連載
posted:2012.7.16 from:栃木県芳賀郡茂木町 genre:ものづくり
〈 この連載・企画は… 〉
伝統の技術と美しいデザインによる日本のものづくり。
若手プロダクト作家や地域の産業を支える作り手たちの現場とフィロソフィー。
editor's profile
Ichico Enomoto
榎本市子
えのもと・いちこ●エディター/ライター。生まれも育ちも東京郊外。得意分野は映画、美術などカルチャー全般。でもいちばん熱くなるのはサッカー観戦。
credit
撮影:ただ(ゆかい)
栃木県茂木町でオーダーメイドの靴をつくっている小林智行さん。
小林さんのつくる靴は、とても履き心地がいい。
足に圧迫感を与えず、靴底の曲線はやさしく足になじむ。
サンプルを履かせてもらっただけでそう感じるのだから、自分だけの、
自分にぴったりの靴をつくってもらえたら、さらに驚きの履き心地がするだろう。
「どんなにいい靴でも、足やからだに合わなかったり、生活に合わなかったら
結局履かないですよね。僕は暮らしに合った、最適なかたちの靴をつくっています」
強い信念をもって靴づくりをする小林さんは、デザインの勉強をしたことはない。
大学では経済学部に属していたが、趣味で靴づくりの学校に通ううち、
ものをつくる仕事に就きたいと考えるようになった。
やがて師匠となる人に出会い、その人にあこがれて大阪の義肢装具制作会社に就職。
それまで、何をするにも“教科書通り”だった小林さんにとって、
道具からつくってしまうその師匠の発想と創造力は感銘以外のなにものでもなく、
頼み込んでその会社に入ったそうだ。
そこでは義足だけでなく、骨折した人のリハビリに必要なものなど、
不自由な生活を少しでも快適にするための、あらゆるニーズに応える
オーダーメイド製品をつくっていた。
「自由な発想じゃないとだめ。用途もそれぞれ違うので、素材から何から、
毎回その人に合ったものを考えに考えてつくるという作業をしていました。
僕の師匠は、ただ利益を追求するとか努力せずに結果を出そうとかいうことを、
まったく考えない人。純粋につくる楽しさを教えてくれました。
楽しく仕事をしていたい。僕にとってのものづくりの原点はそこです」
4年ほどして、より使う人の目線に立ったものづくりをしようと、
靴に絞った制作活動を決意し「てのひらワークス」を鎌倉で立ち上げる。
「いつのまにか、加工しやすい素材を使うとか、つくる側の目線でつくっていたんです。
使う人にしてみたらこんな薬品の匂いが強い素材は嫌だよなと思ったら、続けられなくて。
お客さんに対してどれだけ真摯に考えて、柔軟につくっていけるか。
コンセプトはそれくらいでスタートしました」
まず、自分が履きたいと思う靴をつくった。それから知り合いの美容師さんに、
髪の毛が靴の中に入らないような靴をつくってほしいと言われてつくった。
小林さんのつくった靴を見て、こんな靴がほしいという人に、またつくった。
そうやって、いまもオーダーメイドの靴をつくり続けている。
小林さんに靴をオーダーする人は、だいたい困っていることがあったり、
悩みを抱えているという。
「まず会って、どんな悩みなのか、どういうときに履きたい靴なのか、
その人がどういう仕事をしているのか、そんな話をします。
そしてサンプルを見せながら、靴のかたちを決め、足型をとります。
それから試作をつくってフィッティングを確認してから、仕上げていきます」
こうして1足の靴をつくるのに、だいたい1~2か月かかる。
できあがった靴も、原則として配送はしておらず、取りに来てもらう。
履き方のアドバイスをして、直接渡すところまでが、最後の仕上げなのだ。
傷の補修などの修理や、1~2年での定期的なメンテナンスもしており、
型をとってあるので2足目からは少し安くつくることもできる。
靴の学校で出会った奥様と二人三脚で仕事をしているが、
人を増やそうとは思っていない。
けれど、小林さんのワークショップに参加して、
靴づくりを本格的にやりたいという人も出てきているという。
「将来的には、のれん分けみたいに、
僕と同じ考えでつながった人たちがあちこちで靴づくりをして、
あそこでもつくれるよ、というふうになっていったらいいですね」
足が変形してしまっている人や、歩くのに困難を抱える人の靴もつくるが、
小林さんの靴は、歩き方や姿勢を矯正するような靴ではない。
「靴を見れば歩き方のクセもわかりますが、
こういうクセがありますよということは伝えながら、
それを無理に変えようとする靴ではないです。
無理な力を加えようとするとからだが歪んでしまいますし、からだを治そうというのは、
食べものなど生活態度からすべて変えていかないと、靴だけでは無理。
ただ、失われているからだの調整機能を取り戻すような靴ではあると思っています。
からだについて、いろいろなことに気づかせる靴ではあるんじゃないかと」
2012年4月に、小林さんは拠点を鎌倉から茂木に移した。
茂木に決めたのは、隣町の益子に「スターネット」があることが大きい。
2年ほど前、自分の靴づくりに共感してくれるところから発信したいと、
スターネットを主宰する馬場浩史さんに相談したところ、
馬場さんもちょうど、自分のほしい理想の靴を考えていたところだったという。
「ちょっとつくってみて」と言われたのがきっかけで、
馬場さんの靴をつくるようになった。
「馬場さんは靴の感想を聞くうえでは最適の人ですね。
とても身体感覚に長けた方なので、たとえば1ミリ底が高くなるだけで
からだが変わるということを、馬場さんは実感できるんです。
これまで馬場さんに何足かつくったんですが、そのたびに、
“かかとをもう2ミリくらい上げて”とか、“土踏まずをもうちょっと手前にずらして”
というように、それくらいの差なんですが、同じオーダーがきませんでした。
“今日はこれを履こう”と、その日のからだの調子に合わせて靴を選んで履く。
それは新しい靴の選び方ですよね」
この約2年間で、馬場さんに5~6足の靴をつくった小林さんは、
スターネットで展示会やワークショップも開催してきた。
そしてついに、馬場さんと一緒にスターネットで靴をつくることに。
自然素材を使った手仕事のプロジェクト「organic handloom」の靴を、
馬場さんのディレクションのもと、つくることになったのだ。
「スターネットから発信していくことで、
世界観や靴に対する取り組みをちゃんと伝えていけると思ったので。
自然素材を使って、オーダーした人にとって本当にいいものをつくっていきたい」
足は第二の心臓とよばれるくらい、健康と深く関わる部分。
馬場さんは、足からからだの健康をつくり、それが心の健康につながり、
それが暮らし方や社会について考えることにもつながっていく、という考えの持ち主。
小林さんがスターネットで靴づくりをするのは、必然だったのかもしれない。
「僕がやっているのは、ただ足りないものを補うとか物欲に応えるものづくりではなくて、
その人も気づいていないようなところでその人を支えるようなものづくり。
自分にうそをつかず、からだで考えて、気持ちよく仕事をしたい。
それで周りにいい影響を与えたり、同志が増えていけば、
いい社会ができていくのかなと思います。
それを教えてくれたのが、スターネットのやり方でした」
organic handloomの靴がスタートすることになり、
馬場さんはそれに合わせてメンズの洋服をつくる予定だという。
このクリエイティブな連鎖が、まさにスターネットらしい。
小林さんは東京出身だが、東京でものづくりをする気にはなれなかったという。
「馬場さんも東京に行くと具合が悪くなるとおっしゃっていましたが、
僕も東京にいられなくて(笑)」
開放的な空間の工房とすぐ隣の自宅は緑に囲まれ、裏山にも自然が広がっている。
以前から場所を探していた小林さんは、ここが見つかって移住を決めたそうだ。
いいものをつくるために、まず自分が健康であって、健康な社会の一部でありたいという。
「いい仕事をしたなと思うのは、相手が元気になったとき。
僕の靴でないと歩けないのではなくて、僕のつくった靴がいい誘導をして、
いままで履けなかった靴も履けるようになって、それで元気になってくれたら最高ですね」
profile
TOMOYUKI KOBAYASHI
小林智行
1980年東京都生まれ。大阪の義肢装具制作会社を経て独立。鎌倉に「てのひらワークス」を開き、気持ちよく暮らすためのオーダーメイドシューズをつくる。2012年より拠点を茂木町に移し、益子スターネットで靴のプロジェクトを手がける。ものをつくる楽しさを伝えるために、ワークショップも不定期で開催。
http://tenohira.noor.jp
Feature 特集記事&おすすめ記事