連載
posted:2024.12.24 from:東京都中央区 genre:ものづくり
PR 三菱UFJフィナンシャル・グループ
〈 この連載・企画は… 〉
日本の伝統的な工芸の文化や技術の継承に寄り添い、
これからのものづくりについて考えるとともに、その姿から変化の時代に必要なイノベーションを学ぶ「MUFG工芸プロジェクト」。
三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)の社員がそんな革新に挑戦する工芸の作家や工房を訪ね、
未来に生きるための新たな学びや気づきを共有していきます。
writer profile
Ikuko Hyodo
兵藤育子
ひょうどう・いくこ●山形県酒田市出身、ライター。海外の旅から戻ってくるたびに、日本のよさを実感する今日このごろ。ならばそのよさをもっと突き詰めてみたいと思ったのが、国内に興味を持つようになったきっかけ。年に数回帰郷し、温泉と日本酒にとっぷり浸かって英気を養っています。
photographer profile
Hiromi Kurokawa
黒川ひろみ
くろかわ・ひろみ●フォトグラファー。札幌出身。ライフスタイルを中心に、雑誌やwebなどで活動中。自然と調和した人の暮らしや文化に興味があり、自身で撮影の旅に出かける。旅先でおいしい地酒をいただくことが好き。
https://hiromikurokawa.com
飛鳥時代に伝来し、時代とともに用途が移り変わってきた組紐。
その製造を糸づくりから一貫して行う東京・日本橋の〈龍工房〉を、
三菱UFJ銀行神田駅前支店の中澤正浩さん、大久保優さん、
アコムの勝村知里さん、福本花音さんが訪れました。
「江戸の粋は進化する」を体現する福田隆さん、隆太さん親子の“守りと攻め”が、
組紐の未来を切り拓きます。
組紐とは文字通り、複数の糸を組むことでつくりあげる伝統工芸。
その歴史は非常に古く、仏教の伝来とともに日本に伝わり、
平安時代には独自の技法が確立したと考えられています。
伸縮性にすぐれ、結びやすくほどけにくい特性に用の美を兼ね備えており、
経巻の紐や茶道具、武具甲冑など、時代に寄り添って用いられてきました。
現在は主に着物の帯締めに使われていますが、着物離れが進み、
多くの人にとって馴染みが薄いものになってしまっているのも事実。
そんななか東京・日本橋の〈龍工房〉は、伝統を守りつつ、
現代のライフスタイルに沿った組紐のあり方を探求している革新的な工房です。
1889年に家業として創業し、現在は4代目の福田隆さんと
息子の隆太さんがその伝統を受け継いでいます。
「もともとは職人集団で、群馬県の農家さんとともに、養蚕から糸づくり、
デザイン、染め、組み、そしてデパートや呉服店などに納めるまでを
50人ほどで一貫して行っているため、お客様の細かな要望にお答えすることが可能です」
こう説明する隆さんは、厚生労働省が表彰する「現代の名工」や、
黄綬褒章を受章している、日本屈指の組紐職人。
その帯締めは皇族をはじめ、歌舞伎界や茶道界からも愛されており、
正倉院宝物殿や中尊寺金色堂の藤原秀衡(ふじわらのひでひら)公の棺に入っていた
古代紐の研究・復元にも取り組んでいます。
一方、息子の隆太さんは、先代からの技術を磨きながら、進化した組紐の可能性を探り、
さまざまな企業やアーティストとコラボレーション。
レディー・ガガのヒールレスシューズを代表作に持つ、
現代美術家の舘鼻則孝さんとつくった〈KUMIHIMO Heelless Shoes〉は、
ロンドンの〈ヴィクトリア&アルバート博物館〉に収蔵されています。
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伝統的な組紐の材料のひとつになる純国産の生糸は、
国内の絹需要に占めるシェアがわずか0.1%以下といわれる貴重な存在。
茶葉を煮出した液に染色した生糸を浸して、柔らかな風合いにしたり、
綛糸を糸車で巻き返し、さらには組紐のデザインに合わせて
糸の本数や長さを調整するなど、実際に組み始めるまでいくつのも工程があります。
「私たちの感覚では、糸の準備は組紐を組む工程以上に気を使っています」(隆さん)
紐を組む工程自体も、組み台と呼ばれる台の上で糸の束を交差させていく、
一見シンプルな作業ですが、シンプルゆえに奥深いのが組紐の世界。
そもそも組み台にはいくつもの種類があり、表現できる柄は数十種類にも及びます。
実演してくれた丸台は、いろいろな柄を組むことができる万能な台で、
江戸の組紐は特にこの丸台が多く使われてきました。
「組み台の円盤状の部分は“鏡”と呼ばれ、自分の心がすべて映し出されて、
組み目に表れます。私たちの間では、熟練した職人のことを
“手の枯れた職人”というのですが、しわが多いという意味ではなく、
手業がしっかりと正確で、心も乱れていないことを意味します」(隆さん)
「僕と父の組み台はサイズが少し違うのですが、
それだけでも組み方のバランスが変わってきます。
ですからその違いも調整しながら、用途や使う人の好みを表現していく必要があります。
ほかにも父はいつも、紐のサイドを締める動きを入れるのですが、
僕はそれを入れない代わりに、下げている組み玉を少しだけ重くしていて、
その分の重力で締めるようにしている。組む人によって、そういった違いもあります」
(隆太さん)
勝村さんと福本さんも初心者用のミニ丸台を使って、組紐体験をさせてもらうことに。
隆さんの「レディ、セット、セット」というかけ声に合わせて、
糸の束を手前や横に置き換えていきます。
「おふたりがあまりに手際よく、リズミカルに組んでいるので、
簡単そうに見えてしまいますが、自分でやってみると手が思うように動かないですね(笑)。
貴重な体験をさせていただきました」(勝村さん)
「蚕の繭の美しさが印象的だったのですが、それがこんなふうに糸になって、
組紐にしていくまでにいろいろな伝統の技を感じることができました。
組紐にはあまり馴染みがなかったのですが、体験させてもらって手間がわかったからこそ、
今後日常で出合ったときのイメージも変わりそうです」(福本さん)
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龍工房は組紐とその文化を守るだけでなく、「江戸の粋は進化する」をモットーに、
現代のライフスタイルに取り入れやすいかたちへと昇華させることにも
力を入れています。
「僕は9年前、大学卒業後に龍工房に入ったのですが、
そのときすでに組紐を含む伝統工芸の業界では、
守っているだけでは手遅れで次につながるステップが必要だ、と言われていました。
新しいチャレンジに父はやはり葛藤もあったと思うのですが、
試してすぐに成功するケースのほうが稀なので、トライアンドエラーの精神で
やり続けていくしかないと僕は思っていました」(隆太さん)
地道にトライアンドエラーを繰り返してきた結果、
現在の龍工房のオンラインショップには、
組紐のポーチやベルト、ストラップ、ストールなど、
従来の組紐のイメージを覆すようなスタイリッシュなオリジナル商品がずらり。
コラボレーションにも積極的で、
隆太さんが特に思い入れのあるアイテムとして挙げるのが、
〈土屋鞄製造所〉と共作した〈JAPANMOTIF Kumihimo〉。
組紐とレザーを組み合わせた、立体的かつ個性的な“工芸バッグ”です。
「デザイナーさんが組紐を主役にしたバッグをつくりたいと言ってくださって、
組紐だからこそできる表現を考えました。KUMIHIMO Heelless Shoseと同様、
立体感のある組紐の結びをデザインに落とし込んでいるのですが、
僕が好きなクリスチャン ルブタンのスタッズ(飾りびょう)がヒントになっています」
(隆太さん)
コラボレーションの相手やつくるものが変わっても、
組紐に息づく「仕立ての文化」を大事にしています。
「昔から僕たち職人は、たとえば歌舞伎役者さんなどの御用を聞いて、
そのお客様に合わせたものをつくってきました。
求められたことに対して誠実に向き合い、そこに使いやすさを加えることが
職人の使命だと思っているので、用途が変わってもこの気持ちは変わりません」
(隆太さん)
そしてここ最近、組紐の新しいあり方として大きな期待を寄せているのが、
内装やインテリアです。
「組紐は繊維状の柔らかい素材はもちろんのこと、
ステンレススチールのような硬い素材でも表現が可能です。
ハードでもありソフトでもある、どんな存在にもなれるのが特徴といえるので、
その観点から現代にアップデートしたあり方を考えました。
内装でも御簾を下げる紐として昔から用途はあるのですが、
もっと主役になれるようなかたちにしたいと思い、
空間を組紐で飾るアイデアに行き着きました」(隆太さん)
ターニングポイントになったのは、コロナ禍にフランスの老舗メゾンから依頼された、
日本の店舗のディスプレイでした。
長さ約7メートルほどの「組紐のカーテン」が、ラグジュアリーな空間にお目見え。
組み上げた総延長は約23キロメートル、使用した糸は約2トンにも及びました。
「組紐を芯にして3重構造にすることで強度と太さを出しているのですが、
この組み方は私たちが独自に生み出したもので、
第2次世界大戦時につくっていたパラシュートの紐に由来します。
当時は2重構造でしたが、重量に耐えられる、つまり人の命を救えるような
組紐をつくるのは、うちにしかできない仕事だったのです」(隆さん)
「ロープなどとは異なり、組紐は単なる紐ではなく、
日本独自の精緻なものづくりの精神や文化などを表現していることに
共感していただけたのも大きかったと思います」(隆太さん)
ふたりが説明するに、「組紐」という漢字はどちらも糸偏ですが、
同じように「結ぶ」「絆」「繋ぐ」「紡ぐ」「縁」など
糸のつく漢字の意味や思いも込められているとのこと。
「この仕事をきっかけに、ホテルや公共施設などの
内装・インテリアとしてのオーダーも増えてきたのですが、
三菱UFJ銀行さんは、設計事務所とつなげたりもしてくださりました。
本当にありがたいご縁ですよね」(隆さん)
三菱UFJ銀行神田駅前支店の中澤さんと大久保さんは、
龍工房のものづくりやこだわりを当然知っていたものの、
手仕事の様子を間近で見て、感じたことも多かったようです。
「組紐そのものもそうですし、その方法や手段という意味でも
“関わり合う”仕事をされていることに、あらためて興味を持ちました。
このひと筋の糸が龍工房さんで、こっちのひと筋がMUFGグループ、
さらに社会やそれを取り巻く人々など、いろいろな人やものと関わり合うことで
1本の美しい紐ができあがる。デジタルやAIの技術がどんなに進んでも、
人との関わり合いが重要であることは変わらない。
紐を組む姿を通して、そのことに気づかせてもらいました」(中澤さん)
そして組紐の役割でもある「つなぐ」ことに対しては、こんな率直な思いも。
「MUFGグループの経営計画の3本柱のひとつに、
社会課題の解決として『未来につなぐ』という言葉があります。
“つなぐ”というのは、口にするのは簡単かもしれませんが、その上に歴史や社会、
責任などが乗っていて、とても重みのある言葉ですよね」(中澤さん)
「これまでさまざまな方とコラボレーションしてきましたが、
そのどれもが知人からのご紹介や作品を通してご縁をいただいてきました。
だから実際につないでもらっているのは、ありがたいことに僕たちのほうなんですよね」
(隆太さん)
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親子でありながら師弟でもある、隆さんと隆太さん。
伝統文化の守りと攻めをそれぞれ担う息の合った様子を見て、
大久保さんからはこんな質問がありました。
「社長でもいらっしゃる隆さんは組紐の伝統や工房を守られていて、
隆太さんは組紐の新しいかたちを模索されています。
おふたりの関係性も本当にすばらしいと思ったのですが、
それぞれに一目置いているところをお聞かせいただけますか」(大久保さん)
「伝統工芸が家業である人は大きく分けて、
家業とは違う場所で修業して戻ってくるパターンと、
ストレートに家業に入るパターンのふたつがあるのですが、
僕は後者で、14歳の頃から組紐をつくってきました。
そして29歳のときに、僕の制作する作品が伝統的工芸品として、
当時最年少で指定を受けました。父は父で若くして現代の名工になっているのですが、
やはり大切なのは継続することなのだと背中を見ていて思います」(隆太さん)
「私が保守派の親分であるのに対して、息子は進化させて
明るい未来をつくることを、先頭を切ってやってくれています。
すいすいと進んでいるように見えるかもしれませんが、
水面下では一生懸命足を動かし、もがいている。
がんばっているのはよくわかっているつもりですし、
逆に私が教えられることも多くなっているのが事実です。
息子をリスペクトしているなんて絶対に言わないですけどね(笑)」(隆さん)
内装やアートワークなどさまざまなことを手がけるのも、
未来のための種まきといえます。
「僕のなかでの最終目標は、組紐の道を確立することです。
茶道や華道、剣道、柔道などいろいろな“道”がありますが、
工芸の道、いわゆる工道(くどう)、さらには“組紐道”を確立したいんです。
茶道のようにお免状があって、文化としてずっと続いていけるようなものに
していきたいと思っています」(隆太さん)
「彼は『水と空気以外は組む』って豪語しておりますからね。
それくらい、いろいろなことにチャレンジする気持ちが、
いまのワクワクにつながっているのだと思います」(隆さん)
「つないでいくことと同様、チャレンジすることも決して簡単ではありません。
ですが、関わり合って一緒にやっていくことに意義があるので、
私たちも全力で応援していきたいと思っています」(中澤さん)
組紐が悠久の時代を超えて存在し続けるのは、そのときどきで関わり合い、
つないできた人たちがいるからこそ、ともいえます。
江戸の粋がこの先どう進化していくのか、期待が膨らみます。
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