連載
posted:2012.8.20 from:東京都台東区 genre:ものづくり
〈 この連載・企画は… 〉
伝統の技術と美しいデザインによる日本のものづくり。
若手プロダクト作家や地域の産業を支える作り手たちの現場とフィロソフィー。
editor's profile
Kanako Tsukahara
塚原加奈子
つかはら・かなこ●エディター/ライター。茨城県鹿嶋市、北浦のほとりでのんびり育つ。幼少のころ嗜んだ「鹿島かるた」はメダル級の強さです。
credit
撮影:嶋本麻利沙(THYMON)
東京都台東区、JR御徒町駅からほど近いところに
ショップを構える、革バッグのブランド・Coquette(コケット)。
古い小さなビルが建ち並ぶなか、
この店も昭和に建てられたというビルの1階をリノベーションしていて、
使い込まれたレトロな床がかわいい。
鳥かごやりぼんをモチーフにしたバッグ、ピンクや黄色のカラフルなお財布など、
フェミニンだけれど、どこかチャーミングなデザインの革小物が並ぶ。
「Coquetteのバッグは、女性が心躍るようなデザインでありたいんです」
と話すのはオーナーであり、デザイナーの林きょうこさん。
30代になってから会社員を辞め、
バッグデザイナーを志した林さんが目指したものは女性らしいバッグをつくるということ。
「使ううちに、出てくる風合いや色の深みを楽しめるのは革のいいところ。
でも、その風合いを生かしたブランドは数多くありました。
私がつくりたいと思ったのは、そうしたスタイルではなく、
端正な縫製や加工が施されながらも、女性らしい華やかな色やデザインの革バッグでした」
しかし、そのような、カラフルな革はいったいどこがつくってくれるのか。
ツテを頼りに、革屋さんや革問屋さんを探し歩くも、
なかなか思い描いている革と出合えずに切羽詰まっていた。
「“うちはロットがあるからお断り”って言われたこともありますね。
そんな1個や2個じゃつくれないよって。
革問屋さんに行き着いても、見たことのある加工の革しかない。
こんな色の革をつくってほしいと言っても、
最小販売ロットの価格が高額で私には手が出せなかったり。
もうブランドは立ち上げられないかもという不安の渦中にいたところ、
『墨田キール』に出会ってオリジナル加工の革をつくってもらえた。
墨田キールがなければ、Coquetteは生まれなかったですね。本当に感謝しているんです」
Coquetteの商品は、すべて台東区や墨田区近郊に住む職人たちによってつくられている。
革の染色や型押し、そして裁断や縫製まで、それぞれ専門の職人がいて、
ひとつひとつ丁寧に仕上げられたものだ。
墨田キールもそんな職人工場のひとつ。
林さんの救世主とも言える、墨田キールとはどんな工場なのだろう。
林さんの案内で現場に向かった。
Coquetteから車で20分ほどのところにある墨田キールは、
革の染色から、型押しなどの仕上げまでを行う工場だ。
本来、革の「染色」と「仕上げ」を行う工場は別々のことが多い。
両方を一括で行う墨田キールは、自ずと加工できる幅も広がる。
ここで使われる型版は200種類以上あり、
日本製のほか、ドイツ製やイタリア製など。高額なもので1点120万円以上するという。
毎年イタリアで行われている見本市に足を運び、仕入れるのだと、
社長の長谷川憲司さんが教えてくれた。
箔のカラーバリエーションは140種類以上あり、フィルムも数十種類、
型版や染色、箔などの組み合わせ次第で加工のバリエーションは無限大にある。
社長に案内され、Coquetteの型のひとつを見せてもらった。
まず、仕入れた牛革を染め、「ユーロフラワー」という花柄の型押しをほどこす。
その後、型押しした模様の凹凸の凸のところだけ箔を貼った状態になるよう、加工する。
他にも同様の染色と型押しで全面に箔を貼ってから、
凸の部分だけ、箔をはがすパターンもある。
色を染めたり、のりを施したりと、難しい調色や特殊加工を担当するのは、
この道50年のベテラン職人、三木裕二さん。
三木さんはいくつかの染料をまぜて調色しながら、まずは何度か革の切れ端で試し染め。
色が決まれば、革全体に染料を吹きつけていく。その作業の早いこと早いこと。
三木さんはあっという間に作業を終わらせてしまう。
その精度の高さは言うまでもない。
「初めて墨田キールを訪れたときも三木さんのこの作業場に連れてきてもらったんです。
こんなパール感と色にしたいって口頭で伝えたら、
三木さんがその場で調色して革の切れ端を染めてくれて。
その色が一発でイメージ通りだったんで、もう感動でした」と、林さんは振り返る。
実は、林さんの前職は、資生堂でメーキャップブランドの化粧品の開発を担当していた。
パールの調色の難しさは誰よりも熟知している。
「三木さんのすごいところは、言葉だけで、私が思い描く色の着地点を理解してくれて、
それを瞬時に再現できる高い感度」だと言う林さん。
「かなり私もしつこいんだと思うんですけど」と苦笑するも、
早速三木さんに別の加工の相談を始めていた。
「普段は口数も少ないし、こんな風に三木さんのところにまで来れる人は、
なかなかいないんだけど。林さんは熱心だからね」と社長が耳打ちする。
「入ったばっかりのころはさ、俺もなかなか頼みを聞いてもらえないこともあったよ。
でも自分じゃうまくできなかったからね。だから、自分でもひと通りできるように勉強したよ。
そういう世界だから、職人さんて。みんな口悪くても、気持ちのある人たちだから、
こっちが一生懸命やれば、一生懸命やってくれるんだよね」
よりよいものをつくりたい。そのまっすぐな林さんの思いが職人を突き動かし、
また新たなデザインが生まれていくのかしれない。
普段は、個人のデザイナーと会うことは少ないと言う社長だが、
林さんは知人の紹介だったからと話す。
そんなふたりを引き合わせたのは、「台東区デザイナーズビレッジ」の、
インキュベーションマネージャー(村長)を務める、鈴木淳さんだ。
台東区デザイナーズビレッジとは、廃校になった小学校の跡地を活用して、
起業5年以内のデザイナーを支援する施設。
もともと、台東区は、古くから革小物やジュエリーなどの問屋が軒を連ね、
職人が出入りするものづくりのまち。
生産拠点が安価なアジアへと移行していくなかで、
日本のものづくりは高付加価値なデザインが求められ、
その開発を担うデザイナーを誘致する目的で、台東区デザイナーズビレッジはつくられた。
鈴木さんは、この施設の創立から村長を務め、
入居者の相談にのったり、さまざまな組合に顔を出したりと
このエリアのものづくりを支援している。
本来、クリエイターと付き合いをほとんどしない工場でも、
鈴木さんが入居者を連れて工場見学に行くなどして、
そこから付き合いが始まることもあるのだという。
だから、卒業後も台東区を拠点にものづくりを続けていく人は多い。
林さんも、そんな卒業生のひとりだ。
前職を辞めた林さんは、デザイナーズビレッジに一期生として入居。
1室をアトリエとして拠点にしながら、およそ3年間、自分のブランドの足場を固めた。
「サンプルをつくるにもかなり費用がかかるから、
当時はいつも通帳の残高とにらめっこ。
続けられたのは単純に辞める勇気がなかっただけなんです」と林さんは笑う。
墨田キールと巡り合い、展示会に出展し続けた結果、
次第に受注がくるようになり、いまは女性誌にも紹介される人気のブランドとなった。
最近では台湾で展示会を行うなど、
林さんの感性をかたちにした職人たちの丁寧な仕事は着実にファンを増やしている。
「金具を揃えたり、職人に相談したり。
ものづくりするのにいろんなことが自転車で回れちゃうんです、このまち。
よそ者を受け入れてくれる下町の懐の深さもある。
私は職人さんにつくってもらっているって意識が強い一方で、
その技術を後世へ残すために、デザイナーとして
彼らに仕事を出し続けていくことも使命かなと、いまは思っています。
これからもずっと、女性が輝けるようなバッグをつくっていきたいですね」
information
Coquette(コケット)
住所 東京都台東区東上野1-11-5 1F
電話 03-5941-6613
営業時間 11:00〜19:00 火・水休
http://www.coquette.jp/
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