連載
posted:2016.1.22 from:香川県小豆郡小豆島町 genre:食・グルメ
〈 この連載・企画は… 〉
小豆島の「醤(ひしお)の郷」と呼ばれる地域に生まれ、蔵人を愛する醤油ソムリエールが
真心こもった醤油造りをする全国の蔵人を訪ねます。
writer profile
Keiko Kuroshima
黒島慶子
くろしま・けいこ●醤油とオリーブオイルのソムリエ&Webとグラフィックのデザイナー。小豆島の醤油のまちに生まれ、蔵人たちと共に育つ。20歳のときに体温が伝わる醤油を造る職人に惚れ込み、小豆島を拠点に全国の蔵人を訪ね続けては、さまざまな人やコトを結びつけ続けている。高橋万太郎との共著『醤油本』発売中。
正金醤油は、瀬戸内海に浮かぶ醤油の代表産地である小豆島で、
大正9年に創業した約100年の歴史を持つ蔵元。
正金醤油の醤油は香りも味もやわらかくて澄んでいる。
このような醤油はだしや野菜の繊細な風味とバランスをとりやすい。
さらに正金醤油では、すべての商品を
“天然醸造”
“木桶仕込”
“国産丸大豆・国産小麦使用”
“化学調味料不使用”という条件で造っている。
醤油業界全体では高値がつく条件だけれど、
同条件の醤油と比べると7割や5割ほどの値段だ。
そこには「家庭で気軽に使ってほしい」という正金醤油の想いがある。
そして実際に長年、各地の主婦に支持されてきた。
もともと小豆島では塩を盛んにつくっていました。
「最も潔白にして美味なり」と高く評価されましたが、
18世紀後半に塩の生産技術が瀬戸内海沿岸全体に広がると、
塩の生産が増えて余るようになり、塩を原材料とする醤油業へと移っていきます。
さらに、明治後期に小豆島醤油の品質向上を目指して〈発酵食品試験場〉を設立。
東京帝国大学の大学院で醸造学や発酵科学を専攻していた
清水十二郎を技師長に迎えて関東の人が好む醤油を目指しました。
以来、日本有数の産地として発展し、現在の小豆島の醤油のほとんどが
都市部を中心に島外に出荷されています。
正金醤油の醤油も、現在95%ほどを島外に出荷しています。
「うちの醤油は島外のスーパーによく置いていますよ。
1リットルの瓶に入れた醤油が一番売れますね。
醤油業界では小瓶が売れるようになってきているので、
小瓶を提案して置いたこともあるんですが、やっぱり1リットルが売れるんです。
いまでもずっと家庭で料理をよくする人に使ってもらっていて、ありがたいです」
と話すのは、正金醤油4代目藤井泰人さん。裏表がない正直な性格。
いつも冷静に「口にしたときにおいしいと喜ぶ醤油」を考え、
黙々と醤油造りに打ち込みます。
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正金醤油の目指す味として
「前までは、旨みが強い醤油がいいと思って造っていました。
でも、僕は家で料理をよく作るのですが、なんか醤油が勝っている気がして。
そんなことを思いながら醤油を造ったり料理をしてきたら、
食べると落ち着き、ホッと安らぐようになりました。
いつのまにか醤油が前に出ることなく、
縁の下の力持ちになる醤油になっていたんです」と話します。
そして意外なことに、大手の醤油メーカーこそすごいと評価します。
「多くの人がうちの昔ながらの造りを褒めてくれますが、
“昔ながら”を評価する風潮のおかげでよく思ってもらえるのであって、
大手さんはすごいですよ。やっぱりうちのような小さな蔵元では
到底できないような研究と実証を繰り返して使いやすい味になっています」
日本の醤油の生産量の半分以上が大手上位5社によるのもの。
確かにもっと濃い味わいの醤油が大多数の人から求められているのならば、
その5社が出す醤油ももっと濃い味の醤油だったかもしれません。
「大手が出す“標準”なものってやっぱりよさがありますよ。
よくよく振り返れば、僕自身もお菓子でシナモン風味が出れば
おいしいと思って食べますが、そう思ったあとでも結局プレーンを選ぶことが多い。
そこで木桶仕込みの特徴とも言える蔵の個性を敢えて抑えて、
大手のような使いやすい風味の醤油を追求しています。
旨み成分は大手のものより多いのですが、
すっきりとし、やわらかい風味の醤油に仕上がっているので、
食材の持ち味を邪魔することはなく、心地よい味わいの料理になります」
この姿勢を特に表しているのが正金醤油の〈天然醸造うすくち生醤油〉。
実は木桶仕込みは醸造期間が長いため、味や香り、色も濃くなる傾向があります。
そこで“化学調味料無添加”“木桶仕込”の淡口醤油は全国的に少ないのです。
色を淡くするために「淡くなる傾向がある蔵や桶を選び、
仕込む時期や期間を工夫してきました」と話し、
風味に関しては「自然とこうなりましたよ」と話すものの、
「父が昔っから熱心に研究していました。
父は人一倍鼻がよくてね、香りにはうるさいですよ。
いまでもしょっちゅう蔵に入っては蔵の中を布で拭いたり、
香りを悪くさせるカビを見つけたら対応していますわ」
その言葉の通り、正金醤油の蔵はいつ入ってもきれいで、香りが澄んでいる。
ここまで徹底して手入れをしている蔵元は珍しい。
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小豆島の〈醤の郷〉にある人気旅館
〈島宿 真里〉の夕食「醤油会席」のメインであるお造りには、
真里自家製のもろみたれのほか、正金醤油の醤油3種を添えています。
島宿 真里の店主・眞渡康之さんは
「いくつか試したなかで、正金醤油さんの醤油はやわらかくて、
食材とのバランスが一番いいです。お客様からの評価も高いですよ。
正金さんのあの黙々と一生懸命造る姿勢が表れていますね。
僕らは料理を作れても、醤油は造れませんからありがたいです」と話します。
また、興味深いことは、正金醤油の醤油が一番売れているのは
「高知や愛知、石川県のスーパー」。
実は高知や石川は、アミノ酸液や甘味料や糖類を入れた“混合醤油”が根づき、
愛知県は“たまり醤油”が根づく地域。
「だからこそうちの“天然醸造”“木桶仕込”
“国産丸大豆・国産小麦使用”“化学調味料不使用”の醤油を置きたいと、
うちを気に入ったスーパーが広めてくれました。
これらの地域でもプレーンな醤油を使いたい人がいますから」という話に納得。
都市でもよく見かけるけれど都市での販売は? と尋ねると
「都市は醤油というより〈八方だし〉というだし醤油が圧倒的に人気ですね。
これ1本で出汁をとったり、調味せずに煮炊きも蕎麦つゆもできるので」
と話します。各地域の暮らしが見えておもしろい!
正金醤油の醤油は皆さんの身近なお店でも販売されていますし、
見つからなければ直接正金醤油から送ってもらうことも可能。
みなさんも試してみてはいかがでしょうか?
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正金醤油株式会社
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