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安彦年朗さん

ものづくりの現場
vol.011

posted:2012.10.1   from:栃木県芳賀郡茂木町  genre:ものづくり

〈 この連載・企画は… 〉  伝統の技術と美しいデザインによる日本のものづくり。
若手プロダクト作家や地域の産業を支える作り手たちの現場とフィロソフィー。

editor's profile

Ichico Enomoto

榎本市子

えのもと・いちこ●エディター/ライター。生まれも育ちも東京郊外。得意分野は映画、美術などカルチャー全般。でもいちばん熱くなるのはサッカー観戦。

credit

撮影:ただ(ゆかい)

落ち着いて関係を築き、制作できる場所を求めて。

益子の隣町、茂木町で作品制作をする木工作家の安彦年朗さん。
もともとはいろいろな素材でランプをつくっていたが、
現在はおもに木でランプや器、カトラリーなどを制作している。
言葉数は少なく、黙々と作業をする安彦さんのつくるものは、
人間味があり、どことなくユーモアすら漂う。

安彦さんは面白い経歴の持ち主だ。出身は東京の町田市で、
両親は焼き物や骨董、工芸品を扱うお店を経営していた。
16歳のとき、自然保護の団体に参加しネパールへ。
その後インドやヨーロッパを放浪し、18歳のときにバルセロナに行き着く。
やがて両親も安彦さんのところへやって来て、工芸品などを扱うお店を始める。
スペインでは照明づくりが盛んだったこともあり、
いつしか安彦さんは、お店で余った和紙を使い、自己流で照明をつくるように。
安彦さんはその後、帰国。両親はバルセロナから引っ越し、
まだスペインの田舎まちに住んでいるそうだ。

結婚して子どもも生まれ、制作活動にいい場所を探していて、
たまたま現在の場所を見つけた。もともと神社の社務所だった建物を住まいにし、
すぐ近くの炭置き場だった小屋を、工房として使っている。
若いクリエイターたちが集まる益子の隣町という土地柄にも惹かれ、
28歳で茂木に移住し、約9年が経つ。
最初は養鶏場などで働きながらものづくりをし、4年ほど前に木工品の制作を始めた。

「特にこのあたりに縁があったわけではないのですが、益子は面白そうだなと思って。
益子のKINTAさんという、家具やオブジェなどをつくる作家さんがいて、
その方に自分のつくったものを見せたら“面白い”と、
スターネットの馬場浩史さんを紹介してくれたんです」
現在は、同世代の仲間も増え、環境はとてもいいという。
2012年の6月には東京のCLASKAで、益子周辺の作家たちの展覧会も行われ、
安彦さんも参加。ほかにも各地のギャラリーによばれ、展覧会に出品することも多々ある。

益子には、伝統の色は濃くなく、新しいものや人を受け入れやすい土壌があると
感じるという。それも、ここに落ち着く決め手となった。
「それまで人との関係も流動的で、地に足のついた生活をしていなかったので、
落ち着いて人間関係を築けたり、仕事のできる場所を探して、ここに来ました。
ずっとこの土地で過ごしているおじいさんと一緒に歩くと、気づかされることがあります。
私だったら何も感じずに通り過ぎてしまうような、
道の辻にあるほこらのようなところや、木の切り株などにも、
彼が生きてきた歴史が詰まっていて、土地に詰まった思いがあるんです。
その密度の濃さが新鮮に感じられました。
小さなまちでも、実はさまざまな出来事が起こっていて、いろいろな世界があります。
結局、海外などあちこちに行っても、同じまちにずっと暮らしていても、
何かを感じたり考えたりするのは、自分の感性次第なのでは、と思います」

炭置き小屋だったという建物を工房に。大きな機材や木材が、外にも並んでいた。

仕上げのオイルを塗る安彦さん。塗りの作業は自宅でやることも。漆も扱うこともある。

実用品と美術品のあいだ。

安彦さんは、特に誰かに師事したわけでも、学校で技術を習得したわけでもない。
だからこそ、独創的なかたちが生まれるのかもしれない。
「最初ここでも、何をしようというのははっきり決めていなかったのですが、
あまり仕事もないので、だったら自分で仕事をつくろうと思いました。
以前はいろいろな素材を使っていましたが、いまは木工が多いのも、
木材が手に入りやすいから。このあたりでとれるエンジュという木をよく使っています」
エンジュは外側が白くて中が黒く、割れにくいのだそう。
製材所から持ってきた木材を、荒削りして少し乾燥させておき、
だんだんかたちをつくっていく。
木の塊から掘ったり、くり抜いたりしてつくることが多い。精密なものは苦手だという。

「ちょっとひびが入ってもいい、というくらいのものをつくりたいんです。
きれいにつくりすぎると、ちょっとひびが入っただけで気になってしまいますが、
時間が経ってひびが入ったとしても、それすらも内包するようなものがいいと思って。
不要なものと実用的なものの中間、
面白いけど美術品でもないようなものをつくりたいと思っています。
以前アフリカに行ったとき、
まるで宇宙にいるような、星に満たされた夜空や、自然を体感し、
ああいった環境が、縄文人やアフリカ人の創造力に影響しているように感じました。
何か巨大なものをはらんでいるような佇まいの像など、外との交流もないなかで、
あれだけの発想とセンスでつくられたアフリカのものに、とても刺激を受けます。
私は新しいものをつくるのが楽しいし、やったことのないことをやりたいです。
木の仕事は時間がかかりますし、子どもがいると思うように早くは
作業を進められないのですが、長いスパンで一生をかけてやっていきたいです」

2012年9月に益子で行われた「土祭」の「夕焼けバー」の屋台には、
太陽光発電による蓄電を利用した提灯が灯されたが、
そのドロップ型の提灯のデザインは、安彦さんによるもの。
長いあいだひとりで制作活動をしていた安彦さんにとって、
このような活動も新たな創作の刺激になっているはずだ。

これがエンジュ。割れにくいが粘り強いので、気に入ってよく使っている。

作業場にあったスツール。ちょっとした遊び心が楽しい。

作品としてつくっている小さな人形。

profile

TOSHIRO ABIKO
安彦年朗

1975年東京都生まれ。インドやヨーロッパを放浪後、93年にバルセロナに移住し、ランプの制作を始める。現在は栃木県茂木町の工房で、木工の照明や器などを制作。各地のギャラリーで展覧会も行う。

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