽に食べられるのは産地を訪れるからこその特権だ。
十久利には県外からノドグロを目指してくるお客さんが多く、
夏の禁漁期も含めて一年中食べられるように仕入れを行っているという。
「基本は浜田港で揚がるものを使っています。
でも、6月1日から8月14日までの禁漁期は
国内外の港で揚がるものを仕入れますね。
期待していらしたお客さんをがっかりさせたくはないので」
と言う店主の則皮周一さんはこう続けた。
「とはいえ、浜田に揚がるものは、
調理していてほかの産地のものとは違うと実感しています」
浜田沖の沖合底引き網漁で漁獲された
〈どんちっちノドグロ〉とブランド化されたものは、
大きなサイズにもなればマグロよりも脂質含有量が多いという
県の水産試験場の統計が出ているほど脂ののりがいい。
則皮さんは、その中でも、「小目」と言われる
「体が大きくて目玉が小さいもの、体の表面が白いもの」が上質なものだと話す。
体の表面の白さは脂の色。
白いということはそれだけ身に脂をたっぷりと蓄えていることになり、
お客さんの期待通りのものを出せるのだそうだ。
調理法は、やはり脂がポイントになる。
「やっぱりノドグロは脂が特徴ですけん。どうしても足が速くなります。
どれだけ冷凍技術が発達していても、やはり生ならではの味わいが勝ると思います。
そういう意味では、産地で扱えるので助かりますね」と則皮さん。
煮つけにするには脂があるため、ほかの白身魚よりも味が染み込みにくくて
時間がかかる。ここは、経験がものをいうが、
15分くらいを目安に煮つけるとおいしくできあがるという。
また、新鮮なものはシンプルに塩で焼くと
ノドグロ本来の身の味を楽しめるのだとか。
「炙ると脂が表面に出てくるので、パチパチといい音を立てるんです」
ノドグロしゃぶしゃぶも、少しだけ皮を炙って香ばしく。
しゃぶしゃぶとだしに潜らせて食べると、
適度な脂が抜けてさっぱりといくらでも食べられる。
おまけに出しにはノドグロの旨みや甘みが溶け出して、
締めにおいしい雑炊をいただくことができる。
豊富な脂を生かすことが、ノドグロ料理の肝といえそうだ。
information
割烹 十久利(とっくり)
まだ夜も明けきらぬ午前3時、浜田港で水揚げがあるというので見学に行ってみた。
浜田港は、全国に13港ある特定第3種漁港のひとつであり、その規模は大きい。
セリ場では、若い乗組員たちが荷揚げしたばかりの木箱に入った魚を
種類別に配置していた。
テキパキとした動き、大きな声をかけ合う様子は、早朝とは思えない活気だ。
この作業は帰船した直後、夜中の1時頃から行われており、
朝6時から始まるセリに間に合うように並べる。
大漁だと、急がないと間に合わない。
きれいに整列するように並べられた、
ノドグロ、アンコウ、カレイ、マトウダイ、ゴマフグ、アマダイ、ヒラメ……
どれもツヤツヤと光っておいしそう。
そのほとんどは鮮度を保つために
船上で血抜き、内臓とり、神経締めなどを施している。
「浜田の魚ですと豊洲などの大きな市場に持って行っても、
やはり有名な産地には負けるから。
こっちは丁寧さや新鮮さで勝負するしかないんよ」
と言うのは、浜吉丸のオーナー金坂敏弘さん。
金坂さんが漁区の海図を見せてくれた。
ノドグロ漁は沖合100マイル付近で行っており、
今回漁を行った場所は韓国の釜山と山口県の仙崎を結んだちょうど中間あたり。
水深80〜200メートルくらいのところに網を落とす。
「ちょうど浜田沖が暖流と寒流がぶつかるところになっとって、
魚の餌となるプランクトンが多いんや」
沖合底引き船は2隻ひと組で網を引く。
1隻につき10人ずつ乗組み、網を打った2時間後に片方の船に魚をあげて
すぐにまた網を打つ。
魚があがったほうの船はすぐに魚の処理を行い、
片方の船はその間に食事・休憩をするのだという。これを交互に1日4回。
1週間近く海の上で繰り返されるのだ。
ノドグロは四季を通してどんな変化をするのか、金坂さんに聞いてみた。
「旬は盆明けから10月くらいまでやね。
10月あたりから産卵時期に入るから脂が落ちてほっそりした体になる。
産卵を済ませたら春先に向けて太り直して盆あたりに身が大きくなるね。
その頃はまた脂たっぷりや」
夏のノドグロの身は箸で持つとホロリとほどけるくらい脂のノリがいい。
スプーンですくって食べるくらいだと金坂さんは例える。
身の食感に弾力性も求めるならば、
冬場のノドグロがちょうどいいかもしれない。
素人目にはどのくらいの脂が適当かわからないが、
ノドグロは冬が旬というイメージを持っていたので、この話には驚いた。
「砂地、泥地など生息域で餌が異なるから味は変わるのは当然やし、
深海域では水温も下がって身に脂をつけるから肥える。
まあ、どんなのが好みかは人それぞれやな」と金坂さん。
資源保護のための禁漁期は6月1日から8月15日まで。
若い乗組員は長い夏休みとなるこの期間を楽しみにして漁に勤しむ。
また、「めっきん」と呼ばれる小型のものの漁獲が一定基準以上となると、
周辺水域は10日間漁はできないようになる。
サステイナブルに漁を続けていくため、人にも魚にも、配慮は忘れない。
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昼に夜にと、十分にノドグロを味わったなら、お土産を買いに魚屋を覗いてみよう。
国府海水浴場そばにある〈お魚のなかだ〉は、
浜田港をはじめとした近隣の漁港から仕入れた魚が冷蔵ケースに並ぶ。
浜田で水揚げされる〈どんちっち〉ブランドの
ノドグロ、アジ、カレイやカンパチ、サワラ、ヒラメなどが並び、
三枚おろしや頭落としなど、好みに合わせて調理をしてくれるのは
ありがたいサービスだ。
自宅に送るにも、丸のまま1匹よりもさばいてもらったほうが
その後の調理はしやすい。
好きなものを詰め合わせ、自宅に送って浜田の思い出を振る舞うのもいいお土産だ。
〈なかだ〉には、魚の煮つけや焼き物など、惣菜も豊富に揃っている。
イートインスペースもあるので、好きな惣菜を選んで食べていくことも可能だ。
旅行中の3食の外食に飽きた人には、
お刺身や煮つけを購入して宿で食べられるのはうれしいはず。
information
お魚のなかだ
海の近く、山陰本線に沿って干物加工場が軒を連ねる浜田の干物は、
カレイ塩干品の生産量が全国第1位の島根県の中でも
「浜田の干しカレイ」として知られている。
当然、平成21年にカレイにとって変わって“市の魚”になったノドグロも
干物として販売されている。
今や、ふるさと納税の返礼品では常にトップに輝く人気者だ。
港のそばにある〈株式会社シーライフ〉では、
この日も朝からノドグロの干物加工が行われていた。
数ある水産加工品の中でも、
〈のどぐろの開き〉は売り上げNo.1の人気だと
専務取締役の河上清貴さんは教えてくれた。
「ノドグロは足が速いので、その日買いつけたものをすぐに加工に回します。
作業が速ければ速いほど、身も変色せず、
嫌な匂いもないふっくらとした干物に仕上がるんですよ」
港から歩いて5分の距離にある工場の利点は、
荷揚げ、加工、製品化までの時間が短い。
原料は魚のほかは天然塩のみを使い、
シンプルに魚本来の味を引き出した干物を冷凍して出荷する。
出荷先は、ふるさと納税返礼品をはじめとしたネット経由の通販や
都心部の百貨店などだ。
河上さんいわく、浜田のノドグロの身はうっすら紅がかった白色が多く、
干物に向いているという。
「底引き漁で鱗が取れたもので白っぽいのは脂があるんです。
焼いたときに脂がちょうどいい具合に落ちて、
表面はパリパリに上がるのでおいしいですよ」
自宅のコンロで焼いた時の香りを想像してしまい、
思わずごくりと喉が鳴ってしまった。
「浜田は港があるので水産に関わる仕事をしている人たちが多いんです。
だから、魚は一番の宝ですね。
そりゃあ浜田でフレッシュなものを食べていただけると、
地元にとってもうれしいことですが、それが難しい場合もあるので、
ぜひ干物で自宅でも浜田のノドグロを
おいしく味わっていただけたらと思っています」
information
株式会社シーライフ
浜田市はさすが全国屈指のノドグロの水揚げ港を擁するだけあって
至る所でノドグロに出合えた。
本場のものは評判通りのおいしさだったが、
ノドグロの試食ついでに「これも今が旬だから食べていって」
と各地で出されたほかの魚も、どれもすばらしく、
浜田で出会った皆さんが地元の魚を誇りに思っていることが十分に、
そしてあたたかく伝わってきた。
浜田へ足を運んだら、ノドグロを入り口に、
浜田沖でとれる魚介類をあれもこれもと食べ尽くす旅になるだろう。
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