連載
posted:2018.2.27 from:長野県松本市 genre:旅行 / 食・グルメ
sponsored by 宝酒造
〈 この連載・企画は… 〉
「和酒を楽しもうプロジェクト」もいよいよ5年目へ。
今回から舞台をイエノミからソトノミに移し、
“酒場推薦人”の方々が、日本各地の魅力的な「ローカル酒場」をご紹介します。
writer profile
Yayoi Okazaki
岡崎弥生
おかざき・やよい●兵庫県、大阪府、神奈川県、福岡県、東京都(ちょっとだけ愛知県)と移り住み、現在は神奈川県藤沢市在住のローカルライター。最近めっきりイエノミ派となった夫のために、おつまみ作りに励む主婦でもある。
credit
撮影:阿部宣彦
地元の人にこよなく愛される酒場はまちの宝もの。
ローカル色豊かなおいしいおつまみや、ご主人とお客さんの雰囲気、店の佇まいなど、
思い出すと心がほんのり温かくなるような店を
“酒場LOVE”な案内人の方々に教えてもらいました。
旅先のソトノミガイドとしてもご活用ください。
今回の目的地は長野県の松本市。
冬の松本は気温こそ低くても雪が少ない印象ですが、
全国的な大寒波襲来で朝から雪が降り続いています。
いつもなら観光客で賑わっている松本駅前もとても静か。
「きょうは上雪(かみゆき)ですね」と、
仕事を終えて合流した案内人の島田浩美さん。
豪雪地帯の北信(長野市など)では降っていないのに、
南岸低気圧等の影響で中信(松本市など)や南信(飯田市など)が
大雪になることを、長野県内では“上雪”と表現するそうです。
島田さんは飯綱町(北信)の出身。里山に囲まれて育ったので、国宝・松本城のバックに北アルプスが輝く雄大な光景を初めて見たときの感動はいまでも忘れられないとか。あいにくの天気で北アルプスは望めませんが、このモノトーンの風情もいい感じ。“烏城”という愛称がぴったりの堂々たる姿です。
島田さんは長野市在住のライター・編集者で、
“旅とアート”をテーマにした小さな本屋さん
〈ch.books(チャンネルブックス)〉も営んでいます。
松本で過ごした大学時代に沢木耕太郎さんの『深夜特急』を読み、
その内容に感化されて2年間世界中をひとりで旅して歩いた経験も。
「だから、居酒屋のひとり飲みも大丈夫。2年間の旅で度胸だけはつきました。
もちろん誰かと一緒に行ければベストですが、
仕事後の解放感で飲みたい気持ちには勝てません」
ずいぶん冷えてきたので、早く温まりましょうと、
島田さんが向かったのは松本駅のすぐ目の前。
“今日も一日おつかれ様”と書かれた赤提灯が揺れる、
昭和55年創業のローカル酒場〈風林火山〉です。
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暖簾をくぐって入ってみると、悪天候のせいか閑散としていた戸外とは別世界。
若いスタッフたちの元気な声が飛び交い、
いかにも大衆酒場らしい明るく賑やかな雰囲気です。
いまはまだちらほらと空席があるようですが、
「おそらく予約で埋まっていますよ」と島田さん。
確かにこのあとすぐに店内は満席となり、
残念そうに引き返すお客さんの姿を何組も目撃することに。
島田さんもいままで満席で入れなかったことが多く
ここ最近は店が空いてくる遅めの時間を狙い、
終電で長野市まで帰るというパターンに落ち着いたそうです。
手慣れた様子でカウンター席に座った島田さん。レモンサワーをセット(タカラリッチ360ml+炭酸水+レモン)で頼んでからじっくりと“本日のオススメメニュー”を検討します。先週の日曜に寄ったときは満席で入れなかったので、今夜はさしずめリベンジマッチ。食べたいものを決めてきたにもかかわらず、魅力的な日替わりメニューを見るとついあれもこれもと迷ってしまうとか。
このメニューは店長・坂口さんの手書き。週に何回も通うお客さんが多いので、旬のものを中心に毎日工夫しながら書き替えています。「ここはお刺身もおいしいけれど、きょうは初志貫徹。私の大好物ばかりを頼みます。でも女子飲みにしては肉肉しい?」と迷う島田さんに「いえ、ウチの人気メニューばかり。さすがによくご存じですね」と店長さん。このカウンター越しのほどよい距離感が島田さん好みだそうです。
仕事柄、長野県内各地の情報に詳しい島田さん。
取材などで新たなお店を“開拓する”機会が多くても、
ここ〈風林火山〉はプライベートなお気に入り。
仕事でも遊びでも、松本に来ると必ず寄りたくなるんだとか。
「きょうも22時47分の最終長野行きで帰りますが、
遅れると大変だと思いながらもいつもしっかりと飲んでしまいます。
料理がおいしくてひとりでも気分よく過ごせる、
この店の気安い雰囲気がとても好きなんです。
旬の日替わりメニュー以外にも、定番のメニューが250円から100種類ほど。
それにこの店ならではの名物料理もいろいろとあって、
ひとりだと全部は頼めないからまた次回にと心を残して帰る。
その繰り返しでつい通ってしまうのかもしれません。
単なる酒飲みの言い訳のようですが(笑)」
レモンサワー片手にどんどんピッチが上がる島田さん。
深夜特急旅では「高い水を買うのがもったいなくなって」
安いお酒にシフトしてしのいだというほどのイケるクチです。
きょう頼んだレモンサワーセット約6杯分も、いつもひとりで飲み切ってしまうんだとか。
「飲んで食べて、には自信があります」と言うだけに
次々と運ばれてきた料理はどれもボリュームたっぷりです。
まずは信州名物の〈馬刺3種盛合せ〉1600円。赤身、トロ、タンの3種が少しずつ楽しめる人気メニュー。ニンニクではなく生姜醤油でいただくのが信州スタイルです。馬刺しは長野県でも北信ではなじみが薄く、中信や南信でよく食べられるとか。「長野県内は険しい山や谷に隔てられているため、エリアごとに独自の食文化が色濃く残っています。観光客の方にもぜひその魅力を感じてもらいたいですね」(島田さん)。
熱々の鉄板で登場した〈ラムテキ〉800円。クセのない柔らかなラムに、玉ねぎベースのタレがたっぷりかかった大ヒットメニューで、こちらも隠れた信州名物です。「2010年に長野市と合併した信州新町は昔から羊の飼育で有名。田植えや運動会など、宴会には羊肉を食べる習慣があり、“ジンギスカン街道”も地元で人気です」(島田さん)
さらに「お待たせしました!」と、揚げもの担当の宮坂さんが手渡してくれたのが……
“松本B級グルメ”として話題の〈山賊焼き〉600円です。ひとことでいえば、しっかりと下味が付いた鶏の唐揚げで、キャベツを添えるのがお約束。松本ではお惣菜として売られているほどポピュラーでも、長野市などほかの地域ではまったく見かけないとか。松本のお隣・塩尻市にある〈山賊〉という店が元祖といわれており、“とりをあげる”→“とりあげる”→ものを取り上げる“山賊”に変化したという説も。
「松本ではいろんな店で〈山賊焼き〉を出しています。
どこも生姜やニンニクなどで下味を工夫して、
ここ5年ほどはちょっとしたブームという感じですね。
この店の山賊焼きはかなり大きめなのにサクサクでとても食べやすい。
やや甘めの下味がついているのでお酒がものすごく進みます」
幸せそうに山賊焼きを頬張る島田さん。
そこに現れたのが、〈風林火山〉社長の中村定春さんです。
なんでも、中村さんは島田さんが書く記事のファンで、
以前から一度お目にかかりたいと思っていたんだとか。
きょうは去年オープンした〈風林火山・長野しまんりょ店〉から、
わざわざ駆けつけてくれたのでした。
「ウチの山賊焼きは味つけがしっかりしているでしょ。
1週間ほどタレに漬け込んでいるからなんです。
それも自家製甘味噌をベースにした特製ダレ。
島田さんはよくご存じだと思いますが、
長野県ってやはり寒いからか濃い味が好まれるんです。
信州味噌が有名なように味噌味の料理も多いですよね。
松本も先週は最低気温が氷点下10度前後。
雪はあまり降らなくてもとにかく寒い。
冬場のお通しも熱々の汁ものと決めているんです」
と中村さん。
「きょうは具だくさんの〈豆乳スープ〉でしたね。
このお通しもいつも楽しみにしています。
雪が降るきょうみたいな日に温かな汁ものはうれしい。
配慮がすごいなと感じていたんです」と島田さんも店の気遣いを喜んでいました。
中村さんは長野市生まれの松本育ち。忙しく働く母親の代わりに小学生の頃から弟と妹のために料理をつくり、初めてお小遣いで買った本も漫画『クッキング・パパ』。この漫画のように、料理で人を幸せにしたい。その一念で高校卒業後に料理の世界へ。ホテルで修業後、飲食店に食材を卸す肉屋や魚屋に勤務。独立する機会をうかがっているときに、縁あって〈風林火山〉を13年前に引き継いだそうです。
お気に入りの店にもかかわらず、〈風林火山〉の取材はしたことがなかった島田さん。
せっかくの機会だからご主人のお話を聞きたいと取材モードに。
次々と質問が飛び出します。
「親子でもないのに、店を引き継いだとのことですが、
ご自分でもよく通われていたからですか?」(島田さん)
「いえ、10年ぶりくらいに訪れたときに、
高齢なのでもう店を閉めたいというご主人の話を偶然聞きまして。
松本って意外に歴史のある大衆酒場が少ないので、
25年も続いた店が消えてしまうのは残念だなと。
それで思い切って自分からお願いしました。
でもいざ店を始めてみると想像以上に大変で。
最初はお客さんが平日に3人、週末でも10人。
このままだとアルバイトをして稼ぐしかない。
ぎりぎりのところまで追い詰められましたね」(中村さん)
「その経緯は全然知りませんでした。
確かにお客さんまでは引き継げませんものね。
そこからどうやって立て直したのですか?」(島田さん)
「大衆酒場って何だろうと、本気で考えました。
原点に戻って、お客さんが求めるものを提供しよう。
老舗という伝統を大切にしながらも、あぐらをかいてはいけない。
こうあらねば、というこだわりを全部捨てたんです。定番の料理もすべて見直しました。
たとえば、この〈元祖・ホル天〉。
前の店から働いてくれていた80代のおばあちゃんの得意料理ですが、
それほど人気があるメニューではありませんでした。
でも松本で出しているのはおそらくウチだけ。
それなら徹底的においしいものにしようと。
そうやってひとつずつ変えていくうちに、
なんとか店を続けていけるかなと思えるようになりました」(中村さん)
島田さんも必ず頼むという〈元祖・ホル天〉600円。トロリととろけるような食感と濃厚なコクがたまりません。新鮮な和牛の小腸を念入りに下処理して天ぷらにすることで、臭みもなく上品な逸品に。もともとは広島の料理だそうですが、いまでは〈風林火山〉を代表する名物料理として愛されています。
前の店から受け継いだおでんもひと工夫。ダシを継ぎ足しながら冷凍保管で大事に守ってきた真っ黒な汁は、しょっぱさはなくまろやかな風味。〈黒おでん〉は盛合せで600円。
そのうちに話題は自然と松本と長野の話に。
ふたつのまちをよく知るふたりだけに、
長野県を代表する“城下町と門前町”、その個性の違いがおもしろいと話がはずみます。
「それにしても長野は変わりましたね。
北陸新幹線の開通後、ますますおしゃれになって。
おしゃれといえば、島田さんの店もそう。
僕なんか気後れするくらいすてきな本屋さん。
あれは三軒長屋を改装したんですか?」(中村さん)
「そうです、冬は底冷えがして大変ですが。
いま長野はリノベーションショップやカフェがブームで、
個性的な本屋さんも次々にオープンして。
善光寺詣でのついでに、本屋巡りも楽しんでもらえます。
でも松本は昔からどこか都会的じゃないですか。
なまこ壁の蔵が並ぶ通りに、数々の民芸やクラフトショップ。
まさに“文化香るアルプスの城下町”。
いまだに私は松本に来るとワクワクします」(島田さん)
「お酒の飲み方も全然違うのをご存じですか。
松本の人は本当に料理をたくさん頼む。食べるのが主。
対して、長野の人はお酒を驚くほど飲まれます。
つまみはあまり頼まれないのですが、
〈サバ缶〉だけは1か月に400から500個は出る(笑)。
さすが北信だと思いましたよ」(中村さん)
「確かに、私のような北信出身者にとっては
サバの水煮缶は本当に身近な郷土の味という感じです。
海なし県の暮らしの知恵というか。
特に根曲がり竹が出回る6月になると、
スーパーにはサバ缶が山積みになって売り切れてしまうほど。
ふたつを併せてお味噌汁にしていただくんです」(島田さん)
「松本ではそれほど〈サバ缶〉は食べません。
根曲がり竹がそもそも北信でないととれませんから。
やはり松本と長野は気候や風土、文化が全然違う。
サッカーの信州ダービー(松本山雅VS長野パルセイロ)のように、
昔からふたつのまちは好敵手なんですよね。
でも“信濃の国”さえ歌えばすぐに一体感が生まれるのがおもしろい」(中村さん)
「日本一有名な県歌、もちろん私も歌えます。
調査によると県内の8割の人が歌えるとか。
他県の人には驚かれることも多いですが、
歴史的にもひとつだったことがない長野県ならではの、
郷土愛を育てたすばらしいアイデアだと思います」(島田さん)
そろそろ島田さんが乗る終電の時刻です。
外に出るとまだ相変わらずの雪模様ですが、
中村さんとも話ができて島田さんは満足した様子。
「もう寒くはないですね」としっかりした足取りで帰っていきました。
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「タカラリッチ」は、樽貯蔵熟成酒を9%配合し、
レモン系の香り成分を持つハーブを原材料の一部に使用。
芳醇な飲みごたえがあり柑橘系果実の風味を引き立てる、
こだわりのサワーベースにぴったりの新しいタイプの甲類焼酎です。
「このまま割って飲んでも十分おいしいですね」と島田さんもお気に入り。
家でも飲みたいとのことですが、残念ながら飲食店専用商品なので、
緑のラベルを居酒屋で見つけたらぜひ試してみてください。
〈風林火山〉ご自慢の山賊焼きやホル天とももちろん相性抜群。
1本でいつもよりおいしいレモンサワーをたっぷり6杯分は楽しめますよ。
information
風林火山
住所:長野県松本市中央1-3-1
TEL:0263-35-7872
営業時間:17:30~23:30(土日祝16:30~)
定休日:不定休(ほぼ無休)
アクセス:JR松本駅から徒歩約1分
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