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ゲルダ・シュタイナー&ヨルク・レンツリンガー 展覧会レポート 後編

ローカルアートレポート
vol.006

posted:2012.2.29   from:茨城県水戸市  genre:アート・デザイン・建築

〈 この連載・企画は… 〉  各地で開催される展覧会やアートイベントから、
地域と結びついた作品や作家にスポットを当て、その活動をレポート。

editor's profile

Ichico Enomoto

榎本市子

えのもと・いちこ●エディター/ライター。生まれも育ちも東京郊外。得意分野は映画、美術などカルチャー全般。でもいちばん熱くなるのはサッカー観戦。

credit

撮影:嶋本麻利沙(THYMON)

目に見えないものを、意識するということ。

ゲルダとヨルクの作品には、ふだんは目に見えないものを可視化するというものもある。
『Lymphatic System(リンパ系)』という
高さ約10メートルに及ぶインスタレーションは、木の枝の先に
発泡スチロールの塊や、植物、小物などさまざまなものが結びつけられて吊されており、
そのあいだを血管のようにチューブが張り巡らされ、
ポンプによって水が循環している。
ポンプの音はまるで心音のようであり、
全体を包む「スペースブランケット」という薄いフィルムが
空調によってさわさわと揺らぐ音は、
まるで森の中で小川のせせらぎを聞いているかのような感覚を呼び起こす。
リンパはからだの免疫をつかさどる器官であり、外敵からからだを守っている。
つまり過去のウイルスの侵入を憶えており、
それにどう対処したかの記憶も持っている器官なのだ。
またリンパは放射能の影響を受けやすい器官でもある。
目に見えないものでも意識することで、さまざまな現象に注意を促すきっかけとなり、
私たちは自分たちも自然の一部だと感じることができるのかもしれない。

『Microcosm(小宇宙)』という作品は、
目には見えない微生物を映写した映像インスタレーション。
生活から排除されがちな小さな存在は、実は私たち生命の起源でもあったりする。
ミクロの世界に宇宙を見出す想像力を、この作家たちは大切にしているのだ。
またこの『Microcosm』と『Lymphatic System』は
寝そべって鑑賞することもできるようになっていて、
ついつい時間を忘れてしまいそうになる。
『Microcosm』に映し出される微生物は、ドイツのライン川の水中に棲むもの。
これはドイツで発表された作品で、そこは毎年洪水に悩まされている地域なのだという。
そこでもゲルダとヨルクは地元の人たちの話に耳を傾けて作品を制作した。
そして災害に遭っても、まちの人たちは互いに助け合うなど、
しっかりしたコミュニティが築かれていることを感じたのだという。

『Lymphatic System』では、水が循環しているのが見えるようにチューブに空気が入っている。

『Microcosm』は寝転がってみると、まるで水の中にいるかのような錯覚に陥る。

それぞれの土地で、それぞれのストーリーを発見する。

ゲルダは
「私たちが場所に関連した作品をつくるのは、
そこに関係をつくることで、作品と見てくれる人たちがつながりやすくするため。
同じものをまた別の場所での展示で使ったりするけれど、
またそこで新しい材料を手に入れて、
新しいストーリーをそれぞれの文化の中で発見していくの」
と話す。
「その土地の人にとっては見慣れているものでも、
違う土地の人から見たら特別だったり面白かったりする。
それを作品に取り入れることで、
地元の人がいままで気づかなかったことに気づくこともある。
見る人によって、別の価値や物語があるんだ」
とヨルク。

震災後の日本はふたりにどのように映ったのか。
ゲルダとヨルクはそれを声高に表現することはない。
けれどゲルダはこんなことを言ってくれた。
「私たちは震災の瞬間にここにいたわけではないから、想像するしかない。
その後の変化についても、感じることはできてもそれを言葉で説明するのは難しい。
それはみなさんの心の中にあるものだから。
でも私たちは同じ人間同士だから、きっと理解し合えると思ってるわ」
今回の展覧会には、涙を使った『Tear Reader(涙を読む人)』という作品がある。
訪れた人が涙をプレパラートにとり、その結晶が顕微鏡で見られるというもの。
涙の種類も人によって違うが、結晶の模様も人それぞれ。
結晶は1か月ほどで消え始めるが、
そのように悲しみもいつしか消えていくものなのだと、
ふたりに言われているような気がしてならない。

ふたりのスイスでの生活は、とても慎ましいものだそうだ。
庭で野菜をつくり、いろいろなものを再利用して暮らしているという生活スタイルは、
そのまま制作スタイルに結びついている。
そしてふたりの関心事は、生命、身体、精神、宇宙、科学とあらゆるものに及び、
その眼差しが作品の世界観をつくり出している。

展覧会初日には「アーティスト・イン・ギャラリー」と題し、
作家が会場で鑑賞者と交流する時間が設けられた。
フレンドリーなふたりの周囲にはすぐに人の輪ができる。
ファンの若い女性のひとりは、
自分の想いを伝えるうちに感極まってしまったのだろう、
話しているうちに泣き出してしまった。
そんなファンにも温かく接するヨルク。
そんな光景を見て、あらためてすばらしい展覧会だと感じた。
また、作家たちを支えた学芸員の門脇さや子さんの尽力は、
並々ならぬものがあっただろうということが、この充実した内容から想像できた。

最後に、展覧会のタイトルともなった「Power Sources」について、
あなたたちの力の源は何? と聞くと
「たくさんあってひと言じゃ言えないわ。
庭や家や太陽や……あらゆるところにあるの」
とゲルダは答えてくれた。
さまざまなものからパワーを得ているふたりの作品が、
また私たちのパワーともなるはずだ。

『Tear Reader』の涙の結晶も変化していく。家で採取した涙を持ってくることも可能。

悲しみの涙、あくびで出た涙、玉ねぎを切って出た涙……と涙の理由もさまざま。

『Walking Bushes(歩く茂み)』という移動できる作品も館外の広場にある。

information

map

ゲルダ・シュタイナー&ヨルク・レンツリンガー
Power Sourcesー力がうまれるところ

2012年2月11日(土・祝)〜5月6日(日)
水戸芸術館現代美術ギャラリー
9:30〜18:00(入場は17:30まで)
月曜休館(月曜日が祝日の場合は火曜日)

《High Water》2011, photo: Mick Vincenz
http://arttowermito.or.jp

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