連載
posted:2016.2.24 from:香川県高松市 genre:食・グルメ
〈 この連載・企画は… 〉
小豆島の「醤(ひしお)の郷」と呼ばれる地域に生まれ、蔵人を愛する醤油ソムリエールが
真心こもった醤油造りをする全国の蔵人を訪ねます。
writer profile
Keiko Kuroshima
黒島慶子
くろしま・けいこ●醤油とオリーブオイルのソムリエ&Webとグラフィックのデザイナー。小豆島の醤油のまちに生まれ、蔵人たちと共に育つ。20歳のときに体温が伝わる醤油を造る職人に惚れ込み、小豆島を拠点に全国の蔵人を訪ね続けては、さまざまな人やコトを結びつけ続けている。高橋万太郎との共著『醤油本』発売中。
日本一小さな県、香川県にあるうどん屋さんは
713軒(平成27年2月『タウン情報かがわ』調べ)。
その激戦のなかで特に人気のうどん屋が〈上原屋本店〉。
麺のおいしさが大前提ながら、地元の醤油屋
〈広瀬醤油〉の醤油もおいしさの鍵を握ります。
波穏やかな瀬戸内海に面する香川県高松市。
海を背に繁華街を通り過ぎたところに、うどん屋上原屋本店と広瀬醤油があります。
まずはじめに訪ねるのは上原屋本店。
国の特別名勝に指定されている庭園の中で
最大の広さをもつ〈栗林公園〉のそばに佇みます。
落ち着く景観を眺めながらたどり着くと景色は一転。
行列は駐車場まではみ出し、店内では並ぶ人、麺を湯で温める人、
汁や調味料をかける人、食べる人、片づける人がテンポよく行き交います。
聞けば少ないときでも300玉。多いときは1日最大数の500玉出るそう。
いよいよ私の順番が来て「かけ小!」とかけうどんの小さいサイズを頼みます。
味つけは「うるめいわしと昆布でだしを取って、あとはみりんと醤油だけ」
と教えてくれました。使っている醤油を尋ねると
「うちはすべて広瀬醤油の醤油を使っとるよ。うどんもおでんも!」
と教えてくれたので、おでんも皿に取ります。
かけうどんのおだしを注ぐと、当日とったおだしのいい香りが広がります。
食欲がたまらなく刺激され、急いで席については、琥珀色のおだしをすすります。
澄んだ味わいが広がり、ほどよい塩味がコクを与えています。
艶やかな麺をズズッとすすり、しなやかなコシを楽しんでいると、
醤油に後押しされるように小麦の甘さが引き立ちます。
洗練されたハーモニーに大満足。
飴色のおでんは、表面は醤油が深みを与え、中は食材の持ち味が保たれています。
口の中で交わる味わいが絶妙です。
こんなおいしさが500円足らずで楽しめるのなんて、毎日通いたい。
上原屋本店のおいしさを支える醤油屋、広瀬醤油を訪ねました。
母屋は明治11年、店舗部分は昭和10年に建てたレトロな外観にそそられます。
扉を開けると、屈託のない笑顔で女将さんが出迎えてくれました。
続いて4代目広瀬善規さんが蔵の奥から出てきてくれ、
快く蔵の中を案内してくれました。
歴史ある建物や道具には手入れが行き届いていて、特に醤油を仕込むもろみ蔵は、
私が数十蔵巡った四国本土の醤油蔵の中で、最も香りも状態もいい。
いい蔵元に出会えた! とうれしくなりました。
目に留まったのは桶の内側がきれいであること。
桶の内側は混ぜるときにもろみが飛び、何層にも重なってついていることが多いもの。
「桶の内側を“鏡”と呼んでいます。
混ぜるたびに汚れる鏡を掃除するのは面倒だけれど、
鏡は蔵の中で最ももろみに近い場所。
鏡を綺麗にしていないと、できた商品の風味を悪くしてしまいます。
ここをきれいにできるかどうかに醤油造りの姿勢が表れるから鏡と呼ぶんです」
と広瀬さん。その言葉に深く共感しました。
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ここまで丁寧に造っているのならば、醤油そのものがおいしいはず!
どのような醤油を取り揃えているのか尋ねたところ
「メインは混合醤油です」と広瀬さん。
混合醤油とはアミノ酸液という旨みエキスを加えた醤油のこと。
同時に甘味料を加えているので甘口の醤油に仕上がっています。
加える理由は、その甘い風味を好む地元の人がいるから。
香川は、ちらし寿司に甘く炊いた金時豆を乗せたり、
甘い白味噌の汁の中に餡もちを入れたお雑煮を食べたりと、甘口傾向。
広瀬醤油でも無添加の本醸造の醤油を用意しているけれど、
やっぱり甘い醤油が支持されるそうです。
「うちの醤油を使う人の多くは私が継ぐ前から、
家族代々愛用してくれています。スーパーで買う人も増えたけれど、
『これでなかったらあかん』『続けとってよ』と言ってくれる人も多いので、
地元の人が好む甘い味わいにしてから出しています」と話します。
そもそも、島を除いた香川県の地域には醤油屋は25軒余りあるなか、
麹から造る蔵元はたった3社。
多くは協同組合で造った醤油を買って、自社ブランドで販売しています。
広瀬醤油のように自社でもろみを育むことは、醤油業界から見ると非効率なこと。
それでも「もろみを持ってこそ醤油屋だろう」と、
自社から出荷する醤油すべてを麹から手がけ、木桶に仕込みます。
自社醸造をやめて組合から買った醤油も、
あるいは最低1年余りかけて自社醸造した醤油も、
お客さんからすれば区別がつかないため、広瀬醤油では価格の差をつけることはない。
「この蔵を潰してマンションを建てないか」など都合のいい話はあったけれど、
それでも自社醸造を継続したのは
「とにかく醤油のすべてが好きだから。調味料としての魅力や、
造ることもすべて含めて」と話します。
しかも、わざわざ麹から手がけて木桶に仕込んでいることを
PRしていないし、価格も安い。手間ひまかけて造っていながら
甘く味つけしてから出荷しているのは「地元に根づいた醤油屋」として、
純粋に地元の人に届く最高の醤油を追求しているから。
社員も広瀬さんの姿勢に共感し
「まっすぐな人たちばかりが働いてくれているよ。
もろみ蔵で傷んだところに気づくと率先して直しているし、
暑くても寒くてもまっすぐだ。
うちの仕事は力が必要だし、汚れる仕事。それでも弱音を吐かず、
文句も言わずにひたむきに自主的に取りかかってくれているよ」
と深い実感を込めた言葉で話してくれました。
こうした地道な醤油を造る姿勢があるから、さほどPRしなくても、
広瀬醤油は地元の家庭で支持され、うどん屋からの引き合いも増え、
人気の上原屋本店の味も支えています。
いまは広瀬醤油に戻って4年目の、30歳の息子さんが頑張っているそう。
讃岐味は、地元の人の笑顔を思い描き、純粋な気持ちで
真摯に地道な作業を繰り返す蔵人があってこそ生まれる。
そう実感しました。
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広瀬醤油
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